2016年05月29日 (日) | Edit |
年度の切替時期で積ん読も貯まりに貯まっているところですが、海老原さんの新著が発行されたとのことで早速拝読してみました。この新著では、海老原さんがリクルートで薫陶を受けられた故大沢武志著『心理学的経営』を基に、前著で取り上げられていた「個」のマネジメントと「組織」のマネジメントのうち、前者に的を絞ってより具体的なマネジメントの実践について解説されています。

ということで、前著で基礎理論として強調されていた「2W2R」を実態に即してどのように実践すべきかという指南書になっていまして、説明内容そのものは前著とほぼ同じですが、新著では2Rのうち「range」についてのさらに充実した説明が加えられています。私自身、前著を読んで以来、自分の仕事でも「2W2R」を常に意識しながら仕事をしてきたつもりでしたが、なかなかさじ加減が難しいのが「三つのギリギリ」とこの「range」でした。

もしかすると同じような感想を持つ方が多かったのかもしれませんが、本書ではこの「三つのギリギリ」と「range」を関連づけて説明されていて、ようやく腑に落ちた感があります。

 ここまでお読みになった読者の方だと、新たな機会を与えるということなので、「三つのギリギリ」を頭に浮かべる人が多いでしょう。
 その定理にしたがうと、二つのことが減点対象にあげられそうです。
①いきなり新規事業開発は無理だろう。これでは「活かし場」がない。
②社長は「だめなら戻ってこい」と話している。これだと「逃げ場」が残っている。
 しかし、この指摘はどちらも間違いです。実は「三つのギリギリ」の理解を深めるために、あえてひっかけ問題として意地悪な作りにしました。
p.118
即効マネジメント ─部下をコントロールする黄金原則即効マネジメント ─部下をコントロールする黄金原則
海老原 嗣生 著

シリーズ:ちくま新書
定価:本体760円+税
Cコード:0234
整理番号:1188
刊行日: 2016/05/09
※発売日は地域・書店によって
前後する場合があります
判型:新書判
ページ数:208
ISBN:978-4-480-06892-7
JANコード:9784480068927Ω

この部分の前までは比較的発展途上の段階にいる部下をいかに育成するかという設問だったのが、ここではエースと呼ばれる部下に対する社長の指示をどのように評価するかという設問になっています。この場合の適切な指示方法については本書を手にとってご確認いただきたいのですが、私自身が「三つのギリギリ」と「range」の間で悩んでいた理由についても本書にヒントがありました。

風土に反する指示は、迷惑でしかない

 上司がきちんと四隅を示して「自由に遊べ」とRangeを作ったとしても、部下がそれを実行できないことがあります。その場合も、部下だけに責任があるわけではありません。それは、上司が常日頃から「自由に遊べる」風土を作っていないからそうなってしまうことが多いのです。
 上司が「責任は自分がすべて持つ」「尻は拭く」とこういう言葉を連発しても、普段それと逆の行動を取っていた場合、部下は信用しません。
 以下のようなマネジメントをしていたら、「自由」「自律」など部下に期待できないのです。
・失敗すると厳しく怒る。
・従来は安全策を唱え、事なかれ主義だった。
・責任は、部下本人に押し付ける。
・意見や発案に対して、前向きに受け止めない。
 こんな風土では、誰も自由な挑戦などできませんね。そう、風土・土壌を無視して、いきなりきれい事を言われたりしても、部下にとってそれは迷惑でしかないのです。

海老原『同』pp.131-132

…こういわれてしまうと、私自身の力不足を反省すると同時に我々の業界ではなかなか難しいなとも思います。もちろん、私自身は私の力の及ぶ範囲で「自由に遊べる」環境を作りたいと思っていますが、それだけではどうにもならない部分があるのも現実ですね。特に、地方自治体の首長選挙では「民間感覚」をもったカリスマ的リーダーがトップダウンで政策を決めるという主張をする候補が強い傾向があります。往々にしてそういう方々は任期途中とか道半ばで退任されることも多く、「責任は自分がすべて持つ」「尻は拭く」なんていう職員よりも、そうしたトップのイエスマンによって上層部が固められることも多いように見受けます。

