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2010年12月06日 (月) | Edit |
子供のころ流行っていた「いじわるクイズ」で、「大阪城を建てたのはだれ?」「豊臣秀吉!」「ブー。大工さんでした!」というのがありましたが、いまもあるんでしょうか。「大阪城と豊臣秀吉」以外にも、「法隆寺と聖徳太子」というバリエーションもありましたが、ときの権力者が作れといえば、技術者がかり出されて壮大な建築物やら制度が作られるというのは古今東西を問わず見られる現象ですね。その建築物やら制度の構築を指示した為政者が称えられることはあっても、その構築物とか制度を構築した技術者が称えられることはほとんどないのも洋の東西は問わなそうです。たとえば、大阪城や法隆寺が残っていなければ、当時の建築技術がたいしたことなかったといわれるでしょうし、現存しているからこそ、豊臣秀吉や聖徳太子の権勢が現在に伝えられることになるわけです。

というようなことを考えているとき、とりあえず録画しておきながら、また官僚バッシングだけなんだろうなあと思って見る気がしてませんでしたが、NHKスペシャル「862兆円 借金はこうして膨らんだ」を見てみました。まあ予想どおりではありましたが、一つの典型的なマスコミ論調ということで備忘録的に起こしておきます。とりあえずの聞き取りですし、聞き間違いやタイポもあると思いますがご容赦ください。なお、発言者名の次に(証言録)とあるのは、この番組で資料とした証言録からの引用、コロンがあるのはインタビューやVTRでの発言、そのうち(当時)とあるもの以外は現時点での発言です。

〔37分ころ〕
 政界を離れ、神奈川県湯河原町で暮らす細川元総理。当時政権交代を実現し、国民から高い支持を得ていました。斎藤(注:平成5~7年当時の斎藤次郎事務次官)の消費税引き上げ案をどう受け止めたのでしょうか。

細川元総理
「とにかく食い逃げ(減税のみ実施)だけは絶対に困ると。ま、それは大蔵がいつも言うことですけど。だからもう、増減税一体論というものを譲らないという、そういうかなり頑なな姿勢でした。大蔵省だけ残ってね、内閣が潰れちゃうと、そんなことは、政権崩壊しちゃうと。そんなことはとても許せる話じゃないよと。そんな話は成り立たないということで、かなり強く言いましたね。」



大蔵省が残るということは、日本という国の財政が残っているということですから、コロコロと変わる内閣とか政権とかより遙かに大事ではないかと思うところですが、政治家の皆さんにとっては国の財政より政権の維持の方が大事なのでしょうね。
そんな細川総理に愛想を尽かした(?)斎藤事務次官(当時)は、連立政権内の実力者である小沢一郎氏から内々に承諾を得て国民福祉税の導入に動くわけで、この結果、周知のとおり実際に「政権崩壊」してしまいます。小沢氏が消費税引き上げに消極的になるのはこの経験も大きく影響しているのでしょう。

〔38分ころ〕
 このとき斎藤は、もう一つの問題「政治との関係」に直面します。証言録には、与党経験の浅かった細川政権に対する赤裸々な言葉が記されていました。

斎藤事務次官(証言録)
一番困惑したのは、政治の層の薄さと申しましょうか、いろいろなことがすぐに外に漏れてしまうことでした。自民党であれば、私どもが申し上げたことを、自分たちの考え方に練り上げた上で外に出すというプロセスがありました。しかし、その過程が全く無く、すべてがストレートに出てしまうことが多かったのです。」


政権交代によって与党の座についた元野党において政治の層が薄くなるというのは、17年前も現在も変わりはないようです。一連の情報漏洩もこうした現象の一環と考えるとわかりやすいのかもしれませんね。

