2016年04月21日 (木) | Edit |
前回エントリに引き続き、地方公務員法の改正内容からメンバーシップ型雇用の堅牢さを確認しておきますが、改めて復習しておきますと、メンバーシップ型の日本型雇用慣行を支えているのは、労働者の「能力」を基準とした職能資格給制度です。労働者の1次分配である賃金がこの賃金体系によって決まることになるため、2次分配、つまり所得の再分配政策である社会保障制度もこれを前提として規定されることになります。巷の(特に経済学方面の方に顕著ですが)社会保障をめぐる議論では、この点についての議論がすっぽり抜けいてるために、空疎な机上論と守旧的な現状維持の不毛な応報が繰り広げられることになるんですよね。

といっても、じゃあ何をもって「能力」というのかというのは永遠の問題でして、日本では労使が現場で試行錯誤しながら交渉して、1960年代までには「経験によって積み重ねられる「資格」を能力として、その「資格」を基準にして給料を決定することにするか」ととりあえず合意したわけです。これが「職能資格給制度」、つまり、「職務遂行能力」で「資格」を決定し、その「資格」に応じて「給料」が支払われる仕組みです(まあ、略さずにつなげていえば「能力・資格・給料支払い制」というところでしょうか)。

この仕組みを労働者側から見ると、「資格」は経験によって積み重ねられるのであり、経験を積めばある程度の「資格」を得て、それに対応した給料をもらえるわけですから、働き続ければ「資格」と給料がセットで上がり続け、それにより生活保障を得ることができます。

一方で使用者側からすると、従業員の年齢構成さえ管理しておけば、賃金原資の見通しを立てることができます。そしてその年齢構成については、新卒一括採用と定年制で入りと出を管理する日本的な手法が確立されており、賃金原資の見通しが悪化すれば、入りと出を調整する(日本的な手法としての中高年のリストラと新採用の抑制)ことが可能になるわけです。ここで注意が必要なのは、使用者側が入りと出を管理するということは、その中間のポストへの「異動」も使用者の裁量に委ねることになるということです。つまり、労働者が得る「資格」は、あくまで働き続けるという条件が満たされる限りにおいて上がっていくものであり、労働者は生活保障のために働き続けなければならず、与えられた「資格」に見合うように職務無限定の異動を受け入れなければならないということになります。

hamachan先生が指摘されているメンバーシップ型の日本型雇用慣行の問題点は、具体的にはこのような制度的裏付けによってもたらされます。職務無限定で異動させることすらできる使用者が、時間を限定する理由などありませんし、賃金原資の管理が面倒になりますから、仕事が増えたときには、労働者を新たに雇用するより、現在雇用している労働者に超過勤務を命じるほうが簡便です。そして労働者にとっても、その対価としての超過勤務手当より、「次の昇任」によってより上の「資格」で報いる方が長期的なメリットがありますし、使用者も賃金原資の管理がしやすくなります。こうして、職務無限定、時間無限定、勤務地無限定の処遇が、むしろ「資格」を得るためのエリートコースとなり、正規労働者が生活保障を万全にしていくわけです。

正規労働者が職務無限定の働き方と引き換えで生活保障を万全にする一方で、上述の通り賃金原資の見通しが悪化すると「資格」が高すぎる中高年はリストラされ、「資格」がまだない新卒者の採用が抑制されますが、もうひとつ大きな問題がありますね。それが非正規労働者の存在です。非正規労働者は、賃金原資の見通しが悪化するだけではなく、賃金原資の見通しが不透明になると、上述のリストラと採用抑制だけでは臨機応変に対応できないため、そのバッファとするための採用区分です。つまり、正規労働者の生活保障は、正規労働者が男性であることを前提として、その家族である主婦パートや学生アルバイトによって主に担われていた非正規労働者のバッファ機能と表裏一体だったわけですね。

いくら賃金原資の管理をするためとはいえ、入りと出のバランスが崩れると組織としての機能が低下するリスクもありますし、労働者の「資格」の前提が働き続けることである以上、その「資格」を使用者側が一方的に破棄することができません(法定の解雇規制ではありません。為念)。そのために、「資格」を与えない非正規労働者をバッファとして確保しておく必要があり、非正規労働者の拡大は、バブル崩壊以降の景気低迷をきっかけとして賃金原資の見通しが不透明となっていることがその理由となるわけです。ここまではいつもの議論ですね。