まあそれはそれとして、本書がそんじょそこらのマネジメント解説書よりも現実に即したものとなっているのは、故大沢武志氏の理論が優れていることはもちろん、海老原さんが日本型雇用慣行の実態を的確に踏まえて説明を展開していることも大きく寄与しています。本書では第5章でその経緯が説明されているのですが、端的に言えば、日本型雇用慣行が「白地の石板」を従業員に与えるのみで職務が無限定であるために、「2W2R」を実践できるという優位性があるということになります。そして、そのようなメリットの反面には、「女性」「学生」向けに非正規雇用という低賃金労働の区分が設けられ、それが今や正規労働者になれない「男性」をも取り込みつつある現実があるわけで、この点もきちんと指摘されています。

「誰もがエリートを夢見る社会」の裏側

 さて、この話の続きを書く前に、日本型の働き方の問題点も、公平に書いておきます。欧州(それ以外の多数の国でも)では、誰もが階段を上がることができません。ところが日本はそれができる。
 なぜ、こんなことが可能なのでしょうか。
 その答こそ、日本型の悪い点とも言えます。
 それは、「正社員」のワクから外れた人たちに、そのしわ寄せが大きく行く構造になっているのです。
 日本でも働く人の3割以上が非正規社員です。彼らの給料はどうでしょう。(略)これでみると、パートタイマーはフルタイム非正規よりもはるかに年収が安く(年収換算で50万円の差がつく)、どんなにがんばっても欧州の無資格労働者ゾーンにも達しません。
 しかもです。欧州の労働者は、年間1400時間程度の労働時間でこの年収を手に入れているのです。対して、日本の非正規労働者は(フルタイム換算なので)年間1900時間を超える労働をして、この年収です。時給レベルで考えると、日本の非正規社員のそれが極端に低いことがわかるでしょう。
 さらに言うと、こうした待遇の悪い非正規、なかでも特に時給の低いパートタイマーの大部分を「女性」が占めています。勤続して階段を上り続けなければならない社会だから、産休や育休で階段から外れる「女性」たちが、正社員から押し出され、非正規パートタイマーとなっていく。
 正社員で働く限り「誰もが階段を上がれる」裏には、こうした問題があるのも事実です。

海老原『同』pp.153-154

本書ではこの部分だけがトーンが違っていて少し違和感を感じないではないのですが、逆にいえば海老原さんだからこそ、この短いセンテンスで日本型雇用の問題点を見事に描き出すことができたといえましょう。そしてそれは、海老原さんの従来からの主張である「入口は日本型、途中から欧米型、という接ぎ木型の接地」への布石ともなっているというのは、少々裏読みしすぎでしょうか。

いずれにしても、このマネジメントを実践する上司が増えていって、Rangeがうまく作用する風土・土壌を持つ組織が広がっていくためにも、本書が多くの方に読まれることを期待しております。
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2016年05月14日 (土) | Edit |
議会の質問について一悶着あったようですが、これもまた詳細はよく分からないもの批判する側もポイントを外しているように思います。

神奈川県議会、共産に代表質問させない? 不手際で混乱(2016年5月12日20時22分)

神奈川県議会での「代表質問」をめぐり、共産会派と他会派が激しく対立している。議会での共産議員の不手際に端を発した騒動は「共産は代表質問の辞退を」と主張する他会派と共産との協議が11日から続き、12日夜になっても収拾しない異例の事態となっている。

 「共産は同じような不手際を繰り返している。いじめではなく、あまりに未成熟で我慢の限界だ。(代表質問の制限について)採決すべきだ」。12日未明、県議会での議事の進行などを各会派の代表者で話し合う議会運営委員会(議運)で自民議員が主張。土井隆典議長が再度協議を続けるよう呼びかけ、11日午前に始まった議運の協議は、他の協議事項を挟みながら、12日夜まで断続的に続いた。
(略)
 共産の井坂新哉・県議団長は「請願の賛否間違いは議場で即座に訂正し、影響は最小限に済ませた。ブログについても、謝罪して訂正した。発言に制限がかかる問題とは無関係だ。県民の負託を受けた発言権を制限されるのは納得がいかない」と主張。最大会派の自民議員は「円滑な議会運営のための極めて初歩的なルールすら守れていない」と溝は深まる一方だ。

