2008年12月22日 (月) | Edit |
今日はお休みをいただんでじっくり「文藝春秋」なぞ読んでいたら、俺は知らなかったんですが、「文藝春秋」には「赤坂太郎」なるペンネームによるコラムがあって、その執筆陣の一人がたとえば現在の「NEWS23」キャスターの後藤謙次氏だったんだそうですよ。

実は今日のさっきのエントリは、前回に引き続いて「文藝春秋2009年01月号」ネタから赤坂太郎のコラムを取り上げるための前振りだったんですが、このコラムのテーマはずばり
「麻生官邸を牛耳るソフト帽の怪人」
です。
この「ソフト帽の怪人」こそが、拙ブログで旧自治省官僚のサンプルとしてたびたび言及させていただいている岡本全勝氏なんですね。麻生-岡本の旧自治省ラインの危うさについては俺も危惧しておりましたが、悪い方で予想どおりな感じです。

交付税も郵政も総務省の所管。浮かび上がるのは「総務省官邸」の実態だ。麻生は財務、外務、経済産業、警察の四省庁体制が慣例の事務担当の秘書官を増員。総務省官房審議官(地方財政担当)だった岡本全勝(昭和53年自治省入省)を首席扱いで登用した。岡本は麻生の総務相時代に官房総務課長で仕え、信任を得た。麻生に張り付き、政策全般を仕切ろうと力む余り、河村や漆間らを遠ざけがちで、官邸内で不協和音を生む。
(中略)
まるで阿倍の政府秘書官だった井上義行を彷彿とさせる振る舞いに、陰では「キャリアの井上」と揶揄される。洒落者で髪の薄い岡本が愛用するソフト帽まで「目立ちすぎだ」と攻撃を受ける始末だ。
「道路財源から一兆円」は財源と権限を国土交通省から交付税を差配する総務省に移すことを意味する。麻生が農水省の地方農政局と国交省の地方整備局の「抜本的な統廃合」をぶち上げた際も、霞が関は岡本の振り付けを指弾した。
赤坂太郎「麻生官邸を牛耳るソフト帽の怪人」(文藝春秋2009年01月号)
※強調は引用者による。


基本的に旧自治省の考えていることは「交付税差配権拡大主義」から理解できます。その先にあるのは、地方分権による旧内務省の復活なのかしりませんが、そのおこぼれにあずかろうと経産省と農水省がマーケット獲得に動くという奇妙な三つどもえがなんとも香ばしい。

ちなみに、ここで引用されている井上義行氏は、「フールファイブ」の一員で、高卒でありながら首相秘書官にまで上り詰めたという経歴から再チャレンジのシンボル的な扱いを受けてましたね。今となってはそれが何を意味していたのか検証することすらはばかられますが・・・

さらに、偶然かどうかわかりませんが、この号では同じような指摘が他の記事にもあります。

発足後間もない麻生太郎首相の政権運営を迷走させていると言われているのが、首相官邸にいる「四人組」だ。
(中略)
そして、霞が関で最も忌み嫌われるのが、岡本全勝秘書官(昭和五十三年入省、旧自治省)。麻生首相が慣例を破ってまで総務省から起用した首席秘書官だが、とにかく各省庁の大臣、次官、局長を首相に会わせない。首席秘書官として総務大臣の面会日程を一手に握って嫌がらせするわりには、調整能力は乏しい。定額給付金や道路特定財源の見直し、郵政民営化株売却問題などが混乱するのは岡本氏の能力不足が大きい。「全勝ならぬ『全敗』秘書官」と、役所の見方は厳しい。
「霞が関コンフィデンシャル」(同上)


・・・日程調整がどこまで岡本氏の振り付けなのかわからない以上ここまでボロクソに言わなくてもと思いますし、現在同じ総務省だからといって、旧自治省出身の岡本氏に郵政問題まで責任を負わせるというのはどうかと思いますが、まあそのほかの点ではさもありなんと納得しますね。

まあいずれにせよ、岡本氏のお考えをまとめられたこの本を読んでも、岡本氏の問題意識とか求める姿がどうにも理解できなかったのですが、

今述べた三権は憲法の定めであり、憲法の考え方です。それは、立法権と分立している行政権です。そこでは、国会が法律を決め、内閣と地方公共団体がその法律を執行します。法律に争いがある場合は、裁判所が裁定します。これは、いわば法律学的思考です。
(中略)
これに対し、政治学的思考では、政治という要素が加わります。政府が行っているのは、統治としての政治と行政です。国民は様々な考え方や価値観を持っています。また、社会は多様な利害から成り立っています。政府は、それら多様な考え方、時には対立する考え方をまとめます。そして利害調整を行います。政治学からみた政府は、国民を統合し、ある方向に持って行くという積極的な政府です。
pp.272-273

新 地方自治入門―行政の現在と未来新 地方自治入門―行政の現在と未来
(2003/10)
岡本 全勝

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どうやら岡本氏は統治機構とかそういうところでしか政府を把握しておらず、「そういえば財政もあるけどね」くらいにしか経済的側面を理解してない嫌いがあります。この本でも「経済学的には」とかいう言葉がちょくちょく出てきますが、社会共通資本とか文化資本とか関係資本とか、宇沢弘文あたりの啓蒙書レベルしか理解していないように思われますし、そりゃ「食糧自給率が上がらないのはけしからん」とか騒ぐわけですな。

で、おそらく首席秘書官というのは、岡本氏が再三主張して「内閣人事局」構想で実現の一歩手前までいった「スーパーゼロ種官僚」を先取りしたポジションだと思いますが、その具体例を自ら示してみてくれたわけですね。さすが「隗より始めよ」です。
というわけで、麻生総理の政権運営はこの先も迷走しそうな悪寒。

ついでに、俺の知っている職員で今は役所を辞めてNPOやっている人がいて、その経歴を珍しがられて地元の新聞に寄稿してたりするんだけど、
「昨今の経済危機でグローバリズムの怖さを思い知った」
「食糧自給率が低い限りグローバリズムから逃れることはできない」
「自然豊かなこの地域こそ自給自足で資本主義からの決別を!」
とか典型的なリベサヨっぷりに、こんな役人が一人でも減ったことに少なからず安堵した次第です。
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