2009年01月09日 (金) | Edit |
昨年末のエントリで、内定取り消しについてちょっと知ったかぶって書いてみたわけですが、HALTANさんからの「民主党政権成立の暁には人気取り優先で実務的な詰めや実効性の検証を怠った政策の連発で国民生活がズタズタになりそうですねえ」というコメントに対して、

後段については、使用者側にも私的自治の原則に基づいて採用の自由が認められているので、内定取り消しを食らった学生の利益との権衡についてはプロの法曹によって慎重に判断されるわけで、それを行政庁が判断できるはずもないんですよね。
http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-261.html#comment64


とか偉そうなことを書いてしまいました。

ところが、

 労働政策審議会(厚生労働相の諮問機関)の職業安定分科会は7日、新卒者の就職内定を取り消した企業名の公表基準を了承、舛添厚労相に答申した。

 〈1〉2年連続して内定を取り消した〈2〉同一年度に10人以上の内定を取り消した〈3〉事業活動の縮小を余儀なくされていると明らかに認められない〈4〉学生に取り消し理由を十分に説明していない〈5〉内定を取り消した学生の就職先確保の支援を行っていない――の5項目。

 対象は今春卒業予定者で、すでに内定取り消しを行った企業も該当する。公表は厚労省のホームページで行う方向だ。
内定取り消しの企業名公表基準、厚労相に正式答申」(2009年1月7日19時45分 読売新聞)


だそうで、労働の専門家からなる審議会(分科会)でお墨付きになった模様です。タイトルどおり間違ってしまったようで申し訳ございませんでした。

それにしても、この答申をしたのが職業安定分科会ということは、この五つの条件についての事実を認定して「悪質」だと判断するのはハローワークということになるんでしょうけど、「悪質」と認定された企業からの不服申し立てに耐えられるんだろうかと、いらぬ心配をしてしまいます。というか、〈5〉まで条件にされたらほとんどの企業が悪質になってしまって、それを避けるために「倒産覚悟で新卒採用しかない!」とかになって、結局新卒も会社も共倒れ・・・とかいうのは杞憂なんでしょうそうでしょう。



それと、その後のエントリで

個人的には、このような「地方分権」というマジックワードが深刻なモラルハザードをもたらして、結局は地方自治体そのものが苦しむことにつながっているいるんじゃないかと思うんですが、長くなったのでそれについてはまた今度にします。
「地方分権」のリスクヘッジ効果(2008/12/28(日))


と書いた件ですが、また同じ話の繰り返しになるのでめんどくさくなってほったらかしになってました。

というのも、これは生命行政について書いたのと同じように、「三倍自治」をより強化するだけにしかならないわけで、本来なら日本経済全体の問題として国が「失業対策」を講じなければならないのに、「雇用対策」という精神論みたいな政策に地方自治体を駆り立ててしまうからです。「雇用対策」ということを打ち出した自治体が一つでもあれば、あとはヤードスティック競争によってすべての自治体に「雇用対策」実施の圧力が生じます。

(3) ヤードスティック競争
 これに対して、自治体間の競争の効用を別の角度から説明しようとする考え方として、「ヤードスティック(尺度)競争」があげられる。そのポイントは、雇い主が代理人のモラルハザードを防ぐため、代理人の実績を他の代理人と比べて相対評価し、評価に応じた報酬をそれぞれの代理人に対して支払うことにある。地方分権の文脈に即して述べれば、住民が雇い主に、自治体の首長が代理人に当たる。同競争に直面した自治体の首長は、自治体運営に関わるコストを削減しその経営を効率化することを余儀なくされるであろう。他の自治体の首長がコスト削減に向けて努力しているにも関わらずそれを怠った首長は、選挙で住民から票を集められないため、政権の座にとどまること自体が難しくなるからである。
深澤映司「分権的財政システムの意義と地方財政改革(注:pdfファイルです)」3ページ目
※注記は省略しました。強調は引用者による。


ヤードスティック競争自体は、地域独占企業などのコスト構造を明らかにすることによって他の企業との比較を可能にし、効率化を促進するという効果があるとされますが、公平性が問題となる社会保障政策について同じことが生じてしまうという恐れもあります。この典型が岩手県沢内村が嚆矢となった「老人医療費無料化」なわけで、確かに一つの村だけがそれを実施することは国全体の再配分の仕方としてあり得ないわけではないとしても、それが各自治体に波及して最終的に全国で実施されてしまった結果、老人保健が成り立たなくなったのはそれほど昔の話ではありません。