 収拾がつかない県議会内の「内輪もめ」にある議員からは「これまでに議論に費やした膨大な時間を考えると、情けなくなる」との声も上がる。(岩堀滋)


記事で引用されている共産党の県議団長のコメントでは、議会での質問方法についてはいかなる制限も許されないように見えますが、限られた時間内で内容のある適切な討議をする必要がある以上、議会での発言にある程度の制限は必要です。かといって、いちいち法令で多岐にわたる質問内容や時間まで詳細に制限を規定するわけにはいかず、会派同士の協議やその結果の申し合わせを「先例」としてまとめて議事運営を行うのが通常ですね。自治体業界向けに書籍も販売されています。

注解 地方議会先例集
全2巻
編著者名 地方議会先例研究会/編集
判型 A5
体裁 加除式
定価(価格) 21,600円(税込み)
本体 20,000円
ISBN
図書コード 1111706-00-000


さすがに私の手元にはありませんので、ネットで公開されている国会〈参議院)の規則と先例録を見てみましょう。

第4節 発言

第91条 会議において発言しようとする者は、予めその旨を参事に通告することを要する。但し、やむを得ないときは、この限りでない。
第92条 削除
第93条 討論の通告をする議員は、その通告と共に反対又は賛成の旨を明らかにしなければならない。
第94条 参事は、質疑又は討論の通告については、通告の順序によつて、これを発言表に記載し、議長に報告する。
 議長は、質疑又は討論に当り、発言表により順次に発言者を指名する。
 前項の指名に応じない者は、通告の効力を失う。

参議院規則(昭和22年6月28日議決)

つまり、国会(参議院)での内閣に対する質問などは、事前の通告に基づいて発言表が作成され、議長がこの発言表により指名しなければ勝手に行うことはできません。さらに各質問者の質問時間などについては、議院運営委員会(いわゆる議運)の協定によって決められます。

第7節 発言(pdf)

第五五条の二
第六一条
規第九四条
二五一
質疑又は討論の発言者数、発言の順序及び発言時間は、議院運営委員会において協定する質疑又は討論の発言者数、発言の順序及び発言時間は、議院運営委員会において、各会派の所属議員数を考慮してこれを協定する。会議においては、議長は、この協定に基づいて順次発言を許可するが、協定時間については、これを宣告しないのを例とする。
(一)質疑の場合
(1)国務大臣の演説に対する質疑
発言者の数は、一会派一人乃至三人とし、発言の順序はおおむね大会派順とするのを例とする。ただし、最大会派が与党であるときは、最初の質疑者を野党の最大会派所属議員とする例が多い。質疑時間は、従来の例によれば、一人おおむね十分乃至四十分である。

平成25年版 参議院先例録

最大会派で10~40分ということで、最大会派には40分の質問時間が割り当てられ、所属議員数が少なくなるに従って質問時間が短くなることが先例となっています。これはおそらく、多くの自治体議会でも同じような運営方法となっているものと思われます。

さてこのように各会派が協定によって質問時間を定めたりして円滑な議会運営を行のは、先述の通り、限られた時間内で内容のある適切な討議をする必要があるからですね。という理由からすると、これをもって、「質問を制限するなんてけしからん!」とおっしゃる方はあまりいないと思うのですが、冒頭で引用した共産党の県議団長のコメントは、どうもそのような趣旨で発せられているような印象です。

まあ、あらゆる制度とか慣例というのは、いちいち決めていると時間がいくらあっても足りないし、その都度集まって話し合うのでは非効率この上ないという現実的な要請に対応するものであるわけでして、国会(参議院)で先に引用したような規則や先例録は、限られた時間内で適切な討議を行おうと試行錯誤を繰り広げた先人の工夫の積み重ねの結果です。もちろん、だからといって金科玉条のごとく前例踏襲するものではありませんし、随時見直されているものではあるのですが、では今回の神奈川県議会の件はどのようにとらえるべきでしょうか。

