2011年06月05日 (日) | Edit |
永田町方面ではなにやらもめているようですが、もめてニュースに取り上げられることが仕事の彼らにしてみれば、マスコミがこぞって「政局をやっている場合ではない」などと取り上げることは願ったり叶ったりなわけですから、マスコミが本気で政局に構っていられないと考えるなら、永田町なんか放っておいて被災地の復興の取組や課題をじっくりと掘り下げていただきたいところです。まあ、当のマスコミは視聴率の取れる政局をどうでもいいとは決して思っていないから、茶番劇に大々的に釣られるんでしょうけども。

現地の復旧・復興の状況はだいぶばらつきが出てきているようで、特に、政府が7月までに非難されている方全員が仮設住宅に移れるようにするという空手形を出してしまったために、ほかの取組はさておいても仮設住宅の整備だけが先行する形になっています。となると、例えば臨海地区だけが津波の被害を受けたところでは、すでに市街地が通常モードに戻っているため、仮設住宅に移ることで通常に近い生活が可能となるところもあります。一方で市街地そのものが津波の被害を受けたところでは、仮設住宅に移っても病院も学校も小売店も近所にはなく、交通網もう整備されていないため、かえって孤立してしまって生活が困難になる場合も多くあります。

このため、一部で報道されているように、仮設住宅ができてもその後の生活に不安を抱える高齢世帯などは、そのまま避難所に住み続けることを選択する方が多くいます。避難所にいれば何かあっても常駐している係の者や周りの方が異変に気付いてくれますが、いったん仮設住宅に入ると誰にも気がつかれずに生命の危険に陥る可能性があります。仕事の当てもなく仮設住宅に入った方は、そのまま引きこもってしまったりアルコールに依存してしまう方もいるようです。住空間の確保はアメニティ向上の基本ではありますが、特にこの状況下で一人で生きていける人ばかりではありませんので、政治主導で仮設住宅などのわかりやすいハードの目標を建てて現場をせき立てるのであれば、中央政府の側でも自らの再分配機能に早急な目標を立てて生活を支えていただきたいものです。まあ、政治主導でそれができるかは分かりませんが。

ということを感じている身としては、hamachan先生が取り上げられている「新しい公共」への問い直しがいろいろな意味で重要ではないかと思います。もちろん、私自身は自己責任万能主義の裏返しでしかない「新しい公共」には批判的ですし、GONPOなるNPOとの下請的協働にも懐疑的ですが、行政を補完する機能に着目すればその可能性には期待しているところです。例えば、CFW-Japan's Official siteで今日までに取り上げられている4つの事例とも、行政ではなく民間の活動が主体となっていますし、そこで中心となって働いているのも地元のNPOなどの方が多いようです。

まあこれは、緊急雇用創出事業のフレームが、自治体が行うべき事実行為を民間事業者が委任を受けて行うという「委託」の形式に限定されていることの効果でもあるので、必ずしも意図してそうした結果になっているかは定かではありません。むしろ、緊急雇用創出事業のフレームが「委託」に限定されているのは、リーマンショック後の雇用情勢の悪化に対応するために、財源と人手の不足で手の回らない自治体の業務を民間事業者が実施するように仕向けることを目的としているといえるでしょう。実を言えば緊急雇用創出事業のフレームにも、こうした「小さな政府」で縮小した事業分野に民間事業者を進出させようという思想が透けて見えるように思います。しかし、今回の震災で民間事業者だけではなく行政機能やライフラインそのものが壊滅的な被害を受けた状況では、はしなくもその思想に基づいた事業フレームが緊急雇用創出事業の限界を示すことになっています。

たとえば、津波で壊滅的な被害を受けて休業状態にある会社が、従業員を解雇しないで事業再開しようとしているとします。このとき、失業給付の特例と同様に、休業状態にある会社の従業員も緊急雇用創出事業で雇用することができる失業者とみなされますので、この会社の従業員も緊急雇用創出事業で雇用されることが可能です。また、この会社自体も自治体の業務を行うことができると認められれば、緊急雇用創出事業を受託することができます。では、この会社が緊急雇用創出事業を受託したときに、休業状態にある自社の従業員を雇用することができるでしょうか。制度上、新規に失業者を雇用してその人件費が事業費の2分の1以上という緊急雇用創出事業の要件を満たすためには、新たに従業員を雇うことが必要となります。ということは、事業費の2分の1未満の範囲内で既存従業員の人件費を対象とすることはできますが、休業状態にあるとはいえ自社の従業員であることには変わりありませんので、もし新たに従業員を雇わずにこの要件を満たそうとするなら、会社がいったん従業員を解雇するなどして雇用関係を終了させ、改めて雇用する必要があります。つまり、休業状態にある従業員に雇用機会を提供することを目的とした事業を実施するために、その従業員を解雇しなければならないという何とも不可思議な処理が必要となるわけです。