いったんまとめると、「資格」を基準とする賃金体系である「職能資格給制度」によって、労働者は働き続けなければ生活保障が得られず、職務も時間も勤務地も無限定で働くことになります。そして使用者は一方的に「資格」を奪うことができないために、景気が低迷して賃金原資の見通しが悪化すれば、中高年を高すぎる「資格」を理由としてリストラし、「資格」のない新卒者の採用を抑制し、賃金原資の見通しが不透明になれば「資格」のない非正規労働者を拡大することになります。

ここで「日本型雇用はけしからん! 職務給を導入するべきだ!」という方は、ほとんどいないでしょう。むしろ、職務無限定でもなんでもいいから正規労働者となって生活保障を確保するべきというのが、左右を問わず根強い意見ではないかと思います。だからこそ、税金によって生活保障を確保するのでなく、賃金の範囲での可処分所得を死守するべきという議論が根強くあるわけですし。ところが、その賃金は各社の賃金原資の見通しに左右されるものであって、景気が悪くなれば真っ先にカットされるものである以上、安定性が著しく低いために生活保障としての機能は本来は低いんですよね。

当然、1次配分としての賃金の適正化は必要であって、その機能は労働組合が労使交渉で発揮するものですが、これも実は「職能資格給制度」によって分断されています。つまり、職務給の社会では、交渉する賃金は「職」についての適正な水準ですが、「職能資格給制度」の社会では、会社ごとに様々な「資格」に分断された労働者が労働組合を組織しますので、個々の「職」についての賃金水準ではなく、賃金原資全体の分配が交渉事項になります。これが「ベア」ですね。その影響力を拡大する手法が「春闘方式」だったものの、労使交渉でベアが確保されると、あとは「資格」に応じて個々の労働者に配分されるので、ベアそのものについての個々の労働者の関心は低くなりがちで、組織率は下がっていきます。日本の労働組合法では労働組合の並立が認められていることもあり、労働組合の交渉力は低下する一方です。

そして、社会保障制度はこうした1次配分としての賃金体系を前提として構築されています。この前提に立つ限り、正規労働者が働き続ければ生活保障を確保できるなら、社会保障を拡充する必要はありませんし、可処分所得を減らす増税なんぞ狂気の沙汰でしょう。ただしそれは、日本型雇用慣行における長時間労働やサービス残業、正規と非正規の二極化を容認する議論でもありますので、増税論を執拗に攻撃される方は、日本型雇用慣行の維持を同時に主張していただかないと自家撞着を起こしてしまいますので、くれぐれもご注意ください。いやまあ、所得再分配とか社会保障に関心がない方は構いませんが。

という労働問題の動向にビビッドに「民間準拠」することを旨とする地方公務員法では、今回の改正で「採用」以外の任用方法が定義されることとなりました。この規定がどちらの方向に向いたものなのか、その改正が行われたのは誰の意向を反映したものなのか、ぜひご条文をご確認いただきなら思いを馳せていただければと思います。
(4/24 論旨を明確にするため一部加筆修正しました)
改正後改正前
   第三章 職員に適用される基準

    第二節 任用

 (任用の根本基準)
   第三章 職員に適用される基準

    第二節 任用

 (任用の根本基準)
第十五条 職員の任用は、この法律の定めるところにより、受験成績、人事評価その他の能力の実証に基づいて行わなければならない。
第十五条 職員の任用は、この法律の定めるところにより、受験成績、勤務成績その他の能力の実証に基いて行わなければならない。
 (定義)
第十五条の二 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。