たとえば、冒頭で引用した共産党の県議団長は「県民の負託を受けた発言権を制限されるのは納得がいかない」と主張されているとのことですが、ほかの会派からすれば、共産党の間違いのために貴重な議事の時間が削られ、修正など行う手間がかけられ、結果として他の会派の発言時間が制限される結果となれば、他の会派からすると「共産党のために県民の負託を受けた発言権を制限されるのは納得がいかない」ということになると思われます。記事からは、神奈川県議会で共産党がどのような振る舞いをしてどのような影響があったのか詳細までは分かりませんが、他の会派が一致して制限を協議したということは、それだけ「県民の負託を受けた発言権を制限される」と各会派が考えていたという状況だったのではないかと思います。

まあ、「そんな制限しなくてもいいように、時間なんか関係なく年中議会を開いて好きなだけ討議させるべき」という考え方もあるでしょうけれども、役所の中の人の感覚としては、質問が通告されてから関係部局と調整しながら上司の決裁を得て発言者にレクするという一連の作業を年がら年中やるとなると、通常の住民サービスをする人員と時間は確実に削減されることが予想されるわけで、「国会(議会)対応のために仕事をしているわけではないんだよなあ」というのが率直な感想だろうと思います。というか「議会対応に人員を割かれているので住民サービスを縮小します」なんて話が通るはずもなく、むしろそんなことをいえば議会でつるし上げにあうのは目に見えてます。

いやもちろん、議会に対応する人件費を増額して公務員の人数も増やして、さらに通告が遅くなったり集中したりして超過勤務しなければならなくなったときの超過勤務手当を議員さんが負担していただけるのであれば、そのような体制を組むことも可能かもしれませんが、そんな妄想は悲しくなるのでやめておきます。なにごともバランスが重要ですね。

2016年05月07日 (土) | Edit |
前回エントリとは違いますが、こちらの件についてもわかったようなわからないようなコメントがありましたので、簡単にメモしておきます。

信用失墜行為 停職中に旅行でカニ食べ投稿、懲戒免職に(毎日新聞2016年5月2日 21時22分(最終更新 5月2日 22時34分)

岐阜・池田町の30歳女性主事 フェイスブックに

 停職期間中に不適切な内容をフェイスブックに投稿したとして、岐阜県池田町は2日、同町民生部住民課の女性主事(30)を地方公務員法(信用失墜行為の禁止)違反に当たるとして懲戒免職にした。免職処分について、田口貴弘総務部長は「反省すべき停職期間中に町の信頼を損なう行為をした責任を重くとらえた。反省の様子もみられず妥当な処分」と話している。

 町によると、元主事は勤務時間外に名古屋市で接客の仕事に従事し、300万円程度の報酬を得たとして昨年11月、停職6カ月の懲戒処分を受けた。その直後、自身のフェイスブックに旅行先で食べたカニの写真や「ママ友と海鮮ざんまい」とのコメントを投稿。住民から町に「停職中なのに不謹慎」との批判が寄せられた。

 上司が注意したが、元主事は今年3月、旅行先の奈良県で食事した時の様子をフェイスブックに投稿。肉や野菜の写真とともに「食べ過ぎて撃沈。動けない。誰か助けて」とコメントしていた。【渡辺隆文】


この報道だけでは懲戒免職に至った詳しい経緯まではわかりませんが、これに対する反応の一つがこちらです。

ええと、「公務員の「停職」って本来の勤務時間中は自宅にいなきゃいけなくて外出するにも上司の許可がいるっていう厳しい処分」というのは、私のそこそこ長い公務員生活でも聞いたことがないですね。そもそも、懲戒処分というのは「使用者が従業員の企業秩序違反行為に対して課す制裁罰」であって、企業秩序の範囲を超える労働者の自由についてまで、使用者が制限することは原則としてできません。こうした労働問題について疑問があるときは、JIL-PT(独立行政法人労働政策研究・研修機構)の解説を確認するのが確実です。

