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2018年12月23日 (日) | Edit |
これもまた積み残してしまっておりましたが、『HRmics vol.31』をご恵投いただきました。いつもながらありがとうございます。
http://www.nitchmo.biz/hrmics_31/_SWF_Window.html

ということで表紙を拝見したら「M&Aがあるじゃないか!」ということで、いつもの雇用問題からテーマを変えられたのかなと思って読み進めると、なるほど、人材確保の手段としてM&Aを活用することができるということなんですね。経産省から東京商工会議所が受託している「東京都事業承継引継ぎ支援センター」の木内氏がこう指摘されています。

 いくら採用活動を行っても、欲しい人材を獲得できない。であれば、人材を会社や事業ごと買収してしまおうと考える会社が増えているのです。先の約1,000社の中にも、そうした人材獲得目的のM&Aを思考している会社が多くあります。
 その対象となるのは専門的人材で、なかでも人気なのはシステムエンジニア(SE)、建設業に従事する職人や現場監督ができる人材などです。SEの在籍数が数名でも、年齢が若く、経営内容もよい会社ならばぜひとも買いたいという会社もあります。それだけ人手不足が深刻なのだと思います。

東京都事業承継引継ぎ支援センター 木内雅雄氏『HRmics vol.31』p.23

とはいえ、これはやや大雑把な分析でして、海老原さんは「ホワイトカラーの人手不足は景気によるもの、非ホワイトカラーは構造的なもの」とした上で、次のように指摘します。

 そこで政府は非ホワイトカラー領域に外国人材を活用しようと、技能実習生の対象職務拡大、在留期間の延長、受け入れ枠の拡大を行った。それでも足りずに、昨今は新たな在留資格をつくり、サービス業にまで外国人の労働者を受け入れる方向に歩を進める。
 その前に、やるべきことはないか?
(略)
 一番の解は、よき中小企業が核になり周辺領域の中小企業を集め、資金力で環境を改善し、同時に生産性を高めていく。これなら垂直分業の中で同じ階層にいる者同士の効率的な集約だから無理はないだろう。

Conclusion『HRmics vol.31』p.24

これは、『「若者はかわいそう」論のウソ』で「高卒に対する労働需要を作り出すとともに、中小企業を含めた就職口とのマッチングの仕組みを拡充することが雇用対策として求められるわけで、第4章でその対策が示されています」として示されたいた公的派遣のような形で、中小企業の採用の負担を共同して分担しようという取組の延長線上にあるように思います。中小企業の人材確保はいつの時代も難しい課題ですが、それも時代が進むとともに対応が変わっていくということなのかもしれません。

さらに、hamachan先生の連載「原典回帰」ではサンフォード・ジャコービィの『会社荘園制』が取り上げられているのですが、hamachan先生がブログで

・・・『会社荘園制』はその裏側でひっそりと生き延び、やがて組合の弱体化とともに勢力を拡大してきたノンユニオン型あるいはむしろ会社組合型の内部労働市場の歴史を描いているのです。なぜそっちを取り上げるのか?それは、それがいくつかの点で、日本的なメンバーシップ型の内部労働市場と似通った性格を示しているからです。


「サンフォード・ジャコービィ『会社荘園制』@『HRmics』31号(2018年12月 2日 (日))」(hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳))

と引用されている通り、日本型雇用慣行におけるメンバーシップ型と類似したアメリカ企業が取り入れられていて、中でも2012年に破綻したコダックの労使関係が紹介されています。それを読むと日本型雇用慣行は、欧米と日本の文化の違いということではなくどこにでも発生しうるとともに、本文の最後では富士フイルムと対比させて、片や時代の変化に対応できず破綻したコダックとの違いが示唆されており、なかなか考えさせられますね。
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2018年12月23日 (日) | Edit |
気が付けばいつものように1か月ほど更新が滞っておりまして、それに加えて世の中はクリスマスから年末年始モードへまっしぐらという時期になってしまいますので、拙ブログも今年のネタは今年のうちに消化してしまいたいということでできるだけ片付けてしまいたいと思います。

というマクラからで大変恐縮なのですが、hamachan先生の『日本の労働政策』第二版(?)を拝読…というより入手しました。いやまあこの厚さはまさに枕…などと失礼極まりないこといっている場合ではありませんで、2004年に発行された第一版(?)の倍以上のページ数となっておりまして、ハードカバーのためイメージ的には3倍近くの厚さではないかと感じます。それでいて第一版の4,800円(税別)に対して3,889円(税別)という大変お買い得なお値段でして、早速近所の書店で取り寄せして入手した次第です。

個人的には、第一版の冒頭で「労働法政策の序章という位置づけではなく,内容的には独立したエッセイとして読まれるべきものである」と宣言して異彩を放っていた「労働の文明史」がどのように改訂されているのかに注目していたのですが、残念ながら第二版では丸々カットされてしまっていました。まあ、「文明史」ですから10年程度の間隔でその都度改訂する必要はないとも思うのですが、その最後の部分でのこの見通しについては、引き続き意識していくべきではないかと思うところです。

自己労働ネットワーク社会へ

 改めて振り返ってみれば,近代産業資本は商人資本に由来する自己資本と独立生産販売者に由来する自己労働の結合が生み出した存在であった。そして,自己資本の実質的他人資本化ととともに,自己労働者としての経営者が20世紀の指導階層となった。今一見それを揺るがしているかに見える「株主主義」は,実は富裕化した労働者の貯蓄が生み出したものである。この皮肉な構造の中に,21世紀システムの方向もまた透けて見えるのではないだろうか。
(略)
 第三の方向は,富裕化した労働者の貯蓄が金融市場の中で資本の論理の体現者となってしまている事態の転換である。戦後日本の会社主義においては,株主の持ち合いによって株主の行使可能な権利を可能な限り縮小するとともに,法制的には会社の主権者であるはずの株主を総会屋という非合法な私的暴力装置を用いることで圧伏するというやり方で資本の論理を抑制していたが,このやり方がもはや持続可能でないことは明らかとなっている。それに変わる手段は,金融市場で資本の論理を振り回している者は代理人にすぎず,依頼主である労働者層の利益に反することは許されないということに立脚すべきであろう。「企業の社会的責任」という概念も,まずはそこから出発する必要があろう。
pp.26-27

『労働法政策』
濱口 桂一郎 著
政治・法律
2004年06月10日
ISBN 9784623040728
A5・536ページ
本体4,800円+税


歴史の巡り合わせというか、第一版が発行された2004年はホリエモンこと堀江貴文氏がライブドア事件で一躍有名になりながら野球の球団(現在の東北楽天ゴールデンイーグルスとなる近鉄バッファローズ)を買収しようとしたり、そこから2006年の村上ファンド事件に発展したりと、「金融市場で資本の論理を振り回している者」がまさに「労働者層の利益に反すること」を堂々と繰り広げる時代が継続しているようにも思われます。

その後の時代背景については、拙ブログでも9年半ほど前に、

特に経営悪化時においては、株主配当と労働者人件費はトレードオフの関係にある以上、どちらかが多ければ他方は少なくなるわけで、それを「投資家にとっては状況が改善するかどうかが問題」として考えたとき、労働者に対する配分が多いことがどう影響するかというのは一概には判断できないのではないかと。というか、株主はそれを含めて投資の判断をする必要があるんでしょうね。

と考えてみると、反共の牙城であるアメリカにおいて労働組合が本来の機能を果たす一方で、戦後長らくアカデミズムや論壇の左派思想が労働運動を支えていた日本において集団的労使関係が絶滅の危機に瀕しているというのは、なかなか理解し難い現象です。

ただまあ、株主配当が増えれば「大企業が弱者から搾取している」と騒いで、労組が配分を獲得すれば「労働貴族が暴利をむさぼっている」とか騒ぐようなマスコミしかないという現状を見れば、そんな日本の光景になんとなく納得してしまいますが。

「株主と経営者と労働者(2009年06月05日 (金))」

というようなことを書いておりまして、企業内部のステークホルダーとしての労働組合と株主の関係が、hamachan先生の指摘によると実は労働者の富裕化によって一体化している一方で、上記エントリで引用したkumakuma1967さんの指摘によれば、アメリカにおいては「経営が弱すぎた」故に経営破綻に追い込まれたとの評価を受けてしまっていたわけです。そしてその度合いは、「反共の牙城であるアメリカにおいて労働組合が本来の機能を果たす一方で、戦後長らくアカデミズムや論壇の左派思想が労働運動を支えていた日本において集団的労使関係が絶滅の危機に瀕している」という状況でして、それは現在も変わっていませんね。

というような集団的労使関係が絶滅しかかっている中ではありますが、実は第一版から第二版の間に集団的労使関係法制が動きかけたことがあります。というのは、そもそも労働基本権が認められていない公務員について、一時期労働基本権を復活させるべきという議論が進められ、国会に法案が提出される段階まで至ったんですね。

