2010年05月16日 (日) | Edit |
拙ブログで継続的に取り上げさせていただいている海老原さんの新著をご恵投いただきました。このような末席のブログを気に留めていただきありがとうございます。

昨年の『雇用の常識「本当に見えるウソ」』を皮切りに昨年末以降の新刊ラッシュですが、実は海老原さんが自らに課したノルマだったんですね。

この半年は少したくらんでます。自分を最大限苦しめるように、と。10月から毎月1冊ペースで単行本を脱稿し続け、合計5冊の本が発行されることになります。

HR mics vol.5 編集後記


学歴の耐えられない軽さ やばくないか、その大学、その会社、その常識』、『面接の10分前、1日前、1週間前にやるべきこと - 会場に行く電車の中でも「挽回」できる!』、と来て今回は内部労働市場におけるキャリア論が論じられていますが、特に本書では海老原さんのご専門の人材マネジメント、経営マネジメント論が存分に展開されているようにお見受けしました。

個人的に溜飲が下がる思いだったのは、海老原さんの著書では『雇用の常識』から通底するテーマでもありますが、労働者が自身の周囲から帰納的に導き出す「労働観」や、さらにそこからマスコミや政治家界隈から増幅されて発せられる「常識」に対する憤りが、冒頭の「はじめに―無責任な自立論が、あなたをきっと悩ませている」で率直に述べられている部分です。

 ところが、一度作られた風評は、いっこうに衰えることを知りません。
 それだけならまだしも、最近では風評をもとに就職相談が繰り広げられ、キャリア論で本が上梓され、ひいてはキャリアカウンセリングや悩み相談まで行われています。
 その中身を聞くと、余りにもキャリアの実情とはかけ離れていることにまず目を覆いたくなります。そして、皮相的な解に憤りを感じたりしました。
pp.3-4

課長になったらクビにはならない 日本型雇用におけるキャリア成功の秘訣課長になったらクビにはならない 日本型雇用におけるキャリア成功の秘訣
(2010/05/20)
海老原 嗣生

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※ 以下、強調は引用者による。


労働組合が支持母体であるはずの政権交代後の新政権が的外れな雇用対策ばかりを打ち出し、民間企業の人事労務管理の現場も知らない地方自治体の首長が「雇用対策」やら「新卒者向け雇用創出」やら「定着支援」を打ち出しているのは、実はそれを有権者が求めるからでもあります。ところが、そんな「雇用対策」では結局、世の中の大多数を占める正社員と周辺的正社員はおろか、パートや派遣などの非正規労働者の待遇が一向に改善されることが期待できないわけで、その原因にはこうした構図が背景にあることを認識する必要があると思います。

こうした構図の結果、実務上の「雇用対策」のほとんどはそういった世間的な「雇用対策」との格闘に費やされます。具体的に言えば、より重要な労働法規(労働組合法における不当労働行為の定義や、整理解雇に当たって非正規労働者を優先的に解雇する判例法理、非正規労働者を雇用することにより事業主負担が軽減される社会保険料、その裏返しとしての正社員に対する拘束的労働の強要など)の改正が俎上に上がることもなく、労働者派遣法の改正でこと足れりとされてしまうのがその典型ですね。もちろん現下の雇用対策の大前提は流動性供給によるデフレ脱却ではありますが、景気回復後に正社員の長時間労働や非正規労働者の低賃金が据え置かれているのであれば、それは日本型雇用慣行の功罪を改めて検討する必要性があることを意味するわけです。

といっても、本書ではそういった法律改正まで論じられているわけではなくて、その基盤となるキャリア形成の実態が示されています。たとえば、日本とアメリカで内部労働市場におけるキャリア形成の考え方が大枠において同じであることや、日本型雇用慣行において事務や営業といった日本の大多数の労働者が従事する職務のキャリア形成過程が、データと実例のみならず理論に基づいて解き明かされていきます。