また、会社が受託するのはあくまで自治体業務なので、事業再開にも直接は結びつきません。結局、雇用の一方の主体であり受託する主体でもある会社側が壊滅的な状況にあって、委託に限定された緊急雇用創出事業の実施が非常な困難を伴うという実態があります。さらに事業を委託する側の自治体も壊滅な状況では、まさに「小さな政府」となった自治体が事業実施に必要な事務処理そのものを遂行する能力を失っているわけで、政府を小さくすれば民間事業者が活発に活動して万々歳などという単純な話ではありません。「小さな政府と新しい公共」か「大きな政府と民業圧迫」かという二者択一の思考回路しか身につけていない方には理解できないかもしれませんが、「インフラを含め、ある程度大きな政府を前提とした新しい公共と、それらと相補的な民間活動」といういささか込み入った条件がなければ、雇用機会を提供する事業すら実施できないのです。

逆にいえば、曲がりなりにも緊急雇用創出事業を実施できていた当時は、不完全ではあれこうした条件が満たされていたわけです。こうした条件が満たされない中で、不可思議な処理に理屈をつけて利害調整をこなし、事務処理上の齟齬をなくすのが我々「新しくない公共」を担うチホーコームインのお仕事でして、「新しい公共」を推進する皆様(現場で「新しい公共」を実践されている当事者というより、お題目のように唱え続けている方を想定しています)におかれましても、こうした「新しくない公共」の実情にも目を向けていただけると幸いです。

(6/11補足)
マンマークさんにご指摘をいただきました。
重箱の隅をつついてみました。(2011-06-08)
ご指摘のとおり、本文で緊急雇用創出事業が「委託」に限られていると書きましたが、行政が直接臨時職員などを直接任用する事業を実施することも可能です。本文では、民間事業者が実施する際のフレームが「委託」に限られており、事業者の自主事業に対する「補助金交付」ができず、事業化が進まないという問題を強調するため、直接任用については記載しませんでした。説明が足りず失礼いたしました。

また、緊急雇用創出事業が企業救済を直接の目的としたものではないことはご指摘のとおりだと思います。この点は、リーマンショック後に低下した労働需要を喚起するために実施された緊急雇用創出事業を、今回の震災にあたって震災対応事業として流用しているために生じる齟齬ではないかと感じております。リーマンショックのような景気変動による労働需要の減少であれば、政府が資金提供する形で企業に雇用の場を提供することで雇用が創出されますが、民間事業者そのものが毀損している被災地では、そもそも企業が雇用する機能を失っているため、事業化が進みません。そこで、本文に書いたように、企業が雇用する機能を回復するためにその企業の復旧作業を進めながら、既存の従業員を雇用しようという動きもあったのですが、上記の理由により緊急雇用創出事業による事業化は断念したという話を聞いております。当面は、中小企業庁の復興支援策(中小企業向け支援策ガイドブックVer03[PDF])の制度を活用することになるとのことです。
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コメント
この記事へのコメント
NPM(ニューパブリックマネジメント)の洗礼をうけた以上、前の「古い公共」に先祖帰りもできないし、難しいところだと思います。
5月30日の朝日新聞で報道された、食品衛生法の規定をしゃくし定規にたてにとってローソンの移動販売車を被災地で使わせなかった岩手県の例、http://digital.asahi.com/20110530/pages/
6月6日のNHKニュースウォッチ9で報道された義捐金をうまく配分できない仙台市の例、
をみると、やはり「お役所仕事」は厳然として存在し、それが、残念ながら、公務員の評価を下げ、「新しい公共」の評価を高めるところになっていると思わざるを得ません。
2011/06/07(火) 05:25:03 | URL | yunusu2011 #-[ 編集]
> yunusu2011さん