 (新設)
一 採用 職員以外の者を職員の職に任命すること(臨時的任用を除く。)をいう。
 
二 昇任 職員をその職員が現に任命されている職より上位の職制上の段階に属する職員の職に任命することをいう。
 
三 降任 職員をその職員が現に任命されている職より下位の職制上の段階に属する職員の職に任命することをいう。
 
四 転任 職員をその職員が現に任命されている職以外の職員の職に任命することであつて前二号に定めるものに該当しないものをいう。
 
五 標準職務遂行能力 職制上の段階の標準的な職(職員の職に限る。以下同じ。)の職務を遂行する上で発揮することが求められる能力として任命権者が定めるものをいう。
 
2 前項第五号の標準的な職は、職制上の段階及び職務の種類に応じ、任命権者が定める。
 
3 地方公共団体の長及び議会の議長以外の任命権者は、標準職務遂行能力及び第一項第五号の標準的な職を定めようとするときは、あらかじめ、地方公共団体の長に協議しなければならない。
 

 (任命の方法)
第十七条 職員の職に欠員を生じた場合においては、任命権者は、採用、昇任、降任又は転任のいずれかの方法により、職員を任命することができる。

 (任命の方法)
第十七条 職員の職に欠員を生じた場合においては、任命権者は、採用、昇任、降任又は転任のいずれか一の方法により、職員を任命することができる。
2 人事委員会(競争試験等を行う公平委員会を含む。以下この節において同じ。)を置く地方公共団体においては、人事委員会は、前項の任命の方法のうちのいずれによるべきかについての一般的基準を定めることができる。
2 人事委員会(競争試験等を行う公平委員会を含む。以下この条から第十九条まで、第二十一条及び第二十二条において同じ。)を置く地方公共団体においては、人事委員会は、前項の任命の方法のうちのいずれによるべきかについての一般的基準を定めることができる。
(削る)
3 人事委員会を置く地方公共団体においては、職員の採用及び昇任は、競争試験によるものとする。但し、人事委員会の定める職について人事委員会の承認があつた場合は、選考によることを妨げない。
(削る)
4 人事委員会を置かない地方公共団体においては、職員の採用及び昇任は、競争試験又は選考によるものとする。
(削る)
5 人事委員会(人事委員会を置かない地方公共団体においては、任命権者とする。以下第十八条、第十九条 及び第二十二条第一項において同じ。)は、正式任用になつてある職についていた職員が、職制若しくは定数の改廃又は予算の減少に基く廃職又は過員によりそ の職を離れた後において、再びその職に復する場合における資格要件、任用手続及び任用の際における身分 関し必要な事項を定めることができる。

 (採用の方法)
第十七条の二 人事委員会を置く地方公共団体においては、職員の採用は、競争試験によるものとする。ただし、人事委員会規則(競争試験等を行う公平委員会を 置く地方公共団体においては、公平委員会規則。以下 この節において同じ。)で定める場合には、選考(競 争試験以外の能力の実証に基づく試験をいう。以下同じ。)によることを妨げない。


 (新設)
2 人事委員会を置かない地方公共団体においては、職員の採用は、競争試験又は選考によるものとする。
 
3 人事委員会(人事委員会を置かない地方公共団体においては、任命権者とする。以下この節において「人事委員会等」という。)は、正式任用になつてある職に就いていた職員が、職制若しくは定数の改廃又は予算の減少に基づく廃職又は過員によりその職を離れた 後において、再びその職に復する場合における資格要件、採用手続及び採用の際における身分に関し必要な 事項を定めることができる。
 

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2016年04月21日 (木) | Edit |
熊本から大分に広がった地震関連のエントリを挟みましたが、前々回エントリに関連して議論を広げておきます。

前々回エントリで取り上げた職階制の廃止と並んで、任用方法の改正も今回の国家公務員法改正に連なる地方公務員法改正の大きなポイントとなります。これまでは、地方公務員法に任用方法の規定がなく、解説書に採用、昇任、降任、転任それぞれの任用方法について説明がある程度でしたが、改正後の地方公務員法ではそれぞれに定義規定が置かれることになりました。というと、年中行事として3月に従業員の少なくない割合が異動or昇任し、定年を迎えた従業員が退職or再雇用され、4月になると入れ替わりに新卒の新入社員が入社してくるという日本の勤め人には、「その方法の規定が無いとは何事だ」と思う方も多いかもしれません。

