2017年10月08日 (日) | Edit |
内部留保への課税を掲げた自称保守政党が現れたとのことで、ネット経済学界隈では何やら盛り上がっているようですが、政策パンフレットなるものではあちこちに内部留保への課税が顔を出していまして、よほど政策のネタがない目玉としたいようですね。

政策集:私たちが目指す「希望への道」

2.経済に希望を ~ユリノミクスにより、経済成長と財政再建の両立を目指す~
•金融緩和と財政出動に過度に依存せず、民間の活力を引き出す「ユリノミクス」を断行する。
①消費税凍結と内部留保の社会還元
 消費税増税を凍結し消費の冷え込みを回避する一方、300兆円もの大企業の内部留保に課税することにより、配当機会を通じた株式市場の活性化、雇用創出、設備投資増加をもたらす
②家計の安心による消費拡大
 若者が正社員で働くことを支援し、家計における教育費と住宅費の負担を下げ、医療介護費の不安を解消する(総合合算制度)。
  ベーシックインカム導入により低所得層の可処分所得を増やす
4.家計に希望を ~成長の実感が伴わない中での消費税増税は凍結する~
  • 消費税法の現行規定には、消費税引き上げについて経済状況の好転を条件とする「景気条項」が存在していない。地方や中小企業などを中心に必ずしも成長の実感が伴わない中で消費税引き上げを強行すると景気が失速する可能性が高いため、2019年10月に予定されている 10% への消費税引上げは凍結する。
  • 消費税引き上げの前提として、議員定数・報酬の削減、一院制実現に道筋を付けるなど国会改革の実現、ワイズ・スペンディングの観点から不要不急のインフラ整備を徹底的に見直す
  • 消費税増税凍結の代替財源として、約300兆円もの大企業の内部留保の課税を検討する。これにより内部留保を雇用創出や設備投資に回すことを促し、税収増と経済成長の両立を目指す。
  • 家計における二大負担である住宅費と教育費負担を引下げ、実質的な可処分所得増、個人消費増を目指す。役所の持つ空き家関連情報の抜本的流通拡大等による中古住宅市場の活性化、リバースモーゲージの拡大、生前贈与の促進などにより高齢富裕層から若者への所得移転を促す。

「希望の党 政策パンフレット」


いやまあ、歴史は(何度目かはわかりませんが)喜劇として繰り返すのだなあということで、以前のエントリのお蔵出しなどしてみましょう。

1 株式配当と労働分配率

結局のところ、経営悪化時におけるリスク配分とは、最終的なリスクを負いながら経営にあたる経営者が、自らの企業が稼いだ利益剰余金を株主と労働組合という相対立するステイクホルダー間でどのように配分するかという問題に行き当たるのではないかと。

(略)

ここで注意すべきなのは、kumakuma1967さんが明言されているように「経営が弱すぎた」のは「株式投資をする立場」からの評価だということでしょう。本来の企業所有者(プリンシパル)である株主からすれば、エージェントである経営者が企業内部の配分を失敗したように見えるのでしょうけど、それは企業内の利益配分システムとしての集団的労使関係の領域において、株主に対抗するステイクホルダーである労働組合が本来の機能を果たしたに過ぎないともいえます。

特に経営悪化時においては、株主配当と労働者人件費はトレードオフの関係にある以上、どちらかが多ければ他方は少なくなるわけで、それを「投資家にとっては状況が改善するかどうかが問題」として考えたとき、労働者に対する配分が多いことがどう影響するかというのは一概には判断できないのではないかと。というか、株主はそれを含めて投資の判断をする必要があるんでしょうね。

と考えてみると、反共の牙城であるアメリカにおいて労働組合が本来の機能を果たす一方で、戦後長らくアカデミズムや論壇の左派思想が労働運動を支えていた日本において集団的労使関係が絶滅の危機に瀕しているというのは、なかなか理解し難い現象です。

ただまあ、株主配当が増えれば「大企業が弱者から搾取している」と騒いで、労組が配分を獲得すれば「労働貴族が暴利をむさぼっている」とか騒ぐようなマスコミしかないという現状を見れば、そんな日本の光景になんとなく納得してしまいますが。

「株主と経営者と労働者(2009年06月05日 (金))
※ 強調は引用時。


2 内部留保と労働分配率

ところが日本では、思想集団と化してしまった労働組合や左派政党が、そういった利益配分のための集団的労使関係の主体となることを放棄して久しい状態が続いています。そういった思想集団が利益配分やリスク負担といった生々しい議論をさけるのは当然かもしれませんが、それで労働者の利益が失われてしまうのであれば、なんのための労働組合なのか、なんのためのソーシャルなのかと問わざるを得なくなります。