海老原さんの著書に共通する特徴ですが、上で引用したような世間的な「常識」を否定しているにも関わらず、そういった世間的な認識を持つ一般の方々が、ご自身の職業人生に照らして考えてみれば腑に落ちる説明となっている点がさすがだなと感嘆いたします。本書記載のプロフィールによれば、海老原さんは自ら人事制度設計を手掛ける一方で、「Works」や「HR mics」といった人事・経営誌の編集を手掛けてきたとのことで、現場を見てきた経験こそがそうした腑に落ちる説明を可能にしているのでしょう。これまでのキャリア論に納得いかなかった方は、是非本書をお手にとって見ることをおすすめします。

まあ、労働者の職業人生なんていってもチホーコームイン風情に民間の何がわかるかといわれそうですが、確かに公務員に適用される法律関係は民間とは違うものの、人事管理そのものは、特に同程度の規模の民間企業とそれほど大きくは変わらないんですよね*1。これは本書でも中島豊中央大学大学院戦略経営研究科特任教授が指摘されているように、日本とアメリカの人事管理が大枠において同じであることと同様、「人間が考えることは案外、共通している」(p.81)ということの傍証でもあります。ただし、あとがきに書かれているように、海老原さんの著作ではこれまで日本的雇用慣行におけるキャリア形成を擁護する論調が多かったことを認めた上で、「そういう意味で、この本は「最後の日本型礼賛」にしようと思っている。(p.188)」との決意表明がなされています。「功」の部分をきちんと評価した上で、「罪」の部分を検証するというのはきわめてまっとうな議論の進め方だと思います。次回作にも大いに期待いたします。

海老原さんの人材マネジメントの本領が発揮されるのが第4章の後半でのリーダー論で、ここが本書のクライマックスではないかと思いますが、それは本書を手にとってご確認いただくとして、ここでは前回エントリで取り上げた間接部門人材の必要性に関連する部分を引用させていただきます。

 経理事務や貿易事務に比べても、できる営業事務の年収は勝るとも劣りはしない。そして、案外長く働けるのも営業事務だったりする。
 顧客企業に訪問したときに、よく、お局さまのような何でも知っている事務の女性がいたりする。そこの社長と話をすると、「あの事務の女性に辞められると会社が回らない、営業はいくらでも替えがいるのだが」といった言葉が出てくる。
 そんな経験をしたことがある人は多いのではないか。

海老原(2010)『同』p.125


そういう人材がどのようなキャリア形成過程を経て育成されていくのかは本書の説明に譲りますが、コースの定理を用いた組織経済学によれば、そのような人材を企業内部で調達するコストと外部に発注するコストとの比較において、前者が低ければ企業内部で調達することが合理的な選択となります。実は、これを後者の方が低いと判断した自治体ももちろんありまして、カイカク派知事で有名な静岡県や岐阜県の「総務事務の集中化とアウトソーシング」という取組がそれですね。

 集中化とアウトソーシングの目的は、職員の生産性の向上だ。「総務事務の中でルーチン的なものを集中化、外注化することで、総務事務の処理を担当する人員を減らし、県庁職員には新たに企画的な業務に携わってもらうことで生産性を向上させようという狙いの下でスタートしました」と行政改革室の八木氏は説明する。
(略)
 ただし最終的な目標としては、「現在、総務事務に携わっている職員は本庁全体で40人前後ですが、これを20数人にまで減らしたい。そのうち4割程度は外注化できればと考えています」(八木氏)という計画となっている。

 アウトソーシングについては、人件費を単純に比較すれば「職員の5割程度ではないか」と八木氏は言う。もちろん、民間企業のように外注した分の人員をそのままリストラするわけではない。それでも、行政改革の一環として静岡県が進めている人員削減計画(5年間で500人)が予定通り進んでいることや、ルーチンワークからの解放で見込める職員の生産性向上など、トータルで見ての効果は十分上がっていると静岡県では考えている

