2009年11月12日 (木) | Edit |
政治家やマスコミの方々が国民の支持やら視聴率やらを重視する中で、不要不急不当不正だとレッテルを貼られた事業が公開の場でフルボッコです。
魔女裁判とか公開処刑なんていう言葉を思い出してしまいましたが、それは「敬うべきモデル」の復権を遂げた民意至上主義の現政権に対して失礼ですね。

MSN産経ニュース【事業仕分け】さながら“公開裁判” 危うき事業見直し (1/2ページ)2009.11.11 20:22
 「国がやる意味がどこにあるのか」「一方的な議論はおかしい」-。鳩山政権が予算削減の切り札として期待する「事業仕分け」が始まった11日、会場となった体育館は“公開裁判”の趣となった。だが、仕分けがどこまで成果を上げるか不透明な部分も多い。事業の見直しが決まれば、制度改革や組織改廃に直結するが、所管省庁で行われている議論との整合性をどう取っていくのか明確なルールや権限が決まっていないためだ。閣僚らからは反発の声も聞かれ、早くも暗雲が垂れこめ始めている。(河合雅司)


こんなことを書くマスコミはけしからん!と国民の皆様がお考えになる限り、現政権は安泰です。

それにしても、不急というのは将来的に必要だという意味でしょうし、不要といっても誰にとっての不要かで判断は違うだろうとは思いますが、それをすべて飲み込んでしまうのが民意のすばらしいところですね。
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コメント
この記事へのコメント
すなふきんさんにトラバいただきました。

> 個別の「事業仕分け」の妥当性はともかく、何もあんなやり方しなくていいんじゃね?という話。内容云々よりも明らかに民意へのパフォーマンス先行であり、小泉フィーバーの時のバカ騒ぎ思い出して胸糞が悪くなった。

私も個々の事業仕分けには(奇跡的に)妥当な結論もそれなりにあるとは思いますが、その過程で「公開の場で官僚を罵倒する」という儀式を経ないといけないものなのかなと思うわけです。というか、あらゆる事業には受益者がいて、その事業の策定から執行に至るまでそういった関連団体(利益団体とも圧力団体ともいいますが)が関わっているわけで、たとえば後期高齢者医療制度を批判するなら、健康保険の被保険者として高齢者医療の負担軽減を訴えていた連合も批判しなければ筋が通りません。果たして「しがらみのない」民主党にそれができるかははなはだ疑問ですけど。

いずれにしても、国民参加とか政治主導という言葉が先行してるものの、その具体的な手法が官僚批判という形にしか現れない点が、その言葉の内実をよく示しているように思います。
2009/11/15(日) 10:09:09 | URL | マシナリ #-[ 編集]
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http://d.hatena.ne.jp/arn/20091113#p1 毎日新聞のシンポジウムで、仙谷由人行政刷新担当相が「事業仕分け」について「これまで一切見えなかった予算編成プロセスのかなりの部分が見えることで、政治の文化大革命が始まった」と発言した。 http://zarutoro.livedoor.biz/ar
2009/11/13(金) 20:33:04 | すなふきんの雑感日記