2010年04月19日 (月) | Edit |
roumuyaさんのブログで、ご自身が参加されたRIETIシンポジウムの感想が掲載されていました。それにしても、これだけ内容の濃い各論者の発表を短期間にアップしてしまえる仕事の速さに脱帽です。。

一昨年秋の世界的な金融危機・経済危機の広がりを受けて日本経済も極めて大きな経済収縮を経験し、雇用情勢は昨年夏には失業率が既往ピークを更新するなど稀にみるスピードで悪化しました。最近の景気の持ち直しにより、更なるスパイラル的悪化には歯止めがかかりましたが、雇用情勢が依然として厳しい状況であることには変わりありません。こうした中で、現在も雇用の安定、セーフティネット充実を目指した緊急・応急的措置が策定・実施されているところですが、「危機後」を見通した雇用システムや労働市場の「かたち」は必ずしも明らかではありません。雇用・労働の分野における「出口戦略」の検討とともに、人口減少社会の到来、高齢化の急速な進展の下では、高齢者や女性を含めた労働参加の促進、産業構造の転換の中で生産性が高い分野への労働移動が大きな課題であります。

以上のような問題意識の下、本政策シンポジウムは、創造と活力溢れる日本を目指すために必要な雇用・労働システムの再構築について焦点を当てます。第一部では、雇用危機に対する短期的対応や労働市場の二極化問題を皮切りに、高齢化・健康と労働供給、労働再配分・雇用創出と経済成長、グローバル化と雇用などの関係などについて報告・議論を行います。第二部では、学界、企業、労働、民間シンクタンクを代表する有識者にお集まりいただき、足元、雇用情勢の現状、政策対応の評価とともに、中長期的な視点から雇用創出、人材育成、雇用・労働システムのあり方をテーマにパネルディスカッションを行います。

RIETI政策シンポジウム「雇用・労働システムの再構築:創造と活力溢れる日本を目指して」(独立行政法人経済産業研究所


というわけで、いずれの方の発表内容も大変興味深いところではありますが、個人的には拙ブログでも取り上げさせていただいた水町先生とroumuyaさんとの直接対決(?)が気になるところでして、

東大の水町勇一郎先生(教授ご昇任おめでとうございます)は、競争戦略と労働法制、雇用システムと労働法制に関するオルタナティヴを整理されつつ、集団的労使関係による「国家-産業・地域-企業・事業場」の各レベルを包含した重層的な社会的ガバナンスの基盤整備を提唱されました。

その中で、水町先生はEUの労働法制を好意的に紹介されたのですが、EUの労働法制の最大の問題点は水町先生ご自身も率直に認めておられたように「それで結果的にうまくいっていない」ことにあるわけで、そこから得られる反省もふくめ、わが国の労働市場や人事労務管理に実態に合った形で生かしていくことが大切なのでしょう。当然ながらEUの労働法制は深い考察のもとに構想されているわけで、理念とか建前とか筋とかいった点では美しい体系になっているのでしょうが、理屈の美しさを現実の豊かさより優先させるのがいいとは思えないわけで、もちろん水町先生はそんなことはないと思いますが、世の中ではそうした議論を展開する向きもあるわけでして…。

RIETI政策シンポジウム「雇用・労働システムの再構築:創造と活力溢(2010-04-15)」(労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)

※ 以下、強調は引用者による。


とのことで、以前もroumyaさんのブログで指摘されていたような「白亜の殿堂」に対する懸念を表明されています。

これについてはhamachan先生も連合の水谷さんのブログを引用して、

>水町先生のめざすのは白亜の大殿堂ではなく、焼け野原かもしれず、そこから再生が始まるのかもしれない。

もちろん、本来あるべき姿の集団的労使関係を構築するためには、いったん焼け野原にして『集団の再生』という白亜の大殿堂を築き上げるのが一番すっきりするわけですが。

水町先生のめざすのは白亜の大殿堂ではなく、焼け野原(2010年2月15日 (月))」(EU 労働法政策雑記帳


と、水町先生はさらに既存の労働組合に対して厳しい考え方をしているのではないかと指摘されていました。実をいうと、私自身も水町先生の議論にはそういった清算指向のようなものを感じるところはあるにはあります。しかし、私も既存の労働組合に対する期待度が低いということかもしれませんが、前掲の拙エントリのとおり水町先生の議論に共感を覚えてしまいます。