〈懲戒処分とは〉

法的には対等な契約関係である使用者と労働者の関係において、なぜ使用者が(企業秩序を乱したとはいえ)労働者に制裁としての罰を課すことができるのか、理論的には問題となります。判例は、使用者は企業秩序定立権の一環として当然に懲戒権を有すると考える立場のようですが(前掲 関西電力事件)、現在の学説の立場は、懲戒処分が通常の人事権の行使等とは異なる特別の制裁罰である以上、契約上の特別の根拠が必要であり、労働契約上の根拠に基づいてその限りで懲戒権を有すると考える立場が支配的であるといってよいでしょう(懲戒処分が適法か否かに関する具体的な判断枠組みについては、本節のQ13を参照してください)。

「Q12 懲戒とは何ですか。(独立行政法人労働政策研究・研修機構)」

いやまあカイカク派が執拗に廃止を主張していたJIL-PTはかくも役に立つわけですが、それはともかく、「法的には対等な契約関係である使用者と労働者の関係において、なぜ使用者が(企業秩序を乱したとはいえ)労働者に制裁としての罰を課すことができるのか」が常に問題となるような懲戒処分で、憲法で基本的人権として保障されている「人身の自由」まで拘束できるわけではありません。ちょっと古いですが、人事労務担当の実務者が参考にしている『労政時報』に掲載された解説も確認してみましょう。

2.自宅謹慎(待機)を命じることの可否

 以上のご説明は、「出勤停止」、つまり会社における「就労を禁止」する処分についてのものですが、さらに「自宅謹慎(待機)」、つまり「外出を禁止」することまで命じることができるのでしょうか。

(1)懲戒処分としての出勤停止の場合
 懲戒処分として出勤停止を命じる場合に、さらに自宅謹慎も命じることは、基本的人権である「人身の自由」(憲法18条)を奪うことになる以上、いくら懲戒処分といえども、認められないと考えます。
 したがって、懲戒処分として出勤停止を命じる場合に、さらに自宅謹慎も命じることはできないと解されます。
 ご質問のケースでは、出勤停止中に知り合いのところへアルバイトに行っている事実が判明したとのことですが、この点については、兼職禁止等の就業規則違反があれば、別途、懲戒処分を行うことで対処すべきでしょう。

(2)業務命令としての出勤停止の場合
 これに対して、業務命令として出勤停止を命じる場合には、さらに自宅謹慎ないし待機を命じることは、相当な理由が存在する限り、認められると解されます。  相当な理由としては、前述の裁判例で指摘されているように、事故発生、不正行為の再発、証拠隠滅のおそれなどが存在する場合が挙げられます。その他にも、裁判例では、取引先と直接接触するセールスマンが、仕事上関わりがあったデモンストレーターの女性と不倫関係に陥ったことが原因で、会社の信用が失墜した場合につき、そのままセールス活動を続けさせることは業務上適当でない等の理由から、自宅待機命令(2年間)は相当な理由があるとしたものがあります(ネッスル事件[東京高判平2・11・28労民41-6-980][原審は静岡地判平2・3・23判時1350-147、判タ731-150、労判567-47等])。また、降格処分を確定するための調査・審議のため(1か月間)及び飲酒による肝機能障害の療養・禁酒のため(その後の3か月間)の自宅待機命令は人事権の濫用には当たらないとしたものがあります(星電社事件[神戸地判平3・3・14労判584-61])。

「出勤停止は自宅謹慎まで義務付けることができるか?」(弁護士 小林 昌弘(ロア・ユナイテッド法律事務所)2001.09.05)

この解説にある通り、企業秩序違反という事実が確認されてその制裁として行われる懲戒処分ではなく、業務命令としての出勤停止の場合であれば、企業秩序を確保するために必要と認められる範囲において自宅謹慎を命じることは可能ですが、報道された件は懲戒処分としての停職ですので、これも該当しません。