ご指摘の新聞記事やニュースを見ておりませんし、報道で示されている以外の事実関係もよく分からないのですが、ローソンの移動販売車は食品衛生法の規定というより、それに基づく岩手県の基準を満たさなかったということのようですね。

http://wbslog.seesaa.net/article/197218958.html

このサイトにある岩手県の担当者の

「移動で飲食物を調理して提供する場合の基準」
「”人が飲んでも問題ない水が十分に供給できる”という項目がある」
「岩手県は200L程度は必要と判断している」
「モバイルローソンのタンクは160Lだった」

という説明を見れば、全国2位の面積を有する岩手県で長距離の移動距離が必要となる等の地域事情を勘案した結果、他の都道府県よりも大きなタンクを必要と判断したもので、地域の主体的な判断ということもできるのかもしれません。そのような地域事情がある場合は、行政の判断が「新しい公共」の活動を阻んでいるとは一概に判断できないものと思われます。

また、政令都市である仙台市の義捐金の配分についても、その人口を考えると「新しい公共」であれば直ちに配分できるという見通しがあるようには思われないのですが、もしかすると、「新しい公共」が被災された方のきめ細かい情報把握に努めていて、その情報が義捐金の配分を迅速化できるのであれば、当エントリでいうような「インフラを含め、ある程度大きな政府を前提とした新しい公共と、それらと相補的な民間活動」が有用な場面なのかもしれません。

ただ、義捐金の配分が公平性・公正性・透明性を要求されるものである限り、「新しい公共」によって把握された情報が不偏的であるか、漏れがないか、内容が正確かというような諸要件をチェックするのが「古い公共」の責務であることには変わりありませんので、時間短縮効果は限られたものになる可能性が高いように思われます。

なお、拙ブログでは何度も指摘しているように、規制緩和を是とする地方分権論議はナショナルミニマムを切り崩す方向にしか進みませんし、NPMもそれを後追いで追認するようなものでしかなかったと考えております(http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-379.htmlhttp://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-107.htmlなど)。ナショナルミニマムの保護を外された方々への対処(新たな保護の創設、損害賠償を含む事後処理など)が「古い公共」の責務であり続けることを考えれば、規制を緩和して一部の方に損害が発生して行政が事後的に対処したときに「問題が起きるまで対応を怠った行政の怠慢」と批判されることは想像に難くありませんし、そもそも問題が起きるまで自己責任という考え方には大きな問題があると考えます(http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-416.htmlなど)。

結局、「お役所仕事」と批判される硬直的な対応は、こうした事後的な対応までを含めて事前にリスクを回避するためのものといえます。そのこと自体にいろいろと問題があることは承知しておりますが、住民の方々を極力危険にさらすことなく、公平かつ公正にできるだけ高い便益を提供するために必要不可欠な面もあるという点にご理解いただけると幸いです。
2011/06/07(火) 07:09:59 | URL | マシナリ #-[ 編集]
さっそくの返答ありがとうございます。

「新しい公共」は、日本における国家と社会の関係を抜きには語れず、「古い公共」があってこそ、「新しい公共」
が成り立つという関係があるのは、ご指摘のとおりだと思います。
ここで、参考になるのは、中国経済がご専門の梶谷懐神戸大学経済学部准教授の「歴史に学ぶ中国経済の
論理」で、中国との比較でふれられている日本への指摘でした。
http://www.jimbunshoin.co.jp/news/n2377.html
ここで、梶谷氏は、岡本隆司著「中国「反日」への源流」を引用し、日本での前近代社会における統治の在り方
について、「権力の支配は自律的な社会の協力を求め、社会の自治は強制的な権力の統治なしに成り立たない。」
とし、中国における国家と社会の在り方と日本の違いを指摘しています。

ただ、日本では、いま、役人不信から、社会がより主体性を発揮すべきという流れがあることは否定できないんではないでしょうか。
最近の猪瀬直樹氏の「被災地支援のためのNPO法人制度改革を提言」もその典型例だと思います。
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20110606/272736/?ST=business&P=1
また、宮脇淳北大教授のPPPニュースの最新号で、NPMが北欧でまず始まったことを指摘しつつ、地域力の再生には、パートナーシップが不可欠であるとともに、その充実には、NPMも含めた国と地方、公的部門の見直しの発想が必要となるとされています。
http://www.pppnews.org/files/ppp/2011/PPP2011_4_110525.pdf
NPMには、大きく分けて、英国・ニュージーランド型と、北欧型がある由。日本におけるNPMの受容は、主として市場重視の英国・ニュージーランド型が猛威をふるったと考えますが、北欧型もあり、それは、「内部組織の改革が中心となり、組織内での成績/成果によるマネジメント、エイジェンシー、内部市場メカニズムなどの活用による「契約型取引」への変革が中心にある。テイラー主義を排し、ボトムアップ的な組織開発や変革を重視する。」(大住荘一郎)そうです。
北欧のコーポラティズムの中でも、成果指向というNPMは存在するようであり、日本での受容が問題とはいえ、
全否定ばかりというのもどうなんでしょうか。

