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2011年02月01日 (火) | Edit |
気がついたら1月のエントリが実質2つだけで終わってしまいましたので、とりあえず近況報告的にメモなど。

前回エントリ以降の世間的な動きの中で、個人的に興味深かったのは与謝野馨氏の経済財政担当大臣としての入閣でした。個人的に与謝野氏の経済政策観には疑問符が付くものの、そのことと現時点で緊急の課題である社会保障の財源確保のどちらを取るかといわれれば、負担増を正面から議論するためには、一見財政再建主義者のように見える与謝野氏であっても、その政策を支持せざるを得ないというのが正直なところです。

拙ブログでは個人的なことは極力書かないようにしているんですが、私の立場を明確にするためにその禁を破るなら、私には障害を持つ家族がいるので、社会保障の財源確保は私自身の生活がかかっている問題です。もちろん、国レベルで経済成長の恩恵にあずかることができて、それによって税収や社会保険料が増えて社会保障が拡充されるのであればそれに越したことはありません。私がリフレーション政策を緩やかに支持するのも、そうした応能負担あるいは受益と負担の関係でいえば負担よりも受益が上回る立場にある者として、負担していただく他の国民の方々にもパレート最適な効用の改善が必要だろう、そうしないと負担増にコンセンサスが得られないだろうと考えていたからです。

ここで「考えていた」と過去形にしたのは、以前は所得再分配のための原資としてリフレーション政策による流動性の供給を期待していたものの、どうもそれではパレート最適なパイの拡大は望めないのではないかと考えるようになったからです。念のため、供給を受ける社会保障の拡充のためとはいえ、負担が増えれば差し引きのネットの余剰は減りかねないわけですから、私自身にとっても経済成長による財源調達の方が望ましいのはいうまでもありません。ところが、これだけ債務残高が積み上がってしまえば、デフォルトを避けるため債務償還を優先しなければならないわけで、その結果、社会保障などの政府支出への充当は後回しになってしまいます。

左派的な方々が批判するバラ撒きとかムダな政府支出が皆無ではないとはいえ、国民が負担した財源が政府に支出されるその先までが一律にムダなわけもなく、特に負担よりも受益が上回っている家計にとっては、政府支出の削減は単純な効用の縮小となります。実をいえば、毎年30兆円以上の公債を発行している現在の日本の財政状況からすれば、私のような特殊事情を持ち出すまでもなく、負担より受益が上回っている家計が大多数です。負担増を嫌って歳出削減ばかりを推し進めてしまうと、特に低所得層や稼得所得の低い層が自らが負担する分を越えて受益している公共財を、その層に限って減少させることになる可能性が高いということを理解する必要があると思います。

たとえば、公共事業のような資源配分的な政府支出を削った場合が典型ですが、公共事業が削減されると同時にそれに従事する労働者の所得や雇用は安定しなくなります。公共事業という政策そのものは資源配分的であるとしても、その政府支出が一定の労働者の所得と雇用を確保して所得再分配的に機能していたということもまた事実だったわけです。したがって、それを補完する所得再分配政策がなければ、その一定の労働者は減少した所得と不安定な雇用に直面してしまいますし、それがひいては経済成長そのものを阻害することにもなりねません。もちろん、公共事業に特化した労働者はホールドアップ問題にも直面しますので、雇用を流動化させたところで簡単には次の職を見つけることはできません。ここでも職業訓練という所得再分配政策が必要となります。

結局のところ、いくら経済成長したところで、その裏で政府支出が削減されて所得が再分配されないのであれば、その恩恵は、市場での取引によって優位な立場にある主体(企業や富裕層などの資産を豊富に有する主体)が獲得することになり、結果的に経済成長そのものも限られたものとなってしまうと考えます。このため、所得再分配制度とその財源を整備することにトッププライオリティを置いて、リフレーション政策は緩やかに支持するに留めるというのが、現在の私の立場です。

実はいま、私淑している某先生に勧めていただいてケインズ関係の書籍を読んでいるところなのですが、ケインズ研究の第一人者である伊東光晴先生が指摘するケインズの問題意識からすると、ケインズが創始したマクロ経済学という分野がいかに変節してしまっているかが感じられます。