【静岡県】本庁の総務事務を集中化、アウトソーシング ルーチンワーク外注で県職員の生産性向上を目指す(2)[2002/12/27]」(ITpro


 このSDOからは、伝票関係のマニュアルやQ&Aが参照できるので、ある程度の疑問は自席のパソコン上で自分で解決できる。もちろん、それで総務事務センターへの問い合わせがゼロになるわけではないが、総務事務の人員を削減する以上、職員が「自分のことは自分でやる」という環境を用意しておくことは、集中化の前提条件となる。さらに今後、電子決裁の範囲が広がれば、集中化のメリットはもっと出てくるはずだ(今のところ、総務事務センターの関連業務で電子決裁が導入されているのは旅費のみ)。
(略)
 総務事務の改革を行えば、これまでは身近にいた総務担当者にお願いすれば済んだことでも、必然的に自分でやるしかなくなる。これを「サービスの低下」と感じる職員もいるだろう。しかし、自治体財政が厳しい中で、“全体最適”を考えるなら「自分のことは自分でやる」という方向での業務改革は避けては通れない。

【静岡県】本庁の総務事務を集中化、アウトソーシング ルーチンワーク外注で県職員の生産性向上を目指す(4)[2002/12/27]」(ITpro


前段の引用部によると、この総務事務の外注化によって削減される人員は20名弱なわけですが、その人員を企画的な業務に就かせることによって生産性を上げる*2のが狙いとのことです。一方で、後段の引用部によると、総務担当にお願いすれば済んでいたことを自分でやるという「サービスの低下」の影響はすべての県庁職員に及びます。これを「トータルで見ての効果は十分上がっていると静岡県では考えている」とする静岡県は、どのような「現場」をご覧になっているのか大変興味深いところです。

「生産性」という言葉は時間当たりとか人当たりとか多義的に用いられるので、ここで静岡県が考えている生産性の定義は推測するしかありませんが、人を減らして生産性を上げるということであれば「生産性=業務/人員」のようなイメージでしょうか。分母の「人員」を減らすことによって生産性が向上するというシナリオですね。しかし、これまで各部署に置いていた総務担当者を削減してその事務を一か所に集中するとなれば、その分「現場」の担当者に事務が降りてくるのは前回エントリで指摘したとおりですし、議会や監査に提出する事務そのものが減少したのでなければ、それはトータルで分子の「業務」を増やすことにつながります。20名弱の人員削減の効果がそれによる業務の分散化に伴う業務増を補うかどうかは慎重な判断が求められるのではないでしょうか。

それよりも、そうした「ルーチンワーク」が総務担当者に集約されていたことが、どれだけ生産性向上に貢献していたかという効果が十分に検証されていたのかが気になります。むしろ、そうした「ルーチンワーク」を担当する職員を「外にも出ないで内勤ばかりしている使えないヤツ」と評価していたからこその外注化だった面があると思われるわけで、ノウハウを知る職員がいなくなるにつれて役所が回らなくなるのも時間の問題なのでしょうね。というか、この記事自体が8年前のものですから、もうそうなっているところもあると思いますが・・・




*1 実は、戦後GHQの占領下で制定された国家公務違法では、

(給与の根本基準)
第六十二条  職員の給与は、その官職の職務と責任に応じてこれをなす


とされていたり、同様に地方公務員法でも、

    第三節 職階制

(職階制の根本基準)
第二十三条  人事委員会を置く地方公共団体は、職階制を採用するものとする。
2  職階制に関する計画は、条例で定める。
3  職階制に関する計画の実施に関し必要な事項は、前項の条例に基き人事委員会規則で定める。
4  人事委員会は、職員の職を職務の種類及び複雑と責任の度に応じて分類整理しなければならない。
5  職階制においては、同一の内容の雇用条件を有する同一の職級に属する職については、同一の資格要件を必要とするとともに、当該職についている者に対しては、同一の幅の給料が支給されるように、職員の職の分類整理がなされなければならない。


とされていたりして、公務員は職務制(職階制)が法定されています(地方公務員は資格給も定義されています)が、実務上は民間と同様に職能資格給によって処遇されているのがその例ですね。

*2 このような配置が「コミュニケーション能力の強要」につながり、メンタルヘルス上のストレスを増幅している面もあります。hamachan先生のブログで最近「コミュニケーション能力」と「発達障害」が話題になっているのも、こうした流れと無関係ではないと思います。

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