2010年11月29日 (月) | Edit |
この件についてはいつかまとめておかないとなと思いつつ、ちょっと扱いを間違えるといろいろやっかいそうなので筆が進みませんでしたが、前回エントリのコメ欄で再度HALTANさんに取り上げていただいたこともありますし、この機会を利用して現時点の考えなどまとめておきたいと思います。

まずは、前回エントリに通公認さんからいただいた二つ目のコメントにお答えしておくと、

「中には」と書いている時点で、部分の話を全体に適用しているわけで、すっかり斜め天誅状態です。「○○氏が嫌い」と素直に言った方が良いのではないかと。それに、俗にリフレ派といっても、政治結社でもなんでもなくて、金融政策の重要性を強調している人たちなだけなわけで、たまたま経済政策に求めるファーストプライオリティーが一緒なだけなわけで、それ以外の政策については、完全に呉越同舟状態というか、仮にリフレ的な政策が実現されたら、今度はセカンドプライオリティーになっている政策で意見の相違が生じてお互いに論争を始めるでありましょう。

というか、リフレがどうこう以前に、「政府・日銀が景気対策をしっかり行うべきである」という意見に対する意見対立のほうが結構根深いように思いますが。どうなんでしょう?

あと、少なくとも、日銀のデフレーションターゲットは成功していますので、市場の信任(意図に対して間違いの無い行動をとるという意味での信任)は厚いのではないかと愚考いたします。

2010/11/24(水) 22:51:14 | URL | 通公認 #JalddpaA[ 編集]


「斜め天誅状態」というのが私の乏しい語彙ではよく理解できなかったのですが、その前段で「「中には」と書いている時点で、部分の話を全体に適用している」というのはさらに理解できませんでした。私のコメントの「「労働者の味方なり」と自任されるリフレ派の中には」という部分を指しているものと思いますが、リフレ派すべてが「労働者の味方」を自任されているかは判然としません。もしかすると、インフレによって債権の利払いを増やそうとしている資産家がリフレーション政策を支持しているかもしれませんし、その方がいくら口先で「私は労働者の味方ですよ」といったところで、その舌の根も乾かないうちに「労働組合なんか潰してしまえ」とか「公的職業訓練なんかムダの塊だ」といいそうで信用ならないのです。

また、「完全に呉越同舟状態というか、仮にリフレ的な政策が実現されたら、今度はセカンドプライオリティーになっている政策で意見の相違が生じてお互いに論争を始める」という呉越同舟ぶりが、bewaadさんのような悲劇を生み出したものと、個人的には考えております。つまり、リフレーション政策さえ実現すればそれ以外は主張が食い違っても構わないというオプティミズムに満ちたオポチュニズムが、各方面からのリフレーション政策に対する信頼を損ねているわけで、この点については、リフレーション政策支持者はもう少し注意を払わなければならないと懸念します。まあ、その典型が、上述のようにリフレーション政策を支持しながら、その一方でミクロな積極的労働政策を排除しようとしたり、地方の自己責任を強化しようとしたりする方々の言説なわけですが。

なお、「日銀のデフレーションターゲットは成功しています」というのも、これだけ「日銀はアホ」「コミットメントが足りない」と叩き続ければ、市場だけではなく一般の有権者もそう思うようになるでしょうから、成功しているのはあくまで市場の日銀に対する信認を否定することだと思いますよ。まあ、ものはいいようですから、「信認を否定する」という命題の裏を「信認がない状態を肯定する」と表現することもあながち間違いではないかもしれませんが。

というようなコメントをいただいたところですが、これを引用されたHALTANさんのエントリから各方面に議論が広がっているようでして、期せずして一部のリフレ派の方々の言説が各方面の信頼を損ねている実例となっていますね。

尤もあの人たちにすれば「いやアメリカの有名経済学者の誰某も市場の自由を訴えつつ中央銀行の必要性だけは否定していない」「だから私たちにも矛盾は無いんだ」と言うのでしょうが。それはそれで一方的に「日銀死ね死ね」言って中央銀行の必要性それ自体を否定するような物言いは止めるべきでしょうね。

私自身はリフレ派(ネットリフレ派)の主張はあの人たちに共感するような「首都圏在住」「一般企業勤務六大学程度卒ホワイトカラー」が気に入りそうなスローガンの寄せ集めと今は解釈しています(2010-11-23■[アホ文化人を退場させられない理由]リフレ派(ネットリフレ派)=反日銀・反霞ヶ関カルトと民主党政権の「類似性」id:HALTAN:20101123:p2)↓