ちなみに、長期不在となる際に届け出を義務づけている自治体もあるので、上記のTwitter主はこれと混同している可能性もありますが、その際も上司の許可までを要するものではありません。

(長期不在時の届出)
第8条 職員は、傷病のため勤務に従事できない期間が10日以上に及ぶときは、医師の診断書を添えて、上司に状況を報告しなければならない。
2 職員は、私事旅行等により長期間住居を離れる場合は、その間勤務先からの連絡に対応できるよう努めなければならない。

○横浜市職員服務規程(平成21年3月25日達第3号 庁中一般)


ということで、停職処分中の私的な行為が企業秩序(人事院規則では「職場内秩序」としていますが)に違反する行為とされるのかは、慎重に判断される必要があります。今回の懲戒処分については、記事で「信用失墜行為」と見出しがつけられていますが、では、日々激務に追われている公務員が数年ぶりにまとまった休みが取れて旅行に行った先で「かにを食べた」とSNSにアップした場合も、この件と同じように処分されるのかは難しいところでしょう。

と考えてみると、この元職員は、今回の処分の直接の理由となったSNS以外にもいろいろと企業秩序に違反する(と認められる)行為を行っていたのかもしれません。その辺の事情が報道ではよく分からないのでなんともいえないのですが、そもそも停職処分の理由となった営利企業の兼業禁止違反というのも、「公務員だから」と一概にいえる問題ではないんですよね。

地方公務員法と国家公務員法はいろいろと違うのですが、地方自治体の実務の現場では基本的に人事院規則を参照していますので、懲戒の指針についての人事院規則の運用通知を確認してみましょう。

懲戒処分の指針について
(平成12年3月31日職職―68)
(人事院事務総長発)

懲戒処分の指針

第1 基本事項
本指針は、代表的な事例を選び、それぞれにおける標準的な懲戒処分の種類を掲げたものである。
具体的な処分量定の決定に当たっては、
① 非違行為の動機、態様及び結果はどのようなものであったか
② 故意又は過失の度合いはどの程度であったか
③ 非違行為を行った職員の職責はどのようなものであったか、その職責は非違行為との関係でどのように評価すべきか
④ 他の職員及び社会に与える影響はどのようなものであるか
⑤ 過去に非違行為を行っているか
等のほか、適宜、日頃の勤務態度や非違行為後の対応等も含め総合的に考慮の上判断するものとする。
個別の事案の内容によっては、標準例に掲げる処分の種類以外とすることもあり得るところである。例えば、標準例に掲げる処分の種類より重いものとすることが考えられる場合として、
① 非違行為の動機若しくは態様が極めて悪質であるとき又は非違行為の結果が極めて重大であるとき
② 非違行為を行った職員が管理又は監督の地位にあるなどその職責が特に高いとき
③ 非違行為の公務内外に及ぼす影響が特に大きいとき
④ 過去に類似の非違行為を行ったことを理由として懲戒処分を受けたことがあるとき
⑤ 処分の対象となり得る複数の異なる非違行為を行っていたとき
ある。また、例えば、標準例に掲げる処分の種類より軽いものとすることが考えられる場合として、
① 職員が自らの非違行為が発覚する前に自主的に申し出たとき
② 非違行為を行うに至った経緯その他の情状に特に酌量すべきものがあると認められるとき
がある。
なお、標準例に掲げられていない非違行為についても、懲戒処分の対象となり得るものであり、これらについては標準例に掲げる取扱いを参考としつつ判断する。

第2 標準例
1 一般服務関係
(略)
(10) 兼業の承認等を得る手続のけ怠
営利企業の役員等の職を兼ね、若しくは自ら営利企業を営むことの承認を得る手続又は報酬を得て、営利企業以外の事業の団体の役員等を兼ね、その他事業若しくは事務に従事することの許可を得る手続を怠り、これらの兼業を行った職員は、減給又は戒告とする。