(4) 国家公務員労働関係法案

 その後(引用注:2011年4月の国家公務員制度改革推進本部「国会公務員制度改革基本法等に基づく『全体像』について」発表後)、同年6月、国家公務員の労働関係に関する法律案ほか関連法案が国会に提出された。その内容は以下の通りである。
(略)
 もっとも、同法案は国会で全く審議されることなく、2012年12月の衆議院解散で廃案となった。

(5) 地方公務員法関係法案

 こうして国家公務員の集団的労使関係システムの見直しが進む以上、それと平仄を合わせた形で地方公務員についても見直しが必要となってくる。
 総務省は2011年6月、「地方公務員の労使関係制度に係る基本的な考え方」をとりまとめ、意見募集を行った。その内容はほぼ国家公務員労働関係法案に沿っている。これに対し、知事会や市長会など地方公共団体からは「二元代表制、地方公共団体の規模や任命権者の多様性など、地方自治制度の特性を踏まえた検討を行うこと」など、強い慎重意見が出された。
(略)
 しかし、同年12月の衆議院解散で国家公務員関係法案と同様廃案となり、同選挙で自由民主党が政権を奪取したことから、この形で成立する可能性はなくなった。
pp.960-963

日本の労働法政策
定価: 3,889円+税
2018年10月30日刊行 A5判 1,074頁
濱口桂一郎[著]
ISBN978-4-538-41164-4


2011年4月以降の動きというと、拙ブログとしては東日本大震災発生直後の対応に追われてほとんどフォローできていない時期なのですが、その前の段階ではいろいろフォローしておりまして、その法案提出に至る経緯はあまり筋のいいものではありませんでした。

さらにいえば、そういった労働者同士の牽制が「お客様は神様です」的消費者天国を作りだし、他の労働者に対しては「経営者目線」で労働条件の引き上げを阻止する風潮につながっているように思います。「みんなが我慢して「お客様という神様」のために働いているのに、あいつらだけが労働条件を向上させるなんて許せない!」とお互いが考えているうちは、誰もがまともな労働条件で働くことは望めません。それが「引き下げデモクラシー」だったり、「会計検査院とオンブズマンが作り出すすばらしき世界」だったりするわけで、労働組合が支持母体となっている現政権下でもこんなマニフェストが作られる始末。

「公務員庁」を検討、民主が参院選公約に(2010年4月23日00時17分 読売新聞)※リンク切れ

 民主党は22日、夏の参院選公約に、公務員制度改革の一環として、国家公務員の定員や給与などを管理する「公務員庁(仮称)」の設置を盛り込む方針を固めた。

 公務員の労働基本権を回復した場合、労使交渉の政府側窓口とする。労使交渉によって国家公務員の人件費2割削減を目指す考えだ。

 公務員庁は、幹部職員人事を一元管理する内閣人事局とは別に設置し、幹部以外の職員の定員管理や給与制度管理を集約する。労使交渉を担当する閣僚を置くことも検討する。

 民主党は昨年の衆院選政権公約で「公務員の労働基本権を回復し、民間と同様、労使交渉によって給与を決定する仕組みを作る」としていた。

※ 以下、太字下線強調は引用者による。


・・・本来なら労働条件を向上させるための労使交渉によって人件費を2割削減するという、憲法の趣旨と矛盾しまくった主張が何の驚きもなく受け入れられるというのが、現在の「お客様は神様」的消費者天国たる日本を象徴していますね。

「協力を壊すのは誰か(2010年05月03日 (月))」

労働条件を引き下げる法改正は順調に進むのが現状であることを考えると、労働時間に物理的な上限規制を設けた労働基準法改正が今年成立したことは、第一版と第二版の間に実現した最重要案件だったのだなあと改めて思います。本書は労働法政策の立法過程を詳述したものではありますが、こうした経緯を確認し、それを踏まえて立法過程を構築するために参照するというのがその重要な役割ではないかと思います。

例えば今回の労基法改正についていえば、「働き方改革」という政府のうたい文句で進められたことが改正案成立に至った原動力ではありますが、野党はむしろ「残業代ゼロ法案」としてこれに反対していましたし、その「働き方改革」自体もデフレ脱却を掲げる政府が成り行きで掲げざるを得なかったという流れもありそうです。それぞれの立場で提案、修正される法案の内容を見ればそのせめぎ合いが垣間見えるわけでして、本書が政策過程論の基本書として長く参照されることを期待いたします。

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