(略)

「日銀・霞ヶ関死ね」「田舎者死ね」と言いつつ「失業率を低下させ日本国家を救う解答をオレ=アナタ(たち)ビジネスエリートだけは知っている!」というテイストにしておくのはなかなか有効ではあるでしょうね。
湯浅誠的「反貧困」とはまた違った方向からの「我こそは弱者・若者・労働者の味方なり!」ってポーズも一般企業勤務六大学程度卒ホワイトカラーの「オレたちはトーキョー=日本を動かすビジネスエリート」「ビジネスエリートのオレたちだけが日本を救える」という自尊心を満たすには必要なのかもしれません。

id:HALTAN:20101123:p2



(追記)

「いやオレはみん党には賛成してないよ」って人も居るのかもしれないが、外側からはどうしてもリフレ派(ネットリフレ派)=みんなの党別働隊に見える。そしてそうして色付きっぽくなった時点で「みん党みたいなのはヤダ」って人間の支持を「リフレ派(ネットリフレ派)」は失った事ぐらいは自覚して欲しい

■[アホ文化人を退場させられない理由]リフレ派(ネットリフレ派)=大都市部ホワイトカラーの慰撫思想(2010-11-25)」(HALTANの日記

※ 以下、強調は引用者による。


そういえば、拙ブログでも地方分権とか政策法務とか騒いでいる地方公務員について、同じようなことを書いたことがあります。

ところが、キャリア官僚の出身大学に比べれば一段下がる大学の法学部卒が大多数を占める事務系地方公務員は、政策法務の考え方をとることで「キャリアに独占されていた法律策定が俺たちにもできる!」とはしゃいでいるわけです。たとえば「俺は○○大(地元駅弁とかが多い)卒だけど、いままで東大とかの奴らに勝手に決められたことを俺たちが自分で決めてやるんだ」という、アンタも勝手に決めないで(気分の方が乗って参りましたので、どーでもいい歌を歌いました)。

政策法務(2008年09月21日 (日))


ネタが古いのはご容赦いただきたいのですが、「霞ヶ関の官僚は現場を知らない! 俺たちだって法学部卒なんだから官僚が作る法律に負けない条例を作れるんだぞ!」と吹き上がっている地方公務員ほど手に負えないものもありません。もともとが資源配分機能にしか特化できない地方自治体が、他の地方自治体や中央政府との間で、二重行政の排除と称して市場の失敗を奨励するような地方分権を主張するわけですから、自治基本条例とかの身の程知らずな条例が全国各地に作られることになるのでしょう。

このHALTANさんのエントリに対する反応の主なところが以下です。

ニセ科学批判程度になると、そこまでやらないので本気でないのがよく分かる。でも、もし実際に団体作ってあれこれって話になっても、リフレ派のなんたら会議とか、ネトウヨのなんたら会みたいな話にしか。。。いや、それほどにもならんな。参加者の数がないから。先鋭化したのが残るだけでしょうね


ネットのアイデンティティなんてこんなもんであって、それで簡単に突っ走ってしまう。もう明らかになってるのに、まだ釣られる人が少なくない。

なんでこうなってるのかは、よく分からない。

ネット○○派 part115(2010-11-25)」(今日の雑談


「政治集団でないからいい」というのは、リフレーション政策を支持する方々の中で、ミクロ政策についての主張が一致しないことの免罪符にはならないということだと思います。結局活動的なまでにエネルギッシュなのは先鋭的な主張をするグループでしょうから、それ以外の穏健的な(日銀の行動にも一理ある!)主張は淘汰されていって最終的には政治集団化してしまい、一般の有権者にとっては理解しがたいエリート集団にしか見えなくなってしまうのではないかと予想します。

これについては、

HALTANさんによる見事な知識社会学的分析:
http://d.hatena.ne.jp/HALTAN/20101125/p1([アホ文化人を退場させられない理由]リフレ派(ネットリフレ派)=大都市部ホワイトカラーの慰撫思想)

(略)

