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2008年10月25日 (土) | Edit |
昨日の続きということで、後半戦しゅっぱーつ!

露木:
 私は町長になる前、NHKの政治記者で若干、中央省庁の幹部の方を中心におつき合いをさせていただいた経験もありますが、そのときの今から二十数年前の印象と、今の中央省庁の皆さんの印象を見ますと、大変失礼な言い方ですが、やや劣化しているような感じがしてなりませんでした
(略)
 国家公務員の制度改革の部分もありますが、やはり私はそういうふうになる原因は現場を本当の意味で知らないのではないか。だからエネルギーが本当の意味でわいてこないのではないかという気がしてならないのです。ですから、思い切って分権改革を進めて、それで中央省庁で入った方も異動するのは自由ですから、現場をもっと知る。(pp15-16)

さすが元記者さんだけあって、ここで「現場第一主義」が出ましたが、それで問題が解決するならどの自治体も苦労しませんよ。

片山:
 例えば、一例を挙げると、今回の第一次勧告の中に出ている社会福祉施設の最低基準の問題などは典型例だと思います。何ゆえに北海道から東京、沖縄に至るまで全国一律の基準で縛らなければいけないのか。東京で私の娘も子育てをしていまして、近くに保育所がないものですから、随分遠方まで預けに行かなければならないのです。そうしなければ待機児童になってしまうのですね。なぜ近くに保育所ができないかというと、それは地価が高い、土地がみつからないからです。そうすると、東京では、全国一律北海道とか鳥取県に適用される基準とは少々違って、多少狭くてもいいから近場に保育所が欲しいというのが保護者の願いなのです。そこで、先ほどのミッションを厚生労働省にあてはめてみれば、一律の基準を全国津々浦々に押しつけることではなくて、柔軟に当事者に近いところにその判断はお任せしますというのがミッションに忠実な行動、姿勢だと思います。(p16)

違うと思います
というか、批判の対象がずれているんであって、そもそもそういう所得再分配的な事業は国が一括した基準で供給しないと、税金を払う人が逃げて給付を受ける人ばかりが集中してしまいます。片山氏が挙げた保育園の例でいえば、規制を甘くして供給を増やした地域があるとすれば、そこに住居を構える人が増えてしまって、受益と負担のバランスが崩れてしまうでしょう。まさに国の規制があったからこそ、地域ごとの差が無くなってそういう事態が防がれていた側面を無視することはできません。

そもそも地方自治体に資源配分的に実施させること自体無理があるんであって、上記のようなバランスの問題を無視してしまから、「こっちは規制のせいでひどい目に遭っている」とか変な話になるんではないかと。補助金によるファンジビリティとかフライペーパーの問題ってのは結局、中央政府が地方政府に特定の事業をさせる際のプリンシパル=エージェント(PA)問題の一種です。究極的には住民が自分で供給できないから政府が供給するわけで、さらに中央政府でも自らのリソースでは提供できないために、法定した上に財源を与えて地方政府に実施させている以上、こういう問題は不可避と考える方が生産的です(実際問題として国にそこまでの人員がいるわけでもなく(さらにいま最新流行は「小さな政府」だそうですから)、次善の策として地方自治体に仕事をさせるしかないですね)。

PA問題ではモニタリングが難しいことが一番のネックであって、そう考えると、現行制度上のモニタリングの手段が会計検査院とか地方自治体の監査委員による手続きのチェックしかないことのほうが問題でしょう。その点を真剣に議論しないと「不正経理」騒動でも、「使い道がどうのこうの」とか「地方分権で自主財源を」とかの底の浅い議論しかできませんよ。

西尾:
 私にとっては、今回の農地、道路、河川というのは敗者復活戦をやっているようなものなのですね。農地の問題については前の地方分権推進委員会時代に農水省と折衝した当事者で、2ヘクタールを超える農地の転用許可権限は国にあったわけですが、それをすべて都道府県に譲れと言って交渉したのです。
(略)
 ですから4ヘクタール超は国で、2ヘクタール超は県に降りたのだけれども、国のひもつき状態になっていて、2ヘクタール以下も都道府県が従来から持っている。市町村はそれをおろしてほしいというのだけれど、県も農水省もおろしたくないと言っている。こういう状態、今に至るまでの事態に当分これでよろしいと言ってしまった当事者ですから、これは私の最大の失敗だと思っておりまして、今回何とか過去の失敗を是正したいと思っていたというテーマです。(p17)

片山氏の屈辱どころか西尾先生まで私怨の話ですか。農水省だけじゃなくて県も反対しているのに、そんな個人的な動機でカイカクされても困りますよ。

西尾
 しかし、重点行政分野の抜本改革、これは難しい問題を突きつけてきましたね。慎重にこれから選別させていただきます。内閣としてよくよく検討して、この中からどこまでを責任をもってやるかということを判断させてくださいというほうが内閣の対応として正直なのではないか。私はもちろん委員会としては100%実施してほしいと思いますし、実施してくださればこんなありがたいことはないのですけれども、そういう注文をすることは無理ではないかという気がするのです。ですから内閣・与党の責任において取捨選択して、これだけは絶対やるということを決めてください。やると内閣が決めたものは省庁の官僚がどう抵抗しようと指示をして実現してください。(p18)

