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2009年12月10日 (木) | Edit |
経済学に造詣が深くなると保護貿易とかには即座に拒否反応を示す方が多いように思いますが、同じように経済学の立場から拒否反応を示されやすいのが最低賃金ですね。といっても、どちらかというと「どマクロ」の方にはミクロな政策を否定しがちな傾向があると理解すべきであって、それはマクロ経済学の生い立ちを踏まえてみれば当然のことなのかもしれません。というわけで、応用ミクロ経済学の一分野である労働経済学では最低賃金についてどのようなモデルを考えているのかを確認してみます。

題材として樋口先生の『労働経済学』から引用すると、
労働経済学 (プログレッシブ経済学シリーズ)労働経済学 (プログレッシブ経済学シリーズ)
(1996/02)
樋口 美雄

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まずは経済学で通常想定される需給関係について、

市場の労働供給曲線と政府の政策

 以上の考察は、個人の労働供給曲線について行ってきたが、市場全体の労働供給曲線は、労働需要の場合と同様に、個人について導かれた供給曲線を集計することによって得られる。
 図2-7(省略)のように、集計された市場全体の供給曲線が右上がりであるならば、需要曲線が右下がりであるかぎり、市場の需給調整に任せることによって賃金が変動すれば、均衡賃金、均衡労働量が成立し、失業の存在しない状況を達成することができる。もし均衡賃金よりも市場賃金が高ければ、超過供給が発生し、労働者間に賃金引き下げ競争が起こって賃金が引き下げられて、均衡賃金が達成される。
 この場合の政府の役割は、調整を素早く達成できるような環境を整える施策をとることである。もし最低賃金が均衡賃金より高く設定されていて、需給調整を不可能にしているとすれば、失業(超過供給)を減らすためには、政府は最低賃金の引下げを検討しなければならない。あるいは失業給付が賃金調整を遅らせているならば、市場メカニズムが迅速に働くようにこれを阻害している要因を取り除く対策が必要である。この場合には、失業の存在は、均衡賃金を上回る市場賃金に原因があるからである。最低賃金制度を廃止したり、失業保険給付の適格条件を厳しくすべきだという世界的な最近の論調の背景には、こうした認識が働いているのである。

樋口『同』pp.61-62
※ 以下、下線太字強調は引用者による。


とします。手元にある版は2004年の第8刷ですが、1996年の初版から変更はないようですので、ちょうどバブル崩壊後の就職氷河期真っ只中に書かれた「世界的な最近の論調」という表現が味わい深い説明です。そして、樋口先生はその直後にこう続けます。

しかしこの場合でも、1章で述べたように、たとえ賃金の引下げにより一時的に超過供給がなくなったとしても、所得は低下してしまう。その結果、生産物需要を減少させ、労働需要曲線を左下方に押し下げて縮小均衡が発生しうることには十分留意しておく必要がある。

樋口『同』p.62


マクロよりの方が重視するデマンドサイドへの影響を考慮すれば、最低賃金を下げれば失業者が減ってみんなハッピーとはいかないこともあり得るわけです。

さらに重要なのは、労働市場においてはこのような標準的な経済学で想定される需給関係以外の状況が発生しうるということです。

 また供給曲線が右下がりである場合には、市場の需給調整に任せておけば問題は解決するといった議論は大きく変更せざるをえない。図2-8(引用注:省略)のように、たとえ需要曲線は右下がりであっても、もし供給曲線がこれよりも緩やかなマイナスの傾きを持っている場合には、市場メカニズムが働いたとしても、自動的に均衡点に到達できるわけではない。均衡賃金(w/p)*(引用注:右下がりの需要曲線とそれより緩やかな右下がりの供給曲線が交わる点における賃金)より高い市場賃金が成立しているときには、超過需要が発生し、企業が労働獲得競争を行うようになるため、市場賃金はますます上昇する。逆に何らかのショックによって均衡賃金を下回る市場賃金になったときには、労働者側が賃金引き下げ競争を行うようになるため、賃金はますます低下する。この場合には、賃金低下の歯止め対策として最低賃金制度が必要になったり、労働者が売り急ぎをしなくてすむような所得保障を目指した失業保険制度、あるいは政府による有効需要拡大政策が必要になる。
 このように労働供給曲線がどのような形状になっているかを実証的に確認することは、失業への対応策を講じるうえで、きわめて重要な課題といえよう。