>・・・こう卑俗に解釈すれば全て繋がる事に気づきました(苦笑) 「悪者探し」の一方で同時に「アナタたちだけが日本を救える」と自尊心を満足させる合わせ技にして在るわけで、なかなか巧妙なマーケティングでは在りますw 更に強引に言えばこういうスローガンに引っ掛かるほど(?)今の大都市部ホワイトカラーの「オレ(たち)は損をしている」「オレ(たち)は正当に評価されていない」不満や承認欲求は凄いのかもしれませんね。
投稿: hamachan | 2010年11月26日 (金) 00時01分

松尾匡さんの人格と田中秀臣氏の人格(2010年8月21日 (土))コメント欄」(EU労働法政策雑記帳


とhamachan先生も引用されていますが、「更に強引に言えばこういうスローガンに引っ掛かるほど(?)今の大都市部ホワイトカラーの「オレ(たち)は損をしている」「オレ(たち)は正当に評価されていない」不満や承認欲求は凄いのかもしれませんね」という部分は、労働政策的にはとても興味深いところではないでしょうか。集団的労使関係による産業民主主義が崩壊しかかっている日本の労使関係において、大卒ホワイトカラーでありながら自らの労働条件すら自己決定できないのであれば、「正当に評価されていない」として承認欲求が高まることは想像に難くありません。

『千と千尋の神隠し』のカオナシのように、世のホワイトカラーの承認欲求をどん欲に吸収しまくってしまって、一部のリフレ派はすでに制御不能の政治集団になってしまっているのかもしれませんね。



(追記)
hamachan先生のブログのコメ欄からの引用部分で、肝心の部分を転載し忘れておりましたので追記しました。

なお、拙ブログでのいわゆるリフレ派に対する現在のスタンスについて、私自身の備忘録のためにサルベージしてみましたので、ご参考までに(と並べてみて、最近のトーンがやや過激に過ぎたかなと少し反省しております)。

「ダメな議論(c)飯田先生(追記あり)2008年11月30日 (日)」コメント欄
2008/12/04(木) 01:10:28 | URL | マシナリ #-[ 編集]

「求めるべきは政策至上主義(2009年03月31日 (火))」

「社会学という教養(2009年11月21日 (土))」

「マクロとミクロの溝(2009年12月10日 (木))」

「すり替えと割り当て(2010年03月22日 (月))」

「労働と政府支出・税収のバランス(2010年04月25日 (日))」

「経済成長と社会保障(2010年05月01日 (土))」

「協力を壊すのは誰か(2010年05月03日 (月))」

「マクロからミクロへのナローパス(2010年05月05日 (水))」

「贅沢なコンセンサス(2010年06月06日 (日))」

「呉越同舟の結末(2010年07月22日 (木))」

「大雑把な割り当て(2010年07月30日 (金))」

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コメント
この記事へのコメント
一応、2001年頃から金融緩和を主張して、自称RoR団の心の会員な僕は、最近「リフレ派の代表」と呼ばれているカイカク派が大嫌いです。僕は比較的大きな政府志向なので。そういう人も僕も一緒くたにして批判しているようなものいいに感じて心穏やかではないのですよ。まあ、僕が誰だろうと、どう思おうとマシナリさんには関係ない事ですが。

僕は人の好き嫌いで政策の支持を変えたりはしませんので、地方分権にもいわゆる政治主導というお祭りにも反対であることに変更はございません。

リフレ派って言っても、既にbewaadさんも銅鑼さんもいないわけで、以前とは指す対象が違ってきているのかなぁと思いつつも、僕はその辺に疎いわけで、批判するなら具体的に個人名を挙げていただいた方が、少なくとも、僕みたいな自意識過剰なアホが、こういうエントリーに感情的反発をしなくてすむようになります。
2010/11/29(月) 10:02:13 | URL | 通公認 #JalddpaA[ 編集]
> 通公認さん

> 一応、2001年頃から金融緩和を主張して、自称RoR団の心の会員な僕は、最近「リフレ派の代表」と呼ばれているカイカク派が大嫌いです。僕は比較的大きな政府志向なので。そういう人も僕も一緒くたにして批判しているようなものいいに感じて心穏やかではないのですよ。

お気に障る点があったようで、その点はお詫びいたします。通公認さんのコメントにはカイカク派への批判が多々含まれているので、一部のリフレ派とは異なる主張をされていることは承知しているつもりではあります。ただ、私のようなリフレーション政策を緩やかに支持している立場からすると、リフレーション政策をトッププライオリティとしてしまうと、再分配政策や政府間財政移転を忌み嫌う立場の方とも共闘しなければならなくなるわけで、そのような方を支持してしまったら、結局私の考える望ましい再分配政策が実現されないのではないかと大いに懸念してしまうのです。