無理な注文はご遠慮ください。お願いですから。
そういうできもしないことを決められて、末端でその辻褄合わせをさせられるこっちの身にもなってください。

西尾:
 前の委員会のときにある専門委員が、自治体を国の意向どおりに動かしているものには2つのものがあります。1つは法令です。1つは金です、という話をして、イソップ物語の「太陽と北風」の話、旅人のオーバーをどっちが脱がせられるかというので太陽と北風が競うという寓話を引っ張り出して、法令による縛りはいわば北風である。太陽のほうが補助金・負担金である。実際に自治体を従わせているのはお金の力だと
(略)
 そして国税から地方税への税源移譲を確実に八兆円近く確保する。そして国と地方の税収の配分を一対一程度にまで近づけるということを断固続けるべきだったのではないかと思っているわけです。(p18)


前段はそのとおりですね。そのまっとうな専門委員はどなただったんでしょうか? 現在の地方分権改革推進委員会にはいらっしゃらなさそうなのが大変惜しまれます。で、後半はなんで「一対一」になるのか全然説明がありませんね。

露木:
 近々衆議院選挙があるかもしれない。いつあるかはともかくとして、その中でこの地方分権改革の断固推進を明快に掲げる勢力、塊ができたならば、私は強烈なキャスティングボートを握る可能性が今生まれてきたと思っております。(p19)

一足先に国政に転身した田中康夫とかこれから転身する橋本大二郎とか、「せんたく」なんてものもありましたね。それが強烈なキャスティングボートを握るとは到底思えませんけど。

片山:
 権限移譲が行われるということは当然それに見合った税財源が移譲されなければいけない、これは自明の理だと思います。
(略)
 この財源の移譲は、当面税と地方交付税の組み合わせだと思います。税だけで財源手当を使用とするとどうしても貧富の差が拡大してしまいますから、税と交付税をうまく按配させることだろうと思います。(pp19-20)

やっと片山氏の本音が出ましたね。いくら古巣の旧自治省を悪し様に罵ろうとも、旧自治省伝統の交付税差配権拡大主義は隠せません。

片山:
 私は地方分権と言ったときに、何が一番ポイントかというと、自治体において歳出と歳入を税が媒介してバランスをとることだと思っています。(略)本当の究極の地方分権をやろうと思ったら、住民の判断で、その仕事をやる必要があるのなら税率を引き上げる、税率を引き上げてまで行う必要がないのならその仕事はやめる。こういう選択がきくような仕組みが作動しなければならないのですね
(略)
 先ほど税と交付税の組み合わせという話もしましたが、交付税も分権対応型にかえなけければいけない。それは、透明性や予見性がなければならないということです。交付税の総額についていえば、一応地方交付税法で所得税、法人税など国税五税の何%が交付税原資になると決まっていますが、しかし、現実には毎年度補てんだとか、借りだとか、貸しだとか、返しだとかのややこしい作業をしているのです。総額決定の段階でも実は透明性とか予見性はないわけです。そのときの財務省と総務省の力関係とか、担当する官僚の力量次第で総額が決まったり、凄みのある国会議員が怒鳴った結果交付税が増えたりとか、こういうやりかたはとても分権対応型とはいえないのです。(pp19-20)

そうそう、開放経済の地方政府が行うと深刻な問題の発生する再分配的な仕事は、速やかにやめることができるようにしなきゃないんですよね・・・って、西尾先生と同じことをいいながらやっぱり片山氏は自己矛盾にお気づきではないご様子。

あと、おっしゃるとおり総務省のやっていることは全然地方分権対応型ではないですね。露木町長がそこでビシッと突っ込みます。

露木:
 あと、交付税の問題を可視化して透明性のルールをという片山さんのご指摘も、ぜひそうしていただきたいし、逆に言うと今度はそういうことがきちんとすればするほど、また毎年毎年の配分のルールの決定の仕方がきちんとすればするほど総務省が要らなくなってくるのではないでしょうか。(p21)

けだし正論です。ところが、片山氏は即座に却下します。

片山:
そんなことはないのです。本来毎年毎年のやっつけ仕事をするのが総務省の役割ではなくて、地方財政全体を5年とか10年のタームで見て、モニタリングした上で、全国の自治体が必要かつ十分な財政運営をするためには今の地方税制や地方交付税制度でいいのかどうかを点検する。その結果、必要であればシステムを変えていくのが総務省の役割のはずです。個別の自治体への配分などで鉛筆をなめるのではなくて、地方財政システムをルールとして変えていく。これが本来の総務省の仕事なのですね。
(略)
地方消費税が分権時代に最もふさわしい財源だなどといわれているのを見ると、ちょっとこれはとんちんかんだなと思う。分権時代にふさわしい財源は、税率について自治体に操作可能性がある税なのですね。ベースとして地方消費税があってもいいですが、その上で各自治体において財政需要が増えたり減ったりするわけですから、それに対応する財源は住民が納める税で調整する仕組みがなければいけない。そうすると、分権時代にふさわしい税とは、やはり住民税か固定資産税ということになるわけです。(p21)

だそうですけど、だから総務省は要りませんよね。自治体に操作可能性のある税でまかなえる範囲に仕事を限定してくれたら、補助金を流用しなくて済むし、どんなに楽なことか。

というか、西尾先生がお悩みになっている点をもっと議論していただきたいものですが、私怨でチホーブンケンを進めてきてしまった西尾先生にとって、それは自分の非を認めることにほかなりませんから、日銀がリフレ政策をとることよりも期待薄かもしれませんねえ。
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