2006年03月12日 (日) | Edit |

タイトルのとおりですが、映画「県庁の星」見てきましたよ。同業者として。
(というわけでネタバレが含まれます。ご注意ください。)


とりあえず、財政赤字の元凶は地方向け支出だといわんばかりのご時世で総額200億のビッグプロジェクトなんてものの現実性が云々というのは気になりましたが、要は「エリート役人のインセンティブは出世なんだ」というプロットをしきたかったのだろうと作者の意を汲んでおきました。


ついでにいえば、民間企業への派遣なんて大抵どこの自治体でも、特に都道府県レベルではほとんど導入されているし、研修としてはかなり使い古された手法なので、派遣される職員が会見に引っ張り出されるなんて大げさなこともないです。いまどき地元のマスコミだって取り上げません(市町村レベルならありますけど。ってこれも「県庁の星」つながりですな)。
そういったところを一応フィクションとして織り込んでいただいた上でご覧いただければ、それ以外はかなり楽しめる物語だと思います(もちろん細かいところはツッコミどころ満載ですけど)。


個人的に前半のストーリーで秀逸だと思ったのは、いわゆるクレーム対応についての民間企業と役所の違いを対比させた場面です。クレームに対して責任の所在を明らかにさせようとする県庁さん(織田裕二)と、店の評判を気にしてお客さん側に嫌な思いをさせまいと下手に下手に徹するスーパーのパート二宮さん(柴咲コウ)。もちろん自分はどっちだろうと考えてみれば正直県庁さんと同じことを考えますが、この映画のいいところは役所と民間のやり方のどちらが正しいという描き方をしていないところ。


その後も、民間のやり方になじめない県庁さんとそれを受け入れようともしないスーパー側の対立関係が続くわけですが、保健所と消防署の抜き打ち検査をきっかけに県庁さんの立場が変化していき、ついにはお互いが必要としあう存在になっていくという過程の中で、それぞれが役割を果たすことの大事さが描かれます。つまり、役所だろうが民間企業だろうがそれぞれの職種に得意分野があるわけで、組織のことは役所が得意だし、接客はスーパーの方が得意だというのは当然のこと。それをお互いに否定するのではなく、お互いに必要としあって一つのことが成し遂げられるというのがこのお話の肝ですね。


と考えてみると、ジェイン・ジェイコブスの『市場の倫理 統治の倫理』を思い出してしまいますが、県庁さんの立場が変化していくきっかけとなったのが保健所と消防署の抜き打ち検査だというのが、民間と役所の関係を考えるときにとても象徴的です。
というのも、保健所は都道府県の所管(政令市とかは市の所管)だし、消防署も多くは一部事務組合といって市町村から給与が支払われる役人だったりします。つまり、作者の意図はどうであれ、県庁さんが必要とされたのはまさに同じ役人として役人対策に長けていたからという解釈も可能になってしまうのです。前述のジェイコブスも「市場の倫理と統治の倫理は別ものであり、それを融合させるとロクナことがない」と書いているとおり、役所のことは民間企業の倫理では十分に対応できないし理解することすら難しい。逆もまた真。


結果的に、県庁さんが役人対策を講じてくれたことが在庫整理につながって従業員の意識も変わって業績が上がるということは、まさに規制を守る対策を実施したことがその店を救ったことになります。しかし、だからといってお上に従えばいいことがあると結論づけてしまってはいけません。それぞれが得意な分野で力を発揮したから組織が動いたと考えるべきです。


こう考えていけば、民間企業にとって役所対策のために役人の研修を受け入れることはある程度意味のあることであり、ということは「天下り」も役所対策としてその企業にとって意味のあることといえるのではないでしょうか。「天下り」となると、県庁さんのような下っ端ではなく一番偉いところに入るので、その企業では民間のノウハウが生かされる余地が無くなるおそれがあるし、その役所対策が「官製談合」だったりしては批判されてしかるべきですが、そういうメリット(単に役人対策ができるだけではなく、それによってコンプライアンスが強化されることによってガバナンスが改善されて、その結果として業績が上がる)があると考えれば、天下りがそれなりに成り立つ理由もご理解いただけるのではないかと思います。役人って結構役に立つかもしれませんよ。


じゃあ逆に、二宮さんが県庁さんにヒントを与えて弁当プロジェクト(?)が成功したのは民間のノウハウなんだから、県庁にも取り込むべきなんでしょうか? これに関して言えば、実は民間企業から派遣されている職員や中途採用で民間から役所に入っている方はそれなりにいるけど、実際のところうまくいっている訳じゃない。それは端的に言うと、行政という仕事に、行政法の言葉で言えば「法律による法律の原理」という縛りがある以上法の執行ができるのは知事という行政機関のみであり、その委任を受けた幹部とその部下としてでしか仕事ができないから。
分かりやすく言えば、組織としての意志決定がなければどんなにいいアイディアであってもやってはいけないのです。組織として意志決定するには結局、映画で県庁さんがやっていたとおり書類にして幹部の了解を得る必要があります。民間のアイディアを取り入れるというのは、こういう行動原理まで変えることを意味するので、それを「改革」することの難しさを知っている県庁さんは、最後の場面で改革できるかと聞かれて「難しいでしょうね」というわけです。あの台詞の重さが、実は個人的に一番印象に残っていたりします。


ところで、議会での大演説で県庁さんが「地方交付税や補助金が減らされて、県は独立独歩することになる」なんて言ってましたが、三位一体の改革とか道州制とかのことをいいたかったのかな? あれは財務省(総務省も口車に乗ってしまっているけど)が地方自治体の財政を国から切り離すためにやってる議論だから、まともにとりあっちゃいけないんだけどね。どんな税制にしようがどんな区割りにしようが歳入と歳出がバランスする地方自治体なんて東京以外にありえないんであって、それを調整するのが日本という国の社会経済を維持する方策だということは変わりないよ。


この辺の話は長くなるのでまた今度。

スポンサーサイト


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック