2009年09月05日 (土) | Edit |
政権交代祭りを見ていると、以前の職場で一緒だった躁鬱状態を繰り返す職員を思い出します。彼は躁状態になると「世の中を変えてやる」みたいな威勢のいいことをいうんですが、その理由とか裏付けみたいなものが薄っぺらいんですよね。薄っぺらいというより自分の欲望や見栄で動いているだけなので、周囲を振り回しておきながら自分は何一つ気にしていないわけです。昔を知る方に聞けば、彼はもともと将来を嘱望された人材だったのが、苛烈な上司にいじめ抜かれて精神を病んでしまったとのこと。世の方々はチホーコームインの仕事なんぞお気楽なものだと思っているのでしょうけど、ご多分に漏れず結構な割合で精神を病んでいる職員がいるものなんですよ。

その職員はずっと沈み込んでしまっていて話しかけても一言も返してくれないかと思うと、突然多弁で活動的になって手がつけられなくなったりという典型的な躁鬱状態ではありますが、嘱望されていた時代の貯金なのか、いまでは順調に出世しております。現在は軽躁状態で固定してしまったらしく、いろいろなアイディアを思いついては部下を振り回しているようですが、こうなるとそこら辺にいる困った上司とは大差ないということで出世しているのでしょう。

で、そういう職員に対してもうまくやり過ごさなきゃなと思っていたところ、躁をテーマにした本を見つけたので読んでみました。
問題は、躁なんです   正常と異常のあいだ (光文社新書)問題は、躁なんです 正常と異常のあいだ (光文社新書)
(2008/02/15)
春日 武彦

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・・・実はこの本を読んで書評を書くどころじゃなくて怖くなってしまったんですが、それはいったん措いといて、現在進行中のカイカク祭りによく当てはまる記述を引用してみます。

 では老年期はどうか。老年期の定義は、こと現代においてはなかなか難しいが、差し当たって65歳前後としておこうか。
 精神科医としての個人的な印象としては、老年期にさしかかった途端にいきなり異様な精神状態を呈してしまう人がいる。それはアルツハイマーがやや早めに出現したとか、定年になって生きる張り合いを失ったとか、夫唱婦随的な関係性が現代では失われてきた等の話とは異なる。ことさら知的能力が落ちたり多彩な幻覚妄想が渦巻くわけでもない。どうも二つのタイプが目立つ。
 第一は、ある特定の妄想に囚われてしまい、だがその妄想を除けば他の能力は温存され、したがって認知症とか統合失調症とは考えにくいタイプである(男性に多い)。
(略)
 で、第二は、躁状態である。これもなかなか微妙なところがあり、たとえば長年デザイナーとして活躍し、その世界においては功成り名を遂げているような人物が、些細なことに義憤を抱いて選挙に立候補してしまう。まあ義憤から選挙に立つのは結構であるが、その人が描いてきた人生の軌跡と立候補があまりにも「木に竹を接いだ」印象がある。おまけに本人はいやに調子がよく、演説会を精力的にこなすよりも、おかしな着ぐるみのマスコットを考案したり、ラメ入りの衣装で遊説したり、馬鹿げたパフォーマンスをしたりと、はしゃいでいるのだか真剣なのか判然としない。

春日『同』pp.44-47
※ 以下、太字下線強調は引用者による。


どこかで聞いた話ですが、その当時はそのデザイナー(建築家)の言動を正面からおかしいんじゃないかと指摘する声はあまりありませんでしたね。選挙戦中に立候補者の精神が病んでいると指摘するのはいろいろ問題があるのでしょうけど、そういった人がそれなりに得票してしまうのも選挙の怖さではあります。その選挙の怖さが小選挙区制と融合して、極論的な対立軸を主張する党同士による「二大政党制」が実現したときに、「政権交代という歴史を作った」とかはしゃいでいられる神経が理解できませんね。

まあ、選挙に限らずマスコミの躁状態というのも宿命的なものでしょうけど、

 老年期に差し掛かっていきなり精神がノイズを発してしまう人たちと(その理由はいまのところよく分からない。とりあえずそうした事実の指摘にとどめておく)、奇人とは、誇大妄想的な傾向を内包している点において共通している。ステレオタイプな価値観や発想のみに囚われ、ときには怒りに顔を歪め、ときには得意満面の表情を浮かべる

春日『同』p.52

 誇大妄想的とか内省を欠いたエネルギッシュさは、奇人の構成成分である。奇人は病人ではない。だが奇人たちには、少なからず躁病的なニュアンスが窺われる。溶け込んでいるというよりも、斑点とか水玉模様のように躁病的なものが浮き出ている印象がある。
 躁病的なものとは、俗っぽく自己愛的で、大げさかつ積極的、羞恥心やためらいを欠き、飽きっぽく安易、興奮しやすく普段でも浮ついている性向である。昔から、発揚情性型とか躁病性素因、多血気質、軽佻性などと証されたきたものと重なる。われわれは躁病的要素を濃厚に持った人や、慢性の軽躁状態みたいな人をときたま目にする。新興の実業家や投資家、(自称)芸術家、プロデューサーとかマスコミ周辺の人、興行師や芸能界周辺あたりに彼らは棲息しがちのようで、談合体質などにも結構近いものがあるのかもしれない。

