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2009年06月05日 (金) | Edit |
性懲りもなく集団的労使関係のエントリが続いてしまいますが、kumakuma1967さんのエントリで、

GMが「やっと」チャプター11を申請した。

一部新聞は「労組が強すぎた」からGMは力を失ったみたいな事を書いていたが、そうなんだろうか?GMの経営者が言ってるんじゃなくて、株式投資をする人がよく買う新聞が社の意見として出してるんだけど、なんかヘン

株式投資をする立場から見ると、それならば20年前にすでにGMは破綻してないといけなかったんじゃないのかな?

労組との交渉の結果、経営側が譲歩した。そういう事実はあるが、はるか昔の話だよね。そのために資本のほとんどが支払い予定の後払い賃金となってしまってたのは多分10年以上前でしょ。その時点で、払いきれないなら破綻だろうし、支援者を見つけて立ち直れるのなら増資だろうし。

(略)

「労組が強すぎた」というより、経営側が「自らの弱さを認められなかった」、だから、従業員/退職者から金を借りて操業維持するしかできなかった。あるいは別の言い方をすれば、「経営が弱すぎた」んじゃないかなぁ

「労組が強すぎるから」、なんて、経理も営業も製造も担当しないで人事総務畑だけ歩いてきて自社の良い所も悪い所も見えずに経営者になった人*2が「ぼくわるくないもん」のかわりに言いそうなセリフだよなぁ。*3

会社を経営するってすごく大変な事だと思うけど、「労組が強すぎる」とまとめちゃうと、「経営者は悪くない」みたいなヘンな甘やかしになるんじゃないだろうか。

*2:敗戦処理投手に見える

*3:逆境の会社の株買って、状況が好転すれば儲かるから投資家は金出すんでしょ。投資家にとっては状況が改善するかどうかが問題なんじゃないのかなぁ。投資先の経営者がそういう事言ったら損切り検討しなくちゃいかんのだけど。

■[society]労組が強かったのかなぁ(2009-06-03)」(くまくまことkumakuma1967の出来損ない日記
※ 以下強調は引用者による。


とおっしゃっていることは、前回エントリで指摘した「株主とそれに対抗する労働組合というステイクホルダー」に対峙する経営者という三者の関係について、株主の立場から指摘されているように思います。結局のところ、経営悪化時におけるリスク配分とは、最終的なリスクを負いながら経営にあたる経営者が、自らの企業が稼いだ利益剰余金を株主と労働組合という相対立するステイクホルダー間でどのように配分するかという問題に行き当たるのではないかと。

もちろん、建前上は株主総会で配当が決められるわけで経営者が配分についてのすべての権限を有しているわけではありませんが、企業内部に限れば、経営者と労働者の利益配分については経営者が「労働条件決定権」という権限を有していることになります。kumakuma1967さんがおっしゃるのは、その企業内部の配分についてはすでに10年以上前から経営者よりも労働者の方がより多くの配分を獲得していたのだから、実際は「労組が強い」のではなく「経営が弱すぎた」のではないかということかと思います。

ここで注意すべきなのは、kumakuma1967さんが明言されているように「経営が弱すぎた」のは「株式投資をする立場」からの評価だということでしょう。本来の企業所有者(プリンシパル)である株主からすれば、エージェントである経営者が企業内部の配分を失敗したように見えるのでしょうけど、それは企業内の利益配分システムとしての集団的労使関係の領域において、株主に対抗するステイクホルダーである労働組合が本来の機能を果たしたに過ぎないともいえます。

特に経営悪化時においては、株主配当と労働者人件費はトレードオフの関係にある以上、どちらかが多ければ他方は少なくなるわけで、それを「投資家にとっては状況が改善するかどうかが問題」として考えたとき、労働者に対する配分が多いことがどう影響するかというのは一概には判断できないのではないかと。というか、株主はそれを含めて投資の判断をする必要があるんでしょうね。

と考えてみると、反共の牙城であるアメリカにおいて労働組合が本来の機能を果たす一方で、戦後長らくアカデミズムや論壇の左派思想が労働運動を支えていた日本において集団的労使関係が絶滅の危機に瀕しているというのは、なかなか理解し難い現象です。

ただまあ、株主配当が増えれば「大企業が弱者から搾取している」と騒いで、労組が配分を獲得すれば「労働貴族が暴利をむさぼっている」とか騒ぐようなマスコミしかないという現状を見れば、そんな日本の光景になんとなく納得してしまいますが。
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コメント
この記事へのコメント
どもです。
「過去の退職者に提示した条件の割引現在価値」を「負債にカウント」すると「資本がほとんどない」という事が2003年決算のBS/PLに出ているそうなので、GMが実際に資本不足に陥ったのは10年前くらいだろうと思ってエントリ書きました。割引現在価値は年をおって増えますので、業容が劇的に改善しない限りは、いくら組合と頑張って交渉して労働者の給与を抑制しても「金貸しに借金して自転車操業」だったはずです。
 そういう状態をオープンにしない事にはUAWとの交渉もできないだろうし、株主も希薄化や減資を伴うリストラクチュアには合意しないでしょう。会社のおかれている状況を利害関係者から隠したまま調停するには状況が悪すぎたんじゃないでしょうか。
2009/06/05(金) 21:01:26 | URL | kumakuma1967 #Zki5p3.2[ 編集]
> kumakuma1967さん
無事にコメントいただけました。ありがとうございます。

> 「過去の退職者に提示した条件の割引現在価値」を「負債にカウント」すると「資本がほとんどない」という事が2003年決算のBS/PLに出ているそう

なるほど、債務の割引現在価値をつまびらかにしないまま操業してたのであれば、それは確かに経営者として大いに問題がありそうですね。DCF法によって長期的な事業価値を計るという管理会計の基本的な手法が、労務管理には生かされていなかったということなんでしょうか。

これもまた集団的労使関係に惹きつけて考えてみれば、労組法第7条第2項に規定する誠実団交義務(http://www.jil.go.jp/kikaku-qa/kumiai/K03.html)は、単に労働者を保護するものではなく、まさに会社経営の当事者である労使の交渉によって経営の実態を明らかにし、健全な会社経営を実現するという労働関係調整法第1条の目的を有するものだといえるのではないかと。

問題は、少なくともGMの場合はその目的に沿った形での労使交渉が実現されていなかったという点であって、それは労使交渉というより労働者の経営参加の難しさの現れではないかと思います。
2009/06/06(土) 11:11:56 | URL | マシナリ #-[ 編集]
多分、労使の対立関係にのみ注目し、勝負が決まるような概念整理ではダメで、労が勝てば際限なき資本の食いつぶしが起き、使が勝てば際限なきブラック企業化が進む、といった未来にはあまり夢がないですよね。
一方にバランスが崩れた時に、一層バランスが崩れる方にいっちゃいそうです。
 その意味でこのエントリのテーマである集団的労使関係というのは興味深いですね。
 せっかく労ー使ー資という三者がいるわけですから、崩れたバランスを回復する仕組みがあってもいいのになぁ。バランスが崩れた船なら転覆を回避するため注水が必要な事もあるでしょう。
2009/06/07(日) 20:38:07 | URL | kumakuma1967 #Zki5p3.2[ 編集]
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