樋口『同』p.63


と「実証的な確認」の重要性を強調されているように、労働市場がどうなっているのかを踏まえた議論が必要なわけです。

ここで、今さらながらデフレ宣言された日本経済で何が起こっているかを勝間氏のプレゼン資料から引用すると、


国家戦略室への提言「まず、デフレを止めよう~若年失業と財政再建の問題解決に向けて」(PDF資料)3ページ

 デフレインフレ
企業活動モノが売れないので、生産は縮小傾向
売上減少で倒産が増える
モノが売れるので、生産は拡大傾向
売上増加で倒産が減る
雇用生産が縮小傾向になるので、求人が
減る。賃下げ、リストラも行われる。
生産が拡大傾向になるので、求人が
増える。賃上げ、中途採用も活発化。
失業増える(特に若年雇用は消滅する

減る



・(P2、3、4)デフレスパイラルが発生すると、もっとも困るのは弱者の雇用。特に、若年層や女性。なぜなら、特に正社員賃金には下方硬直性があるため、売上高や利益の減少に伴い、雇用主は賃金の切り下げだけでは追いつかない部分を、非正規雇用を増やしたり、雇用を控える、ということで対応する。フィリップス曲線は古い理論だが、皮膚感覚として正しい。

国家戦略室への提言「まず、デフレを止めよう~若年失業と財政再建の問題解決に向けて」(November 06, 2009)」(勝間和代公式ブログ: 私的なことがらを記録しよう!!
※ 強調は原文。


というわけで、まさにデフレの不況の現在こそ、特に非正規雇用しか働き口のない方々の労働供給曲線は右下がりの状況にあるように思われます。このとき、賃金の下方硬直性を持つ正社員が「最低賃金なんて失業者対策にならない」という主張をするのは、どうも身勝手な主張に聞こえるんですが気のせいでしょうか。

もっとも、勝間氏にリフレをしつけたと噂される飯田先生の共著でも

 このようにして、最低賃金規制はそれ自体が直接生み出す非効率以外にも、さまざまな非効率を間接的に生み出す可能性があります。
 以上から、最低賃金規制は「マンデルの定理」からみて誤った政策で、労働者の賃金を引き上げる政策としては、効率性基準からみて落第です。それにもかかわらず、多くの国で最低賃金法が存在しています。これは、家賃規制と同じように、政策当局が経済学の分析を無視することによって、社会に不必要な負担をもたらしている例です。

ゼミナール 経済政策入門ゼミナール 経済政策入門
(2006/03)
岩田 規久男飯田 泰之

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と、最低賃金規制を効率性基準で落第とするだけならまだわかりますが、「政策当局が経済学の分析を無視」しているとまでこきおろしているわけで、マクロとミクロの溝は思ったよりも深そうです。

実は、マクロ経済と労働市場の関係については、稲葉先生が『経済学という教養』の第8章でドーア氏の労働組合による「賃金上げを介したリフレ」論と絡めて論じられています。そこでのこの一節に、このようなミクロの労働経済学的な分析に対してマクロの方々が懐疑的な立場をとる理由が集約されているように思います。

 あえて深読みするなら、樋口や玄田といった第一線の労働経済学者が、今日マクロ経済政策と労働組合についてあまり語らない理由も、このあたりにあるのではないか。つまりマクロ経済政策は「労働」畑の-労働組合運動家や企業の人事労務担当者は言うに及ばず、アカデミックな労働研究者、政府の労働政策担当者まで含めた「労働」関係者の-守備範囲ではなくなってしまった、というあきらめのようなものがそこには透けて見える。そしてこの「あきらめ」を支えているのが、広い意味での実物的ケインジアン的枠組み-労働市場とそれをとりまく労働組合、企業組織等々の仕組みは、資本主義市場経済にとっての「死加重」である-のではないか。

経済学という教養 (ちくま文庫)経済学という教養 (ちくま文庫)
(2008/07/09)
稲葉 振一郎

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p.328-329


当の労働経済学者がマクロを語らなくなってしまったのでは、どうしようもありませんね・・・

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