2008年11月30日 (日) | Edit |
前々回エントリでも書きましたが、最近は一次データを取り出す以外の目的でテレビの報道番組を見ないことにしているものの、休みの日はついテレビをつけてしまって、今朝の「ウェークアップ!ぷらす」で高橋進氏が「ミニパソコンなどの企業努力で実はモノが買いやすくなっている」とか「良いデフレ論」を論じていたり、さっき見た「開局55年記念番組 タモリ教授のハテナの殿堂?」では占いとかまじめに語ってたりしてて、休みの日なのに暗澹たる気分にさせられます。

で、その裏では「情報7daysニュースキャスター」とかで相変わらずビートたけしが霞ヶ関・官僚叩きに勤しんでいるわけで、今日は石破茂農水相が出演して「食料自給率が向上すればすべてが良くなる」とかいってるんです。

もうね、ワケがわかりません。

マスコミがその無責任な報道なんかを批判されると、「社会の木鐸」とか「国民が政府を監視する必要がある」とかたいそうなことをいって、その批判自体を批判し返す割に、なんで「食料自給率が向上すればすべてが良くなる」とかいう大ボラを批判するどころか賞賛してしまえるんですか?

経産省みたいに、自らの産業政策が存在意義を失ったことを取り繕うために日本を解体したがるのもはた迷惑ですが、農水省の場合は、比較優位を失った「産業としての農業」を安楽死させつつ、「公共財としての農業」をいかに維持するかという自らの使命を否定しようとするからタチが悪い。農業と一口に言っても、保水機能やら景観美化やらの環境保全機能と、そこから得られる果実を市場において取引するための生産機能とがあって、それらを一緒くたに論じることはできません。身も蓋もなくいってしまえば、フリーライドによって過小供給に陥る「公共財としての農業」を、比較優位を失った「産業としての農業」で維持することはできないわけです。

結局、「公共財としての農業」を維持するために外部性を内部化すると割り切ることができれば、補助金を与えたり関税を高くしたりして「公共財としての農業」を保護するしかないことは明白です。である以上、「産業としての農業」が比較優位を失っているにもかかわらず、そこに「産業としての農業」によるビジネスモデルという幻想を持ち込むのは明らかにミスリーディングでしょう。

もちろん、高級食材への特化(*1)や大規模経営によって農業という産業内での比較優位を作り出すことは可能でしょうが、それは農業という産業自体が比較優位を持つこととはまったく別の話です。「情報7daysニュースキャスター」でも大規模経営で儲かってウハウハのビジネスモデルが紹介されてましたけど、そんな大々的に紹介したらフリーランチはなくなってしまうんじゃないかとこっちがハラハラします。もとより、大規模経営によって生産性を向上させるということは、利益を増やす一方で農業従事者を減らして一人あたりの利益を増加させることにほかなりませんから、農村地帯の過疎はより一層促進されてしまう(*2)んですが、それも食料自給率向上でオールオッケーですかそうですか。

食糧自給率については飯田先生のご指摘がコンパクトにまとまっているので、要点のみ引用させていただきます。詳細は本文をご確認いただければ(というより、悪いこといわないのでこの本は読んでおくべきですね)。

外食で1000円の天ぷらそばを食べたとします。このとき、私たちが購入したのは何でしょう。奇妙な質問かもしれませんが、落ち着いて考えてみてください。そば屋さんに行って、そば粉と冷凍えびと揚げ油を渡されるということはありません-当然ですね。私たちが購入したのは原材料ではなく、完成品としての「天ぷらそば」です。そば屋で天ぷらそばを食べるということは、「店の人が原材料を調理してくれたものを、清潔な店内で食べ、店の人が後片付けをしてくれる」という一連の行為を購入することを意味します。

(略)

天ぷらそばを使って輸入品の多さを説明する授業は、今もなお小学校などでは定番のひとつだそうです。しかし、そのような授業によって、日本の経済活動に占める輸入の割合が非常に高いかのような誤解が生まれているならば、これは問題です。
pp.143-145

