2006年09月04日 (月) | Edit |
ある界隈で有名なブログがプライベートモードに移行した件であちこちで火の手が上がっているんだけど、俺もこの件については黙っていられない事情がある。基本的には学者先生の議論(元公務員も含むが)なので、一介の地方公務員が言えることなんてタカが知れているのは十分承知の上で何を言わなければならないかというと、雇用問題は法制度とかの個別の政策で解決できるもんじゃないということ。

一応備忘録として閉鎖の経緯をたどっておくと、本田先生の「もじれの日々」というブログが炎上(ことの経緯としてはこの言葉はあまり適当ではないけど)してついに本田先生がブログを「閉鎖」(上記のとおり形上はプライベートモードへの移行)したというもの。その炎上の原因は、本田先生がとある会議で某大手企業の役員の「これからは世界の超エリートを採用しないと生き残っていけない」なんていう発言や、さらにその会社では「自分の息子はこの会社に到底入れない」とかウワサされていることを根拠に「これがむき出しの現実だ」と認識されたこと(さらにはご自身の提言される「専門教育」の重要性を改めて認識されているけど、この件では別の次元の問題なのでいったん割愛)を巡る応報です。
※なお、ここで議論に巻き込まれることは俺の能力を超えるので、姑息かもしれませんがこちらからはTBもコメントもリンクもつけません。

こう書いた時点で明白ではあるけど、俺のスタンスは閉鎖した本田先生側とははっきりと相容れないものである。上記の経緯だけでも(これだけだとバイアスがあるとしても)本田先生の認知の仕方に疑問を持つのはそれほどおかしな感覚ではないだろう。当然そのことを突っ込むコメントが濱口先生(この方が元厚労省官僚)とか稲葉先生とか飯田先生から送られることになるわけですが、これに対する本田先生の回答は「責任ある役員の発言だから信頼性がある」といった趣旨の回答しかなかったのが問題の発端。

あちこちで言われていることではあるけど、敢えて繰り返せば「どうしてそんなに簡単に鵜呑みにしちゃうの?」ってことである。そしてそんなに簡単に事実を認定してしまって即座に政策を提言しまうと、その政策は取り返しもつかないほどに歪んでしまうということをもっと重く受け止めていただきたいのである。

そもそもの話から始めると、たとえば俺くらいのぺーぺーの地方公務員なんかが、「今日の会議で企業の役員さんからこんな発言がありました! これは大変です! なんとか学歴のない人でも企業に採用されるような事業を考えましょう!」なんて言ったら「アホか」で終わってしまう。それは俺がぺーぺーだから・・かもしれないが、少なくともその企業の直近の採用傾向とか実績のデータを集めて、さらにその採用によって全体の雇用関係統計がどれだけ変化しているかを実証的に分析して、それに対する処方箋として役所が予算つけて対応する必要があるか(理論的なフィージビリティを含め)ってところまでは外堀を埋める必要があって、そこまでの材料を元に最終的に政策として実施するか判断するのがあるべき政策形成の手順だと思われる(かなり理想的ではあるけど)。

つまりここで俺が問題だと思うのは、単に事実認定が雑なだけじゃなくこういう政策形成の過程が一切省かれて結論が導き出されていることなんである。一昔前によく言われた「役所の政策は政策それ自体が目的となっていて無駄が多い」とか「管轄の政策ばかりみて(これを「縦割り」とかいうんだよね)現実に対応していない」なんていう批判はこういう「政策ありき」の予算とかを指していたんじゃなかった? 少なくとも学者の態度としてこういう過程を省くことは、決してほめられたことではないというのは常識的な感覚だろう。そして当然そこを指摘されたのに本田先生はきちんとこれに答えられなかった。そりゃ批判されてしかるべきである。

ところがである。本田先生はどうやらきちんと答えていないという認識を持つことができないらしいのである。いくら事実認定の根拠とか妥当性について尋ねられても上記の回答以上のものは示されず、それどころかその指摘自体を「人々を無力化する」なんて批判してしまう。ここまで認知的不協和が激しいと事実認定に関する指摘がいきおい言葉の過ぎたものになるのも、まあ宜なるかなである。そうなれば後は泥仕合になるしかないわけですが、困ったことにここではそれに加えてそういった言葉に過剰に反応する陣営がことを荒げてしまっている。それでは政策論争もできないし、そもそも議論すらできない。実際本田先生はブログを閉鎖し内藤先生は議論を拒否してしまった。

そういう立場ではあるが、そういう俺でも本田先生に共感する部分はある。「真剣中年しゃべり場」から続くリフレ派とサヨクの議論(ととりあえず括ってしまって)では、景気浮揚と制度改正のどちらが根本的かというところのお互いの認識の齟齬が通底しているように思えるんだけど、ここでも本田先生の認識は「マクロ政策は確かに大事かもしれないが、それ以上にミクロレベルで個々の労働者や企業の行動を変えていかないといけない」というところから一歩も動いていないように見える。地方公務員の立場からすると、まさにマクロ政策は国がやるから手が出せないけど目の前には失業者が溢れているというようなとき、デフレ脱却で景気回復することで失業は改善できるというシナリオは確かに迂遠ではある。さらに地元の住民からすれば、国だろうが地方自治体だろうが役所が何かしてくれないと不満なのであり、俺も地元の企業を回って「高卒の積極的な採用を」なんてお願いして回ったもんだ(その実効性に疑問を持って経済学を勉強し直すことになるんだけど)。

しかし、住民感情に敏感になることと理論を度外視することは一致しないだろう。むしろ、いかに理論を用いて現実を改善するかというせめぎ合いこそが政策形成の難しさであり、そこを回避してはどんなに住民に配慮した政策であっても見せかけのものでしかない。俺も地方公務員としてマクロ政策に手を出せない歯がゆさはあるとしても、だからといって地方自治体でできるミクロ政策だけで雇用問題が解決するとは考えていない。現場で問題意識を持つことは大事ではあるけど、だからといってそれがそのまま政策に結びつくほど世の中は単純ではないと思うからである。本田先生の議論は、理論的な部分の検証を後回しにすることでそういう難しさを回避してしまっている(ようにみえる)からこそ、そこに危機感を抱いた論客から手厳しい批判を受けるのではないか。

そういう住民感情に敏感になるか、景気の回復を最優先課題と考えるかによって地方公務員でも立場は変わる。俺はいうまでもなく後者でありたいと考えるので、住民感情はそれとして大事ではあっても、あくまで国のマクロ政策と連動した雇用対策でなければいくら雇用対策に予算を組んだり制度をつくったりしたところで「焼け石に水」としか思えない(その意味で俺は若者自立塾とかなんかよりはリフレ政策を支持するんである)。ところが、そういう「焼け石に水」感に対して使命感を持つ公務員もいるし、政治家もいるし、学者もいるし、市民運動家もいる。それぞれの使命感の質は違うんだろうけど、その使命感で一体になってしまうと上記の問題(はじめに「政策ありき」ということ)が先鋭化してしまうので厄介なんです(未読ですが『ニートって言うな!』はこういうことを書かれていたのでは?)。

議論があちこちに飛んでしまっているのでここらでまとめると、本田先生の現場感覚にはある程度共感するものの、その使命感には一切共感できないし、むしろ危険ではないかと思うということです。確かに指摘された方々の言葉には不適切なものもあったかもしれない。でも批判対象となった自らの言説によって救われるべき人が救われず、血税が無駄な事業に充てられ、それによって制度の歪みが助長されることが少しでも予想されるのであれば、それを防ぐためにいくら辛らつな言葉であってもその批判は受け止めて再検討するべきだし、そういった強靱な姿勢が単に学問という領域を超えて、政策形成に携わるものに要求されるんだろうと思う。

俺なんぞが言うのもおこがましいが、上記のような事態にも思いを馳せていただけると批判の趣旨をいくらかでも追体験できるのではないかと愚考する次第です。

稲葉先生はご本人も認めるようにどこか壊れていて失敗を認められてるので言うべきことはありませんが、もう一方の内藤先生には言うべき言葉が見つかりません。「戦争反対」が普遍的かつ理念的な正当性を持っているにも関わらずそれだけでは発展的な議論はできないように、いくら「いじめ」そのものが問題であっても、この問題をそれで括ってしまっては本質的な議論が停止してしまうように思われるのですが。
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コメント
この記事へのコメント
言ってることが支離滅裂。
地方公務員を隠れ蓑にするな。
2006/09/05(火) 13:14:00 | URL | ゲオルゲ #-[ 編集]
当事者本人のhamachanです。準同業者ということもあり、大変共感するところ多く読ませていただきました。

私自身の立ち位置だけ簡単に説明させてください。あのやり取りでは「リフレ派」陣営から本田先生を殴りつけたように見えたかも知れませんが、私はそもそも自分(やリフレ学者なぞ)に手の届かないマクロ経済政策を吹いている暇があれば、労働という手の届く範囲のミクロな政策に力を注ぐべきだと考えていますので、本来的には本田先生に近いのですよ。「自立塾」はややピントがぼけている面はありますが、私は「焼け石に水」でも塵と積もれば火が消えると言う方が好きです。

裏金問題へのコメントでも、公務員経験者としては大変共感するところがあり、継続して拝読させていただきたいと思います。
2006/09/20(水) 11:04:22 | URL | hamachan #-[ 編集]
>hamachanさん
当ブログをご高覧いただきありがとうございます。

こっそり(?)場外乱闘していたところを見つかってしまい大変恐縮です。このエントリでは、はじめは政策提言を別次元といいながら途中から主題に置き換わってしまったりと、あまり整理せずに掲載してしまいました。不用意な記述につきましてはお詫びいたします。hamachanさんの立ち位置はおっしゃるとおりと認識しておりますし、マクロなんぞに気を揉むくらいなら手の届くミクロ政策に力を注ぐべきとのご指摘もそのとおりだと思います。

ただ、不況下でのミクロ政策はゼロサムかマイナスサムになってしまうので、私のところのような弱小地方自治体は奪われる立場になるおそれが高く、どうしてもミクロ政策に警戒心を持ってしまいます。いくら県立大学を造って人材育成したところで、県内に就職先がなければ結局人材が流出してしまい、大学教育に対する投資は他の地域を利するだけじゃないか、というようなことです。

といっても、ではどうすればミクロ政策が「国のマクロ政策と連動」するのかということになると私もよく分からないというのが、私の立場の一番弱いところです。
2006/09/21(木) 02:37:31 | URL | マシナリ #-[ 編集]
>塵と積もれば火が消えると言う方が好きです。
実は、新古典派(というか、アダムスミス)に
近いのね

「シュンペーター vs ケインズ」といっても
言いか…
2006/09/24(日) 17:25:25 | URL | ミクロ? #-[ 編集]
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