この話の前提として、ジョブ型雇用のアメリカ占領下で制定された地方公務員法が任用の種類について規定を置かなかったのは、ジョブ型ではすべての雇用が採用に包含されることがその理由であるということに注意が必要です。これもまた日本型雇用慣行では認識されない点ではあるのですが、雇用の基準が「職」にあるジョブ型においては、ある「職」に労働者を配置するのは、すべて「採用」なんですね。

たとえば、ジョブ型の会社がニューヨーク支店の法人営業課長という「職」に労働者を配置する場合は、その人材が会社内部の従業員か外部の応募者からであるか(もちろん応募者が無業者であるか)は問いません。つまり、ジョブ型である以上、その候補者の適性はあくまで「ジョブ」を基準として判断されるため、内部労働市場と外部労働市場がシームレスとなり、内部の人材と外部の人材は特に区別されることなく配置の可否が判断されることになります。それらはいずれも「雇用」(employment)となるわけでして、これを日本人が見ると、内部の人材であれば「昇進」(promotion)したように見えて、外部の人材であれば「採用」(employment)したように見えるということになります。なお、昇進を意味するpromotionは、使用者側ではなく労働者側の視点であることも示唆的ですね。昇進は社内の手続きとして行われるのではなく、あくまで自分自身を販促(promote)した結果であるという考え方が透けて見えるように思います(まあ昇進した人を三人称でいうときは He is promoted となるようですが)。

これに対して、メンバーシップ型の会社の東京支店の法人営業課長という「職」は会社の内部の人材が「昇進」して就くポストであって、外部からいきなり「管理職」に「採用」するというのは(特別のプロジェクトなどで外部から招聘される場合は除いて)ほとんどありません。こうした「管理職」への「昇進」は、日本のメンバーシップ型雇用においては、会社内部の手続きとなっているからですね。上記の例でいえば、東京支店の法人営業課長には大阪支店の法人営業係長が「昇進」したり、東京支店の会計課長が「横滑り」したりするものであって、これらはすべて「異動」といわれます。外部の労働者が応募しようとしても、そもそも「異動」は外部にはオープンにされていないので、応募すらできません。まあ、最近では特定のポストに「公募制」などの制度を設ける会社もありますが、それもあくまで社内の従業員を対象としたものですし。

これらの「異動」が会社内部の手続きとなるのは、定年退職とセットになった新卒一括採用のため、定年退職で空いたポストに順次「昇進」させながら、上から末端までの中間のポストに空きを作らなければならないという物理的な必然性があるからですが、話はそれにとどまりません。こうした「定期異動」は、従業員を下から順次大きな仕事を担うポストに割り当てることで、「昇進」させるに足る人材の育成(あるいは見極め)を行うものでもあって、それが内部労働市場で人材育成と調達を行う日本型雇用慣行の肝でもあるわけです。逆にいえば、よくわからないけど英語が上手くて評判が高い経営コンサル辺りを外部から「管理職」に登用すると、プロパー従業員からは「横入りのごぼう抜き野郎」((c)松本人志@『遺書』)として忌み嫌われてしまい、結局仕事にならないということになりかねません(まあ、地方公務員の世界では、国やら県やらから「格下の」自治体に「管理職」が出向するというのは日常茶飯事ですが)。

これを日本的感覚でいえば、「内部で人材育成された労働者でないのに、どうして「管理職」になれるのか」というところでしょう。実は、上記の日本型雇用慣行における人材育成の観点からいえば、この感覚には一理あります。つまり、日本社会にメンバーシップ型の雇用慣行が根強く浸透しているため、その会社における「管理職」とはメンバーシップ型雇用を管理するものでなければならず、その管理を担うためには、「管理職」自身がその会社におけるメンバーシップ型雇用を十分に経験して体得している必要があるというわけです。こうしてメンバーシップ型雇用は自ら「管理職」を養成することによって自己を強化し、それを支える職能資格給はますます堅牢になっていくことになります。

端的には、管理職ポストを経て退職した中年男性が再就職しようとしたときに、「管理職の経験があります」と自己PRしたという話は、メンバーシップ型の日本では笑い話になってしまうけれども、ジョブ型の社会では特に違和感を感じられないという点にその違いが表れているといえましょう。

さて、前置きが延々と長くなっていまいましたので、改正地方自治法についてはさらにエントリを改めることにします。