2008年07月25日 (金) | Edit |
koiti_yanoさんが夏休みの課題図書に指定されていたので、高橋洋一『霞が関埋蔵金男が明かす「お国の経済」 (文春新書 635)』を購入してみました。ついでに、kumakuma1967さん経由稲葉振一郎『経済学という教養 増補 (ちくま文庫 い 66-1)』が文庫化されたのを知ったので、本屋で立ち読みしたら補章と小野善康先生の解説が追加されているのを確認して即購入。

率直な感想として、どちらもコストパフォーマンスがいまいちかなというのが正直なところ。高橋洋一さんの方は単に字が大きくて薄いからで、稲葉先生の方は旧版を持っているだけに補章と小野先生の解説を読むために840円はどうかなと、まあ買っておきながら勝手な言い分です。

高橋洋一さんの『さらば財務省!―官僚すべてを敵にした男の告白』は未読なんですが、この本と『財投改革の経済学』をちらっと読んだ限りでは、この方はマクロが専門であって、ミクロは教科書レベルのことしか議論できないのかなという印象。この本で言えば、第1章から第3章までの埋蔵金、道路特定財源、日銀を巡る議論のキレはさすがと思わせるものがありますが、第4章の公務員制度改革と第5章の地方分権はどうも与太話にしか読めません。

キャリアの方々が反論した方が説得力はあるんでしょうけど、とりあえず地方公務員の立場からも「官僚内閣制(p135)」はいくらなんでも・・と思います。官僚が政治家なり業界団体なりからの圧力に日々晒されていることをご存じないはずないのに、官僚が主体的に動いていると決めつけるのはどうなんでしょ? 特に国交省などは天下り先の確保がそのモチベーションとされているようですが、それって国家公務員のごく一部のキャリア官僚のさらに事業を管轄する部局における局所的な話でしょうから、局所的に対処しても解決は可能だろうし、それ以外の公務員まで巻き込む必要はないいんじゃないかと思われます。もちろん、キャリアの早期退職慣行とリンクしている以上再就職はするでしょうけど、役所が斡旋した再就職がすべて「天下り」でもないだろうということです。

もしかして、天下り先を規制された役所と規制されない役所の不公平があると、応募するキャリアの裁定行動を可能にして均質なキャリアを採用できないから全省庁一律に禁止するとかいうのかもしれませんけど、他の就職先との裁定行動を考えたら全省庁が一律で地盤沈下することにもなりかねないわけですし、今の日本では公務員組織が自滅するのが美しいとされるんでしょうねえ。

あと、地方分権については、当ブログではいつも言っているとおり、「補完性の原理(p159)」ってそんなに大事なの?ってことに尽きます。この辺の論理の流れを引用してみると、

「道州」でもできないものとなって、はじめて「国」の話になるんだけれど、それは国防、外交、社会保障の公平性といったところになるんだよね。
(中略)
厚生労働省も、年金みたいに、国の制度として全国民にある程度公平にする仕事というのは国に残るかもしれないけれど、介護とか福祉なんかは、もうほとんど地方の機関になっちゃう。
高橋洋一『霞が関埋蔵金男が明かす「お国の経済」 (文春新書 635)』(p161)


だそうで、介護「保険」とか福祉サービスといった所得再分配が社会的な保険機能をもつから「社会保障」というんですよね。「国の社会保障の公平性」と「介護とか福祉なんかはほとんど地方」というのをどうやって両立されるおつもりでしょうか。「補完性の原理」で地方ができることは確かにあるでしょうけど、今の日本の基礎自治体(市町村)は欧米の基礎自治体に比べて所得再分配機能(介護保険、国民保険、保育、福祉)を大きく担いすぎているといっても過言ではない状態です。言ってみれば、小西砂千夫関西学院大教授が『地方財政改革論―「健全化」実現へのシステム設計』で指摘しているように「三割自治じゃなくて三倍自治」というべき状態なわけですから、社会保障である所得再分配機能を国に引き上げた上で、地方自治体には資源配分的なインフラ整備とか産業振興とかに特化させた方が、高橋洋一氏のおっしゃる国と地方の役割分担としてはスッキリするんじゃないでしょうか。

この点、久しぶりに読み返した稲葉先生のこの指摘が、当時抱いていた地方分権への懐疑が確信に変わるきっかけになったのを思い起こしました。

しかも第二に、普通の地方公共団体は、まさにこの財政赤字という危険と背中合わせの財政政策(公共事業)以外に、マクロ的な政策手段を十分には持っていない。現代の管理通貨制の下では、通貨の発行主体は普通一国レベルの中央銀行であり、地方自治体には本格的な金融政策の手段がないのだ。
(中略)
つまり、かりに地域レベルでマクロ的な総需要の喚起に成功したところで、その効果は全国、さらには輸入を介して海外に拡散するため、地域の効用に対してさほどのインパクトを及ぼすとは思えない。しかし広く全国、そして海外に市場を持つ地域の主力産業の競争力を高めれば、地域の雇用に対する直接的なインパクトはきわめて高い。地方自治体独自の経済政策が、多くは地場産業振興政策の形を取る理由はこうしたものであると考えられる。
稲葉振一郎『経済学という教養 増補 (ちくま文庫 い 66-1)』(pp.314-315)


地域の経済規模が大きくなったってこの構造には変わりがないだろうし、そもそも行政体を大きくすることと経済圏を大きくすることは必ずしも一致するわけじゃない。この地方分権についての疑問に明確な回答を与えてくれる経済学の理論なんてものは寡聞にして知らないし、むしろ、欧米で提唱された「足による投票」も「分権化定理」も、より小さな規模の自治体が効率性をもたらすとしているんですよね。それなのに、市町村合併だとか道州制だとか、中央政府さえ小さくなれば地方政府が大きくなっても構わないって、それなんて朝三暮四?
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