件の公務員は、報道によると「勤務時間外に名古屋市で接客の仕事に従事」とのことですので、「兼業の承認等を得る手続きのけ怠」による減給は又は戒告にとどまらず(そのけ怠があったかどうかは不明ですが)、その兼業の内容に応じたものとして停職6か月というかなり重い処分としたように思われます。「標準例に掲げる処分の種類より重いものとすることが考えられる場合」に該当するということかもしれませんが、であれば、SNSの信用失墜行為は最後のピースだったのでしょう。

個人的には、SNSという職場内秩序に直接関係のない私的行為を最後のピースとして処分することは、懲戒処分の目的と限界からすると大いに疑問を感じます。この点では、マンマークさんと同じく

 正直、停職期間中の行為として「ママ友と海鮮ざんまい」がはしゃぎ過ぎかとも思うし、不謹慎だと言われればそうかとも思いますが、それが免職に値する行為だったかというと、それもどうかなと思います。

 だから、私の内面のどこかから、この職員に向けた「裁判しろ、裁判で争え!」という声が湧き上がってきています。
 これは、決して焚き付けているわけじゃなく、停職中の行動範囲と内容の基準をどこに置くのか、一自治体という組織から離れた中立的な立場の判断を聞いてみたいからです。
 
 もっとも、これについては過去に判例があって、それを私が知らないだけ、ということも十分に考えられますが…。

「停職について。(2016-05-04)」(市役所職員の生活と意見)


司法がどのように線を引くのかに大変興味がありますが、そこまで発展する問題なのかは、「能力」に着目した長期雇用を前提とする日本的雇用慣行では難しそうですね。

ちなみに、JIL-PTでは

(54)【服務規律・懲戒制度等】私生活上の非違行為

1 ポイント

(1)職務遂行に関係のない職場外の労働者の行為であっても、その行為が企業の円滑な運営に支障をきたすおそれがある場合や会社の社会的評価に重大な悪影響を与えるような場合には、その行為を理由とした懲戒処分が許される。
(2)労働者の不名誉な行為が会社の体面を著しく汚したというためには、必ずしも具体的な業務阻害の結果や取引上の不利益の発生を必要とするものではないが、労働者の行為の性質、情状のほか、会社の事業の種類・態様・規模、会社の経済界に占める地位、経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から総合的に判断して、労働者の行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない。


ということで、過去の判例が引用されていますが、SNSで私的な旅行について投稿したことが懲戒解雇(免職)に該当するかは、かなり微妙な判断になりそうな気がします。

2016年05月03日 (火) | Edit |
熊本地震は未だに余震が続いている状況で、やや旧聞に属しますが復旧・復興に関する法制度について一悶着あったようです。

熊本地震に関して、「激甚災害指定」と「災害救助法の指定」が話題になっています。

「災害救助法の指定」を受けると避難所、応急仮設住宅の設置、食品、飲料水の給与、医療、被災者の救出などにかかる費用について市町村の負担がなくなります。

熊本地震では、地震の翌朝に指定されました。

一方、「激甚災害制度」は、国民経済に著しい影響を与えるような激甚な災害から復旧するにあたり、自治体の財政負担を軽減するために、公共土木施設や農地等の災害復旧に必要な費用に関して国庫補助の嵩上げを行うものです。

被災したり、避難所に避難したりしている人には今すぐ直接、関係はありません。

激甚災害の指定は、復旧費用がその自治体の財政力の一定割合を超えるかどうかで、機械的に決まります。

その為、指定にあたっては、災害復旧に必要な金額の査定がまず必要です。

「災害救助法と激甚災害」(2016.04.19 衆議院議員 河野太郎公式サイト)

拙ブログでは、普段は政治家の発言を揶揄して取り上げることが多いのですが、この説明は簡潔にして要を得ていますね。震災などの災害発生直後の救助活動や支援物資の配給などの実働的な活動については災害救助法(東日本大震災までは厚生労働省が所管していましたが、その後総合防災会議を所管する内閣府に移管されています)に基づいて行われます。こうした実働的な活動はもちろん、災害発生直後の緊急時から復旧・復興期に移行するに当たって、その復旧・復興事業にはお金がかかるわけでして、その財源を国から地方自治体への財政移転によって補填するのが、「激甚災害制度」となります。