端的にいえば、HR(Human Resource)ジャーナリストを自任される海老原氏の著書が指摘するこの点こそが、集団的労使関係の領域になるはずです。

 もし、配当や社内留保を極端に下げて人件費に回したら、株価は下がり、資金繰りにも困り、経営の安定性もなくなる。その結果、経営不振になったら、誰が助けてくれるのか。そのことを企業「儲けすぎ」論者に問いたい。また、株式持ち合い中心のかつての日本型に戻れ、という人には、その結果、経営の透明性が薄まり、不良資産の査定が困難となって、企業の経営状況に社会全体が疑心暗鬼になることは、果たしてよいことなのか、と問いたい。
 最後になるが、リーマンショック時の派遣切り騒動の時に、大企業はもう少しだけ先手を打つべきだったかもしれない。
 08年分の配当と内部留保をせめて5%程度減らすことはできなかったのか。多分、EPS方式で算定して株価は1割下がる程度で、このくらいならハゲタカからの防衛も可能だろう。その結果、約1兆5000億円の余資ができる。雇用調整助成金なども合わせれば、2兆円近くの原資が生まれたはずだ。2兆円といえば、年収250万円の非正規労働者の80万人分もの給与に当たる。こうした対策を早めに講じていれば、社会不和の緩和や、派遣法改正のダッチロールなど無用な視界不良が避けられた可能性は高い。
pp.161-162

雇用の常識 決着版 ─「本当に見えるウソ」
海老原 嗣生 著
シリーズ:ちくま文庫
定価:本体780円+税
Cコード:0136
整理番号:え-16-1
刊行日: 2012/08/08

※ 元のエントリでは『本当に見えるウソ』の新刊版から引用しましたが、2012年に発行された文庫版の記載に修正しております。

法人資本主義』で株主重視を主張したのが左派陣営だったことを思い起こせば何とも皮肉な事態ですが、ここで注意しなければいけないのは、「株主の目」に対抗するステークホルダーが不在だということです。付加価値(剰余金)の配分を巡って、より大きな配当を求める株主と対抗できるだけの労働組合が利益配分を要求しなければ、経営者が自らの裁量によって配当に偏重した利益配分を行うことは当然の帰結です。いくら「配当と内部留保をせめて1割程度減らすことはできなかったのか」と部外者が言ったところで、企業経営のリスクを負う経営者が業績不振の回避と資金源としての株主を重視するインセンティブに影響はないでしょう。

「集団的労使関係の放棄(2009年06月02日 (火)」


3 利益集団としての労働組合

 スウェーデンには、何万というフォレーニングがあります。国民のほぼ全員が最低一つのフォレーニングに参加しています。フォレーニングに入るということは、共通の興味をもった人々と一緒に活動する、他の人々の権利のために闘う、自分の趣味を伸ばすための良い方法です。また、人と出会い、楽しい時間をもつ方法の一つでもあります。フォレーニングは一般に三つの種類に分けられます。

  • 経済フォレーニング
  • 利益者フォレーニング
  • 非営利フォレーニング
(略)

2.利益者フォレーニング
 労働組合は、スウェーデンでは最大の、そしてもっとも重要な利益者団体です。労働組合は、同じ職業領域で働く賃金取得者の団体で、より高い賃金、より良い労働条件のための闘いに協力し合います。賃金取得者達は、協力関係を持つより(ママ)大きな団体を形成します。
 それらの主要なものは以下の通りです。
  • LO(スウェーデン労働組合全国連合、組合員230万人)
  • TCO(スウェーデン給与所得者中央組織、組合員110万人)
  • SACO(スウェーデン大学卒業者中央組織、組合員30万人。大学卒業資格をもつ事務職員によって構成)
  • SAF(スウェーデン雇用者連合会、加入会社4万社。民間企業経営者の最も重要な団体)


「労働組合は、スウェーデン最大の、そしてもっとも重要な利益者団体」と教科書で教えてくれる国と、極東の国での「対立する主張を持つ相手とであっても、話し合いを尽くすことによって自分の境遇を自らが変えることが可能であるという経験がなければ、自らが稼得した所得を他人へ配分するという公的な所得再分配政策についての合意を得て、その結果として各家計の所得が公的セクターを通じて消費や投資に回されて流動性供給が増加し、マクロの経済成長がもたらされるという事態にいたることはないだろうと考えます」という現状を対比させてみると、その隔絶具合に頭がクラクラしますね。

