2010年05月09日 (日) | Edit |
前エントリに関係して、日本で大流行の公務員人件費削減が実際の現場でどういう形で行われているかメモしておきます。

公会計で予算上人件費として計上されるのはいわゆる期間の定めのない正規職員分の給与となりますので、期間の定めのある非常勤職員や臨時職員は人件費ではなく報酬や賃金として計上されることとなります。自治体によっても違いがありますが、特殊な職務に当たるために任用される(雇用されるのではないことに注意)非常勤職員はともかく、事務補助的な業務に当たる臨時職員は事務に付随する諸経費とされているわけです。

これをもって教条的な組合や左派政党は「ヒトをモノ扱いするのはけしからん!」とおっしゃるわけですが、企業会計でもたとえば製造過程における工賃は原材料費と同じく製造原価として計上されるわけですし、人材派遣会社に支払う契約金も経費となります。間接部門を含めた販管費における人件費については、会社全体で長期的な視点で管理すべき経費であるため正規職員を中心として管理されるのに対して、製造過程においては、臨時工などの人材調達を含めて現場に原価管理の裁量を与えることによって、効率性の追求や製造工程の改善を図ることが可能となるからですね。

公務員の世界における人件費管理も同様に、長期的な視点で役所全体の人事管理の対象となる正規職員についてはその人件費を一括して管理する一方、現場の事務補助については事務に付随する物件費として現場に裁量を与えているわけです。これも企業会計と同じ考え方で、正規職員を増やすと公務員人件費削減の声が高まったときに対応できないので、雇用の保障されない非常勤・臨時職員を増やすことによって、そういった変動に対するバッファを確保しなければならないからです。

実際、小泉内閣時代に公務員人件費削減が打ち出されてから数年が経過しており、現場における正規職員から非正規職員への置き換えはかなり進んだと実感しております。公務員の人事管理においては、企業における整理解雇の4要件を持ち出すまでもなく、業務の減少や廃止によって任用を解く「分限」が法定されていますから、法律上は「お前はもう必要ないから」といって公務員をクビにすることは可能です。ただし、社会保険庁から日本年金機構への移行の際に、「旧社保庁職員を雇用しない」と労働行政を所管する厚労相が主張して問題になったことは記憶に新しいところですが、いくら公務員でも雇用の保障がなくていいということにはなりません。

となると、閣議決定された公務員人件費削減を実現するためには公会計上の人件費を削減する必要がありますが、事業の現場の人員を削減すると住民サービスに直接の影響が出るので、現場としてもそう簡単に人員削減に応じるわけにはいきません。したがって、まず間接部門が率先して人員を削減する姿勢を見せざるをえなくなります。「まずはムダの削減がなければ負担を受け入れるわけにはいかない」というのは、どこかでよく聴くフレーズですね。

ところが、その間接部門の人員を削減して一番困るのは実は現場だったりします。いうまでもなく、税金によって運営される役所の事務は、住民に対して十分に説明できるだけの根拠とリクツが必要となりますので、その根拠をしらみつぶしに潰して住民が納得できるだけのリクツを並べることが、(ことの是非は別として)業務そのものよりも重要なポイントとなるからです。具体的には、現場で処理した案件をすべて文書に記録し、根拠法令を添付し、必要な書類を相手の方から提出してもらい、不備があれば差し替えしながら・・・という形で、公務員の仕事は事業そのものよりは内部処理を完璧にこなして対外的に説明できる書類を残すことがメインとなるわけです。

それを一手に引き受けていたのが間接部門だったわけで、確かにそういった間接部門には処理能力は高くても対外的な交渉能力が低かったり、役所の掟に精通している以外にこれといった取り柄のない職員もいました。そういった職員が「現場にも出ないで役所の中で座っているだけのムダな人員」とされるのも理解できなくはありませんが、その職員を減らしたときの内部処理の負担は、結局現場に降りてくることになります。

規模の小さい会社や、上場もせず対外的な説明が求められない会社なら間接部門を削減する余地はあるかもしれません。しかし、特に対外的な説明が重視される役所において、間接部門を削減することは業務の停滞を招きます。というより、実際に招いています。たとえば、地方自治体では年4回の議会が開かれ、その期間中は議員から質問があれば最優先で対応しなければなりません。本監査は年1回ですが、それに先立つ予備監査や事業ごとの監査は年に数回あります。国庫補助金がある事業については会計検査院が検査に来ますし、地方交付税については総務省が検査に来ます。最近では住民監査請求とかオンブズマンによる情報開示請求も頻繁にあります。それらに対応する部門を削減してしまえば、玉突き状態で現場の事務作業が押し出されるのは当然のことです。