もう少し細かい話をすると、災害救助法の適用地域の指定は都道府県知事が行うものであり、直接的には市町村と都道府県が財源を負担しますが、その額に応じて国庫負担する額が災害救助法で規定されています。詳しくはこちらの「問1 被災市町村が対応した災害救助関係経費は、最終的にはどのように負担されるのか。」などをご覧下さい。
東日本大震災への対応に係るQ&A(地方行財政関係)(pdf)

これに対して、激甚災害制度は国から地方への財政移転の制度であり、熊本県知事が早期に指定してほしいと要請したのはこの激甚災害制度についてです。ただし、上記の河野太郎氏の指摘の通り、その指定は自治体による被害状況の調査に基づいて行われるものであって、通常は1か月程度の時間を要します。なお、東日本大震災のような被害状況の調査そのものが困難なことが明らかな場合には、調査を待たずに決定されることもあります。今回の熊本地震は、当初局地的な震災と思われていたところ、その後本震が発生して余震活動が活発に継続しているという状況となり、東日本大震災と同じように調査を待たずに決定されました。この点では、通常の手続きよりは早い指定といえるでしょう。

という制度の仕組みを把握していれば知事が要請したから指定するという手続きではないというのはわかると思うのですが、こうした制度をごっちゃにした人はどこにでもいるようです。

安倍政権の震災対応に激怒 蒲島熊本県知事「強気」の源泉(2016年4月19日 日刊ゲンダイDIGITAL)

 14日夜の熊本地震「前震」の発生からすでに5日が経過。安倍政権による激甚災害の指定が遅れている。安倍首相は18日の国会で「早期に指定したい」と明言したが、19日の閣議でも指定を見送った。

 激甚災害は、地方自治体が実施する復旧事業の見込み額が一定基準を超えた場合に政府が指定、復旧事業への国の補助率がカサ上げされる。ちなみに、東日本大震災では当時の菅政権が発生翌日には激甚災害の指定を閣議決定していた。

 前震の発生直後に熊本県の蒲島郁夫知事が早期指定を求めたところ、安倍政権はその要求をはねつけた。16日の「本震」発生でやっと方針を改めたとはいえ、腰が重すぎる。ひょっとして、安倍官邸と蒲島知事との間で確執でもあるのか。

「熊本県の財政事情は決して悪くない。財政の健全性を示す実質公債費比率も14年度は13%と、早期健全化基準の25%まで、まだまだ余裕がある。財政出動を抑えたい政府にすれば、激甚災害の指定範囲を震源地近くの益城町や南阿蘇村など小さな自治体に絞り、残る地域の復興は県に任せたいはず。県全域の指定を求める蒲島知事とは当初からボタンが掛け違っていた」(官邸事情通)

いやだから、制度上は「安倍政権はその要求をはねつけた」わけではなく通常の手続きで指定できないわけでして、その後、通常の手続きより早く指定されたことからすると、この「官邸事情通」という方がこのようなコメントをされている趣旨がよく分かりませんね。まあ、日刊ゲンダイの記者が都合よく話をしてくれる人を探していて、ちょうどよく趣旨のよくわからないコメントをする人に捕まってしまったのかもしれませんが。

震災の被害によって避難している方々が多くいらっしゃる一方で、復旧・復興事業は速やかに着手する必要があることはいうまでもありません。かといって、現在進行形で被害が大きくなる中では、復旧・復興事業の規模や箇所を確定することができないために着手が難しいという事情もあります。そもそも地元自治体の職員は避難されている方のケアが最優先事項となっている状況で、現状ではそこまで手が回らない部分もあるでしょう。復旧・復興事業は官民問わず地元が主体となって実施するものではありますが、大規模な被害が発生している現状を踏まえて中長期的なスパンで考える必要がありそうです(念のため、これは東日本大震災時の経験などを踏まえた推測であり、私自身は熊本地震の現場を直接見聞しておりませんので、現地の状況について詳しく知りたい場合はそちらのWebサイト等をご確認ください)。