ダメな議論―論理思考で見抜く (ちくま新書)ダメな議論―論理思考で見抜く (ちくま新書)
(2006/11)
飯田 泰之

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そういえば、食料自給率が向上しないのは農水省のせいだと批判していた旧自治官僚氏現首相の統括秘書官でしたねえ。


(12月1日追記)
すなふきんさんのエントリにTBされたanhedoniaさんのエントリでの、

でも、日本の農地の広さと、日本人が食に投じるお金には上限があって、今後も減ることはあっても増えることはないのだから、補助金を出すのでなければ所得が増えることはない。
■[農][地方]農業は再生しない(2008-11-30 曇り)」(左思右想


というご指摘は、カロリーベースの食料自給率の矛盾を突くのに有効ですね。
上記の「情報7daysニュースキャスター」でも石破農水相が、

「ご飯一膳食べるだけで食糧自給率が8%上がるんです。ダイエットにもいいし、朝ご飯を食べると成績が良くなる(*3)から、ご飯を食べましょう!」

なんてことを何度も連呼してましたが、それって結局、カロリーベースの食糧自給率が下がったといっても、日本人が日本産の食材よりも外国産の食材を好むようになったことを示しているというだけのことですね。いくら食糧安保のために米を作れって言ったって、日本人がそれを食べないから米も余るしカロリーベースの食糧自給率も低くなっているんでしょ。

現代の日本人の好みに合う食材をすべて国内で賄うなんてことは予算制約上も生産可能フロンティア上も不可能なわけで、だからこそ外国産の食材が輸入されていて、しかもそれはあくまでエンゲル係数の範囲内での代替でしかない。そのエンゲル係数内に占める国産食材のシェアを拡大できたところでそもそも予算制約を超えることはできないし、そういう現状で農業所得が低くなっている農家の一人あたり所得を増やすということが、補助金なしで可能かどうか冷静に考えてみるべきでしょう。

さらに、そうやって先進国である日本との取引によって貴重な外貨を稼いでいる途上国のことを考えれば、「地産地消」なんて鎖国政策を「リベラル」な方々が支持する理由がわかりませんね。




*1 この比較優位は、高所得者の選好を利用していることになるので、総需要の増加による経済成長が前提であることはいうまでもないですね。
*2 個人的には過疎化が進むのはやむをえないと思いますが、自給率向上マンセーの方々は一方では地方分権教だったりするので、理解できません。
*3 これもよく出されるデータですが、朝ご飯をしっかり食べている子供は、規則正しい生活ができる家庭に暮らしている可能性が高く、そのような家庭では教育への投資も大きいだろうと予想されるので、「朝ご飯を食べる」というパラメータは成績と家庭環境の相関を示す代理変数にはなり得ても、それ自体が成績にどれだけ影響しているかはかなり微妙な問題でしょう。
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コメント
この記事へのコメント
 「公共財としての農業」を維持していたのが、1982・3年までです。

 このとき通産省、経団連、連合、メディア、消費者等々による「割高な農水産物を買わされている」の「国産農業の排斥、安い外国産農産物受入れキャンペーン」が起きたことにより、一気に一次産業就労者は激減します。都市へ人が一気に流入。これが現在の限界集落問題の発端です。
 限界集落問題は、明治以来続いていることで北海道開拓(伊達・亘理藩が北海道伊達紋別(現伊達市)に3,000 人が集団移住して開拓を行った伊達農場)を始め成功例(山形県羽黒町の松が丘開拓地、福島県安積開拓地、千葉県船橋市周辺等)が非常に少なかったりします。5年程度で離散集落もあったそうですから。

 現在の中山間地域の限界集落問題は、戦後政策で満蒙開拓団の受け入れ先でもあったことなんです。すでにある農地は農地解放により彼らを受け入れる土地が無かったこと、都市も受け入れ無い彼らの郷土として中山間地域や干拓地を与え農業生産(米)を奨励し、価格を保護し定住させるため出稼ぎ(建設労働・現金収入)を用意した政策を、リベラルは「農業バラマキ批判」で崩壊させ、成田闘争の数十倍以上の規模で彼らが農地・郷土から引き剥がしたツケを「地方分権すればよくなる」「自給率向上」等々でまた地方に都市の過剰人口問題と経産省、総務省等の失敗を押し付けようとするエゴは本当に腹が立つ。自分達がたしかに「人」を求めていることをいいことに・・・。
2008/11/30(日) 12:13:44 | URL | gruza03 #DgdRcaA.[ 編集]
> gruza03さん