確かに、ある政策を実現するためには一定の優先順位を付けることが必要だとは思いますが、どこにプライオリティを置くのかというのは大変難しい問題だと考えています。たとえば、私自身は地方分権を進めなければならない分野は確かにあるだろうとは思うものの、それがチホーブンケンやらチーキシュケンと自己目的化してしまうと、もともと貧弱な再分配政策とか労働政策がどんどん縮小されていくだろうとも考えています。このため、拙ブログではまず地方分権ありきの議論をする方を「チホーブンケン教」と呼んで揶揄しているわけです。

再分配政策も労働政策も、地方政府よりは中央政府の方に比較優位があるわけですから、それを地方政府の自己目的と化したチーキシュケンの中に落とし込んでしまおうという議論は、望ましい再分配政策を実現するというのがその目的であれば、自己撞着であるといわざるを得ません。

あくまで個人的な印象ですが、リフレーション政策にも同様の面があるのではないかと思います。経済の安定化と資源配分の効率性と再分配の公平性を図ることが経済政策の目的であるはずなのに、経済の安定化だけにプライオリティが置かれてしまうと、インタゲとか量的緩和とか為替介入というマクロの経済政策さえ実現できれば、その他の資源配分の効率性と再分配の公平性(特に後者)といったミクロの経済政策を排除しようという言説も許容されてしまいかねません。

ここで注意していただきたいのは、もちろんリフレ派の中には通公認さんのように大きな政府を志向して、政治主導とか地方分権に懐疑的な立場をとられる方がいらっしゃることは承知しておりますが、その一方で、高橋洋一氏のように補完性の原理だけを根拠に地方分権を推進したり、田中秀臣氏のように日本型サラリーマンを推奨して公共職業訓練を担う組織を排除しようとするような方がいらっしゃるというのも事実だということです。

実際に、たとえば本エントリで指摘したような公共職業訓練などの積極的労働政策とか、生活保護や介護保険などの再分配政策の地方分権化などが、そのような一部のリフレ派の標的となって「仕分け」られているわけで、上記のような立場をとる私からすれば、「でもリフレ派だから許しちゃう」なんてことはどうしてもいえないのです。

その意味で、私にとっていわゆるリフレ派が制御不可能な政治集団に見えてしまう理由は、リフレーション政策以外の政策を執拗に攻撃し続ける高橋洋一氏や田中秀臣氏を、リフレ派だからという理由のみでもって、許容するどころか称揚してしまっている点にあるのだろうと思います。このお二方の言説には執拗な官僚バッシングも共通してしますし、日本的雇用慣行が積み重ねてきた経緯がミクロに現われる組織の人事労務に対して、その経緯を無視した批判を繰り広げる点も共通しているように思われます。もっと直截にいえば、高橋氏は『さらば財務省』という著書で古巣で冷遇された恨みを晴らしたり、田中氏は『偏差値40からよい会社に入る方法』で指南する「よい会社を見つけるための世間知」の中で、労働条件を自己決定する回路である集団的労使関係について一切触れなかったりと、批判しているように見えてその実、既存の制度を前提としたカイカク案でしかなかったりするわけです。

というわけで、通公認さんのご要望に応じて個人名を上げてリフレ派の主張に与することができない理由を述べさせていただきました。まあ、それによって別方面からの軋轢も予想されるところでして、正直なところ戦々恐々としておりますが・・・
2010/11/30(火) 22:45:05 | URL | マシナリ #-[ 編集]
ちょっと海外に行っていたもので、お返事が遅くなりました。

ご意見了解しました。僕はといえば、最近はたいしたネット活動もせずに、自分が好んでいる方、参考にしたい方のブログを若干箇所見て回るだけになり、田中氏、高橋氏に関してはどんな事を発言しているのか存じ上げません。また、もっと別な人の名前が挙がるのかとも思っていました。僕が見て回っている所は、自分好みの穏健なところばかりという事なんでしょう。

