--年--月--日 (--) | Edit |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


2011年04月18日 (月) | Edit |
災害関係のエントリをアップしようと考えておりましたが、通常業務に忙殺されてしまっているうちに震災から1か月が過ぎ、5回目の金曜日が過ぎてしまいました。正直なところ、ここしばらく被災地の現場に足を運ぶ機会がなかったため、災害関係のエントリを書こうにも、現場の状況を踏まえた議論ができない状況です。そうはいっても当地は被災地と隣接しておりますので、伝え聞いた範囲で考えたことをメモしておきます。諸事情により個別具体的な話では書けませんが、状況を推し量っていただけると幸いです。

1 平常時のプロフェッショナル

ここ数回のエントリで強調してきたところですが、震災直後の非常時には、その非常事態に応じたプロフェッショナルこそが求められる状況がありました。瓦礫の下敷きになった生存者の救助や、怪我を負いながら避難してきた方への救急治療、瓦礫の撤去による交通網の復旧などが非常時において最優先される作業ですので、この任に当たるプロフェッショナルがまずは必要となります。

しかし、震災発生から1か月以上が経過した現在、次第に被害の全容が把握されるようになり、破壊され尽くされた上下水道の復旧や生活の場となる仮設住宅の建設、所得を得る場となる事業所や漁場の整備には、数か月単位ではなく数年単位での期間を要することが明らかになりつつあります。福島の原発周辺地域では、場合によっては立ち入りそのものが長期間にわたって制限される事態も想定されるところです。

となると、それだけの長期間にわたる支援活動や復旧活動は、非常事態に対応するプロフェッショナルだけでは対処しきれなくなります。震災直後はボランティアで駆けつけていただいた運送会社の方々も、数日、数週間ならいざしらず、1か月以上の期間にわたって無償で活動し続けることはできません。もちろん、自衛隊や消防、警察も、非常態勢を長期間維持することは不可能です。実際に、現場で獅子奮迅の活躍を続けている自衛隊員の中にも過労で倒れる方が少なくないと聞いております。訓練を積んでいる自衛隊ですら疲労が蓄積している中では、支援する側も共倒れになってしまわないよう、一方で、被災された方々の捜索、生活支援も滞らないよう、長期戦を見越した人的リソースの割り当てが必要な段階となっていると感じます。

したがって、被災された方の生活再建を最優先としながらも、その支援に当たる関係機関の兵站を整えることが必要だろうと考えます。問題は、そうした支援体制の平常化すら許されないほどに被害が広範囲かつ甚大にわたる被災地の状況にあるのですが、長期戦となることが避けられないからこそ、平常時の体制で緊急に作業を進めるという難しい舵取りが求められるわけです。平常時の体制を維持しつつ、その平常時の働きにプラスして災害復旧に当たらなければならない状況にあっては、なおさら平常時の体制をいかに維持するかが重要となるのです。

例えば、スーパーやコンビニで代金を払って買うというプロセスが機能していないからといって、食料品や日常品を消費するという行動を変えるわけにはいきません。小売りが機能していようが機能していなかろうが、その前の段階の卸売りが通常どおり機能してさえいれば後は配分の問題をクリアすればいいので、物流部門が通常業務にプラスして無償で供給される支援物資を現地まで運び、現地では、行政やボランティアがそれらを供給するという仕組みを機能させるという役割分担が望ましいでしょう。行政分野も同様に、日々の予算執行はできるだけ通常どおり行うことによって被災された方々以外の日常生活を保障しながら、被災者の方の生活再建に取り組まなければなりません。

となると、当然、そのプラスアルファの部分の作業に当たるマンパワーが必要となるわけですから、被災地以外の同業者による同業者の事業への支援が決定的に重要となります。公務員の世界では、全国知事会や全国市長会が率先して職員を現地に派遣する取組を始めていますが、民間の事業者におかれても、ぜひ被災地の支援のために人員をご提供いただくようお願いいたします。

2 労務管理のプロフェッショナル

上記と関連しますが、当面の災害復旧のためには瓦礫の撤去、仮設住宅の建設、遺留品の捜索、残った家屋の清掃などの労働需要が見込まれます。前回エントリで取り上げたCFWの取組のように、被災された方にそれらの業務に従事していただき、賃金を得ながら自助による生活再建に取り組んでいただくためには、これらの労働需要と被災者の労働供給をマッチングさせ、かつ現場の労務を管理しなければなりません。被災地や被災された方を受け入れている自治体では、臨時職員として被災された方を任用してこれらの業務に従事していただくという取組が進んでいますが、場所によっては数百人単位の任用を予定しているところもあると聞いております。