春日『同』p.55


というのは、60歳を超えてから月金で昼帯と朝帯の情報番組を掛け持ちしていた(最近は朝のみらしいですが)みの某を思い起こさせます。銀座で遊んでからほとんど寝ないで番組に入るエネルギッシュさとか、怒りっぽくもありながらそのすぐ後には冗談を言い放ってみたり、談合体質についてもご自身の経営する会社には常に噂がつきまとっている(Wikipedia:談合事件の常習)ようですし、そう考えてみると彼の言動の支離滅裂さの由来が理解できそうです。とはいえ、彼が朝の顔として影響力を持つようになって、「霞ヶ関をぶっ壊せ!」、「消えた年金をどうにかしろ!」とかステレオタイプな価値観に囚われて「ほっとけない!!」と大騒ぎし、その「みのポリティクス」の結果としての政権交代であったなら、一般の方々も浮かれている場合ではないと思うんですけどねえ。

さらには、世の活動家なる方々やチホーブンケン教を理解するのにはこういう例も興味深いところ。

  おしなべて軽躁的な人は、ステレオタイプな感覚に凝り固まっている。ステレオタイプという前提がなければ、それをネタにおどけたりはしゃいだりはできないのだから。
 H市のO市長(49歳、男性)は、知人によれば「冗談が服を着て歩いているような人」であった。ゲームが好きで「四人将棋」なるものを考案したり、職員に市長の勤務評定をさせてみたりと、「アイディア市長」としても知られていた(『週刊朝日』平成9年4月4日号)。
 そんな彼がセクハラ騒動を起こし週刊誌に書きたてられるようになってしまった契機は、年の暮に飲食店で外郭団体の職員と宴会を開いていたときであった。
(略)
 結局市議会でセクハラとして追及され、すると市長は1週間の自宅謹慎を宣言して蟄居、その後は議会に自らの給与8割カット6ヶ月を処分案として提出し、承認されたという。
 レベルが低いというよりも、幼稚というべきだろうか。男尊女卑的な田舎であったら、まあそんなものかもしれない。セクハラというよりは、市長の気の置けぬ人柄を強調するエピソードとして面白おかしく語り継がれるはずだったのだろうし、性的な関心といった意味ではセクハラに該当しないと当人は思っていたのかもしれない。だが今は平成の世の中なのである。おまけに賭けの話(引用者注:外郭団体の宴会で市長が女性職員のおしりを触れるかどうかで賭けをした)はその場の座興として交わしても、ご丁寧にも数日後に実行してしまうのはやはり異常である。彼の軽躁傾向がアイディア市長として名を馳せたり、おそらく気さくで親しみやすい政治家として人望を集めたりもしたのだろう。若い頃にはあえて「あいりん地区」で生活をしてみたといった武勇伝にも、躁のベクトルに突き動かされた「けれん味たっぷりの行動主義」といったものだったのだろう。
 軽躁的な資質は、おそらく政治家には必須である。ただしそれを上回る腹黒さや計算高さも備わっていなければ人の上に立つ人物の資格はなく、ただのお調子者でしかない。

春日『同』pp.103-133


自分のような行動力のない人間からすれば「若い頃にはあえて「あいりん地区」で生活をし」たような方は、たしかにすごい人だなとは思いますが、同時に変わった人だなとも思います。しかしそれは、「現場を知る」とか「しがらみに囚われない」という言葉でもって、容易に「アイディア市長」にも転化できるものなんですね。そしてそういった現象が、議院内閣制である国会よりも、直接選挙で当選できる地方自治体の首長の方に顕著に現れるのも自然な流れなのでしょう。

そうした躁病的な状態の活動家や政治家、マスコミがもてはやされる理由については、この部分がヒントになるように思います。

 さて躁状態といったものを考えるとき、わたしは当人があたかも群集心理によって突き動かされているように感じることがある。その無責任さ、無鉄砲で攻撃的、興味本位の優先と醜悪な欲望の解放、残酷さと不寛容、そういった性質が本来の「その人らしさ」を覆い尽くしてしまう。
(略)
もしかするとこのような状態は、もともと本人の心の中に潜在していたさまざまな側面、さまざまな人格が一斉にシンクロして群集心理を生み出し、無責任な暴徒と化していることなのではないだろうか。だからこそ、普段なら決して行わないであろう「とんでもないこと」すら、いとも簡単に実行してしまう。理性や羞恥心がブレーキとして働かなくなる。
 個人の頭の中で群集心理が働き始め、その不均衡なありようが違和感に満ちた人間を作り上げているのではないか。不可解な事件を起こす新老人たちも、彼らの頭の中では正義を標榜する暴徒たちの怒号が響き渡っているということではないだろうか。
 そして人々が暴徒と化す契機となるのが危機的状況や世間に広がる不安感、現状への強い不満であることもまた、「頭の中の暴徒たち」の存在を裏付ける証拠となるであろう。