この歴史認識が正しいか自信はありませんが、いわゆる「金の卵」と呼ばれる集団就職や、それによる人口移動は高度成長期までにはほぼ完了していたと思います(過疎という言葉が社会的に問題視されたのは80年代以降かもしれませんが)ので、限界集落が90年代以降脚光を浴びたのは、移動の結果地方に残った人口が高齢化するまでにタイムラグがあったということではないかと。
http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/books2/200854/20085420.pdf

>  現在の中山間地域の限界集落問題は、戦後政策で満蒙開拓団の受け入れ先でもあったことなんです。

こういう地域はうちの地元にもよくあります。理屈から言えば、歴史的経緯がどうであろうと生産性の高い地域が生き残ればよいというだけですが、江戸時代とか縄文時代にまでさかのぼって地域文化の保存を主張する方もいますし、そう簡単に割り切れないところが悩ましいですね。

> リベラルは「農業バラマキ批判」で崩壊させ、成田闘争の数十倍以上の規模で彼らが農地・郷土から引き剥がしたツケを「地方分権すればよくなる」「自給率向上」等々でまた地方に都市の過剰人口問題と経産省、総務省等の失敗を押し付けようとするエゴは本当に腹が立つ。

戦前戦後を通じて、日本では公共事業という本来なら資源配分機能をもつ政策によって、都市から地方への所得再分配機能を代替していたわけで、それを「バラ撒き」といって崩壊させてしてしまったら「格差」が拡大するのは当然の帰結でしょう。
(このエントリの冒頭のところでも同じ話になってますけどhttp://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-86.html

ただ、これは政策の失敗というよりも、「中負担中福祉」でしのいできた日本の社会保障制度の貧弱さが、公共事業の削減によって露呈してしまっただけのようにも思います。それを支えていたのが家族による介護だったり地域の連帯だったわけで、現状ですら貧弱な社会保障制度を補っている家族や地域の連帯を、これ以上強化する余地はないんではないかと。

問題は、経産省とか農水省とか旧自治省あたりがこういう制度の弱いところにつけ込んで、自身の政策領域を広げようとチホーブンケンとか自給率とか騒ぐことなんですよねえ。
2008/12/01(月) 00:55:45 | URL | マシナリ #-[ 編集]
すなふきんさんにTBいただきました。(コメントが遅れてすみません)

> つまり行為と結果の関係が合理的に決められないで、もっぱら「こうありたい」という観念ばかりが先行するために錯乱した議論が横行することになるんじゃないだろうか。

こういう議論を信奉するのが「改革バカ」の方々ですが、右だろうが左だろうが「マイノリティ擁護のためのリベラルな衣」さえまとってしまえば誰も批判できない状況になっているのではないかと。むしろ、まともな議論ができないと自覚しているがゆえに、それを糊塗するために「リベラルの衣」に逃げ込んでいるようにすら見えますね。

(というか、「リベラル」って言葉をこういう意味で使わなければならない状況にも違和感がありますけど。)
2008/12/01(月) 23:46:53 | URL | マシナリ #-[ 編集]
> マシナリさん
 ご返事ありがとうございます。
 昭和42年以降に、霞ヶ関で「過疎」を使用した頃は、まだ再分配して都市と地方の調整をすることができたけど、現在は、「バラマキ批判」で格差拡大をさせることが正しいことらしいから・・・。