〔40分ころ〕
 増税という、本来なら広く国民の理解を求めるべき問題。齊藤の行動はそれをおろそかにし、強行突破を図ろうとしたと、後に批判されます。

細川総理(1994年2月当時の会見)
「国民福祉税を創設をしまして、消費税を廃止をします。税率は7%ということでございます。」


 真夜中、唐突に発表された税率7%の増税構想。与党や国民の大きな反発を招き、一日で白紙撤回されました。その結果、減税だけが残ったのです。その減収分は結局、赤字国債の再開によって賄われることになりました。

細川元総理
「ま、大蔵のほうは、一つは内閣の支持率が高かったから、それでその勢いに乗って、この際消費税もという、そういう思惑もあったでしょう。無理心中でいけるところまでいくかという、そんな気持ちも若干はありましたけども・・・まあ、ちょっと、少し乱暴だったと思いますね。」


なぜ増税が必要なのか、国民の理解を得られず失敗した大蔵官僚たち。日本の借金は、その後も積み上がっていったのです。


うーむ、この辺は私の理解が及ばないところなんですが、国の財政よりも政権維持を優先した当時の内閣が減税だけを「食い逃げ」したわけで、大蔵省は財政再建のために税率をアップすることを画策していたのに、結局失敗したのは大蔵官僚だったと断定してしまうのは、どういう理屈なのでしょうね。

ここでスタジオに戻ってこんなやりとりが繰り広げられます。

〔42分ころ〕
首藤アナ
 税金は、私たちの生活に密接に関わっているものですから、私たち国民の理解がないと、成り立ちませんよね
城本解説委員
 そうですよね。だからこそ、税とは政治そのものであるといわれるわけですね。でも、大蔵省きってのエリートといわれた二人なんですけれども、借金体質から抜け出すためにはどうすればいいのか、そのことを真剣に考えていたことは間違いないと思うんですね。ただ、国民の理解を得るという点では、必ずしも十分とはいえなかったと思います。結果的に、このエリートたちの失敗が、国民の税に対するアレルギーを強くしてきたということもいえると思うんです。
首藤アナ
 でも、増税の前に、税金のムダ遣いをなくすべきかと思うんですけれども。
城本解説委員
 そうですね。いま「事業仕分け」に関心が集まっていますよね。これ、国民の間にはですね、行政がまず税金のムダ遣いをなくすべきだという声が高まっているからだと思うんですね。そうはいっても、関係者の利害がぶつかり合うために、何がムダかということを判断することは、難しい面があってですね、歳出を減らすというだけで財政を立て直すのは容易ではないというのも現実なんです。このため、大蔵省は増税にこだわり続けてきたというわけなんですね。


さらにさっぱりワケがわかりませんが、「歳出を減らすというだけで財政を立て直すのは容易ではないというのも現実」であるのに、それを実現しようという大蔵省が失敗したんだということは、「増税の前に税金のムダ遣いをなくすべき」という現実を見ない「民意」には何の疑問も挟まれないのでしょうか。現実を見ない民意があって、それが選択した政権交代だったからこその財政再建の失敗だったのでしょうし、その後自民党が政権に返り咲いたのも、そうした民意が選択した結果である以上、財政再建が理解を得られないのも当然の成り行きではないかと。

番組はこの後、増税できなかったのは大蔵官僚の失敗だと断定した上で、橋本行革での財政再建路線が政治主導で進められたことが肯定的に描かれながら、大蔵官僚に「自分たちにも責任がある」と言わせたところで証言録は締めくくられます。

〔48分ころ〕
 大蔵官僚が将来の財政の姿を描くことができなくなった借金急増の時代。一体どのようにして陥っていったのでしょうか。
 その前の年、平成9年。借金が増え続ける中、政治が財政の建て直しに向き合おうとしていました。橋本内閣は、大幅な歳出のカットに乗り出しました。歴代の総理大臣らを中心とした会議を開き、その権威を借りて反対意見を押さえ込んだのです。
 当時、官房副長官としてこの会議を取り仕切った与謝野馨衆議院議員。財政再建を政治主導で進めることが狙いだったといいます。