僕自身は、所得と失業の問題が解消すれば、ある程度までは分配の問題は解消するし、所得と失業の問題を解消しない間は分配の問題は何をどう変えようと、誰かを損させる事にしかならないため不毛な議論にしかならないと考えております。そのため、プライオリティーもつけられないくらいの問題だと思っています。一方で「今、所得再分配機能や失業対策機能を劣化させるのは明らかに宜しくない局面だろう」という時限的判断もしております。この問題は、むしろ、バブル期のような所得増加局面での、増分の不公平感の方が根が深い問題だと思っており、なぜ今、マシナリさんがおっしゃるような話がまかり通るのか理解不能であります。

また、大きな政府志向という立場は微妙でして、規制・補助金・社会的利益になる事業、軍事警察等の公共財その他諸々、個別具体的にどれをどうしたら良いというほどの意見は持ち合わせておらず、どちらかというと保守的な志向からくる抵抗感が先に立った「現状維持で何が悪いの?」的な意味での「大きな政府」志向であります。国際的には日本は政府機能が小さいと思っていますが、さてより大きくすべきか、それとも現状維持でよいのかについてもよくわかりません。しいて言うならば、累進課税と所得控除を利用した、ビルトインスタビライザー機能を劣化させる事は、今は好ましく無いのではないか程度であります。
つまり保守的といっても、何をしたいのか意味不明なカイカク論に対する拒絶感に過ぎず、納得いくものに関してまで拒絶するつもりは無いけど、そういうものにはめったにお目にかからず、むしろ現状を悪化する意見ばかりに見えてしまうという事であります。

地方分権・政治主導については、政治的に騒ぎを起こして足場を築きたい人たちがマッチポンプしているだけじゃないかという感覚で見ております。問題全体が見えていないのに(自分も見えていないですが)、とりあえず不平不満の矛先を反論できない人たちに向けて、自分を格好良く見せているだけみたいな。そういうスタンスの人はマシナリさんがあげた人に限らずたくさんいますし、以前よりネットで活動していたリフレ派な人たちは、そういう人をトンデモ論者として批判していました。テレビや雑誌、講演会で活動するために、聴衆ウケの良い事を言っていたら主張が出鱈目になっちゃたという人は非常に多くて、「(有名になって)暗黒面に堕ちた」なんて表現をしていたと記憶しています。

bewaadさんのところの最後の顛末などを見ているにつけ、まあ「暗黒面に堕ちたな」と、思わざるを得ない人はたしかにおります。僕が言っても仕方が無いのですが、そういう人たちにはリフレ派を名乗ってもらいたくは無いというか、せめてリフレはリフレ、カイカクはカイカクという事で区分けをして発言してもらいたいですね。

最近では、衆愚政治というのは、こういうことなんだろうなぁと、世を拗ねる気持ちになっております。サッチャー政権前の、イギリス人が、自分たちの馬鹿さ加減にやっと気づいて本気で改革を始めたきっかけが、「貧困層の火葬が滞って棺桶が火葬場に山積になったこと」という話を先日聞きましたが、それに近い状況になるまで、馬鹿なカイカク論は消えないのかも知れませんね。

最後になりましたが、長々とスレッド汚し的な発言をし続けていることにお詫びいたします。
2010/12/13(月) 16:01:17 | URL | 通公認 #JalddpaA[ 編集]
> 通公認さん

丁寧なレスありがとうございます。
通公認さんのリフレ派やカイカク馬鹿についての認識はおおよそ理解できたと思います。通公認さんのように穏健なリフレ派がパージされかねないよう願うばかりです。

政治主導、地方分権はほぼ私と同様の認識をお持ちのように思いましたが、所得と失業の関係の部分はちょっと腑におちないところもあります。マクロ経済学においても、フィリップス曲線による分析のように、失業はマクロの経済政策が扱うべき政策変数とされておりますが、それはあくまで労働市場の需給関係を需要過剰にする、すなわち雇用のパイを大きくすることに政策効果は限られているので、それだけでは各家計の所得を向上させることにはつながらないのではないでしょうか。

労働需要を増やすことと、所得や労働者の厚生を向上させることは、遠く離れてはいないまでもイコールではありません。たとえば、労働需要が増えて労働者の売り手市場になったとしても、そこで需要される労働条件が劣悪なものであれば、所得も厚生も向上し兄でしょう。特に、十分な蓄えのない労働者については、そのような労働条件でも受け入れざるを得ないという交渉上の地歩の問題が常に存在します。労使間でそのような労働条件を対等な立場で交渉することができなければ、単に劣悪な労働条件での雇用が増えるだけになるかもしれないわけです。