>  現在の中山間地域の限界集落問題は、戦後政策で満蒙開拓団の受け入れ先でもあったことなんです。
> こういう地域はうちの地元にもよくあります。理屈から言えば、歴史的経緯がどうであろうと生産性の高い地域が生き残ればよいというだけですが、江戸時代とか縄文時代にまでさかのぼって地域文化の保存を主張する方もいますし、そう簡単に割り切れないところが悩ましいですね。
 この簡単に割り切れない当たりが、限界集落と呼ばれる地域に住む人達が容易には移動できないところですけど、除雪等を含め簡単に「税金のムダ」呼ばわりはされたくないところなんです。それでも都市市民は「田舎者が権利を主張するな」なんでしょうけど。

> ただ、これは政策の失敗というよりも、「中負担中福祉」でしのいできた日本の社会保障制度の貧弱さが、公共事業の削減によって露呈してしまっただけのようにも思います。それを支えていたのが家族による介護だったり地域の連帯だったわけで、現状ですら貧弱な社会保障制度を補っている家族や地域の連帯を、これ以上強化する余地はないんではないかと。

 「中福祉中負担」でしのげたのは「みんな」を共有できたことが大きかった。
 よく「われわれの」という人達がいますが、「われ」何ですよね、本当は。「みんな」じゃ無くなった。

> 問題は、経産省とか農水省とか旧自治省あたりがこういう制度の弱いところにつけ込んで、自身の政策領域を広げようとチホーブンケンとか自給率とか騒ぐことなんですよねえ。

 この当たりは、労働教育にしても国土交通省の継続教育(CPD)との主導権争いで、現在の旧労働省は遅れをとらされていますね。まあ雇用・能力開発機構叩きも凄いのは、財務省と国土交通省双方の思惑もあるのかな。これって「ウロボロスの蛇」状態ということでしょうか?

> 「ご飯一膳食べるだけで食糧自給率が8%上がるんです。ダイエットにもいいし、朝ご飯を食べると成績が良くなる(*3)から、ご飯を食べましょう!」
 昔は、「ご飯食べると頭の動きが悪くなるし、パン食がいい」とかありましたね。日本食は身体に負担がかかるとか。

 HALTANにもダメだしされました「21世紀の国土のグランドデザイン」が、双方に都合よかったこともあるのかな。
2008/12/02(火) 07:34:09 | URL | gruza03 #DgdRcaA.[ 編集]
> gruza03さん

丁寧なご返答ありがとうございます。恐縮ですが私のいまの手持ちではちょっとお答えしきれなさそうなので、ごく簡単に。

>  「中福祉中負担」でしのげたのは「みんな」を共有できたことが大きかった。
 よく「われわれの」という人達がいますが、「われ」何ですよね、本当は。「みんな」じゃ無くなった。

私も「中福祉中負担」としましたが、権丈先生がおっしゃる(勿凝学問202 日本は小さすぎる福祉国家、低福祉国家であり中福祉国家ではない――社会保障国民会議での最後の発言http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare202.pdf)ように実際には低福祉低負担だったんだろうと思います。地方というマイノリティを擁護するために主張された「既得権益の打破」とか「バラ撒き批判」によって公共事業が崩壊して、やっとその事実に「みんな」が気がついたんですが、所得再分配の原資を取られていた都市住民はむしろそれを歓迎したという構図なのかもしれません。

それを正当化する魔法の言葉が「地方の自立」とか「地方分権」なのでしょうね。
2008/12/02(火) 23:38:35 | URL | マシナリ #-[ 編集]
すなふきんさんに再びTBいただきました。

特に付け加えることはありませんが、

> つまりは今まで自力だけでやってきたような思い込みがあるから、分権で独立してもやっていけるだろうといった根拠なき自信のようなものがあるわけだ。

この自信ってどこから来るのか不思議でしょうがないですね。というか、思い当たることと言えば、「地方の時代http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E6%96%B9%E3%81%AE%E6%99%82%E4%BB%A3」とかいってた革新自治体とか改革派知事による刷り込み効果くらいしかないので、個人的には左派の主張と改革バカのそれが同じに見えてしまうんですが。
2008/12/02(火) 23:53:07 | URL | マシナリ #-[ 編集]
HALTANさんのところhttp://d.hatena.ne.jp/HALTAN/20081202/p1で取り上げていただきましたので、ちょっとだけ補足させていただきます。

