2010年01月17日 (日) | Edit |
前エントリで言いたかったことというのは、実は「局所的な病理にばかり目を奪われてしまったのでは、困窮している方々の境遇に比べれば緊急性がないとしても、余剰人員とされて日々低賃金で過酷な労働を強いられている大多数の労働者の待遇は改善されません。」という部分でして、たとえば新規学卒者の内定率の低迷などはその象徴だと思います。今まさに困窮している方々に比べれば、新規学卒者なら卒業したって親元で暮らせば何とかなるとか、特に高校生なら専門学校に避難すればいいという逃げ道がある分、その対応が精神論的、場当たり的になりがちです。まあ、これは労働問題全般にいえることでもありますが。

先日もたまたま受けた電話の主が今春卒業を控えた女子大生の親御さんで、話の途中から「うちの娘はまだ仕事が決まらなくて、本人も体力仕事でも何でもいいから仕事に就きたいといっているんです」と切々と訴えられてしまいました。その場では、「いざとなったらアルバイトなどの非正規雇用を考える必要があるとしても、中小企業は慢性的に人手不足なので、3月まで積極的に中小企業の正社員の求人を探してみるといいのではないか」とお答えしましたが、実はそう答えたのは、以前も拙ブログで取り上げさせていただいた海老原嗣生さんの近著『学歴の耐えられない軽さ』を拝読したばかりで、この部分が強烈に印象に残っていたからです。

 玄田さんの信奉者は反論するだろう。
「名も知れない中小企業に入ったら、給料も安いし、会社も安定していないから、やっぱり損だ。有名大企業なら安心、人生勝ち組になれる。だから、有名大企業に入れないことはやっぱりカワイソウ」
 本当にそうか?
 キャリアの実情から私は二つの反論をしておく。
(1) 大学卒業のときに、規模の大小は関係なく、どこでもいいから正社員で就職をしておけばいいじゃないか。
(略)
(2) 中小企業に新卒入社し、もしその企業が良かったら、ずっと居続ければいい。

学歴の耐えられない軽さ やばくないか、その大学、その会社、その常識学歴の耐えられない軽さ やばくないか、その大学、その会社、その常識
(2009/12/18)
海老原 嗣生

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p.128
※ 丸付き数字を括弧付き数字に置き換えました。


この「玄田さん」はもちろん『ジョブクリエイション』などの著作で有名な玄田有史東大社研教授のことですが、海老原本ではそういった「旧来型就職観・若者キャリア観」が、不況時に中小企業に入社した経営者(奥田碩トヨタ自動車相談役など)を例示しながら徹底的に検証されていきます。不況の効用をあまり強調しすぎるのは危険だと思いますが、海老原さんの指摘を逆に解釈して、バブルなどの好況時に採用された社員や経営者の放漫ぶりを見ると、多少条件が厳しくても中小企業に正社員として就職することがその人材を鍛えるという点については大いに賛同するところです。

電話で相談された方にこの話をしたらとても喜んでもらえたんですが、「ではその中小企業の求人情報はどこで手に入るのか」と聞かれて、はたと詰まってしまいました。確かにハローワークはパートなどの非正規雇用の求人が中心となっていて、たまに正社員の求人があっても経験を要するような中途採用だったりします。つまり、新規学卒者がエントリーできる正社員の労働市場は、卒業見込みの在学中の学生にしか開かれていないわけで、しかもその大半は大手企業か有名企業に限られているわけです。という次第で、現行の労働法制の中では、中小企業の新卒採用市場が自発的に整備されることは難しいでしょうから、この分野にこそ資源配分機能を担うべき地方自治体の活路があるのではないかと気づかされました*1

特に、新規学卒者についてはまず世の中の会社がどのような雇用慣行で人材を処遇しているかという現実を認識させ、その上で中小企業の職場の実態を知らせる必要があるだろうと思いますが、そのどちらも整備されていないのが現状といえます。学校から仕事への橋渡しという観点で考えれば、この部分で地方自治体にもいろいろ打つ手はあるかもしれません。そしてこの部分をブレイクスルーできると、hamachan先生のいう「日本型フレクシキュリティ」の次の展開も構想できるように思います。といっても、それはそのほかの制度的な仕組みをきちんと整理した上での話でしょうけど。