いやもちろん水町先生がそうだということではありませんが、そういった清算的な考え方に一度とらわれてしまうと、特に自分のなじみのない分野については「よくわからないからいったん全部壊してしまえ」という考えてしまいがちになるのが怖いところだと感じております。この点について、roumyaさんが玄田先生の言葉(正確には石橋湛山の言葉だそうですが)を引用されていたのをさらに引用させていただくと、

既得権益を排除し、新陳代謝が進むよう市場をきちんと機能させることです。時代の変化に応じて生産性が下がり、ビジネスモデルが合わなくなってきた分野から、新規の分野に人が移っていける仕組みを考え抜くべきで、その障害になっている規制を取り除き、不合理的な既得権益には逆に新たな規制を課していくのです。」ってのは、すでに十分すぎるくらい十分に「根本病」にはまっているように私には思えるのですが、どんなものなのでしょうか。

根本病by勝間和代氏(2010-03-16)」(労務屋ブログ(旧「吐息の日々」


というように、清算指向を持つ根本病のいちばん怖いところは、自分ではそれとは気がつかないうちに他人に対しては「根本的な解決」を求めてしまいがちなところなのだと思います。

というわけで、今回のエントリは引用ばかりになってしまいましたが、ここしばらく書こうと思っていたことがやっと形になった気がします。引用させていただいた皆様に感謝申し上げます。ついでに、この時期に本エントリがまとまった理由をもう一つ挙げるとしたら、二大政党制による政権交代とかいいながら、実際に政権交代が起きてみれば新党ばかり乱立するという最近の政治状況を目にしていろいろ考えさせられたということもあります。次は誰が「根本的なカイカクが足りない!」と言い出すのかと考えると憂鬱になりますねえ。。

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コメント
この記事へのコメント
HALTANさんに取り上げていただきました。

http://d.hatena.ne.jp/HALTAN/20100422/p2

bewaadさんのエントリは記憶しておりましたが、その元ネタがHALTANさんだったとは。現状では微妙な景気回復でしかありませんし、しばらくこの傾向が続きそうな悪寒。

> 「景気対策すると支持率が下がる!」「何をやっても大衆に殺される」もはや政治家にとっては「清算的カイカク」を訴え続けてより先鋭的になって人気取りする程度しか生き残りの道は残っていないのかもしれない。

景気回復だけに着目したみんなの党が「リフレ派」の方々の支持を得て、それに追随する公約を掲げて新党改革が旗揚げし、それとは一見対照的なたちあがれ日本がそれほど期待されていないのが象徴的です。これに日本創新党と橋下新党を加えてみても、財政の三機能がバランスを失している(特に経済の安定化と所得再分配機能)ところが絶望的ですね。
2010/04/25(日) 00:24:11 | URL | マシナリ #-[ 編集]
というか、一般人が期待している改革ってのは「なんとか現状を打破してくれる」って希望しているだけで、具体的な改革案とか何にもないんだよね。それを真に受けて何か改革しなきゃと政治屋さんが一生懸命改革案を考えても、現状打破願望の成就に貢献しないような改革は短命に終わらざるを得ない。

政治屋さんには、それぞれ立候補するにいたった思いみたいなのがあって、それをやり遂げようとすることを、彼らなりに「改革」と称している。

さらに、一般人の財政再建という願望は、実は単なる増税拒否なわけで。だから、「無駄をなくせ」なわけです。仮に無駄が存在したとしたら、その無駄をなくせば、増税なき財政再建が実現でき、行政サービスが低下しないわけで、一石二鳥。だけど、それって、ただの願望なのよね。実際に無駄を削減しようとすると、やっぱり行政サービスの低下に直面する。しないと信じている人もいるけど、やっぱり直面した人には強烈に反発される。そして、これだったら、俺だけが行政サービス低下のデメリットを受けるよりは、消費税増税で皆に広く負担してもらったほうが良いと宗旨替えし、増税→無駄削減→増税とループする。ループすればするほど、不満は高まり、より一層の「現状打破」という意味での改革を求めるようになる。

こういう状況で、何をどう改革しても、滅多に正解に行き着くことはないだろうと思う。というか、皆が求めている改革の成果は、恐らく一番反改革であるリフレーション的な政策による景気回復なんだと思うよ。
2010/04/25(日) 02:14:45 | URL | 通行人 #JalddpaA[ 編集]
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