春日『同』pp.156-157


彼らの頭の中の義憤というのは、実はかなり普遍的な要素を持っていて、それがそういった躁病的な傾向を持つトリックスターによって極端な形で発現してしまうと、一般の方々の頭の中の同じ義憤が覚醒されていくのかもしれません。そしてそれがトリックスター自身の義憤をさらに増幅させ、それに呼応するように一般の方も彼を熱狂的に支持し、大きな流れが作られていくと理解することができそうです。そうして作られた民意至上主義は、それがいかに浅はかなものであろうと国民自らをその「民意」なるもに縛り付けてしまうわけで、民主主義国家に生きる者は前回エントリでとりあげたケルゼンのこの言葉をかみしめるべきなのでしょう。

 しかし、多数とともに投票したものは、もはや彼自身の意思にのみ服従するのではない。このことは、彼が投票に際して表明した意思を変更する場合にすぐ経験することである。このような意思の変更について法律的な基準がないということは、他人の意思を、あるいは比喩なしにいうならば、彼が服従せねばならぬ秩序の客観的妥当性を余りにも明白に示すのみである、彼という個人が再び自由になるためには、その意思変更のために新たな多数を見いださねばならなかったであろう。変更しようとする国家意思の創造に必要な多数に条件がつけばつくほど、各個人の意思と、支配的国家意思との一致はますます困難となり、個人的自由に対する保障はいよいよ少なくなる。もし全員一致がそのために必要となるならば、このような国家意思の変更は排除せられたも同然といってよい、ここに政治的機構の最も注意すべき二様の意味があらわれる。かつては自由理念に全く従って行われた国家秩序の創設に際して、個人的自由の保護に役立ったものが、その秩序からもはや逃れることができなくなると、その後は自由の桎梏となってしまう

デモクラシーの本質と価値 (岩波文庫)デモクラシーの本質と価値 (岩波文庫)
(1966/01)
ハンス ケルゼン

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p.38
※ 太字強調は原文。


次の選挙があるまでは、われわれ日本国民は自らの選択に縛られ続けることになります。自らを縛り付けているのがほかならぬ「民意」なのですから、民意至上主義の方々は自分に都合が悪いからといって努々それを否定してはいけませんよ。




蛇足ながら、春日本を読んで怖くなったことというのは、気分が乗っているとか落ち込んでいるとかという点では誰でも躁的、鬱的な気質は持ち合わせているわけですが、こうやってネットでブログなんて書いていたり、リアルで経済学の理論を説いてみたりしている俺ってのは、客観的に見れば躁的な気質が現れている状態なのかなと不安になったということです。著者の春日氏もあとがきで書かれていますが、普段の生活が躁につながっていくんじゃないかという漠とした不安感が頭を離れないんですよねえ。
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コメント
この記事へのコメント
僕が構造改革をぶち上げる評論家や、自民党をぶっ壊すとぶちあげた某元総理を含め、改革を訴える議員・候補者なんかに抱いていたそこはかとない不安感を見事に表現していただきました。この本は是非買って読んでみたいと思います。自分に対する不安も抱えながら。

ただ、自省ができる人ってのは個人的には大丈夫だと思います。自省ができない人には2種類あって、「聞く耳を持たずに拒絶し、自己正当化を試みるタイプ」と、「一気に自己嫌悪に陥って逆に鬱になっちゃうタイプ」があるように思います。この辺で、社会との接点が持てるかもてないか(病的かどうか)が区別されるのかな。
2009/09/07(月) 15:20:46 | URL | 通行人 #RaJW5m0Q[ 編集]
> 通行人さん

コメントとお慰み(?)の言葉ありがとうございます。

> 自省ができない人には2種類あって、「聞く耳を持たずに拒絶し、自己正当化を試みるタイプ」と、「一気に自己嫌悪に陥って逆に鬱になっちゃうタイプ」がある

個人差はあると思いますが、自省のできないタイプのパターンはおっしゃるとおりだと思います。問題は、前者の方々はなかなかに声が大きくていらっしゃるので、普通の方が無防備でいると簡単に惑わされてしまうということなのでしょう。そういった方々は政界に限らず論壇にもたくさん棲息していますからね。池田○夫先生とか。
2009/09/08(火) 07:17:39 | URL | マシナリ #-[ 編集]
あの人の話もまったく同意w
2009/09/09(水) 22:15:08 | URL | 通行人 #RaJW5m0Q[ 編集]
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