しかし、事業所外の作業に自治体の臨時職員が従事するとなると、みなし労働時間制とか指揮命令の問題が生じますし、労災の際の対応が難しくなることも考えられます。何より、上記のようなプラスアルファの業務を抱えている被災地の自治体職員にとっては、多数の臨時職員の労務管理をしている余裕はありません。CFWの取組がどの程度機能するかは、こうした労務管理や賃金管理を円滑に進めることができるかに大きく依存すると考えますので、前回エントリのとおり、人材ビジネスの分野からもご協力をいただけるとありがたいです。

なお、これについては、政府内でも復興基金のような形で雇用を創出しようという動きがあるようですが、お金だけもらっても使える状況にはないというのが実情です。やるべき作業は瓦礫の撤去や仮設住宅の建設などほぼ決まっているわけですから、労務管理体制を現地で構築する仕組みと併せて予算措置することが効率的です。間違ってもこの期に及んで「地域が主体的に」などというべきではありません。

3 国と都道府県と市町村と公共事業体が提供する公共サービスは不可分

前回エントリで取り上げた財源問題にも関係しますが、最近の報道でよく取り上げられるのが東電の補償問題です(実をいうとほとんど家にいないか、いても寝てばかりなので、新聞をパラパラとめくるくらいしか報道を見ていないため、以下はあくまで印象論の範囲です)。原発事故は想定外の津波によるもので不可抗力の部分はあるでしょうし、その後の対応にも後手後手となっている印象はありますが、東電がそのような対応をしているのは、利用者である東電管轄内の住民の支払う電気料金の範囲内であるということも事実でしょう。「想定外をなくすまで徹底して防災に取り組むべきだった」という批判もあるようですが、想定外をなくすまでの料金を払っていいという方は一体どのくらいいるのだろうかと疑問に思ってしまいます。

東電の対応に重大な過失があれば、その範囲内で損害賠償問題が発生するかもしれませんが、不可抗力の部分までを東電の責任とするのは一足飛びの議論ではないかと思います。あるいは、東電管内の住民の方がその管轄内で起きた事故については無過失であっても損害賠償の原資を負担するということであれば、東電の責任を全面的に認めて損害賠償するべきという議論もあり得るかもしれませんが、いかにも平衡を欠いたものと言わざるを得ません。今回の事故は地震という不可抗力に起因するものであって、その損害賠償を事業体のみに負わせるのではなく、その損害の規模からしても国民全体で負担し合うことが必要ではないかと思います。

このことは、「国が瓦礫の撤去費用や仮設住宅の建設費用を負担するべきだ」とか「漁場や事業所の再建費用は国が補償すべきだ」という議論にもいえることで、「国」というのがその国民が支払う税金によって運営されるものである以上、「国が負担する」ということは「国民全体がその費用を出し合う」ということにほかなりません。この点において、リフレ派と呼ばれる方々の一部には「復興税なんてけしからん。国債の日銀引き受けでデフレも克服して一石二鳥」という議論もありますが、誰が引き受けようとも国債は日本国民が総体で負担することに変わりないはずですから、復興税のみを否定する論拠にはならないように思います。議論すべきは復興税と長期国債発行の適正な規模とその支出先をどうするかであって、財源論がそれに先行すると議論のリソースが非効率に配分されてしまいます。国債の日銀引き受けの実現にのみ効用を見いだす方ではなく、災害復旧によって生活再建しようとする方の効用を最優先にしなければなりません。

なお、前々回エントリで拙ブログには珍しく地方分権を推進するようなことを書きましたが、もちろんナショナルミニマムを確保し、公共サービスのネットワーク外部性に配慮するのは国の役割です。日本においては市町村が公共サービスの主体的な担い手になっていますが、都道府県は市町村より広域での公共サービスを効率的に供給しなければなりません。つまりは、それぞれの公共サービスが一体となってその住民の生活を保障しているわけであって、住民の個別具体の状況に応じてその利用の仕方が異なるというのが実態です。90年代以降の政治状況はこれらの公共サービスを切り分けることに精力を費やしてきましたが、災害復興においても行政不信をテコにそれらを対立させるのではなく、行政の機能を再認識して国と都道府県と市町村を有機的に結合させていく契機になることを願ってやみません。

このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーサイト


コメント
この記事へのコメント
「東電の賠償を全国民が負うべきだ」って原発が無く火力メインで高い電気代を払ってきた沖縄にとって不公平だし、沖縄以外でも原発比率の違いによって不公平だ。

原発賠償を税金でやるなら、どんどん原発を立てて電気代を下げたほうが得になるが、それって車で例えれば「低燃費車への減税」なわけで、負の外部効果を垂れ流しているということ。
2017/01/02(月) 05:16:11 | URL | 自由主義者A #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。