2009年04月09日 (木) | Edit |
特にこれといった理由もありませんが、「中央集権っていつの話?(2009/03/15(日))」で、
「それにしても、小泉劇場とかポピュリズムとかは新自由主義で日本を破壊したとかいって皆さんコリゴリなはずなんですけど、こうやって形を変えればまだまだポピュリズムもイケてるということなんでしょうか。」
と書いて自分で気になってしまったので、ポピュリズムの本を読んでみました。
日本型ポピュリズム―政治への期待と幻滅 (中公新書)日本型ポピュリズム―政治への期待と幻滅 (中公新書)
(2003/08)
大嶽 秀夫

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大嶽先生の本を選んだのは、個人的に信頼できると思う唯一の政治学者だからというのが理由なんですが、あとがきに書かれた改革派によるマクロ経済政策に対する批判がR・クー氏と植草一秀氏の主張に依拠したものというのは、今となっては痛々しい限り。そうはいっても、大嶽先生のアジェンダに対する政策アリーナ設定についての方法論は、社会科学を対象とした考察を行う上で欠かせないスキルだと思うので、ライブ感覚でその過程を綴った『政治過程』は現在でも必読だと思います。
政策過程 (現代政治叢書)政策過程 (現代政治叢書)
(1990/10)
大嶽 秀夫

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『日本型ポピュリズム』の話に戻ると、この本では、1980年代末に始まる「ワイドショー的報道番組」の変遷と合わせながら、1990年代の細川連立政権から「加藤の乱」を経て小泉政権が誕生するまでを、ナショナリスティックな傾向をもちやすい海外のポピュリズムに対比させた「日本型ポピュリズム」というタームで論じています。現在ではその「日本型ポピュリズム」という仕組みがさらに深化しているためか、2003年の新書ではありますが、今のねじれまくった政治状況に麻痺した頭で読み返してみると頭の整理をするのにちょうどいい感じです。

例えば、

ブレアに代表される(欧米で九〇年代末に広く提唱された)「第三の道」論は、一方で、経済のグローバル化を不可避の与件として受け入れ、市場競争原理と小さい政府論を主軸とした新自由主義に接近し、他方で、新自由主義を超える原理として、地方自治やNGOの重要性を積極的に評価し、マイノリティの文化的多様性を認める「市民社会論」(civil society)を提唱するものである。こうした社会理念の変容を経て、欧米の社会政党は復権を果たし、九〇年代末にはアメリカの民主党を加えれば、ほとんどすべての主要先進国で社会政党が政権を獲得した。
大嶽『同上』p.13
※ 以下、強調は引用者による。


という欧米の政治状況との対比において、90年代末の日本はどうだったかというと、

日本の文脈でいえば、社会勢力は、小沢路線のもつ新自由主義的要素を取り込み、さきがけ・日本新党の市民政治論を受け入れて、再生する必要があった。この課題は困難なものではあったが、その可能性がなかったわけではない。
大嶽『同上』p.13


だそうで、「小沢路線のもつ新自由主義的要素」って今の民主党支持者はどう思うんでしょうね。もちろん、大嶽先生はこれに続けて、

民主党が結成以来、行政改革を掲げてきたように、一定程度、新自由主義的政策に共鳴を示しているのも、欧米の「第三の道」の流れに強調していることを示している。
大嶽『同上』p.14


としているわけですが、その民主党が小沢党首となった途端に、国民新党のみならず、社民党や共産党と「反新自由主義」で共闘している様というのは大変趣があります。
なんというか、この1990年代末の状況が一回りねじれているとしたら、現在の状況は二回りも三回りもねじれているわけで、こうして過去の経緯をたどってみるとやっと現状が理解できるという感じです。

あとは、橋本内閣において財政再建を徹底して進めていた加藤紘一氏が、「加藤の乱」で政治の表舞台から退場したことは、もしかすると今の日本にとってすらラッキーだったのかもと思いました。

ここで、加藤の政策的立場の全体像を、当時出版された加藤の著書『いま政治は何をすべきか』をもとに一瞥しておこう。加藤は、自民党の派閥の領袖として村山内閣時代に政調会長、次いで橋本内閣時代には幹事長として自社さ政権の政策調整の要の地位にあった。

(略)

「小さい政府」志向が、加藤が橋本内閣における消費税二%アップ実現に尽力し、次いで(金融危機に直面した)橋本首相による積極財政への路線転換に抵抗し、財政再建路線に最後まで固執した理由であり、さらに小渕内閣による大規模な減税政策への批判につながっていた。
「不景気とはいっても、それは〔中略〕企業の話で、国民生活を見れば世界でも有数の高消費が続いている。海外旅行も依然として盛んだ」、したがって、ここで財政再建を中断して改革を中止しては企業の側に「再び政府に頼る風潮が頭をもたげ」てしまうというのが、加藤の主張であった。そしてまた、加藤には「国民は痛みを伴う改革の必要性を理解してくれているという判断もあった。その立場から橋下改革、なかんずく財政再建の再スタートを主張したのである。
大嶽『同上』pp.39-40


・・・ガクブルもんです。
そして、この「加藤の乱」を、当時の森政権を支えた森派から徹底的に潰しにかかったのが小泉純一郎氏だったわけで、その小泉氏が加藤氏譲りの徹底的な財政再建である「構造改革」を掲げて圧倒的な支持を得たのは、歴史の綾というものですな。

ただまあ、小泉政権2年目に書かれた本書の制約上、

ところが実は、ポピュリズムが機能する上で、日米のあいだにはさらに重大な制度上の違いが存在する。それは、任期が一定期間保証されている大統領、知事などと違って、日本の首相は、絶えず「引きずり降ろされる」脅威にさらされ、また、国民の支持だけで再選を得られるわけでもなく、権力の維持のためには、国会議員の支持が遙かに重大な意味をもつという点である。

(略)

この不安定性から、議員の抵抗を排して、思い切った改革を行うには限界がある。大統領以上に、任期、再選を確保する必要が優先されがちとなるのである。小泉の提起した改革実現のためには、長く首相をやる必要があるからなおさらである。二年目に入ってから小泉改革が失速しているのは、ここに最大の原因があるといえよう
大嶽『同上』p.129


となっているわけですが、小泉内閣2年目の2002年というと社会保障と税制の一体的改革(「あるべき税制」とか)の議論をしているころで、片山総務大臣(当時)が「三位一体の改革」と言い出したのはちょうどこの本が出版された2003年4月あたりですね。つまりは、本書で指摘されている「日本型ポピュリズム」は、同じく本書で詳細に述べられている田中真紀子外相の更迭問題を乗り越えて、小泉内閣に対する国民の絶対的支持を維持する結果となり、ここから小泉改革は郵政民営化に向けて一気に動いていくわけです。

まあそういった制約はあるにせよ、現在の政治状況を生んだ潮流や、規制緩和などに代表される新自由主義というのは、決して小泉内閣に始まったものではなく、細川連立政権やその前のワイドショー的報道番組の誕生によって準備されたものであったことを改めて確認するために、本書は便利な一冊だと思います。
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