「税金の使途を取り決める基盤(2017年09月24日 (日))」


4 ベーシック・インカムと公共サービスの供給

この点について、飯田先生の著書では、現物給付と現金給付の「いいとこ取り」のためにバウチャー制度やベーシックインカム、あるいはその変種である給付付き税額控除が提言されています。しかし、それらで再分配した収入で、その再分配が必要であった方々が購入しなければらならない財やサービスがそもそも購入できるのか、あるいは適切に提供されるのかという点がほとんど考慮されていないように見受けます。再分配を受けなければならない立場にある方々というのは、その再分配された収入によって購入できる財やサービスを必要としているのであって、ただ単に現金収入を必要としているわけではありません。マスグレイブが「それらはまた、個々の受益者が見逃す外部性を生み出す。私的需要に応じて用意される供給は、最善とはならず、公的補完が必要となる。これは、私的購入に補助を与えるかあるいは公的供給によって提供されるように思われる」と指摘するように、再分配された収入で購入すべき財やサービスが、市場で適切に価格調整され、適切な水準や数量で提供されるとは限らないわけですから、市場で提供される財やサービスがそもそも粗悪であったり高額で希少だったりすれば、結局はそれらの方々の収入では適切な財やサービスを購入できず、再分配の目的が達成されない可能性があります(ただし、本書でマスグレイブは、賦課方式の年金を「ネズミ講」と呼んだサミュエルソンの影響からか積み立て方式の年金への移行を唱えていて、必ずしも現物支給される財やサービスを提供する側の確保を重視していないようでもありまして、この理由から飯田先生も同じ見解なのかもしれません。さらにいえば、財源の使途に制限のない税金と支払いに権利性がべったりと張り付いて財源調達力の強い社会保険料との違いについて「強制徴収される限り実質的には税金と同じことだと考えておいて良いでしょう」(『ゼロから』p.188)とおっしゃる飯田先生は、権利性の有無による税金の公的扶助の救貧機能と社会保険の防貧機能の違いについても混乱されているように見受けます)。

たとえば、医療の分野では、適切な価格で提供されるように診療報酬が公定されており、自由な価格設定ができる分野を限定するために混合診療も原則禁止されています。これらも「既得権益」として新古典派的な経済学者からは批判されるところですが、再分配を受けなければならない立場にある方を保護するためには、単にその収入を再分配するだけではなく、その収入によって購入されるべき財やサービスを適正な価格でかつ適正な水準で提供する側も同時に確保する必要があるわけです。したがって、現在の日本では、医療保険は国民健康保険によって国民皆保険として再分配されるべき患者を救うだけではなく、そのサービスを提供する従事者の所得や雇用を維持できる水準で運営しなければならず、必ずしも保険原則に従うわけではない医療従事者の雇用を維持するためにも一般財源からも財源負担されているものと、個人的には理解しております。

で、結局、飯田先生は再分配された方々がその収入で購入しなければならない財やサービスについて、どのようにすればその水準や量を確保できるとお考えなのかが、どの著書を拝見してもわかりませんでした。財やサービスを購入するために必要な収入を再分配すればいいということかとも思いましたが、『ゼロから』では給付付き税額控除による最低保証所得を7万5千円×12か月=90万円とされていまして、その財やサービスを提供するために必要な財源がこれでまかなえるのかは疑問が残るところです。もし、その論旨が「最低保証所得で購入できるくらいに、医療や介護や教育や保育の価格は下げなければならず、したがってその人件費はそれに見合う程度に下げなければならない」ということであれば、最低保証所得の方のために最低保証所得で働くワーキングプアの再生産になってしまわないか不安に思います。いやもちろん、これはデフレスパイラルそのものですので飯田先生がそう考えているとは思われませんが、こと公的サービスに要する人件費が絡むとこうした議論を展開するのが一部のリフレ派と呼ばれる方々でもありまして、油断のならないところです。

「「いままでやられたことのない政策」の分析(2012年07月30日 (月))」


5 選挙公約での増税反対の系譜

 山川菊栄の一文を念頭に置くと、社会大衆党が選挙運動中に公表した選挙スローガンの意味がよくわかってくる。それは次のようなものであった。

「選挙スローガン
一、まず国内改革の断行!
一、国民生活の安定!
一、広義国防か狭義国防か!
一、政民連合か社会大衆党か!
一、議会革新の一票は社会大衆党へ!
一、大衆増税絶対反対!
一、勤労議会政治の建設!
一、国民外交の確立!」(内務省警保局『社会運動の状況・昭和12年』)

