2006年07月17日 (月) | Edit |
昨日に引き続いての連投になってしまったのは、目の前の困難からの逃避行動です。

連投するほどのネタでもないんだけど、学生のときの後輩で音楽やってる女の子(つってももう三十路かよ)の公式サイトをたまたま見たら、これが大変なことになっているわけです。その子がサークルに入ってきた当時はこんなかわいい女の子がこんなお堅い学校に入ってくるのかよ、しかもボーカルうめえよなんて衝撃がサークル中に走り渡ったもんでございました。もちろん初めは当時流行っていた女の子ボーカルのコピーなんかをやっていたはずなんだけど、途中から何をトチ狂ったか絶叫系のコピーとかに手を染めるようになって、いまではすっかりそっち系の破滅型ボーカルの人になってしまってます。

でね、ちょっと気になったことってのが、そのサイトの日記に書いてあった「自分は普通の感覚を親に教えてもらえなかったから、そういう感覚がないんだと思う」みたいな感じの言い振り。当時はそんな話聞いたことなかったけど、その女の子のご両親が早くに離婚していたそうで、その両親てのがあまりそういう心遣い的なものを教えてくれなかったということを書いてあったわけです。

まあ、公式サイトに書いてあることなんで、どこまでが本心でどこまでがキャラとしてのものかという問題かと一瞬思ったんですが、どうもこの当人が本心ともキャラとも区別が付かなくなっている節がある。そりゃ、破滅型のボーカルで破滅的な歌詞書いてりゃそんな心情にもなるってもの。これが意図的にできているうちはまだいいんだろうけど、実際にそう思っているんなら、ボーカルやってるキャラとしての自己と本心としての自己の区別が付かなくなっているということになってしまう。これって娘とお隣の子供を殺しちゃった秋田県のヤンママと通じるところがあると思えてならないんです。

よくある話だけど、あの母親ってのは早くに結婚して子供ができたまではよかったけど、その後離婚しちゃって仕事するにも再婚するにも娘の存在を常に足かせに感じていたはず。その存在を実際に消してしまったとき、自分がいかにかわいそうな境遇だと自分で思えるかってのがあの母親の心の隙間を埋めるために必要で、それがあの不可解な行動の理由だろうと思う。みんなに自分が最愛の娘を亡くした悲劇の母親だと印象づけるためとか、警察の捜査を攪乱するためとかそんな打算的な理由じゃなくて、あくまで自分がどれだけ悲惨な境遇にあるかを実感したかったんじゃないかと思うんである。

で、大学の後輩の話に戻るけど、彼女もそうやって自分の境遇を追い込んでいくことで自分のキャラを作って創作活動の肥やしにしようとしているんじゃないかと俺には思えるわけです。それは曲を作ってCD売ってライブしてっていう生産活動のために必要なことかもしれんが、逆に言えばそういう事情がなければそこまでする必要のないことでもある。創作活動ってのは自分の人生を切り売りすることだと言ってしまえばそういうことなんだとは思うんだけど、その切りうる人生までを、しかも無自覚に創作してしまっているんだったらかなりイタイ。

はっきりいえば、そんな自分の境遇とか自分は人とは違うんだと強調する辺りに「くまぇり」みたいな胡散臭さを感じてしまうんである。そして、その胡散臭さに自分で気が付かずに、自分をどんどんそっちに追い込んでいるように見えるのが何とも憐れでもある。普通の感覚なんて社会生活しながら身に付けるもんであって、親からじゃないと教えてもらえないもんでもないだろうに、学校もろくに行かずに適当にバイトした程度で三十路に突入してるんだから、普通の感覚なはずもない。

ほかの人生を歩んでいれば、そんなことをほじくり返すことなんかしないで、どうやって人生を自分のものにしていくかを考えていたかも知れないなあと思ったり。これはあの子に限ったことじゃなくて、俺自身とか広くみんなにもいえるかもしれないことでもある。それにしても、あの子にスーパージャンキーモンキー聞かせたりメジャーデビュー勧めるんじゃなかったかなあ?
(そういう問題じゃないか)
スポンサーサイト


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック