2010年08月09日 (月) | Edit |
最近どうも新しいエントリを書くモチベーションが下がりまくりで、いろいろ反応したいこともありながら放置してしまっておりますが、来年度予算を巡る現与党のドタバタ劇をメモ代わりに。

「形の上で政治主導」=予算編成、財務省主導認める-財務副大臣
 池田元久財務副大臣は26日の記者会見で、2011年度予算の概算要求基準に関し、各省庁への原案提示が予定していた先週末より遅れた理由について「形の上で政治主導を見せるというか、官邸、党の方もかんでいただいて丁寧にやったということだ」と述べた。菅内閣は予算編成に関し政治主導を強調しているが、実質的には財務省主導で進んでいることを認めた格好で、発言は党内外に波紋を広げそうだ。
 原案は政府・与党関係者が休日返上で調整し、同日午前に固まった。焦点となった成長分野に重点配分する特別枠をめぐり、民主党が強く要望した「2兆円規模」を明記するかどうかで調整が難航したが、池田副大臣は「本質的な部分で修正はなかった」と繰り返し、財務省が主張した「1兆円」案が土台になったとの見方を示した。(2010/07/26-21:03)

という副大臣のおもしろ発言があって、

池田財務副大臣の「政治主導」演出発言に玄葉氏が「見当違いだ」と猛反発
2010.7.27 13:17
玄葉光一郎公務員制度改革担当相(民主党政調会長)は27日の記者会見で、池田元久財務副大臣が平成23年度予算の概算要求基準の原案作成に関する「政治主導」は形の上での“演出”だとの認識を示したことについて「見当違いも甚だしい」と批判した。
 その上で「仙谷由人官房長官を中心に、私と野田佳彦財務相が何度も会って原案を作った。会っていたことも(池田氏は)分からなかったのではないか」と述べた。
 池田氏は26日の記者会見で「形の上で政治主導を見せるというか、官邸、党もかんで丁寧にやった」と発言していた。27日の閣僚懇談会でこの発言が話題になった。玄葉氏によると、野田氏は池田氏に対し厳重注意したという。

と政調会長からお叱りを受けたとのこと。

うーむ、「政治主導」が形の上のものであってはいけない理由というのは何なんでしょうね。永田町はどうか知りませんが、少なくとも私の見てきた社会生活上は、事務方なり現場なりの利害調整が一通り整った段階まで段取りを済ませておいた上で、最高権力者が登場する段階では「しゃんしゃん」で各方面に対するオーソライズを完了させて、滞りなく各現場の作業なり事務手続きが進むようにするのがもっとも円滑なロジの進め方ではないかと思うのですが、現与党の考える「政治主導」なるものはそれとは違うようです。

「政治」という、あらゆる国民が等しく基本的人権を有する政策アリーナにおいて、その社会的・身体的条件によって立場や利害が全く異なる国民を対象とした政策を実現するということは、利害調整という過程を踏むことによって初めて可能となります。言い方を変えれば、利害調整という作業を通じて、その政策によって影響を受ける度合いに応じて代替案を提示しながら、当事者に政策形成に参画したという事実を提供するのが「政治」という営みの必要不可欠な要素であるはずです。そして、利害調整の過程においてそのような膨大な当事者の利害をとりまとめて調整しつつ代替案を示すという作業は、両院合わせてせいぜい数百人の国会議員だけでまかなえる事務量ではありません。つまりは、その事務作業を黙々とこなす公務員が必要となるわけです。

というような政策形成プロセスの末席を汚す身ではありますが、世の「民意」なるものは、各種業界や団体と利害調整に当たるキャリア官僚や我々のような現場に近いところで利害調整に当たる役人どもの戯言なんぞには聞く耳を持ってくれないのが実情です。それは「現場重視」とか「生活者の目線」とかいう方々や、二言目には「カイカク!」とばかり連呼される方々に特に顕著であるわけで、そうしたスローガンを掲げて政権の座についた現与党にとっては、官僚が黙々とこなした利害調整の成果を反映した政策形成なんぞは、「形の上だけの政治主導」だからけしからんということなのでしょう。