好不況を問わず、学歴を得るために十分な資産を有する家庭の子息が、正規雇用として雇用されることによってその雇用が守られる一方で、十分な学歴を得られないような貧困家庭の子息には非正規雇用としての働き口しかなく、その労働条件が買い叩かれるという構図が存在しているのが現実です。そのままの状態において、リフレーション政策が実施されて市場に流動性が供給されたとしても、社会的に厳しい条件で雇用されている家庭にその流動性が行き渡らない可能性は高いだろうと考えます。

したがって、私自身は「所得と失業の問題が解消すれば、ある程度までは分配の問題は解消する」ということはないだろうと考えています。もしかすると、この直後の「所得と失業の問題を解消しない間は分配の問題は何をどう変えようと、誰かを損させる事にしかならないため不毛な議論にしかならないと思っています。」というセンテンスは、パイが一定であるという条件の下では、現状でスラックが生じなければパレート改善の余地はないという趣旨かもしれませんが、富裕層と貧困層の限界所得性向の違いを考えれば、所得再分配が適切に行われるなら、パレート改善をもたらすことも可能ではないかと考えます。つまりは、所得再分配がパレート改善をもたらすためには、この「所得再分配が適切に行われる」という条件こそが重要なのです。この点においても、私は所得再分配の仕組みを脆弱化してしまうような地方分権は批判しなければなりませんし、拙ブログではそんな地方分権ありきのカイカク馬鹿の自家撞着ぶりを指摘し続けているわけです。

なんとなくこのコメントも議論がすれ違っているような気がしないではありませんが、とりあえずのレスとさせていただきます。
2010/12/15(水) 00:38:52 | URL | マシナリ #-[ 編集]
ご丁寧にありがとうございます。

まず、前スレの中で「むしろ、バブル期のような所得増加局面での、増分の不公平感の方が根が深い問題だと思っており」と書いております。というわけで、「増分の不公平感」で済む問題なのか、それとも「所得はまったく増えない」と心配しているのかが、認識の相違箇所だと思っております。

日本の労働市場は僕が見ている限り、恐ろしく流動的であります。この事はフィリップス曲線がはっきりと右肩下がりである点でQEDではないかと考えております。つまり、経済成長とともに、明らかに所得は増加していくと言う事です。あえて余計な一言を付け加えるなら、「高度成長期・バブル期などには、世の中の大半の人は、給与は上がるもので下がる事はないと考えていた。今は、大半の人は給与は下がるもので、上がる事はないと考えている。」という事であり、前者が正しい認識ではなかった以上、後者も正しい認識ではないと言うことになります。
僕が思うに、経済成長下では、雇用条件が悪い業種の方が賃金の上昇率は高くなると思います。実際、高齢のタクシードライバーの話を聞いてもバブル期は信じられないくらい儲かったと言っておりますし、銭湯の壁に「求むトラックドライバー!月給40万円、賞与年2回支給。年一回昇給あり」というポスターが貼られていた事も記憶しております。何より、「ガテン」という雑誌が売れた時期でもあり、下手な企業に就職してサラリーマンするより儲かるという認識がありました。この辺は、何か統計的なものが無いか、誰か調べてくれないかと思う次第であります。

さて、厚生経済学の第二基本定理を通じた非パレート的な改善については、あくまで個々人の投票行動などを通じて地域・立場の代弁者を議会という利害調節機関に送り込んで、そこにゆだねるべき事であると思っております。ここが個々人の利害対立の落としどころを決定する公的な機関であります。利害調整である以上、そこで出す解決策は「これが正しい解決策」という事はありませんが、一つの落としどころとして正式な制度として既に存在しております。僕は、投票権を有する個人としての立場を、個人の利害表明という形で意見として述べる事は、一つの政治信条に基づく活動としてなんら否定されるべきものではないと考えるにとどまるものであります。そして僕自身の立場としての利害表明は、こういう場ではあまりしたくないと考えております。大雑把な議論をしても、大雑把なまま総論賛成各論反対か、全面的すれ違いにしかならないというのも、議論に立ち入りたくないという理由の一つです。