なお、岩手県の残念な規制ですが、ネットで見る限り、食品衛生法に基づく、岩手県の食品衛生法施行条例では、「営業用自動車には、水道水又は飲用に適する水を保存するための給水容器が備えられていること」までしか規定されておらず、その下位の規則にも何も明記されていないので、200リットルという規制が何(通達?)
で行われているのか不明です。あくまで行政庁(保健所)の許認可の運用の問題でしかないのではないかと思います。
160リットルでダメで、200リットルならよいという、この40リットルの違いには、参入規制の色が濃いように思います。
NPM的にミッションドライブ型で考えれば、少なくとも、別に、ペットボトル等で40リットル分を余計に車に保持していれば問題ないのでは。
しばしば、お役人は、社会的規制を理由に、参入規制をかけてきました。そのような意図はないのか、ぜひ、200リットルの科学的な根拠を知りたいところです。
これは、岩手県が挙証責任をちゃんと負うべきだと思いますが、ホームページをみても条例・規則しかでてきません。地方分権になると、マスコミなどの批判勢力の監視が国に比べて弱くなり、自治体が情報公開などについての緊張感がなくなる典型例ではないでしょうか。

正直、東北人は、我慢強いし、世間が狭いので(親戚等に地方公務員がいることも多いし)、お役所の悪口をそうはおおっぴらに公言いたしませんが、ルールドライブ型の食品衛生法の運用や今回の義援金問題は、「新しい公共」論者の強い正当化の例となることは、残念ながら間違いないと思います。
2011/06/07(火) 20:38:29 | URL | yunusu2011 #-[ 編集]
> yunusu2011さん

レスが遅くなり申し訳ございません。
多数の資料をご呈示いただきありがとうございました。特に梶谷先生の連載には思うところがありましたので、後ほど別のエントリで取り上げさせていただきたいと思います。

論点が多岐にわたっているようですが、2点のみコメントさせていただきます。

まず、
> 北欧のコーポラティズムの中でも、成果指向というNPMは存在するようであり、日本での受容が問題とはいえ、
> 全否定ばかりというのもどうなんでしょうか。

という点はまったくご指摘のとおりではありますが、労使自治が政策そのものを規定するコーポラティズムが定着している北欧であればこその北欧型NPMであって、日本にその基盤がないことを無視してNPMだけ北欧型にしても効果はないものと思われます。この点についてはhamachan先生のご説明が的確です。

「市場主義に不可欠な公共心」に不可欠な身内集団原理
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-7130.html
> 組織率9割を超えるような労働組合やゲントシステム型の失業保険基金といった、具体的に個々の労働者たちを公共心ある存在たらしめるような実定的な制度を抜きにして、利己的な個人が相争う市場という土俵に放り込まれた孤独な個人たちにただ「公共心を持て!」と呼ばわることに、何ほどの意味がありうるものか、という問題です。

私が当エントリで指摘した趣旨も、「新しくない公共」を否定しなければ成り立ちえない「新しい公共」、NPMといったスローガンがどういった背景を持つものなのか、どういう内実を持っているのかという点を顧みる必要があるのではないかというところにあります。「新しい公共」が既存の「新しくない公共」に基盤をおきながら、それを破壊するベクトルを内在していることを強く危惧しております。

なお、
> 160リットルでダメで、200リットルならよいという、この40リットルの違いには、参入規制の色が濃いように思います。
> NPM的にミッションドライブ型で考えれば、少なくとも、別に、ペットボトル等で40リットル分を余計に車に保持していれば問題ないのでは。

というご指摘も理屈としてはおっしゃるとおりかもしれませんが、「参入規制の色が濃いように思います」というようなご指摘は、現場の判断が参入規制を意図したものだという一定のバイアスをかけた話ではないかと思いますので、公平な議論になりにくいと思います。ただ、私もその判断の内容を知る立場にはありませんし、これ以上詮索しても水掛け論になりそうですので、この点はいったん保留させていただきます。

蛇足ながら、
> 正直、東北人は、我慢強いし、世間が狭いので(親戚等に地方公務員がいることも多いし)、お役所の悪口をそうはおおっぴらに公言いたしませんが、

これが本当なら私の仕事場もどれほど穏やかなことかと思ってしまいます。いやもちろん、ほかの地域での公務員バッシングは当地のものなど比べるべくもないのかもしれませんが・・・
2011/06/11(土) 20:38:03 | URL | マシナリ #-[ 編集]
 マシナリさんへ日々ご苦労様です。
 「新しい公共」が、社会における存在確認の提示(企業等で働くことで、存在確認ができない人々の救済)という部分が感じられますが、だからといって「新しくない公共」で働く人々を駆逐することは、いったい何なのだろうと感じてしまうわけです。
 社会における自己の存在確認をするために、バッシングなりして、存在を確立しようとする「新しい公共」なるものには抵抗が強いです。経済的面を確立しつつ、満たされない欲求を満たそうとする、ある意味底の無い貪欲さを感じることに嫌悪感を感じるとともに、善意とは何なのかということを考えざるを得ません。また、それを利用する方達には良い印象を感じることはできません。
 今回の震災では様々なものが見られたわけでして、コミュニティの暗部もさんざんと見せつけられることで、善意を頂きながら、自ら動こうとすることか無くなって行くさまと、タダのものを貰う限度の無さを見ると、とても恥ずかしくて「東北は忍耐強い」とか「役所の悪口は言わない」とか言えません。幻想もいいところです。
 一番役人不信なのは、本当は地方に住む人なんですけどね。その反動が国会議員への傾斜という部分も見ることが必要なんでしょうけど。
 今回支援に来ている、他の自治体職員が実態を見てどのように感じたかは、公になることはないのでしょうね。
 緊急雇用創出事業の問題点は、国と県と市の主体によって、賃金が違うことと経費について、明確に開示されていないことがあります。また、支払い時期についてもまだ分かってはいないため、多くは契約した一社(業務委託先の元請業者)が、借入をおこして先行して支払っています。東電の支払いが問題になっていますが、被災した基礎自治体側からの支払いは不透明なんです。これも自治体の借金がどうたら言うせいなのでしょうね。ですから、国の借金がということで、公的セクターが機能不全状態になってしまっているのもあると感じています。
 過度のアピールが復興の妨げになっていること、事業仕分けで、議会の議決を必要としない財源の喪失が、公的セクターのスピードを喪失したことなど、「新しい公共」にとっては、どうでもよいことなのでしょう。
2011/06/14(火) 06:50:22 | URL | gruza03 #DgdRcaA.[ 編集]
> gruza03さん

いつもコメントありがとうございます。

> 経済的面を確立しつつ、満たされない欲求を満たそうとする、ある意味底の無い貪欲さを感じることに嫌悪感を感じるとともに、善意とは何なのかということを考えざるを得ません。また、それを利用する方達には良い印象を感じることはできません。

全部が全部ではありませんが、一部のNPOには「生活に余裕のある俺たちが助けてあげるんだ」という雰囲気を感じることがありますね。いやまあ、お金のある方が正義感にかられて困窮状態にある方を助けることそのものはとても重要なことなのですが、ちょっと間違うと「かわいそうだから助ける」というのが、「かわいそうじゃないヤツは助ける必要がない」とか「助けてあげている俺たちに感謝して当然」とかの自己顕示欲に結びついたりするようです。あるいは、「俺たち「新しい公共」が助けてあげているのに「古い公共」の奴らは役所仕事で使えねえ」という「古い公共」叩きに走るとか。

先日も、赤十字の「家電6点セット」の支給対象が仮設住宅に限られていることに対して、企業が提供した社宅に避難している方や家財を流されて自宅の2階で避難している方から強い不満が出されていて、義捐金の範囲内で公平に対応せざるをえない赤十字の担当者が「どうしたらいいのか教えてほしい」と困惑しているという記事が地元紙に載っていました。私も、「新しい公共」大好きで「古い公共」ケシカランな方ならこうした状況にどう対応するのか、じっくり教えていただきたいものです。

>  緊急雇用創出事業の問題点は、国と県と市の主体によって、賃金が違うことと経費について、明確に開示されていないことがあります。また、支払い時期についてもまだ分かってはいないため、多くは契約した一社(業務委託先の元請業者)が、借入をおこして先行して支払っています。