で、同じ構造がこの「雇用対策」にも見られるわけで、県庁や市役所で失業者を直接雇用したり、雇用促進住宅や公営住宅への受け入れといった取組が全国に広がっています。しかし、今回の不況で職を失った方が多いとはいえ、それ以前から職を失っていた方を差し置いてそれらの方を優先するというのはどう説明されるのでしょうか。そもそも社会保障といった所得再分配政策は、全国一律の基準で行わなければ「福祉の磁石」が働いて受益と負担のバランスが崩壊してしまうわけで、実際に「年越し派遣村」が設置されたのは富裕層が多い東京都のど真ん中でした。

結局は、本来国が担うべきマクロ経済政策、所得再分配政策を地方自治体が代替してしまうため、効率的な資源配分が主な役割であるはずの地方自治体が所得再分配までをも実施せざるを得ない状況になっています。それはすなわち、現状ですら本来の機能よりも多くの役割を負わされてしまう「三倍自治」の状態が、より強化されることにほかなりません。地方分権教の方々はここを完全にスルーしてしまうので「地方に裁量がない」とかお嘆きになりますが、全国一律でなければならない所得再分配に裁量を認めるほうがおかしいわけで、そもそも地方が国の所得再分配政策を代替していることを疑問視しなければならないはずです。

地方が国のやるべき雇用対策を代替し続けている限り*1、国(政府と日銀)がマクロの金融政策や財政政策によって失業対策を講じるインセンティブを削いでしまいます。地方の歳出を国が事後的に保障するというソフトバジェットの問題では、国が地方に対して「サマリア人のジレンマ*2」に悩まされていると説明されますが、国の「失業対策」と地方の「雇用対策」では、むしろ地方が国に対して「サマリア人のジレンマ」に悩まされているのではないかと思います。

「善きサマリア人のジレンマ」と経済学で呼ばれる現象も同じものである。苦しむ人々に惜しみない同情と援助を与える人物のたとえ話として聖書に出てくるのが「善きサマリア人」である。このジレンマを親子関係で説明してみよう。親は自分の子供が失業したり、病気になったりして生活に困った時には、惜しみない援助を与えようと考えると同時に、子供にはまじめに働いて、きちんと貯蓄して、万一の場合にも生活に困らないようにしてもらいたいと考えているとする。ところが、子供のほうは、生活が苦しくなったら親が助けてくれるということを予想するので、自分のお金をすべて使い尽くして、自分にあった仕事を見つけるという理由で仕事もやめてしまう。そうすると、親は生活に困った子供を助けることになる。結局、皮肉なことに、親の子供への愛が、親が最も望まない生活態度を子供にとらせてしまうことになる。自分の子供を「どら息子」にしないためには、「自分のことは自分でせよ。どんなに生活に困っても援助をしない」と宣言しておくことだ。ただし、このような宣言を子供が信じてくれればの話だ。
p.44

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※強調は引用者による。


「失われた10+α年」の間、これだけ雇用情勢が厳しくなっていたにもかかわらず、日銀も政府も失業対策に本腰を入れようとしなかったのは、「民意」に従って「コーゾーカイカク」とか「規制緩和」に明け暮れた政治が大きな影響を与えていたのが大きな原因でしょうけど、「チホーブンケン」とか「地方の自立」というスローガンに飛びついて、「地方の時代なんだから雇用対策も自前で何とかする」という地方の側の思い上がりにも責任の一端があるように思います。

上記の大竹先生の説明に従えば、地方は「地方だけで雇用対策なんてできるわけがないんだから、ちゃんと政府と日銀が責任を持って失業対策をやれ!」と突っぱねて、「雇用対策」なんかしないほうがむしろ望ましい「失業対策」が実施されたかもしれません。極端な言い方をすれば、首長や地方議員の公約(今はマニフェストっていうんでしたっけ?)が日本の景気後退を促した側面を彼らが自覚してその公約を降ろさない限り、政府と日銀が本格的な「失業対策」としての経済政策を講じることはないということになります。

こんなことをクドクド書いたのも、うちでもワケのわからない「雇用対策」をやってるのをみて脱力したからですが、マスコミを含む一般受けはいいようで、ますます「失業対策」が遠のいたように思われるのが気のせいならいいんですけど・・・




*1 住民からすれば、国も地方も関係なく「雇用対策に取り組んでいます」という姿勢さえ見えれば、実効性があろうがなかろうが「雇用対策は地方が担うもの」と認識してしまうので、政府や日銀の責務が見えにくくなっているという状況というほうが正確かもしれません。
*2 正確には「サマリア人のジレンマ」は完全情報における動学的非整合性の問題なので、不完全情報におけるモラル・ハザードとは異なる問題です。
(畑農ほか『財政学をつかむ』p.297コラム17「モラル・ハザードとサマリア人のジレンマ」より)
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コメント
この記事へのコメント
HALTANさんのところで取り上げていただいていたことに気がつきました。