まあ、腕に黒い布当てを着けて机に向かう眼鏡をかけた公務員を目の敵として削減するのであれば、その方が担っていた職務も併せて削減することが「分限」の考え方に照らせば必要となるわけですが、「公務員の人件費を減らせ!」と主張される方々がどこまでそのことを見越しているのかは、甚だ疑問に思いますね。

(追記)
事務補助の臨時職員のことが途中から抜けてしまいましたので補足しておきます。

正規職員と臨時職員の違いは、日本型雇用慣行における職能資格給と職務給の違いとして捉えることができます。日本型雇用慣行では職務給に年功制が適用されませんので、いくら事務補助に長けた職員がいても期間が満了すれば自動的に雇止めされてしまいます。このため、いくら現場の事務処理に当たって事務補助にために臨時職員を補充しても、そもそもすぐに辞めてしまう方に対しての投資を回収することが望めない以上、必然的に事務補助しうる業務の範囲は限られることになります。

特に、公会計上の内部処理は役所に特殊な業務であるため、膨大な関係法令に精通してイレギュラーな事態を的確に処理した経験が必要でありながら、期間満了後にほかの民間企業でそのスキルを生かすことが難しくなります。したがって、役所側も雇われる側もそのノウハウの伝授に伴う投資に見合った成果を得ることができません。つまり、いくら現場に事務補助のための臨時職員を補充しても、内部処理の負担は現場の正規職員が負わなければならないのです。

雇用期間の短さがスキルの伝達を阻害する点については、roumuyaさんのこの指摘が参考になります。

 いずれにしても、こうした例では働く人も企業もある程度長期にわたって勤続することを想定しています。重要なのは、正社員であれ非正規労働であれ、スキルを向上しキャリアを伸ばすにはそれなりに長い期間が必要だということです。これを逆にいえば、企業がOJTやジョブローテーションなどの人材投資を行うには、それを回収するだけの期間勤続するという見通しがなければならず、しかも期待できる勤続期間が長ければ長いほど人材投資も行われやすいということになります。

 ただ、こうした非正規労働の長期的活用が可能なのは、企業の側に「店舗閉鎖など以外では雇止めはしない」という方針があるからだということに注意が必要です。つまり、もともと自社型雇用ポートフォリオにおいては有期雇用は長期雇用を維持しながら景気変動などに応じた人員の適正化を実現するために一定割合を必要とするものでした。したがって、人事管理上は景気動向などに応じて期間満了時にはいつでも雇止めができる状態であることが要請されます。ところが、周知のとおりわが国では、反復更新されて勤続が長期にわたった有期雇用について「解雇権濫用法理を類推する」とか「期間の定めのない雇用に転化する」といった判断を示した裁判例があります。つまり、更新回数が多くなるほど、あるいは勤続が長くなるほど、企業としては期間満了時に本当に雇止めができるかどうかが不確実になる。雇止めの確実性を担保するには、更新回数があまり多くならない、勤続があまり長くならないうちに予防的に雇止めをして、絶えず人の入れ替えを行う必要があるわけです。実際、多くの企業で有期契約について「勤続は3年未満」「更新回数は2回まで」といった暗黙のガイドラインにもとづく雇止めが行われています*5。しかし、これは裏を返せば有期契約労働者は最大3年しか勤続が見込めない、ということになります。手の込んだ仕事を教えても、3年しか働いてもらえないということになると、どうしても人材育成がおろそかになることは避けられないでしょう。そうなると、やれる仕事も比較的スキルを要しない、付加価値の高くない仕事に限られざるを得なくなります。そして、3年経つとまた未経験の新しい人が入ってくる。当然、スキルはないし、それなりの仕事しかさせられない。結果的に、有期契約労働が低スキル・低付加価値の仕事に固定されがちな傾向が生まれるでしょう。今のわが国では、有期契約の雇止め可能性を担保するために予防的な雇止めを行わざるを得ないことが、有期契約労働者の勤続を短くし、スキルの向上と専門的業務への進出を妨げ、二極化の大きな一因となっているのです。

自社型雇用ポートフォリオの深化(2010-04-28)」(労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)
※ 強調は引用者による。


ただまあ、いちばん頭が痛いのは、こうした人事労務管理の基本を理解している人事担当者が役所にはいないため、「民意」やカイカク派首長のいいなりになってしまうということなのですが・・・

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