> 出来もしない財政再建や地域振興を強要して、ただしそれは夕張がそうなりかかっているように早晩、破綻するわけだが、それでも再建や振興という努力目標を下げることができない。具体的に突き詰めると何が起こるのか、誰にも分からない。真面目な話、あなたは夕張が今後どうなるか、具体的に想像できますか? 自分の貧弱な想像力では何も確たるイメージが湧かないのですが・・・。

勝手にお答えするようで恐縮ですが、HALTANさんも軍艦島について言及されているようにゴーストタウン化するしかないんだろうと個人的には考えます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%B3

まあ、チホーブンケンではゴーストタウン化することすら許されなさそうですし、それがHALTANさんの疑問にもつながるのでしょうけど。

ただ、

> 当の都会人自身がどうせ潰してしまうのだから、「首都圏一極集中で高度経済成長が復活する」ことなど絶対にない。

というのはちょっと一足飛びな感じがします。必ずしも経済成長が「高度」である必要はなくて、少なくとも潜在成長率が実現されれば、トリクルダウン効果を確保することは可能だと思います(神野先生はイースタリーの説を断片的に取り上げて、トリクルダウン効果そのものを否定されてますが)。

水平的に国土が均等に経済成長したり、垂直的にすべての国民が生産性を上げるということは元々期待できないわけで、そういった濃淡を織り交ぜつつ日本国土の所得の分布の総体を成長させ、その内部での所得再分配を公平かつ効率的に行うという両面作戦が必要なのではないかと。

下っ端チホーコームインごときでは具体的な政策として何が可能かをお示しすることは難しいのですが、何はさておき所得再分配そのもののである社会保障制度の拡充(保険料の引き上げによる給付の引き上げ)がまずとっかかりjになるんではないでしょうか。
2008/12/03(水) 00:29:21 | URL | マシナリ #-[ 編集]
HALTANさんからTBいただきました。

> ただ「ネオリベ」的に地方を切り離してやろうという人たちはそもそも両面作戦なんか興味がないんじゃないですか?

おっしゃる趣旨は理解できるんですが、リフレ派といっても金融政策についての見解以外ではあまり共通点がない(繰り返しで恐縮ですがhttp://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-91.htmlで書いたような状況があります)わけで、リフレ派の中にはネオリベもソーシャルも共存する余地があるがために、「地方分権は胡散臭いからリフレ派でいこう」とはならないのが難しいところだと思います。

個人的にはリフレ政策はまっとうな説だと思うものの、「リフレ派」と呼ばれる方々の中でも、原田泰氏や高橋洋一氏や田中秀臣氏などはマクロさえなんとかなればミクロな地方財政はなんとかなるだろう的なことをおっしゃるので、なんとも与しがたいですね(というわけで、当ブログにはリフレバナーは貼っておりません)。

# ただし、高橋洋一氏や竹中平蔵氏は道州制推進の地方分権教ですが、原田泰氏は『奇妙な経済学を語る人々』の中で、財政基盤の弱い自治体が地方分権を主張する矛盾を批判していたと記憶しております。

余力があればこの点は別途エントリでまとめてみたいところですが、まあ余力があればということで・・・
2008/12/04(木) 01:10:28 | URL | マシナリ #-[ 編集]
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2008/11/30(日) 09:35:23 | すなふきんの雑感日記
http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-259.html#comment 戦前戦後を通じて、日本では公共事業という本来なら資源配分機能をもつ政策によって、都市から地方への所得再分配機能を代替していたわけで、それを「バラ撒き」といって崩壊させてしてしまったら「格差」が拡
2008/12/02(火) 12:26:26 | すなふきんの雑感日記
(前注)いつもの話をダラダラ書いているうちに取りとめもなくなってきましたが、整理するのも面倒なのでこのまま載せます。 「公共財としての農業」を維持していたのが、1982・3年までです。 このとき通産省、経団連、連合、メディア、消費者等々による「割高な農水産物を
2008/12/03(水) 03:26:11 | HALTANの日記