2008年12月22日 (月) | Edit |
前回エントリの続編。
俺自身は初めて「文藝春秋」なる雑誌を自分で購入したので、とりあえずおもしろそうなところはないかなとつらつら眺めていたら、例の食糧自給率についての記事がありました。

で、この記事で引用されている算定式とか数字とかの裏を取ってみようと思ったんですが、肝心の食糧自給率の計算式がネットでは発見できません。この時点で食糧自給率について何か語ろうとすることがはばかれるわけですが、ここでは一応記事の数字をたどっていくことにします。

ちなみにこの記事を書いた浅川芳裕氏のプロフィールは、

1991年
高校卒業後 カイロアメリカン大学(エジプト)
1992年
カイロ大学文学部東洋言語課セム語専課(エジプト)
1995年
日本とアラブ間の映像・ニュースコンテンツ版権ビジネスを行なうJ&Aメディアネットワーク設立
1997年
ソニーガルフ(アラブ首長国連邦ドバイ)、モロッコ(カサブランカ)支社で社長付きマーケッターとして勤務
2000年
株式会社農業技術通信社、現在に至る
OBOGインタビュー特集:パート3 」(World Career


という方だそうで、浅川氏が副編集長を務める「農業経営者」なる雑誌は、

月刊『農業経営者』は、「土を作る事業者」としての自負を持ち、顧客への責任において農業を経営する農業経営者と関連産業人のための雑誌である。同時に当社は農業と「食」に関わる産業の永続性ある発展のために働くものである。
(中略)
本誌はこう考える。

農業経営者はもとより、技術開発企業から流通・消費企業まで「食」に関わる物すべてが食べる者のために働く「食産業人」であると。そして私たち食産業人は、それぞれの責任と自負において多様な顧客ニーズの中で必要とされ選ばれていくものであると。
農業経営者とは」(農業経営者


だそうです。

まず、レベルの数字を確認してみましょうということで、

日米英独仏五カ国の農産物輸入額(二〇〇四年)を比べると、一位が米国の五九九億ドル、独五〇八億ドル、日本が四二五億ドルで三位同列、仏三四六億ドルという順になる。
実際の依存度をよく表す、国民一人あたり輸入額を試算すると、一位英国六九〇ドル、続いてドイツ六一七ドル、フランス五五八ドル。日本はそれらのほぼ半分の三二四ドルで、一番少ない米国二一四ドルとも大差はない。
対GDPの農産物輸入比率をみても全く同順で、日本は〇.九%と、国力に占める輸入食料負担はけして多くない
浅川芳裕(「農業経営者」副編集長)「農水省食糧自給率のインチキ」(文藝春秋2009年01月号)
※強調は引用者による。


というのは、飯田先生の議論と同じように、食料品が輸入品であふれかえっているかのような誤解を解くのに役に立ちますね。
さらに、カロリーベースの食糧自給率だとカロリーの低い野菜は過小評価される上に、カロリーの高い肉に至っては、

畜産酪農品の場合、農水相の自給率は、実際に国産品が供給するカロリーに、飼料自給率(家畜が食べる国産飼料カロリー割合)を乗じて計算される。彼(引用者注:養豚業者)は、千頭以上の豚を飼育しハムやソーセージなどを手掛ける、地元で有数の事業者だ。しかし飼料自給率がゼロだから、何十人も雇用し何億円売り上げても、彼が国民に供給したカロリーは、農水相の計算上ゼロ。自給率低下の犯人というわけだ。
(同上)
※強調は引用者による。


となるわけで、カロリーベースで自給率を算出することにどんな意味があるのかよくわからなくなります。その一方、日本の「生産額ベース総合食料自給率」は66%で、氏が独自に試算したところ、日本の生産額ベース自給率は米国、ロシア、タイ、イタリアを上回る(フランス、オーストラリアはマイナス)となるそうで、数値の真偽は確認できませんがさもありなんというところ。

