2011年08月16日 (火) | Edit |
ちょっと前の記事になってしまいましたが、例の「御用○○」についてYosyanさんのところで興味深い指摘がありました。まずは大辞泉の定義を引いて

 「論」てほどたいそうなものではなく、どっちかと言うか感想とか雑感みたいなものです。御用学者の定義は比較的明瞭で、これは大辞泉からですが、

時の政府・権力者などに迎合して、それに都合のよい説を唱える学者。


 これは実感とも合います。ただ注意は必要と感じています。ある問題に対する学説は、それこそ学者ごとにあるとしても良いぐらいです。人と少しでも違う学説を立てる事こそ学者である存在価値としても良いかと思っています。誰かの学説に完全服従してしまったら、それはもう学者とは言えません。もちろん大きな学説の支持グループは形成されますが、その中でも小異を懸命に立てるのが学者だと思っています。
 テンコモリある学説ですから、その学説が「政府・権力者」に同じか非常に近い時もありえます。逆に「政府・権力者」が学説を全面的に取り上げる事もあります。「政府・権力者」の主張を支持したからと言って、それで御用学者であると言うのは慎みたいところです。そんな扱いをすれば、いかなる学者の学説でも「政府・権力者」が取り上げた途端に御用学者になってしまいます。

御用学者論(2011-08-09)」(新小児科医のつぶやき
※ 以下、強調は引用者による。


と、単純に「政府・権力者」の主張を支持したことをもって「御用学者」とするのは慎重であるべきと指摘されます。この点は、以前拙ブログでも指摘したことがありますが、

それはそうとして、かみぽこ氏の事実誤認かよく分かりませんが、

具体的には、官僚の設定する「議題」に
「お墨付き」を与える役割を果たしている

「御用学者」

を審議会から一掃することだ。

そして、政治学・経済学などの
最先端の研究に携わる、
海外の大学での
PhD(博士号)取得者などを
審議会に送り込む
ことである。
「同上」
※ 強調は引用者による。


とかいいながら、

民主党は、既に昨年の
日銀正副総裁人事において、
小泉改革にかかわった
「御用学者」の
副総裁への起用案に
不同意している

「同上」
※ 強調は引用者による。


だそうですが、民主党が不同意した伊藤隆敏先生はハーバード大でPh.Dを取得されていますよ(Wikipedia:伊藤隆敏)。それとも、一回でも政府の審議会などに参加してしまったら「御用学者」と呼ばれるというのであれば、定義により審議会には「御用学者」しかいなくなってしまいますけどね(5/18追記:ついでに、伊藤先生は小泉内閣での諮問会議議員ではなく安倍内閣になってから任命されたので、「小泉改革にかかわった」というのも厳密には間違いですね)。

まあかみぽこ氏ご自身がPh.Dを取得されているからこそのご発言であるように思いますが、そのような「圧力」は「政治主導」の下では肯定されるのでしょうかねえ。

官僚支配っていつの話でしょうか(2009年05月17日 (日))
※ 以下、赤字強調は引用時。


かみぽこ氏の論理によれば、霞ヶ関・日銀・地方公務員が諸悪の根源らしいこのご時世では、政府の審議会なんぞに呼ばれた時点で「御用学者」のそしりは免れなさそうで、それでも敢えてその要請に応えている諸先生方には頭の下がる思いです。この辺はあまり実りのある議論の余地はなさそうですし、Yosyanさんもそこから議論を進めて、独自に「御用学者」を定義されます。

私が考える御用学者の定義は、

自分の考え、信念を横に置いて、「政府・権力者」の意見に付和雷同する学者

こういう御用学者が批判されるのは、「政府・権力者」の手助けをして、自分の利益を図っている点もあるでしょうが、それよりも学者として自分の意見を曲げている点と私は考えています。真の学者であれば、たとえ世界中を敵に回しても自分の学説を堂々と主張し続けるはずです。そこまでは言いすぎでも、自分が正しいと信じる限り、これを曲げるような意見決定に関与するのを避けようとすはずです。

御用学者はそうではなく、むしろ積極的に「政府・権力者」の意見に迎合します。こういう学者は学者としての本分を売り渡しているわけですから、その報いとして御用学者のレッテルを貼り付けられるのだと考えています。ただかなりの蔑称ですから、貼り付ける時には少しでも慎重でありたいものです。

御用学者論(2011-08-09)」(新小児科医のつぶやき

Yosyan 2011/08/09 09:05
京都の小児科医様

 >自分の考え・信念をもって、「政府・権力者」の意見に付和雷同する学者もおられると思います。


付和雷同とは「一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること」であり、付和雷同する事と「考え・信念をもって」は並立し難い概念と私は考えております。この辺は言い出せばキリが無いのですが、今日はそういう意味で付和雷同を使ったつもりです。


私もYosyanさんの定義は概ね妥当なものと考えるところですが、コメント欄には拙ブログで引用したかみぽこ氏と同じ主張をされる方もいらっしゃいますし、Yosyanさんの関係する医療方面の審議会はもしかするとそのような実態があるのかもしれません。ただし、特に労働政策審議会のような労働政策を審議する審議会は、ILOの三者構成原則に基づいて公益側、労働者側、使用者側の三者の代表により政策が審議されていて、「公」の立場から参加される学者の方々がすべて「御用学者」であると断じるのはあまりに乱暴ではないかと思います。政府の審議会に呼ばれたとしても、「自分の考え、信念を横に置いて、「政府・権力者」の意見に付和雷同する学者」であることが明らかである場合を除いては、安易に「御用学者」とレッテルを貼ることは慎むべきではないかと思います。

まあ、もちろん、ご自身が時の政治家に都合のいい説を供給すると明言されている場合は除きますが。

もちろん、高橋洋一氏は官僚としてのキャリアを積まれていて、

私はテクノクラートなんです。政治家から「こういうことをしたいんだけど」と言われたら、要望を聞いてベストなプランを作り、法案まで書いてあげる。でも、そこまで。そこから先は政治家の仕事。政治決定にまで官僚が首を突っ込むべきではないというのが私の考えです。
政治家にしてみれば、したいことを言えば、ポッと政策が出てくるんだから便利だったと思います。おかげで「ドラえもん」と呼ばれることもありました。
「同」
※強調は引用者による。


というスタンスの方なので、高橋洋一氏は政治家からの要望とそれに対するプランの提示という「現実」に日々接してこられた方ですから、塾講師をされていた小島先生が接してこられた「現実」とは相容れないのかもしれません。

数学と現実(2009年01月06日 (火))


こう明言されている方が現在は某大学で教授職に就いていらっしゃって、その肩書きをかざしながら官僚時代に政治家の要望に添って作成したとおぼしき自説を振り回していらっしゃるのは、「御用・・」いやいや、安易にレッテルを貼ることは慎みたいと思います。
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