与謝野馨元官房副長
「中曽根さんもいれば、竹下さんもいれば、宮沢さんもいれば、大蔵大臣もいれば、現職の総理大臣もいれば、というんで、次官や主計局長なんてのはまったく抵抗できない体制でやったわけです。官邸が主導でものごとをやった。日本の政治史の中でもっとも珍しい、というか画期的な会議だったと思っています。」


 この時期、大蔵省は目立った動きができなくなっていました。当時の事務次官、小村武は証言録でこう語っています。

小村事務次官(証言録)
「私は常に政治主導と叫んでおりました。大蔵省主導という印象を与えると、反発が強く、うまくいかない。われわれは黒子に徹しようと呼びかけました。」


(デモ隊の女性によるシュプレヒコール「大蔵官僚は恥を知れー」)

 当時、大蔵省に対する風当たりが強まっていました。天下り先への税金投入。過剰接待などの不祥事。大蔵省は国民の批判に晒され、このころから政治の影に隠れるようになったのです。橋本政権は、6年間で財政国際から脱却するという財政再建計画を決定。さらに、消費税を5%に引き上げました。
 政治主導で財政再建に道が開けるかに見えたこの時期。別の危機が差し迫っていることに、大蔵省は気付いていませんでした。

(山一証券社長会見(当時)「私らが悪いんであって、社員は悪くありませんから!」)

 拓銀破綻、山一証券廃業。大蔵省が先送りしてきたバブルのつけ。不良債権問題が火を噴き、金融不安が拡大。日本は底なしの不況へと陥り、財政再建も頓挫します。金融機関を監督していた大蔵省。そのトップだった小村は、次のように振り返っています。

小村事務次官(証言録)
「よもや金融危機がこんなに発展するとは、予想もしていませんでした。拓銀の財務状況が悪くなっていましたが、そのときでも心の底では、まだ大丈夫、何とかなるのではないかと期待を持っていました」


 金融危機を防げなかった責任を問われた大蔵省。発言力が急速に低下していきます。
 平成10年、経済再生を掲げ、小渕内閣が発足しました。大蔵大臣の宮沢喜一は、過去最大の景気対策を矢継ぎ早に打ち出していきます。

宮沢喜一大蔵大臣(当時の会見)
「金融再生のトータルプラン。それからもう一つは減税。与えられた時間の中で、できるだけ早く仕事をしなければならない。」


 中でも大蔵省が懸念したのは、巨額の減税。「財政危機を決定的にする」と反対の声も上がりましたが、結局受け入れざるを得ませんでした。加藤治彦元主税局長は、当時の様子をこう振り返ります。

加藤元主税局長
まさに判断。政治判断でありますのでね、それを当時の私の立場では、それを尊重すべきものだと、尊重せざるを得ない当時の判断だと受けとめていましたけどね。それ以上でもそれ以外でもありません。」


 さらに、連立政権の時代に入ったことが、財政に影響をもたらしました。連立を組むために各党の主張が次々と採り入れられ、予算が拡大したのです。このころの証言録からは、大蔵省の無力感が伺えます。

武藤敏郎事務次官(証言録)
「自由党が社会保障の税方式。公明党は児童手当。自民党も介護保険を徹底的に見直せとか、新幹線問題も一生懸命やられて、財政支出拡大の方向に競い合うようにして走りました。」


涌井主計局長(証言録)
「商品券を配りましょう。これは公約になっていたんです。連立の話が絡んでいたので、とにかく政治的なコストと考えてやってくれということでした。」


 証言録で当時の迷いを語った田波元事務次官。ここまで借金を膨張させてしまったことをどう考えているのでしょうか。

田波元事務次官
「これを回復するための努力が完全に力を発揮することができないまま、ずるずる来ていると」
インタビュアー
「ものすごいツケをそこで後世に残してしまった。その辺りについてはどういうふうに思いますか」
田波元事務次官
「そうですね。これはある意味でやはり、われわれを含めた責任があると思います」


