前回エントリに対しては、
>人々の期待(予想)に働きかけることを目的としている以上、リフレーション政策も、給付を拡充するための増税による非ケインズ効果も、そういった協力が壊れている状態ではその効果が期待できません。岩本康志先生がインフレターゲットに懐疑的な立場をとるのも、日銀と市場の協力を前提とした信認の問題をどう解決するかがリフレーション政策では不明だという点だろうと思います。
の部分でありますが、もしかして僕は誤読してしまっているのでしょうか?
「協力関係が崩れている前提では、市場と日銀の関係がどうであろうと、金融緩和は効果を発揮しない」という主張であると読ませていただきました。
石を投げても落ちてこないような、特殊な状況にあるという事ですよね?これって。
2010/05/05(水) 01:31:19 | URL | 通行人 #JalddpaA[ 編集]
というご指摘をいただいております。
確かにご指摘いただいた部分では「効果」としか書いていないので、おっしゃるような解釈もありえるかと思います。わかりにくい書きぶりで大変申し訳ございませんでした。ご指摘いただいた部分の趣旨は、「インフレターゲット政策によって、貨幣現象としてのマイルドなインフレをもたらすことが可能であることに異論はないものの、それによって市場を通じた流動性の供給が増加した場合に、特に流動性制約の厳しい家計にそれが波及するためには、日銀のコミットメントに対する信認や所得再分配による格差是正に対する期待(予想)が必要ではないか」というものです。つまり、ここで私が「効果」として想定していたのは、マイルドなインフレをもたらす効果だけではなく、そこからさらに進んで、厳しい労働条件で働かざるを得ない労働者の家計の流動性制約を緩和する効果を含むものということになります。
ちょっと話が逸れますが、個人的にいわゆる「リフレ派」といわれる方には特に所得再分配というミクロ政策についての大きな振れがある(飯田先生曰く「世にリフレ派と呼ばれる人の共通点は「安定的なインフレによる景況の維持が必要だ」のみで,ミクロ的な経済政策については人それぞれ」とのこと)ので、リフレーション政策そのものは支持しますが、それに依拠した「リフレ派」の方々が主張する政策については、ミクロ政策についての考え方を確認する必要を感じております。
というのも、前述のとおりリフレーション政策の目的は、単にインフレをもたらすことにとどまるのではなく、個別具体の労働者の家計に対する所得再分配が可能となるよう、市場を通じて十分な流動性を供給することだろうと考えるからです。このため拙ブログでは、流動性を供給するためにリフレーション政策をとることを前提として、それを家計に行き渡らせる再分配政策を同時に行うべきということを繰り返し指摘しているつもりです。前回エントリでは、そういった諸政策を所期の目的のために十分機能させる鍵が、日銀をはじめとした金融市場の各プレイヤー、あるいは労働組合における連帯や再分配機能を有する行政に対しての「期待(予想)」なのではないかということを述べたつもりでした。
おそらくこういった議論には異論があるだろうとは思います。実は『エコノミストミシュラン』でも、前回エントリで取り上げた「協力が壊れた」という面については小林慶一郎氏の「ディスオーガニゼイション」論を取り上げて批判されていますし、前々回エントリで取り上げた非ケインズ効果についても、今回の財制審の委員でもある富田俊基氏を取り上げて批判されているという経緯があります。ただ、拙ブログでそういう古い話を蒸し返しているのは、『エコノミストミシュラン』で、
野口:結局,構造が悪いという話だと思う。構造問題がある限り,金融政策もダメだし,財政政策にいたってはむしろ景気を悪くしてしまうというような。彼らがよくいうのは,ヨーロッパでは財政再建をしながら長期金利が低下して景気がよくなったという例ですね。それをもってきて,むしろ財政再建をしたほうが,金利も低くなるし,社会保障などの将来不安もなくなるし,景気もよくなるというわけです。
若田部:しかし,財政再建をすれば政府支出が減少,ないしは増税ですから,景気からすると明らかにマイナス要因ではないでしょうか。
田中:それに日本では無理でしょ。財政支出の30億兆円枠(ママ)にこだわっていたのに,結局,デフレで税収不足で,史上最大規模の赤字国債を発行せざるをえなかったわけですから。
野口:ブラインダーとイェレンの『良い政策 悪い政策』でも指摘されていますが,アメリカのクリントン政権は―これも財政再建派がよく出す事例ですが―確かに財政再建を実行しました。だけれども,その後に景気が良くなったのはそれを相殺するほどの金融の大緩和があったからです。そういうポリシーミックスの結果として,確かに長期金利が下がり,景気は拡大した。しかし,そっちはいわない(笑)。ヨーロッパの場合も,ほとんどの場合において,金融緩和や為替下落の効果が,財政支出の減少による収縮効果を相殺しているわけです。
pp.95-96
エコノミスト・ミシュラン
(2003/10)
田中 秀臣野口 旭
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※ 強調は引用者による。