まあ、そもそもの話からすれば、各人がそれぞれの仕事を通じて勝手な労働観を作ってしまう前に、学校教育の段階できちんと労働の仕組みを理解して、それに対する実務上の対処方法まで学ぶことができればいいのですが、この点については海老原さんもこう指摘されています。

 要は、社会人になったとき、必ず役に立つカリキュラムを大学教育の中に入れてしまうのだ。これに対しては、「学問の府である大学が、金儲けの片棒担ぎになってしまう」という批判が起こるだろう。
 しかし、すでに今の大学生(特に文科系)は学問などほとんどしていないのが現実だ。大学での専攻について、就職活動の面接でまともに語れる学生などいない。それゆえに、企業も面接でそんな質問をしなくなっているくらいだ。
 こんな体たらくよりは、簿記なり会計なり民法なり、といった「ビジネス寄りの学問」でも、真剣に学んだほうが学問として意義はある。

海老原『同』p.77


この点は本田由紀先生の職業レリバンス論とも絡んできますし、hamachan先生も

 まあ、わざと挑発している嫌いもないわけではない文章ですが、本気で反論しようと思うと意外と手強いですよ。アカデミック派の方々には、是非挑発に応じていただきたいところです。

海老原嗣生『学歴の耐えられない軽さ』(2009年12月30日 (水))」(EU労働法政策雑記帳


とおっしゃるように話が大きくなってしまいますが、特に政治や行政に携わる方々が本気で目を向けなければならないのはこの部分なのではないかと考えた次第です。

ついでながら、海老原さんをモデルにした『エンゼルバンク』がドラマ化されていたことをついさっき知りました。1回目を見逃してしまいましたが、これはぜひ全話チェックしなければいけませんね。




*1 実をいうともっと直接的なきっかけがあったのですが、諸事情により詳細は省略させていただきます。

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コメント
この記事へのコメント
はてブでコメントいただいておりましたが、なかなかフォローできず申し訳ありません。とりあえず最近いただいたコメントにリプライいたします。
http://b.hatena.ne.jp/entry/sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-370.html

> ColdFire 労働 今ならそもそも新卒採用をなくせという話になりそうですけど。 2010/01/17

この点についての海老原さんの主張は、バブル崩壊後に第二新卒市場が整備されているので、新卒で就職できないことが問題なのではなく、非正規労働者に流れてしまうことが問題だというものです。tだし、局所的にはもちろん新卒で就職できなかったためにスキルを身につけることもできず、不安定な雇用に留まる方へのケアも必要ですが、それは少数派なのですね。

そういった方々への個別の対応が必要だからといって、新卒一括採用のメリットまで失わないよう漸進的に改革すべきと考えるか、一気に新卒採用を廃止してしまえと考えるかが分かれ目になるのでしょう。


> gruza03 中小企業, 労働 玄田さんの信奉者は反論するだろう/希望学の違和感もそれかな?/資源配分機能を担うべき地方自治体の活路 /I・Uターン事業の開催時期でしょうか? 2010/01/19

「玄田さんの信奉者」という部分だけ引用してしまったのでわかりにくくなってしまいましたが、海老原さんがここで指摘しているのは「大企業の正社員でないと悲惨だ」という旧来型の職業観だろうと思います。大企業の正社員の椅子が減っているからといって悲観する必要はないというのが、「玄田さんの信奉者」に対する反論となっているわけです。

実をいえば、「希望学」そのものは使い方さえ間違えなければそれなりに使えると個人的に考えているので、海老原さんの主張も希望学とそれほど齟齬なく理解できるのではないかと思います。
2010/01/25(月) 02:02:40 | URL | マシナリ #-[ 編集]
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