2008年12月28日 (日) | Edit |
毎度のhamachan先生のところでこのあいだ久しぶりに語気の荒いエントリがあって、まさにおっしゃるとおりとしかいえません。

経済産業省が「未来の成長産業」などと無駄な予算を山のようにつけて煽ってきた産業で役に立ったものが一つでもあるか。愚劣な産業政策の後始末、尻ぬぐいを黙々とやってきたのがどこかわかっているのか。
ひどいのはお前だ!(2008年12月21日 (日))」(EU労働法政策雑記帳

旧労働省官僚であるhamachan先生からすれば、誰のせいで余計な仕事が増えると思ってるんだこの野郎というところですね。拙ブログでも、経産省の存在意義の危うさからくる日本解体指向ぶりの酷さを指摘したことがありますが、実は地方自治体の側からみると、これがまたややこしい構図になっていたりします。

というのも、都道府県、市町村ともに大抵は「商工」という文言を含む名前の部署があって、この部署では経産省と労働省の業務を一手に引き受けている*1からです。もちろん、地方自治体勤務のご経験もあるhamachan先生はご存じ*2だと思いますが、地方自治体の現場は、一方で新産業のインキュベートとかの雇用創出をやりつつ、もう一方で雇用の確保のために商工会議所などの団体に「従業員のクビを安易に切ってはいけない」とか「新卒を積極的に採用しなければいけない」とか要請してたりするわけです。

かといって、さすがに「無能な働き者」たるチホーコームインであってもこの矛盾に気がつかないわけではなく、既存の企業を延命させなければ雇用が守れないという「現場を理解して」*3、「せっかくの不況だからゾンビ企業を退出させよう」とはいいません。つまり、国全体が不況に突入して地元の経済や雇用情勢が深刻な状況に陥ってしまうと、地方自治体は経産省の尻馬に乗って経営者を優遇するのか、雇用確保のために経営者を規制しなければならないのかというジレンマに陥ってしまうことになります。

さて、地方自治体はこのようなジレンマに陥ったとき自らのアイディアで具体的な打開策を打ち出すことができるかといえば、まずそのような政策形成能力は期待できませんし、国全体が不況に陥っているという状況を考えると、ほぼ不可能と言っていい状況にあります。しかし、ここに手をさしのべる救世主が現れます。それが旧自治省と「改革派」と呼ばれる首長たちです。彼らは「地方分権さえすればすべての問題は解決する。なぜなら、現在のような「悪い状況」*4になったのは霞が関が勝手に決めたことが悪いから」という論理で、地方自治体職員や地元マスコミをその気にさせて、選挙では「地方分権」といわないと当選できない状況を作り出すことに成功しました。

彼らはなぜそんなことをいう必要があるのでしょうか。まず、選挙を戦わなければならない首長たちからすれば、特に「マニフェスト」とかシビアな公約を求められる昨今ではできるだけ有権者に訴求する公約を掲げて、しかもある程度の実現可能性がなければなりません。となると、具体的な政策を掲げる前に「地方分権」とかのスローガンを掲げておくことによって、個々の具体的な政策で成果が上がらなくても、最後の手段として行政組織をスリム化したり出先機関を統廃合するといった自前の組織をいじりさえすれば*5、「地方分権を積極的に推進した」ということが可能になります。つまり「地方分権」は、首長たちのリスクヘッジとして非常に使い勝手のいいスローガンとなってくれるわけです。

一方の旧自治省には、地方自治体の幹部としてそのような首長の意向*6を実現することが求められるわけで、それが霞が関内部においては「交付税差配権拡大主義」的だったり、他の省庁がいかにダメかということを強調するような行動として現れてくることになります。旧自治省のそのような行動を実効あるものにするためには、全国の共通認識として「霞が関・官僚による中央集権=悪」、「地方分権=善」*7という対立概念を浸透させるとともに、特に地方在住者に対しては「地方分権」というマジックワードを刷り込む必要があるんですね。

というわけで、すなふきんさんが

総務省のいったいだれがこんな素人目でみてもおかしなプランを考えるんだろうか?
■[これはひどい]国民をバカにするとはこういうことでは?(2008-12-27)」(すなふきんの雑感日記


という疑問を持たれるのはごく自然なことだと思いますが、上記のような旧自治省の事情からすると、「旧自治省だから」という答えにしかならないと思います。

同様に、hamachan先生が

それだけに、こういうことを言われると、世の中の仕組みはわかっているはずの人が、わざとこういうことを仰るのですか?と悲しくなります。
KYはどっちだ?(2008年12月27日 (土))」(EU労働法政策雑記帳


と悲しまれるのも、釈迦に説法とは存じますが、同じく「旧自治省だから」ということに尽きるではないかと。特に、山田知事は「せんたく」などでもご活躍の旧自治省仕様のお手本のような方ですし。

個人的には、このような「地方分権」というマジックワードが深刻なモラルハザードをもたらして、結局は地方自治体そのものが苦しむことにつながっているいるんじゃないかと思うんですが、長くなったのでそれについてはまた今度にします。



*1 さらにほとんどの場合旧運輸省の観光行政も含みます。理由はよくわかりませんが、流通や広告が絡むものはまとめてしまおうということのようです。
*2 職業安定課ということは地方事務官として出向した形かもしれませんが。
*3 「「現場」と称するマスコミやら議員やら住民やらの突き上げが厳しくて」、という方が正確でしょうけど。
*4 彼らによると、貧弱なインフラを整備するために公共投資が行われて失業率も低い時代よりも、現在の方が「悪い」そうです。
*5 全国の官公労の皆さん、ここ反対するところですよ。
*6 旧自治省官僚ご自身が首長になるためにも。
*7 地方分権の主語は文脈によって「都道府県民による」だったり「市町村民による」だったり(これらをひとまとめにして「住民による」だったりしますが、いずれも「国民」と対立する概念として一人歩きしています)しますが、実態としては首長と議員と職員ですね。
スポンサーサイト


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-265.html 「地方分権さえすればすべての問題は解決する。なぜなら、現在のような「悪い状況」*4になったのは霞が関が勝手に決めたことが悪いから」という論理で、地方自治体職員や地元マスコミをその気にさせて、選挙では「地方
2008/12/29(月) 08:26:46 | すなふきんの雑感日記