緊急雇用創出事業についてはいろいろな運用上の問題があることは、震災前から指摘されていたことかと思います。マクロで見れば政府による総需要の創出ということになるでしょうけれども、ミクロで見れば、委託、直接任用ともにギリギリまで削減された行政機能の下請(アウトソーシング)でしかないため、非正規労働者の賃金単価が原則となってしまいます。gruza03さんご指摘の賃金が違うという点は、外部労働市場の非正規労働者を対象としていながら、役所の臨時職員賃金がその相場賃金ではなく、議会の議決を経て役所の内規で決まってしまうという点に起因するものと思われます。これは日本の外部労働市場では例外的な現象であって、ある意味「役所の常識は世間の非常識」の典型例なのですが、かといって「古い公共」ケシカランな方から役所の臨時職員賃金を外部労働市場に連動させるべきという議論が起きないのも不思議なところです。

まあ、彼らにとって大事なのは労働者保護ではなく、公的セクターの賃金水準を下げることにあるのでしょうから、臨時職員賃金を叩くことが、それに就く一般の方の所得を低位にはり付けてしまうという「官製ワーキングプア」の原因であることには気がつかないのでしょうけれども。

(念のため、災害時の緊急雇用については、賃金水準を低位にすることで次の職への移行を促す目的もありますので、賃金が低いことには一定の理由があります。戦後の失業対策事業への反省ですね。)
2011/06/15(水) 07:36:53 | URL | マシナリ #-[ 編集]
お忙しい中、コメントありがとうございます。

>一部のNPOには「生活に余裕のある俺たちが助けてあげるんだ」という雰囲気を感じることがありますね。

 「新しい公共」が、「ネオ・ノーブレス・オブリージュ」という面があることは、以前から感じられることで、「ボランティア休暇」「ワークライフバランス」「36協定批判」等が、そのような制度を整備できる労働者を特権階級化してしまうこと、是認することにはかなり抵抗感があります。
 この辺りは、労働問題における「連合」と「労働法関連の学者」への不信感を抱く部分でもあります。
 
>先日も、赤十字の「家電6点セット」の支給対象が仮設住宅に限られていることに対して、企業が提供した社宅に避難している方や家財を流されて自宅の2階で避難している方から強い不満が出されていて、義捐金の範囲内で公平に対応せざるをえない赤十字の担当者が「どうしたらいいのか教えてほしい」と困惑しているという記事が地元紙に載っていました。私も、「新しい公共」大好きで「古い公共」ケシカランな方ならこうした状況にどう対応するのか、じっくり教えていただきたいものです。

 恥ずかしい話ですが、この話は地元の話です。
 この話の前に、「家電6点セット」を売却する仮設住宅入居者の問題があって、赤十字としても判断に来るしむ例が多発しているようです。民有地に建てた仮設住宅にしても、所有者である被災者が2年後には、仮設住宅を建てた仮設住宅をタダで貰えることを前提としていることもあったりと、メディアが伝えるほど、美しいく慎ましい被災者という面は本当は無いのです。「貰えるものは何でも貰う。タダだから。」
 地元で5階建てのRC造の社宅を有するのは、新日鐵とJR東日本と東北電力ぐらいなものです。個人的には、そのような社宅を有する労働組合が援助すればよい話で、「新しい公共」がそのような方達への支援をすればよいだけではないかと感じています。この辺はブログにも書きましたが、被災した地域で雇用を維持することの困難さに対し、個人への援助は多大なるものがありますが、被災した企業に大してはまったくと言っていいほど支援がないことが、雇用を維持し、社会保険等を支払い得る労務費の適切な支出をお願いしたいところではありましたが、どうもして貰えそうにありませんね。その点は、緊急雇用対策事業に期待することが間違いなのでしょうね。

 瓦礫撤去にみられる労務単価については、国土交通省の平成23年度が適用になっているようですが、国は100%で算定しているようなので、「国直轄」を主張する方達が出てくるのは、県・市町村では、労務費を削られるというのもありますから、 「官製ワーキングプア」が生まれざるを得ないことを何で、「労働関係者」が推進と奨励をしてきたかは疑念を持っているところです。
2011/06/16(木) 07:10:47 | URL | gruza03 #DgdRcaA.[ 編集]
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