 ケインズはロビンズのように経済的効率を資源配分の問題として表現してはいない。しかし、配分論が目的とする経済的合理性ないし効率性を、追求すべき問題のひとつにしていたのは経済学者として当然だったのである。
(略)
 ケインズにあっては、経済問題と政治問題はつねに交叉し混ざり合っていた。現実の政策に関係し続けたかれにとって、それは当然のことである。したがって、経済問題としての経済効率と社会的公正と、後に述べる個人的自由の問題が、かれの追求すべき問題であった。問題はその位置づけであり、同時に三者の関係である。
pp.29-30

現代に生きるケインズ―モラル・サイエンスとしての経済理論 (岩波新書)現代に生きるケインズ―モラル・サイエンスとしての経済理論 (岩波新書)
(2006/05/19)
伊東 光晴

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※ 以下、強調は引用者による。


このような問題意識に基づくケインズは、したがって、

 道徳哲学を一方の轍とするならば、他方の轍は望ましい社会を作ろうとする道徳科学(moral science)―19世紀のそれとしてはベンサム=リカード体系、つまり政治学と経済学―であり、ケインズの意図したのは、その現代化であったが、同時に重要なことは政治学者バークから学んだその学問の特質であった。「政治学も経済学も手段の学問である」―これが若きケインズがバークから学んだものである。
(略)
 ケインズが保守的政治学者バークから学んだ重要なことは、ひとつであったと言ってよいであろう。バークの思想についても、それが求めた政治体制についても、ケインズは同調することはなかった。かれが学んだのは、政治あるいは政治学は、手段あるいは手段の学問であるということであり、政治理念が普遍的なものとして存在し、その実現のために政治があるというのではなく、普遍的目的は外から与えられ、その実現の手段として政治があるという考えである。
 ケインズはこの考えを引き継ぐ。経済も経済学も、それ自身の中に目的があるのではない。政治も政治学もしかり。ケインズにとって実現されるべき目的は、ムーアによって導かれた人間の生き方であり、それについては保守的政治学者バークからは何も学んでいなかった。
pp.31-33


として、経済的効率と社会的公正と個人的自由のいずれかを優先するのではなく、それらの関係を調整する手段として経済学の理論を構築したのだと思います。同書によれば、このうち個人的自由を追求していったのが、ハイエクやフリードマンらの後にシカゴ学派と呼ばれるアメリカ・ケインジアンの流れとなり、サミュエルソンの新古典派総合につながることになります。ケインズが否定した方法論的個人主義が採用されて、ミクロ的基礎に基づいたマクロ経済分析へとつながっていくというのも歴史の綾を感じますが、理論的な部分の論争については、浅学な私には判断できません。ただ、手段としての経済学の正しさ云々を議論するよりも、その経済政策によって実現される予想される社会のあり方の議論にこそ意味があるだろうとは思います。

そのような立場からすれば、与謝野氏の経済財政運営に全幅の信頼を寄せられるか疑問なしとしないとしても、少なくとも負担増による社会保障の財源確保を掲げて、社会保障を平等消費できる社会を目指そうとしている与謝野氏の政策までを否定できるものではありません。

この点の議論の混乱は、権丈先生の勿凝学問354を引用されているhamachan先生のコメントが的確だと思います。

権丈節健在。

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare354.pdf

皮肉なのは、日本の揚げ塩風味「りふれは」というのは本家アメリカのリフレーション論者とは逆に公共サービスと社会保障を敵視するフリードマンの党派に成りはてているということでしょう。

>・・・まぁ宰相が「強い社会保障」なんてことを言ったとき、昔ながらの経済学者達が、一斉に経済学の教科書通りに、成長と社会保障が緊張関係にあることを、いたる媒体を使って批判していたシーンをみるのはなかなか楽しいものがあったわけだ。

>・・・2009年に、ケインジアン系の社会保障論が表に出てきたとき、条件反射的にフリードマン系の経済学で、懸命に批判している人たちをみて微笑ましいものがあった。

昔だったら、これを「ねじれ」と呼んだところですが、もはやねじれですらないというべきでしょうね。まあ、敵が明確になるというのは悪いことではありません。

要するに、社会保障をケインズが語るかフリードマンが語るかなんだよ@権丈節(2011年1月28日 (金))」(hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)


いやまったく。

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