2009年01月23日 (金) | Edit |
ここ数日のhamachan先生のエントリが立て続けに唸らされる内容でしたので、労働行政の軒を借りている地方のコームインとして、便乗させていただきながら個人的なまとめをさせていただきます。

病理学者である法学者にとっては、異常性の表れである一般解雇の規制がまず第一義的なもので、合理性の表れである整理解雇はその応用問題に過ぎないのですが、生理学者である経済学者にとっては全く逆なのでしょう。

ごちゃごちゃ書きましたが、要するに、経済学者が解雇権濫用法理と整理解雇法理をごっちゃにするのは必ずしも悪意からというよりは、そのディシプリンからくるところという面があるのではないかということです。
WEDGE大竹論文の問題点(2009年1月22日 (木))」(EU労働法政策雑記帳
※ 強調は引用者による。


普段経済学のことばっかり書いていたり政策法務の悪口なんか書いているので自分でも怪しいところはあるものの、俺も一応なんちゃって法学部卒公務員なので、少なくとも業務遂行上必要なリーガルマインドなるものは理解しているつもりです。そういった自分自身の経験を踏まえてみるに、hamachan先生のおっしゃる法学者と経済学者のディシプリンの違いについての指摘は実感として納得することしきり。

さらにいえば、これまで担当した業務において、

まさに、なぜこの世の中に解雇規制などというものが必要なのか、現実から思考を出発させない方々には見えるはずのものが見えないといういい例でしょう。
(略)
ちなみに、労働相談においては、労働者の言い分ばかり聞くのではなく、ちゃんと会社側の言い分も聞いた上で判断しなければならないのはいうまでもありません。世の中には事実無根のでっち上げで会社と喧嘩しては辞め、また次の会社で同じことをやらかし・・・という札付きの労働者もいないわけではないのです。このあたりは、現場の労働相談員の方々が一番よく理解しておられるところでしょう。
労働者を気分次第で簡単に解雇するような経営者はいる(2009年1月23日 (金))」(EU労働法政策雑記帳
※ 強調は引用者による。


というのも嫌というほど目の当たりにしてきました*1。下っ端のチホーコームインなんぞの狭い業務経験ではありますが、良くも悪くもこういうドロドロした人間関係が下地になっている労使関係の中で紛争が発生するからこそ、理屈ではない解決が求められるのだという現実を思い知らされたわけです。

そんな労使関係ではまず当事者同士が話し合いで解決を探ることからスタートしましょうというのが日本の労働法制の理屈であって、その意味で憲法28条とそれに基づく集団的労使関係法制は、労使関係の当事者が話し合う前提で紛争解決するという構造になっているのだと思います。たとえば、当事者の話し合いが行き詰まった場合であっても、まずは第三者を交えた話し合いでの解決(労調法)を試みる制度が設けられていて、その一方で、話し合いの場を確保するために労働組合を救済しなければならない段階に至っているならば、当事者の申立てによってそれをいかにして不当労働行為に当てはめるか*2という法律問題を審査する(労組法)こともできます。

ところが、労働組合の組織率低下が端的に示すように、「労使間での話し合いによる解決」という理屈が紛争の解決方法として指向されなくなっています。個人的にはむしろ、それを担う当事者(はっきりいえば労働組合)自身が「労使間での話し合いによる解決」という理屈の方を歪めてしまった*3という印象ですが、その結果、労使ともに個別労働関係にばかり関心が向いてしまい、公的部門もそれに引きずられる形で個別労働関係紛争処理制度のシェア争いをするという状況を生み、

ところが、労働問題は国際問題と異なり、その中心に位置すべき労使関係論が絶滅の危機に瀕している。空間的、時間的に何がどうなっているのかを知ろうというどぶ板の学問が押し入れの隅っこに押し込まれている。そして、本来理屈が必要になっておもむろに取り出すべき労働法学や労働経済学が、我こそはご主人であるぞというような顔をして、でんと居座っている。
どぶ板の学問としての労使関係論(2009年1月21日 (水))」(EU労働法政策雑記帳
※ 強調は引用者による。


という事態に至ったのではないでしょうか*4

しかし、現実はそれなりに動いているようで、解雇権濫用法理によって解雇が厳しく制限される現状における個別労働関係紛争の解決方法として最も一般的なのが、「和解金」などの名目による金銭的解決です。