なるほど、現政権党の政調会長は「仙谷由人官房長官を中心に、私と野田佳彦財務相が何度も会って原案を作った」のだから、形の上だけではなく中身も「政治主導」だというご認識のようですが、その程度の作業で「政治主導」ということができるのであれば、「政治主導」にもそれほどの内容はなさそうです。むしろ政治家の方々が原案を作る過程で、官僚がこなしてきた利害調整の結果や現場で政策執行に当たる小役人どもの戯言にも耳を貸していただければ、政治家個々人がご存じであるより何倍もの関係当事者や現場の利害調整を踏まえた制度設計ができるのではないでしょうか。

もちろん、政治家の方々が、利権にまみれた官僚どもによる利害調整が一部の既得権益(!)なるものに有利に働いていてけしからんというのであれば、自らその利害調整に割って入っていくことも必要でしょうし、むしろ、それこそが「政治主導」が本領発揮するべき場面であると思います。または、現場の小賢しい小役人が余計なことばかりしていて現場の国民が困っているという事実があるのであれば、現場における運用を見直すように法制度を改正することも必要ですが、法制度の改正が上記の利害調整を前提とする以上、上記と同じステップを踏む必要があります。

ところが、事態をややこしくしているのが、そうした重要な任に当たる政治家の方々の去就が、そうしたステップを踏まずに示される「民意」なるものに左右されるということです。自らもその社会的・身体的条件に応じて既得権益の一部であり、それぞれに現場を有するはずの「民意」が、単に「既得権益」「現場」というくくりでもって誰の利害も代表しないままに政治家に「カイカク」を要求してしまうと、上記のような迂遠なステップを踏んで漸進的な改善を指向する政治家ではなく、「既得権益を打破して、現場目線でカイカクします!」という独善的な政治家しか生き残ることができなくなってしまうわけです。

冒頭で引用した記事にあるような現与党内でのやりとりをみると、こうした政策形成のプロセスに対する評価は現与党内でも分かれているものの、やはり迂遠なステップを重視するような発言をする政治家のほうが注意を受けてしまうようです。まあ、そうしたステップをすっとばして抜本的カイカクをすすめる政治家や首長に喝采を送る「民意」からすれば、それがライフハックであって、迂遠なステップを踏みながら漸進的な改善を進めるような政治家は淘汰されたほうが好ましいのでしょうしね。

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コメント
この記事へのコメント
カイカクとか政治主導とか騒いでいる人たちは、「国民がすべて同じ意思、同じ利害で行動している」と想定しているように見えます。それゆえ、簡単に「民意」などという全体主義的な単語を使うのでしょうね。

利害対立がまったく無い世の中であれば、そもそも政治プロセスが必要ありません。彼らも仕事をする必要は無いのです。が、「仕事がある」と認めているわけですから、それは民意に名を借りた、特定部分集合に対する利権誘導に他ならないわけです。昔から、左巻きな人は、自分が全体の代弁者であるという勘違いをする人が多い(そこを指摘されると逆切れ、居直りをするから、本当はわかっている詐欺師なんでしょうけど)のですよね。

本当に、変な人たちです。
2010/08/12(木) 14:16:09 | URL | 通行人 #JalddpaA[ 編集]
> 通行人さん

いただいたコメントの内容とは関係ないのですが、拙ブログでは以前にも同じHNの方からコメントをいただいた経緯があり、同じ方かどうかを認識できません。場末のブログにコメントするのにいちいち固定HNを使うのはお手数かもしれませんが、不特定に使用されるHNはできるだけ控えていただくようお願いします。
2010/08/14(土) 00:03:30 | URL | マシナリ #-[ 編集]
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