 バブル崩壊から今日に至る日本経済の低迷。財政の番人、大蔵官僚たちは結果としてその責任を果たすことができませんでした
 借金膨張の時代に主税局長を務めた尾原榮夫。証言録の最後をこう締めくくっています。

尾原主税局長(証言録)
「どうすればよかったのか。悪夢のごとくよみがえるときがあります。」


それにしても、「拓銀破綻、山一証券廃業。大蔵省が先送りしてきたバブルのつけ。不良債権問題が火を噴き、金融不安が拡大。日本は底なしの不況へと陥り、財政再建も頓挫します。金融機関を監督していた大蔵省。」というのは、大蔵省の責任を強調するのにあまりある表現ですね。

なるほど、橋本内閣では政治主導で財政再建を進めようとしたのに、大蔵省が金融をきちんと管理しなかったから金融危機が発生して、そのせいで橋本内閣は減税だけを先行させる政治判断をして、連立を組んだ各党から財政拡大要求が出される羽目になったということでしょうか。・・・ん?1997年にはアジア通貨危機ってものあったんですが、これも大蔵省の責任だということなんでしょうね。というか、大蔵省がもっと強力に管理していれば金融不安は起きなかったとしても、「大蔵官僚は恥を知れ!」と叫んで大蔵省の権限縮小を求める民意があるのに、それを否定するような権限強化が政治的に可能なのかは大いに疑問ではありますが、NHKスペシャル的には大蔵省に責任があるといえばオールオッケーな感じです。

ところが、これだけ摩訶不思議な論理展開でまとめられたVTRを受けたにも関わらず、最後の締めくくりが至極まっとうな意見になっているのがさらに摩訶不思議なマスコミマジックです。

〔55分ころ〕
城本解説委員
 政治が迷走して、官僚も信頼を失うという中で、誰も責任を持って借金の拡大を止められなかったということがわかりますね
首藤アナ
 政治も大蔵省も、一体何をしていたのかといいたくなりますね。
城本解説委員
 ええ。実はこの後もですね、政権がコロコロ変わるといったような不安定な状況の中で、目の前の課題への対応ということに追われてですね、問題の先送りが繰り返されて、そして借金が膨れ上がる一方ということになっていったわけです。
 今回、私たちは50人以上の大蔵官僚に取材を申し込みました。この中には、「過去を振り返っても意味がない」と、「いまどうすべきかを考えることが先だ」という理由で応じなかった人もいました。しかし、本当にそうなのでしょうか。過去何度も繰り返された失敗の原因を検証することにこそ、日本再生のヒントがあるのではないかと思います。
首藤アナ
 過去に向き合う姿勢が大事だということですね。
城本解説委員
 そうなんですね。ただ、これは政治家と官僚だけの問題ではなくて、私たちにも必要なことだと思います。日本が借金をしてでも社会保障や公共事業の拡大を繰り返してきた背景には、国民の側がそれを望んだという面があることも否定できません。
 また、私たちメディアも官僚や政治の政策判断を十分にチェックしきれていなかったということにもなると思います。
 日本はいま、かつてない厳しい時代に入っています。人口減少や国際競争力の低下、そして雇用の悪化など、戦後日本の土台が崩れようとしているといっても言い過ぎではないと思います。今回の取材を通じて見えてきたのは、その場しのぎの借金をして将来に問題を先送りするのではなく、今こそこの国の形を真剣に考える必要があるということだと思います。


意味のない両論併記をすることによって、だれも反論のできない正論が創りあげられてしまうというマジックがある限り、たとえそれが「現実を見ない民意」をより加速するものであっても、マスコミは常に「正しい」ポジションを取ることができます。いやまさに「過去何度も繰り返された失敗の原因を検証することにこそ、日本再生のヒントがある」のですが・・・

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