というわけで、もっと具体的に政策課題として取り上げたいのですが、非常に難しいのが、経済成長が無い状態では、結局は社会の中の層における利害対立の話に還元してしまう事です。個別の議論であれば、たとえば障害者雇用・高齢者雇用(定年延長、雇用延長制度を含む)・男女雇用機会均等その他諸々、行政の規制による改善はずっと行われ続けられているはずであります。一方で、このような社会的弱者層の雇用を優遇した結果、そのしわ寄せが若者を中心とした「強者層」に集中して、それが今の軋轢を生んでいる面もあるのではないかと捉えております。これも、厚生経済学の第二基本定理を通じた非パレート的な改善という利害調整の結果と言えます。少なくとも僕にはそう見えます。この方法では、弱者救済に反対の立場だったり、どの位の痛みを伴うのか認識が甘かったり、当該年齢時に選挙権を有さなかったり、あるいはまったく興味を持たなかったために、(巻き添えを食ったという認識すらない)若年層の不満は解消できません。ここが厚生経済学の第二基本定理における社会的合意に潜む問題ではないかと思います。
とはいえ、僕は累進税率のアップと、法人税率の引き下げ決定の中止(所得控除による増税にも反対。法人税は上げても良い)と、そして事業継承の特例を導入した上での相続税増額という非パレート的な改善を許容しておりますが、これが僕にできる痛みの共有であり、それを有効に遣ってもらいたいと考えております。

一方で、それ以上に経済成長による所得の増加分というのは、そのものずばりパレート的な改善であります。「限界所得性向(GDPに対するですよね?)」をマシナリさんが根拠に持ち出すのは、当初掲げた「増分の不公平感の方が根が深い問題」という僕の指摘に帰着してしまうのではないですか?そうであるなら、極論的な物言いで恐縮ですが、「自分より所得が増える人がいるから、パレート改善は拒絶する。」という意見に見えてしまうのです。経済成長というパレート改善を拒絶した上での非パレート改善では、前述のように不満を持つ人が必ず発生してしまうわけです。僕は「自分より所得が増える人がいても構わない。その人たちの共感を通じて第二基本定理的な改善を望む」という態度の方が穏当で公平でかつ健全じゃないかと思うのであります。
そして、経済成長による税収の増加は、パレート的な改善を実施するための方法ではありませんか?更に付け加えるなら行政組織に対する、ヘンテコな改革論の根拠の一つである財政問題を解消することにもつながりませんか?

(※僕自身は「財政破綻なんて当分ありえないよ」派なので、赤字国債バンバン発行しちゃえばカイカク論なんてパージできるのにと思っていたりしますが、その点は意見の相違がありそうなので、上記の提案にとどめておきます。)

学歴と親の所得の関係については、確かに正比例の関係があるのは知っていますが、高学歴な人も好景気の時代(たとえばバブル期)なら就職できたであろう有名企業より、何段階も落ちる(賃金が安い)企業への就職ですら厳しい状況にある事実、それを嫌って無職を選択してしまう学生がいるという事実も無視してはいけないと思います。大卒者の就職内定率の低下を見ても明らかです。これも「親が低所得だから」という問題ではなく、「全体が、程度の差はあれど等しく生活水準を下げている過程での問題」という認識の方が公平だと思います。


最後に、穏健なリフレ派(僕の立場は、カイカク論とリフレ論の分離ですから、本来はこの呼称にも抵抗感がありますが)はパージされている事は無いでしょう。そもそも政治結社ではない、ただの市井の一個人としてのブログ活動ですから。パージされてしまうような居場所もありません。が、どちらかというと厭世的な気分になって隠遁生活に入っている人(更新頻度の低下、ブログ閉鎖)が多いと感じています。「リフレ派だからカイカク論者だ。こいつはロクな奴ではない」とレッテルを貼られたりする事に対する「やってられないよ」という思いも、理由の一つとしてあるのではないでしょうか?所詮個人の余暇の使い方の一つですから、他者から悪者のレッテルを貼られてまで続ける義理も何にも無いですから。

以上、またしても長々と申し訳ありません。
2010/12/15(水) 18:28:36 | URL | 通公認 #JalddpaA[ 編集]
> 通公認さん

アク解ではIPアドレスが特定できないので様子見しておりましたが、通公認さんは以前拙ブログに「通行人」としてコメントされた方と同一人物ではないでしょうか。というのも、