「選挙スローガン」などは単に美辞麗句を羅列したものにすぎないと思われがちであるが、政治が大きな岐路にさしかかっているときには、各陣営とも意外に率直に自ら信ずる方向を国民に訴えるものである。そういう岐路においては、今日流行の「マニフェスト」はおのずから明示されるのである。すでにたびたび指摘してきたように、この時の日本の岐路は、「反ファシズム」か「改革」かにあり、「反ファシズム」の側には社会の上層が(財界と二大既成政党支持者)、「改革」の側には社会の中下層が支持を与えていた
 そして、大規模な軍拡を目指す陸軍内部にも、それを社会上層の「反ファッショ勢力」と結んで実現するか、ようやく議会にも勢力を増大しようとしていた社会の中下層の「改革」勢力と組んで行おうとするかの、二つの勢力があった。この二つの方向を理解すれば、ここに紹介した社会大衆党の選挙スローガンが、後者の途を率直に提示していたことがわかるであろう。
 社大党にとって第一に重要なのは対外政策ではなく「国内改革」であり、「国民生活の安定」だった。そしてそれを実現するためには、「反ファッショ」と軍拡を結びつけた「狭義国防」ではなく、「改革」と軍拡を組み合わせた「広義国防」路線が必要であり、それを政党界で実現するのは、既成の二大政党が結びついた「政民連合」ではなく、「改革」をめざす社会大衆党だったのである。
坂野『同』pp.159-160
『昭和史の決定的瞬間』坂野 潤治 著
シリーズ:ちくま新書
定価:本体760円+税
Cコード:0221
整理番号:457
刊行日: 2004/02/05


いわゆる中下層の方の支持を得ようとする政党は、いつの時代も変わらず「増税反対」と「改革」を唱えるようですが、裏返していえば、中下層の方は自らの境遇に満足しない限り「増税反対」と「改革」に期待するものと考えるべきかもしれません。結局、社会大衆党は昭和12年4月の総選挙で議席数を20から36へと倍近く伸ばし、その躍進の要因について、特高警察が「国民の政策批判力の増進」を挙げたとのこと。「政策批判力」というのは今でいう「熟議」とかになりそうですが、まあ「熟議」の結末がどうなるかを示唆するものともいえそうです。

ただし、坂野先生はこれを後知恵で解釈することにも留保をつけています。

 特高警察がここまで評価した社大党の躍進は、素直に考えれば、敗戦直後の日本社会党の躍進の歴史的基盤(日本における社会民主主義の伝統)として、もっと注目を浴びてもよいものだったと思われる。しかし、そのわずか2ヶ月後に日中戦争が勃発したために、同党の「広義国防論」は「総力戦思想」の一翼と理解され、同党の躍進は「社会民主主義勢力」の躍進としてではなく、「国家社会主義」すなわち「ファシズム」の勢力増大とみなされてきた
 しかし、歴史を「結果」から後知恵的に解釈すると、国民的支持をある程度得るのに成功した勢力は、すべて戦争協力者として糾弾されかねない。反対に、左翼的言動に陶酔して国民的支持の獲得に失敗し、逮捕され投獄された人々のみが英雄視されることとなる。4月30日の総選挙で40万近い東京市民の支持を得た鈴木文治ではなく、わずか2万票しか得られなかった鈴木茂三郎の方が、同年12月に「人民戦線事件」で逮捕されたがゆえに、高い歴史的評価を受けてきたのである。
坂野『同』p.173

本来ソーシャルであった革新勢力が、そのソーシャルな政策の実現手段を「広義国防論」に求め、そのときセットにされた政策が戦争への道を開いていったというのは、現在の日本から見ても重要な示唆を与えるものではないかを思われます。ある政策にトッププライオリティを置くことを左右問わずに求め続け、そのトッププライオリティさえ実現されればその政策とセットになっている政策は問わないという主張については、私もちょうど一年前のこの時期に「リフレーション政策の目的に応じて、それとセットとなるミクロの経済政策が決まってくるわけで、目的が違っても「リフレーション政策支持という方法論の一致をもって共闘できる」という主張が無内容である」と書いたところでして、そのような主張とセットになっている政策には十分に注意しなければならないと考えております。

(略)

経済学の教義に忠実なあまり増税忌避という思考停止に陥ることは十分にあり得ることでしょう。そのとき「増税反対」と「改革」を主張する勢力が、「付加価値税が生み出す恩恵−−無料の診療、高等教育、公共交通費や住宅取得の補助など−−をもっとも受けるのは、それらを払えない貧しい人たち」の期待を取り込んでいく様子が見られるのかも知れません。

「トッププライオリティの置き方(2013年08月15日 (木))」



いやまあしかし、このループものにはどんなエンディングがあるんでしょうねえ。。
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