2009年08月13日 (木) | Edit |
金子さんに詳しくお答えいただきました。
新産業民主主義への中長期の戦略(2009年08月11日 (火) )

私のような一介の実務屋の雑文におつきあいいただき大変恐縮です。専門の方をお相手にして相応しい議論となるか自信がありませんが、せっかくなので感想など書いてみたいと思います。

まず率直な感想を申し上げますと、金子さんが7月27日付エントリで「濱口先生と私の意見はある側面において両極端」とおっしゃる点が実のところしっくりきておりません。今回のエントリで金子さんご自身が労働組合が存在しない場合と組合があって機能している場合に場合分けされているように、制度による強制と自発的組織のどちらか有効かについては、それぞれのフェーズにおける現場の対応の違いとして考えた方がいいのではないかと思います。金子さんが「両方のメニューが必要なのです」と補足されているのも、この点を認識されているからではないでしょうか。

私が日々接していた集団的労使関係紛争の現場では、労働組合が存在しない状態で行われた解雇などに不服な労働者が、慌ててナショナルセンター(の産別支部など)のオルグで組織化したり地域ユニオンに加入したりして、そこから突然集団的労使関係があったものとして紛争処理が始まるという事例(いわゆる「駆け込み訴え」)が多くありました。そういった紛争という喫緊の場面にあっては、まさに既存の労組のリーダーであるナショナルセンターの産別のオルグや地域ユニオンが労組経験のない紛争当事者をサポートすることは、紛争解決のために有効な手段となり得ます。

一方で、私が見聞した限りの印象ではありますが、そのように組織化された労働組合が紛争処理後に良好な労使関係を築いて産業民主主義がもたらされるかと言えば、ほとんどなかったように思います。例外的に組織化がうまくいったところでは、そもそも職場のリーダーと呼べるような方がいらっしゃって、その方を中心に労働者の利益がうまく代表されていましたが、上部組織に頼りきりだったり地域ユニオンが厳しく使用者を追求するような労組(こっちが圧倒的多数です)では、いったん紛争が収まってもすぐに再発するような状態でした。

その違いは経営環境にも大きく依存するとしても、職場におけるリーダー的労働者の存在やその能力が何より重要で、その点を差し引いて考えると、実は産別のオルグや地域ユニオンの役割はそれほど重要ではなかったように思います。むしろ、組織化を至上命題としてしまっているようなオルグや地域ユニオンが絡む場合には、いたずらに紛争が泥沼化してしまうような傾向さえありました。

ちょっと横やりのような形になってしまいますが、現在進行している山形さんと松尾さんの応報の中で松尾さんが指摘されているような、

 組織の勢力拡大が自己目的化し、そのための活動と比べたら、現場の労働者の境遇を改善するための組合運動は一格落ちる。協同組合事業になるとさらに一格落ちる。政治権力を握ればすべてが解決されるので、個々の現場の労働運動も協同組合事業も学生運動もそのための手段とされて、現場の事情が簡単に犠牲にされる。組織の政治目的にとって邪魔になるものは、手段を選ばずツブされる。
 しかもこういうことを批判して現れた組織がまた同じことを繰り返す。「民主主義」と言っても、「人権」と言っても、市場原理を多少受け入れても、問題の本質が変わるわけではありません。
09年8月8日 山形浩生さんの『商人道』本評について」(松尾匡のページ


というのが集団的労使関係の現状なのだと思います。私が左派思想に懐疑的な立場をとるのも、まさに左派である松尾さんが自戒的に指摘されるこの点が日本の左派思想のねじれの現れではないかと考えるからです。そういった現状認識に立つ以上、既存の労組のリーダーが産業民主主義の担い手となるかについても懐疑的にならざるを得ません。この松尾さんの議論でも抜け落ちている部分ですが、交渉力を高めるための組織拡大なら労組にとっても交渉力の向上というメリットがあるとしても、労組が分立している状態での組織拡大は各労組の思想的な違いを強調しがちになってしまい、それによって対立した労組同士がお互いの交渉力を低下させてしまうということにもなりかねません。詳しくは道幸哲也先生の解説に譲りますが、既存労組のリーダーがそうった事態をもたらした団結権の人権的把握による弊害に対して意識的に対応しなければ、産業民主主義の確立は覚束ないのではないでしょうか。

そういった意味では、金子さんが

そうなると、私が提起したリーダーの育成(運用者の育成と言い換えた方が適切)の問題をどうするか、どこかで改めて考えなくてはならない。現実には、どこが負担するにせよ、教育を行う者をどこから調達するのかなどを含めた諸費用をどこからもってくるか、考える必要がある。おそらく、政策としては完全にそこまで手厚く制度設計するのは、人材面でも、費用面でも、厳しいだろう。そういう意味でも、自治路線は大事なのだ。
新産業民主主義への中長期の戦略(2009年08月11日 (火) )」(社会政策・労働問題研究の歴史分析、メモ帳


とおっしゃる点は、だいぶhamachan先生の側に歩み寄られたのかなとお見受けしますが、その上で「自治路線は大事なのだ」とおっしゃるのは、やはり組織化の網にかからない労働者は切り捨てても構わないとされているようにも思います。最後の「失敗したら?もちろん、そんな好条件下で成功できないようなものは法案自体をやめた方が良い。」という部分も、私には同じ文脈に読めてしまいます。公務員としての職業病かもしれませんが、エクスキューズやアリバイ作りに利用される可能性があるとしても、労組のない状態の労働者に対してせめて箱物だけでも用意しなければ、箱の使い方を適切に勉強していただくことすらできないのではないかと個人的には考える次第です。




正直なところ、以上が私の能力的に書けるいっぱいいっぱいの内容なので、現段階ではさらに詰めて考えることは難しいと思います。改めてリプライをいただいた場合は、こちらから十分にお答えできないこともあるかと思いますのであらかじめご了承ください。念のため、ここに書いた見解はあくまで個人的なものであって、所属する組織とは一切関係ありません。
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