というまさに「ポリシーミックス」についての議論を深めるべきではないかと考えているからです。「そっちはいわない(笑)」というからには両方いわなければならないわけで、リフレーション政策の実施が前提であるとしても、それとセットになって語られる資源配分政策や所得再分配政策の内容が適切な「ポリシーミックス」となっていなければ、結局個別の労働者(私自身を含みます)がリフレーション政策の「効果」の恩恵に与ることは難しいのではないでしょうか。
経済政策の専門の方々のお話を見聞きした限りの素人考えですが、税収というフローは雇用を生み出す社会保障の現物給付(医療・介護サービスや教育など)というフローに充てるために必要なものなので、長期債務というストックに対しては、特別会計積立(医療保険や年金保険など)の運用益などストックからの果実(これを埋蔵金といってもいいですが)を充てることとし、ドーマー条件により運用益が利払い率を上回るように経済成長を維持することが、税収・社会保険料の拡充による社会保障の整備と経済成長による財政再建を両立させるナローパスなのではないかと考えるところです。

僕も、リフレーションを前提として、ミクロの政策については人それぞれだと思っています。自分の個人的な意見としては、
1.財政再建のため所得税の最高税率と法人税は引き上げる
2.消費税率の引き下げや、社会保障の拡充などを通じて所得の再分配を行う
3.現行社会保障制度の矛盾は時代・景気動向と関係なしに、いつでも積極的に改善する
と思っています。
が、一方で、リフレーションが成功して自然失業率レベルまで失業率が低下すれば、GDP成長率以上に給与賃金が上昇すると思われるので、2については急ぐ必要はないとも思っています。
そもそも論になってしまいますが、ミクロの政策というのは、個々の経済主体が、同時に有権者であり、利害関係者でもあるという状況の中で語られるものであり、一つの意見はどこまで行っても、一利害関係者の自己都合の意見でしかありません。つまりほとんど全ての局面においてパレート改善的ではないわけです。ここは厚生経済学的には非常に重要な論点ですが、現実の経済運営に具体的に活用できる理論ではない(理念としてはあり)ので、立ち入ってもあまり得るものは無いかと愚考します。
一方、リフレーション政策はパレート改善をもたらす(世俗的な言い方をするなら「パイを拡大する」)ものであります。それゆえ、ミクロ的な利害対立にある方なら、相手に対して「せめて悪化はしない」という保障を与えるためにリフレーションを前提に説得するのが普通じゃないかと思っております。が、現実は、何故か利害関係者同士の意見対立の前段階で、理屈にもならない良くわからない理由で共通の敵として排除されています。まさにお互いの利害対立の議論の場を維持するために、真の解決策が邪魔であるといわんばかりに見えてしまいます。そういう不満が僕の考えの根底にあるがゆえに、誤読をしてしまった部分もあろうかと思います。
長々と失礼いたしました。
p.s.
運用益はフローです。ストックというのであれば、それは基金そのものです。
ある程度の誤読はご理解いただけたようですが、その他の誤読については解消されていないようです。その中には書いた趣旨をそのとおりご理解いただけないというレベルのものから、労務管理や会計上の実務についての認識に起因する部分もあるようですが、厚生経済学の素養があるとお見受けする通行人さんからすれば見解の相違に過ぎないのかもしれません。
いずれにしても、捨てハンの方にこれ以上ご理解いただくことは、私のつたない説明では難しそうですね。
クルーグマンはアメリカ的な文脈でいうリベラルですから、共和党的な保守派や新自由主義とは相容れない労働運動を主張できるのでしょう。
中流層については、『クルーグマン教授の経済入門』(日経ビジネス文庫。私が持っているのはこの版)でも、
「つまり現実問題として、支出を減らして赤字解消するには、主に中流層のためのプログラムに手をつけなきゃならないってことだ――特に社会保障、メディケア。
じゃあ税金は? こっちの話はもっと簡単。貧乏人は金をほとんど持ってないので、税金を増やしても払えないのね。金持ちからはもっと税金をしぼり取れるけど、これにだって限界はある。政府が「累進」税率を上げすぎたら――というのはつまり、その人が稼いだ最後の1ドルからあまりにたくさん持っていったら――これは働く意欲や、貯金して投資しようという意欲をすごく下げちゃう。そして増税分の負担が高所得者世帯にいくようにするには、収入にしたがって税率を上げる、つまり累進税率を上げるしかない。
(略)
これがどういうことかといえば、これ以上の増税は、金持ち層だけを狙い撃ちするわけにはいかないってこと。まともな支出削減と同じで、増税も大部分が中流層にふりかかってくるしかない。」
と指摘していますし。ついでに、上の引用部の直後には、
「要するに、財政赤字をなくす提案をまともにすれば、どうしたって有権者の多く、いやほとんどに、大幅な犠牲を強いるものになっちゃうってこと。不思議に思えるかもしれないけれど、これをちゃんと認めた政治家ってのはほとんどいない――そして、財政について正直にものを言った政治家は、ほとんど例外なしに怒れる大衆によって、落選させられちゃってるんだぜ。」
という指摘もあって、最近どこかで見かけた光景だなと思わずにおられませんね。