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2011年08月21日 (日) | Edit |
震災発生後の雇用対策についてはこれまでもいろいろと疑問を呈してきましたが、緊急雇用創出事業では被災地の雇用を十分に創出することはできません。

実務なんぞやったこともない有識者とかいう連中が高邁な提言をしようが、政治家連中が「新しい公共」なんてほざこうが、緊急雇用創出事業は委託事業であって、都道府県や市町村が実施すべき内容でなければ事業立案できないし、事業立案しても委託先が想定されなければまともな積算もできず予算要求は通らないし、運良く予算要求を通っても、委託先を決定するにはよっぽどの理由がなければ随意契約なんかできないし、総合評価方式による入札やら企画競争による選考委員会を開催しなければならないし、そのために膨大な量の資料と関係者の日程調整をして会場を確保してホームページにアップして、説明会やら問い合わせに対応して委託先を決定して、委託先が決定したら契約書を作成して事業の進行管理やら労働者の従事状況の確認をして、年度末にはすべての事業の書類をチェックして完了確認しなければならないんですよ。それをどうやって現存の職員でこなせというのでしょうか?

被災した市町村に他の市町村とか都道府県が支援するという動きももちろんありますが、民間企業でも社内の書類の書式やら決裁ルートやらはそれぞれ独自に設定されているはずですし、地方自治体は地方自治法だけではなく独自の条例や規則などで事細かに事務の進め方が決められているので、自治体職員だからといってすぐに被災市町村の事務ができるわけではありません。長期的に被災市町村へ派遣されているのはごく一部の職員だけで、ほとんどの職員は1週間~1か月程度で交代しますから、予算編成や企画立案のような中核的な事務を支援することは困難です。

いずれにしても、提言して予算を付ければ済む話では決してありません。そうした現状でもできることからこつこつと取組は進んでいますが、被災地の現実はそれを待ってはくれないのです。
hamachan先生経由ですが、そうした「古い公共」の現場を知ってか知らずか、「新しい公共」が現場で活動してそれが奨励されればされるほど、「古い公共」の積極的な雇用政策が顧みられなくなっていく一端が紹介されています。

「どの部屋に誰がいるのかもわからない。
もう久ノ浜には戻れないだろうし、
ここでしばらく生活をしていくわけだから、
久ノ浜の人たちとのコミュニティづくりを、
新たにし直さなきゃと考え、
全世帯のポストにアンケート用紙を配布しようと思っていたんです」

彼は250世帯分のアンケート用紙を持っていた。
ここでの慣れない新生活を互いに支えあうため、、
久ノ浜の人の部屋番号と名前と連絡先を書いた、
名簿を作ろうとしていたのだ。

今、久ノ浜に必要なのは、
また放射能被害や津波被害のある可能性がある、
場所の清掃活動なんかじゃなく、
そこで復興支援の名のもと、花火を上げることじゃなく

いわき市内の中心部に移って、
ここでの暮らしに慣れようとしている被災者の人たちの、
コミュニティづくりを支援してあげることじゃないか


(略)

自分たちは津波被害にあっていなくても、
周囲が津波被害にあってしまえば、
もはや自分たちの生活は成り立たない。
しかし家は被害がないため、
避難所に行くことも、仮設に移ることもできないし、
義援金も津波被害者のようにいっぱいもらえるわけではない。

こうした中途半端な立場に置かれた被災者が、
ボランティアの清掃活動を横目に、
今後の暮らしに希望を見出せず、苦悩しているのだ。

津波被害者だけが被災者ではない。
津波被害地区だけが被災地ではない。


そこを履き違えて、震災から5ヵ月が過ぎた今も、
被災地の“目に見える”支援ばかりしていると、
すぐそばにいる被災者の心の闇を見逃しかねなくなる。

ボランティアが被災者の自立を阻害する?!~震災5ヵ月後のボランティアのあり方を問う(2011年 08月 17日)」(つぶやきかさこ

※ 以下、強調は引用者による。


ボランティアの自己満足によって地元の仕事が奪われていくことや、仕事を失ったにもかかわらず直接被災しなかったために支援を受けられない方の存在についてはこれまでにも指摘してきました。地方公務員としてもそのような状況を把握していないわけではないと思います。ただ、行革に加えて災害で人員の減った中で、これまでは災害復旧や仮設住宅の設置といった緊急避難的な事務にリソースを充てなければならなかったため、上記のような手続を要する事務はどうしても後回しになった点は否めません。仮設住宅の設置がほぼ完了した今後はそうした事務にもある程度のリソースを割り当てることが可能になるでしょうが、絶対的な人員不足の中ではその効果も限定的となるでしょう。

