しかし、いまナショナルミニマム(政府がすべての国民に保障する最低限度の生活水準)は、「地域主権」「地方分権」という流れの中で、軽視されています。最近では、地方自治体の仕事の内容や方法を国が定める「義務づけ」をはずすという流れの中で、保育所の最低基準を無くそうとする動きなどが出ています。
民主党の政策の中で、いちばん違和感を持つのはこの「地域主権」「地方分権」です。「新自由主義」「自己責任論」が地方にも押しつけられて、地域間の格差が広がったという問題を是正しなければいけないのに、そこを十分ふまえずに「地方分権」をさらに進めていけば、ナショナルミニマムは一層壊され、国民の暮らしはたちゆかなくなります。たとえば就学援助は、小泉政権の「三位一体改革」で地方に財源移譲された結果、財政の厳しい自治体ではどんどん減らされてしまいました。そういうことが他のいろんな施策でも起こりかねません。
「湯浅誠さん「厚労省の貧困・困窮者支援チームやナショナルミニマム研究会は政権内野党」(2010-01-30 17:11:34)」(すくらむ)
※ 以下、強調は引用者による。
湯浅氏については、拙ブログでも評価できるところもあるし評価できないところもあると指摘しているところですが、一番評価するべきなのは、結構あっさりと問題点を認めてしまってそれをご自身の意見として主張できるところでしょうか。ある意味節操がないということもできますが、教条に凝り固まった頑迷な原理主義者よりよっぽど評価できます。
で、チホーブンケンについては、国家としての取組が必要な政策を進めるに当たって、ご自身がその立場に立ってようやくそれが弊害以外の何者でもないという当たり前のことを理解されたようですね。というと湯浅氏は否定するかもしれません。実は、湯浅氏は以前から、生活保護の財源が地方に移譲されたために水際作戦が強硬になって貧困が増えてしまったと主張されていたので、単純なチホーブンケン教とまではいえないんですね。しかし、官僚主導だからそんなことになったんだと的外れな厚労省批判を繰り広げてもいたわけで、政治主導・脱官僚を是とする点においてチホーブンケン教と向いている方向は一緒だろうと思います。
さて、次に湯浅氏に求められることは、そういったチホーブンケンとかチーキシュケンとか盛り上がっている方々に対して、
この年末の対策として、ハローワークと自治体などの職員が1カ所に集まり職業訓練と生活支援の相談を受けるワンストップサービスを全国204カ所で実施しました。私はこの中で、生活保護の受付もできるようにしたいと思いましたが駄目でした。生活保護費は国が4分の3、地方自治体が4分の1を負担しています。ワンストップサービスで、生活保護の申請まで受け付けたら自治体の負担が増えてしまう。申請者の掘り起こしになって負担を増やしたくないから、ワンストップサービスで窓口を設けたくないというわけです。生活保護も受け付けるなら協力できないと地方自治体から言われた厚労省や政権側も、結局「地方分権」の流れの中で「国が自治体に命令できる時代ではない」として動こうとはしなかったのです。生活保護の受付はできませんでしたが、今回のワンストップサービスをハローワークで実施できたのは、全国にあるハローワークが国の行政サービスだったからではないでしょうか。
「湯浅誠さん「厚労省の貧困・困窮者支援チームやナショナルミニマム研究会は政権内野党」(2010-01-30 17:11:34)」(すくらむ)
という現実を突きつけることでしょう。拙ブログでも「シビルミニマム拡充論に名を借りたナショナルミニマム削減論」としてのチホーブンケンとかチーキシュケンには常々疑問を呈してきましたが、政府内から発言できる立場にある湯浅氏がこういった見解を示したことは重要な一歩となると思います。
いつもの繰り返しになりますが、自治体の規模が小さくなるにつれて「小さな権限と大きな裁量」を与えるという形で、国のナショナルサービスを確立しながら地方の資源配分機能を高めていくことが、本当の意味での地方分権であるはずです。ここまで議論を進めることができれば、貧困という所得再分配によってしか解決できない問題に深く関わってきた湯浅氏にとっても本望ではないでしょうか。
この点について、拙ブログでいつも引用させていただいている「三倍自治」という言葉のネタもとである小西先生の議論を引用するなら、
地方交付税は考え方が悪いわけではなく、量的に大きくなりすぎたことでナショナル・ミニマムの確保という本来の意味から実態として離れたことが問題である。どのように地方交付税を縮小するかという具体論こそが必要な議論である。
(略)
国税と地方税の割合は、3対2、ところが地方交付税や国庫支出金で財源再配分がされると割合は2対3に逆転する。したがって地方交付税などの財源移転の規模が大きすぎると批判される。
その裏返しとして、自治体は平均すると必要な財源のうち地方税でまかなえる部分は3割しかないので、三割自治という言い方もある。しかし本当の問題は、自治体はなぜ税収の三倍もの仕事をしなければならないのかという三倍自治の方である。すなわち、国は自治体に仕事させすぎていることが問題であって、その後始末として地方交付税がふくらんでいるにすぎない。地方交付税だけを取り上げて縮小するという議論は、表層的なものといわざるを得ない。
また、自治体のすべき仕事を据え置いて、地方交付税を地方税に振り替えるという議論は、自治体の財政力格差を無視した危ない議論である。
地方財政改革論―「健全化」実現へのシステム設計
(2002/09)
小西 砂千夫
商品詳細を見る
p.30
というように、2002年の時点ですでに地方に仕事をさせすぎていることが問題だと指摘されていたわけです。ところが、ご承知のとおり小泉内閣はそれとはまったく逆の方向で「三位一体の改革」と称してチホーブンケンを進め、その正当な後継者である鳩山内閣はチーキシュケンを掲げて地方の仕事を増やすことに躍起になっています。為政者が国を解体する政策を掲げるほどに支持を集めるという状況では、この方向が変わることはないのでしょうね。
まあ、建国記念日にNHKが「双方向解説・そこが知りたい!「“地域主権”の国をどう創(つく)る」」という番組を放送するのも、大変に興味深いものがありますしね。

> gruza03 地方分権 国の力を弱めること、地方の能力不足で、利益を得ようとするものが同一の存在だからじゃないかな。「生産性が低い」=シビルミニマム拡充論=ナショナルミニマム削減論が容易に、民間委託が拡大しやすいと見ている。 2010/02/12
このたびの経済危機は多くの人にとっての厄難となりましたが、実はそれによって、日本のナショナルミニマムが削減できるほどにすら整備されていなかったということが露呈させられることになったのですね。シビルミニマムの拡充も民間委託も、単独で取り上げればそれなりに意義のあることではありますが、ほかの制度から遊離しない議論が必要なのだと思います。
> ColdFire 福祉, 労働 そういえば湯浅氏やめちゃいましたね。たぶんよかったんでしょう。 2010/02/20
まあ、あらかじめ予想できた展開ではありますが、チホーブンケンに正面から異を唱える方が政策決定の場から消えてしまうのはちょっと惜しい気がします。霞ヶ関や地方自治体の政策決定・遂行の現場の声を代弁できる有力者が消えてしまったわけですから、我々現場の者からすると、またぞろ現場を無視したチホーブンケン教が猛威をふるうのだろうなと諦めるしかありませんね。