(1) 整理解雇に対して、金銭的な補償を求めた事案(労働者からの申請)
 申請人は、勤務していた会社から業績悪化に伴う人員整理を理由に解雇の通知を受けた。この解雇により被った経済的な損失及び精神的な苦痛に対して金銭的な補償を求めてあっせんを申請したもの。
 あっせんの結果、会社が申請人に対して、就業規則に規定された退職金に和解金を加算して支払うことで双方が合意し解決した

(2) 普通解雇の理由に納得がいかず、解雇の撤回又は金銭的な補償を求めた事案(労働者からの申請)
 申請人は、勤務態度が悪いという理由で突然解雇されたが、解雇理由に納得がいかないので、その撤回または経済的な損失及び精神的な苦痛に対して金銭的な補償を求めてあっせんを申請したもの。
あっせんの結果、解雇撤回は困難なものの和解金を支払うことで双方が合意し解決した
(以下略)
個別労働紛争解決制度」(千葉労働局
※ 強調は引用者による。


この千葉労働局のサイトで解決事例として挙げられている事例のうち、解雇や退職といった労働契約の終了についての事案9件すべてにおいて、何らかの金銭支払いが解決の決め手になっています。解雇権濫用法理によって解雇が制限されている現状では、労働局のあっせん制度や裁判所の労働審判制度といった紛争処理システムが実質的に金銭的解決制度の肩代わりをしているというのが実態ではないかと思います。

こうしてみると、憲法で予定した集団的労使関係における「話し合い」が事実上機能しなくなっている中で、解雇規制の制限などの労働問題を克服するためには、労使とも紛争処理機関への係属というコストを負担せざるを得なくなっているようにも思います。もちろん、こういう点は専門家によってきちんと議論されているわけで、

労働紛争が適切に解決されれば、紛争が悪化した場合に労働関係の当事者が負担することになる種々のコストを減少させるうえ、職場の雰囲気が改善されたり、組織の運営が円滑に運んだりすることにより生産性も向上し、その効果を社会全体としても享受できる。したがって、労働紛争の解決は、紛争当事者間にとどまらない社会的意義(外部効果)をもつということができる。このことは、事後的な紛争解決にとどまらず、紛争発生を未然に防止する場合についても、基本的に妥当すると思われる。
このような労働紛争処理の機能は、公的な紛争処理システムによっても実現しうることはもちろんであるが、企業内において当事者が自主的に紛争を解決ないし予防する場合についても、上で見たような外部効果は,公的紛争処理システムによる場合と同様に存在するものといえる。
加えて、企業内の紛争解決は、公的システムを運営するためのコストも削減でき、かつ、労働関係におけるルールの実現など、自主的なコンプライアンスの実現にも貢献しうるから、上記とは別の意味での外部効果も期待することが可能である。そうすると、企業内紛争処理システムの整備や、その運用に当たる人材の養成に関しては、何らかの公的支援を行うことが考えられる。
企業内紛争処理システムの整備支援に関する調査研究(平成20年7月28日)(注:pdfファイルです)」(独立行政法人労働政策研究・研修機構p.345
※ 強調は引用者による。


と、豊富な事例やアンケート、交渉術についての理論を踏まえて建設的な提言がされているわけです。

まあ、こういう提言は「解雇規制撤廃!」とか「企業の首切りは法律で禁止しろ!」という方々には届かない*5んでしょうけども、それがご自身(の支持母体)をより苦しい状況に追いやっていることを、そろそろ正面から認めなければならないのではないかと思う次第です。




*1 国と違って地方は集団的労使関係も扱うので、この手合いは労働者個人というよりも一部の労働組合が多いという印象です。
*2 その救済方法が人権的に過ぎたために、道幸先生がおっしゃる「団結権の人権的把握」によって労働組合自身が弱体化したわけですが。
*3 *4の「団結権の人権的把握」が労働組合のイデオロギー色を強めたりというような。
*4 hamachan先生がここでおっしゃる「労使関係」が、集団的労使関係を指しているのかちょっとよく分かりませんでしたが。
*5 だからこそ、左右問わずにギョーカクとやらのためにこの独法を廃止しようとしたりする(「労働政策研究・研修機構 4 事業の見直し」(Wikipedia))わけですしねえ。
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コメント
この記事へのコメント
こんにちは。
こんにちは。

かなり今日は寝坊しました。。
今起きて、娘とブログ見たりしてます。
娘が寝たら、ゆっくり見させていただきますね!
ヨロシクお願いします。
失礼します。
2009/02/10(火) 12:10:57 | URL | ☆KEEP BLUE☆ #-[ 編集]
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