緊急避難的な状況を脱した被災地で生じている現実は、震災前から進められていた「小さな政府」路線の帰結でもあります。社会保障や積極的労働市場政策による所得再分配を担保するため、フロー財源と人件費を確保しなければ「復興」どころか衰退していくのが地方自治の現場であるという現実に、「新しい公共」などという美辞麗句に踊らされることなく目を向ける必要があると思います。

まあ、善意さえあれば正規の手続なんか要らないというのが「新しい公共」ならば、「古い公共」の出る幕はないのかもしれませんが。

「善意の悪用残念」 自称医師事件で関係者困惑 宮城 2011.8.20 02:02 MSN産経ニュース
 医師を名乗ったとして19日、県警生活環境課と石巻署から医師法違反(名称の使用制限)の疑いで逮捕された米田吉誉(よしたか)容疑者(42)には、石巻市内で活動するボランティアらからは困惑する声も上がった。

 米田容疑者が活動拠点としていた同市の石巻専修大で、東京都の音楽家、林真史さん(47)は、「震災当初、ボランティアの間で『病院は被災者のため』という意識があり、医師にかかるには抵抗があった。少しの傷ならボランティア同士で治そうとして、医師を名乗ったのかも」と米田容疑者の心情を推し測った。

 林さんによると、震災当初は大学の広大な敷地がテントで埋まるほど多数のボランティアが集まっていた。

 米田容疑者は逮捕前の産経新聞の取材に「どさくさに紛れて医師を名乗った」と語っている。

 一方で米田容疑者を疑いの目で見る人もいた。石巻市災害ボランティアセンターの受付をしていた神奈川県の抱井(かかい)昌史さん(30)は「(活動拠点の)キャンピングカー内で何をしているか分からなかった。怪しいといううわさはあった」と話した。

 さらに、米田容疑者が代表を務める団体は、日本財団から100万円の支援金を受給している。同財団は「もし容疑が本当であれば、善意のボランティアを支援する制度が悪用されて残念」とした。

これが「古い公共」で起きた事件であれば「チェックの甘さが問われる」とか叩かれるところですが、

県立宮古病院・偽医師事件:「やむをえないリスク」知事が見解 /岩手(2010年5月11日毎日新聞)

 医師と偽った無職の女が県立宮古病院に勤務しようとした事件を巡り、達増拓也知事は10日の定例会見で「医師免許がない人が働くことはあってはならないが、食い止めるチェック機能は働いた」と述べ、県医療局や病院側に問題はなかったとする見解を示した。

 さらに「相手の意向に沿う形でしか交渉できず、今回のようなリスクもやむを得ない」と説明した。

医師不足問題については「全国的に公的に(医師の偏在を)是正する仕組みが必要だ。早く実現するよう政府への働き掛けを強めたい」と語った。また、事件については「県民の期待が裏切られ、非常に残念だ。憤りを感じている」と述べた。【山口圭一】


いやいやいや、自分らの対応のまずさを棚にあげて「問題はなかった」なんて安易な総括をする一方で、さらっとこんなことになるから医師強制配置論実現を政府に迫らなければ!なんて、一体どの面下げて言っているのかという話ですけれども、この場合はさすがに憤りを感じるならまず自分たちの間抜けさ加減に対してであるべきではないんですかね?
逆にここまで抜け穴だらけのずさんな対応をしてきてこれが当たり前のことをやった、何ら問題はなかったと総括されるというのであれば、現行のシステム自体が幾らでも無駄金使い放題を許容しているということになってしまいますけれども、こんな低レベルの相手に毎回200万以上も無駄金を使い込んで平然としていられるほど岩手県の財政も裕福であるとも思えないのですがどうでしょうか?

岩手県立宮古病院、実は意外に斜め上だった(らしい)真相(2010年5月12日 (水))」(ぐり研ブログ


ことほど左様に手続というのは重要であって、それをおろそかにすると大変な問題とされるのですが、石巻の事件で助成金を100万円不正に受け取ったらしい容疑者に対して、東京の音楽家の方は「心情を推し測った」そうで、なんて寛容なのだろうと羨ましくもなりますね。
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