> 「論壇」系ではないマジメに専門論文を書いているだけの人は「一緒にするな」と怒り出すだろうけど、橋本治(この人は大学に籍はないが)や内田樹を見れば、「学者」も所詮は自分のファン層に売れそうなものを売るだけの商売だ、ということがよく分かる。
[床屋政談]「派遣村」騒動とは、何だったのか?・・・そして本当に「汚い」奴は誰だ!?http://d.hatena.ne.jp/HALTAN/20090109/p1

拙エントリで「雇用対策」と「失業対策」を使い分けていたのは、政治や地方自治体が「雇用対策」といってしまうと、派遣法改正とか内定取り消し企業の公表という規制にばかり話が進んでしまって、国のマクロ経済政策によって失業率を下げるという「失業対策」の必要性が論じられなくなってしまうという状況を指摘するためでしたが、まさに現在その結果として「売れそうな雇用対策」にばかり議論が集中してしまっていますね。

定額給付金が景気刺激策だけではなく「売れそうな」生活支援も目的とされてワケのわからない批判を招いてしまっていたり、派遣に対する規制が「売れそうな」製造業禁止に流れてしまっていたりという状況を見るにつけ、制度を「批判」することは簡単ですが、その「批判」が結果的に望ましくない政治の選択を導き出しているなら、そちらの方こそがまじめに憂慮されるべき事態と思わざるを得ません。

ただまあ、その「批判」を下手に批判してしまうと「派遣村叩き」とかいわれかねませんし、つまるところ、批判は慎重にしなければならないという当たり前のことをどれだけ意識できるかというところに行き着くわけですが・・・
2009/01/12(月) 23:52:36 | URL | マシナリ #-[ 編集]
HALTANさんにトラバいただきました(お気遣いさせてしまったようですみません)。

> だからこそ拙ブログでも「(A)国家に真っ当なマクロ政策を要求→完全失業率低下→(B)社会保障などの組み直し」という二段階作戦を提唱しているのですが、残念ながらここを真面目に読んで頂けている形跡は余りない。

派遣村を主催した(らしい)派遣ユニオンこそが真っ先にこのことを要求するベストポジションにいたにもかかわらず、霞ヶ関叩き・クレクレ厨に自らの活動を矮小化させていたのが象徴的ですよね。

ただ、自らのキャパを顧みることなく人を集めておいて、面倒見切れないから役所が面倒見ろというやり方には釈然としないものの、hamachan先生がおっしゃるように(http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-eb73.html)、日比谷公園という厚労省の目の前で開催したのは戦略的に大当たりだったと思います(どこまで意図したものか怪しいところですが)。

もちろん、それはあくまで目の前の政治家や役人を動かすという戦略についての話であって、マクロ経済を改善する戦略としてはかえって逆効果だろうというのがこのエントリのテーマでもありますし、HALTANさんの憤りの原因だろうと思います。個人的には、日銀の前で「年越しリフレ村」とかいってあれをやったらちょっと見直してしまうかもしれませんけど。

それはさておき、そもそも、
「景気後退→経営悪化→人件費削減→非正規社員の雇い止め」
という因果関係は遡及不可能なものであって(だからこそ因果関係というんだし)、これをバックワードに反転して解いていったところで、
「非正規社員の雇い止め禁止→人件費増加→経営改善→景気回復」
なんてことにはならないとか、いちいち説明しないといけないところが絶望的です。

因果関係の帰着である「非正規社員の雇い止め」を反転させるためには、因果関係の連鎖の順序はそのままに各要因を反転させて
「景気回復→経営改善→人件費増加→非正規社員の雇い入れ」
とするしかないんですが、問題は、左派だけでなく野党をはじめとした政治家や労働に興味のない経産省あたりの官僚、地方自治体の中の人(首長、議員、職員)といった制度を司る部門が、これを正面から議論するだけの法律的・経済学的リテラシーに欠けるところなわけでして、どうにも話の順序が逆なんですよねえ。
2009/01/14(水) 00:31:45 | URL | マシナリ #-[ 編集]
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承前:2009-01-11■[床屋政談]「運動」「アカデミズム(研究)」「左派」とサンクコスト(埋没費用)id:HALTAN:20090111:p1 12日付(月)の記事ですが、これ、相当にやばいことが書いてある。この記事を仔細に読んで、湯浅さんがかなり危険な次元にまで足を踏み入れている
2009/01/13(火) 11:28:28 | HALTANの日記