で、石破農水相がおかしなことを言っているなあと思ったのにも理由があったようで、こういう計画があるんだそうな。

では、「食料・農業・農村基本計画」にある「二〇一五年度の自給率目標四五%」なる数字はどうやって実現するのか。その根拠は、要するにこうだ。「国民が食べる輸入肉や輸入小麦が大きく減り、代わりに国産大豆や野菜、乳製品をとる量が増え、食品廃棄ロスが一割ぐらい減る見込みである。ただし、国産小麦や国産飼料で育つ肉の消費量は変わらない。以上」つまり、十数年後の一億人レベルの消費者嗜好を、適当に想像して決めただけである。農業生産の増産とも、安全保障上の自給概念とも何ら関係ない。
実はほぼ同じ皮算用を一九九七年にも行ない、二〇一〇年には自給率四五%を達成しているはずだったが、向上政策を五年間続けても横ばいなので、達成時期を延ばした。当然の話だ。われわれが何を食べるか、箸の上げ下げまで農水相がコントロールできるわけがない
(同上)
※強調は引用者による。


前段の部分は「食料・農業・農村基本計画(注:pdfファイルです)」の15ページあたりに書いてあることのようですが、「要するにこうだ」といえるのかちょっと不明なところもありつつ、後段はそのとおりですね。大部分の国民にとっては、どの国で作ったかよりも、自分の嗜好と栄養摂取が予算制約の中でどの程度達成できるかが問題でしょう。

国内の農家がより高い付加価値をつけて予算制約に余裕のある層の顧客を獲得するのは大変すばらしいビジネスモデルですが、農業による食糧供給が公共財の役割を果たす以上、特に現下の経済危機ではいかに安価な食料を調達するかのほうが喫緊の課題ではないかと思います。

浅川氏が「農業経営者」という雑誌で強調されているのも、この生産性と付加価値のいずれかを向上させたビジネスモデルとしての農業経営のようで、だからこそこんなこともいえるのだろうと。

結局は、すべての先進国が歩んできた産業構造変化の問題なのだ。中国をはじめ新興国ではまだ農民が人口の過半数を占め、他産業への転換が国家的課題となっている。対して先進国はその転換を乗り越え、わずか数%の農家人口でもさらに発展を遂げられるステージにある。
それでも日本は、就業人口の三三%、一千二百万人の農業者がいた一九六〇年のほうが、「自給率が七九%もあってよかった」というのだろうか
(同上)
※強調は引用者による。


農村から人がいなくなるのは農業の生産性向上の帰結として当然だと、当事者が決して認めないというのがより本質的な問題なのでしょう。
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コメント
この記事へのコメント
こういう場合どのように対応したらいいのかわかりませんが、管理者あてにコメントいただいた件については、こちらとしては特に問題はないかと思います。

ただ、このエントリの元の記事とか引用した文献をご参照いただくのがより望ましいと思いますので、適宜そちらもご確認いただければと思います。
2008/12/23(火) 23:06:42 | URL | マシナリ #-[ 編集]
この度は、ご承諾頂きありがとうございました。
A4でも結構な枚数になってしまいましたので(年配者への配慮もあり字を大きくしたりと等々)、何回かに分けることといたしました。
昨夜のNHKの英国における、農業(環境)保護についてもいろいろと考えることができたのも、凡人にお付き合い頂いたお掛けでございます。
本年は、誠にありがとうございました。良い年を迎えられますようご祈念申し上げます。
2008/12/27(土) 08:48:56 | URL | gruza03 #DgdRcaA.[ 編集]
> gruza03さん

管理者あてのコメントにどこまでお答えしたらよいか悩んでいるうちに返信が遅れました。申し訳ございません。
こちらこそ拙ブログがお役に立つことがあれば望外の喜びです。いつも適切なフォローをいただき、ありがとうございました。gruza03さんにおかれましても、良い年を迎えられますことをご祈念申し上げます。
2008/12/28(日) 02:23:11 | URL | マシナリ #-[ 編集]
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