> 僕も、リフレーションを前提として、ミクロの政策については人それぞれだと思っています。自分の個人的な意見としては、
> 1.財政再建のため所得税の最高税率と法人税は引き上げる
> 2.消費税率の引き下げや、社会保障の拡充などを通じて所得の再分配を行う
> 3.現行社会保障制度の矛盾は時代・景気動向と関係なしに、いつでも積極的に改善する
> と思っています。
>
> が、一方で、リフレーションが成功して自然失業率レベルまで失業率が低下すれば、GDP成長率以上に給与賃金が上昇すると思われるので、2については急ぐ必要はないとも思っています。
>
2010/05/06(木) 01:07:04 | URL | 通行人 #JalddpaA[ 編集]

というコメントと、今回いただいたコメントの

> とはいえ、僕は累進税率のアップと、法人税率の引き下げ決定の中止(所得控除による増税にも反対。法人税は上げても良い)と、そして事業継承の特例を導入した上での相続税増額という非パレート的な改善を許容しておりますが、これが僕にできる痛みの共有であり、それを有効に遣ってもらいたいと考えております。

という部分はだいたい同じ方向を志向しているように思いましたので。

以下はそうであればの話ですので、もし違ったらお詫びいたしますが、同一の方が違うHNを使用されるのであれば、その旨表明していただくことが必要だと思います。少なくとも拙ブログでは一度、

> いただいたコメントの内容とは関係ないのですが、拙ブログでは以前にも同じHNの方からコメントをいただいた経緯があり、同じ方かどうかを認識できません。場末のブログにコメントするのにいちいち固定HNを使うのはお手数かもしれませんが、不特定に使用されるHNはできるだけ控えていただくようお願いします。
>
2010/08/14(土) 00:03:30 | URL | マシナリ #-[ 編集]

という忠告をさせていただいており、これまでコメントされた方と同じ方かどうかを認識することは議論を進める上での前提であると考えておりますので、そのことに言及もないまま、ここしばらく「通公認」としてコメントされたことについては、誠意を感じることができません。

また、拙ブログでは公開しているエントリのうちで、少なくとも「労働」カテゴリを読んでいただければ、憲法で制度化された利害調整機能として集団的労使関係を重視する必要性を書いております(協力を壊すのは誰かhttp://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-390.htmlの 2010/05/04(火) 01:09:41コメントでもその旨書いております)し、「行政」カテゴリを読んでいただければ、省庁代表制の中での利害調整の実態も指摘しているところです。国会や議会にその機能を求めるのは建前としてはそのとおりではあるものの、現実を捉え切れていない議論と言わざるを得ません。

「通公認」もしくは「通行人」さんは拙ブログではリフレ派に言及したエントリ以外は読んでいただけないようですし(もちろん引用した文献を読まれることもないですね)、一連の議論には徒労感が募るばかりなのですが。
2010/12/16(木) 00:17:01 | URL | マシナリ #-[ 編集]
はい。僕は以前通行人というハンドルを使用しておりましたが、かねてより「通行人」を固定ハンドルとして使用しておりましたが、それが「不特定多数が使用するハンドルである」という指摘に該当すると判断をいたしましたので、変更させていただいております。それが自分の事なのかよくわからなかったため、あえて表明はいたしませんでした。

迷惑となっているようですから、以後書き込みはいたしません。長々と失礼しました。
2010/12/16(木) 10:00:07 | URL | 通公認 #JalddpaA[ 編集]
そうですね。ここは私の論説を公開する場であって、「通公認」もしくは「通行人」さんがその拙ブログの論説にコメントされること自体は何も問題はありませんが、こちらが示した論拠には触れることなくご自分の論説ばかりを書き込まれるのは迷惑です。

前回の私のコメントで「通公認」もしくは「通行人」さんに対して指摘したのは、同一人物であるか認識できないという理由により不特定多数が使用するHNは遠慮してほしいと直接お願いしたのにもかかわらず、単にHNを変えただけで同一人物であることを言明しなかったことと、こちらが示したエントリや文献を読んでいただくこともなくご自身の見解を開陳されること、という二点です。今回いただいたコメントを拝見しても、この二点(特に後者の点に私が迷惑していること)が伝わっているのか甚だ不安ではありますが、これも私の文才のなさの帰結であると認めるべきなのでしょう。

現時点での「通公認」もしくは「通行人」さんとの応酬は徒労に終わるように思いますが、上記の二点を克服していただけるのであれば、再度コメントをいただくことは歓迎いたします。お疲れさまでした。
2010/12/17(金) 01:12:28 | URL | マシナリ #-[ 編集]
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