2014年04月28日 (月) | Edit |
vgobpaさんから御要望がありまして、「拙ブログを検索して初めて気がついたんですが、大阪都構想については砂原先生の『大阪―大都市は国家を超えるか (中公新書) 』を題材としてエントリを書いたつもりが書いておりませんでした」という状況でもありましたので、砂原先生の議論を踏まえて備忘録的に大阪都構想なるものについての私のスタンスを整理しておきたいと思います。

その砂原本では、歴史的経緯を踏まえながら大阪都構想に至る大都市制を巡る議論が整理されていて、議論を俯瞰するのに適しています。関東大震災で国の復興計画と東京府の復興計画が対立する中で、復興の過程で東京の中心部であった「東京市」が西方に拡大され、東京市は他の大都市と比較しても別格の巨大な市となります。それまでの大都市制を巡る議論は、大阪市など各地の大都市を一括の制度として国から独立した自治体として権限を強化する方向で進んでいたのですが、東京が別格となったこともあって、戦後の地方自治制度の中でいち早く特別区制が取り入れられることになります。もともと独自の都市計画を推進していた大阪市は都市計画の面で戦前の地方自治体の中で最先端を進んでいましたが、その先進性にも関わらず東京都で特別区制が導入されてしまい、大阪でも都や特別区制を導入しようとする動きが出てきます。

先頭を走った大阪市−−都市計画と都市官僚制

 大阪市は、日本有数の大都市として、成立間もない頃からこのような都市問題の解決を迫られていた。窮乏する農村地域に関心を傾けがちな国が都市問題に対して有効な解決策を打ち出すことはほとんど期待できず、大都市は自らの力でこの問題に取り組まなくてはならなかった。そして実際に都市問題への対策の先頭を走ってきた大阪市は、日本の都市行政をリードする存在であるという強い自負を持っていた。
 都市問題を解決する手段として最も期待されていたのは都市計画である。都市計画によって、上下水道や道路を通し、住宅地と商工業の地域を分け、住宅地と働く場所を結ぶ交通機関を整備することで、貧困や公害を減少させるのである。しかし、もちろんそれには犠牲がともなう。都市計画の対象となった地域の人々に対して、居住地の移動や都市基盤整備のための負担を求めなくてはならないからである。
 都市計画という発想が前面に押し出されるのは、大都市で一定の専門官僚制が成立してからである。しばしば賞賛されるように、大阪市の關一市長はそのパイオニアのひとりであった。当時としては破格の道路である御堂筋を、周辺住民の非難を受けつつも受益者負担によりながら建設したことはその象徴であるし、都市の住宅問題を強調して郊外に住宅を開発し、高速交通で都心と結ぶことを重視したのもそのあらわれである。
pp.48-49

大阪市域拡張の試み−−中馬馨の挑戦

 戦前の「州庁」案や戦後の「地方」案は、基本的に国の側から事務の再編成を企図して行われたものであった。それに対して、1960年代に行われた府県の境界についての提案は、事務の再編成とともに大都市制度との関連が強く意識されているのが特徴である。つまり、大都市を拡張するために府県の狭さが問題として浮上してくるのである。そして、そこで最も重要な論者であったのが、大阪市長の中馬馨であった。
 地方制度調査会などで展開された中馬の首長の核心は、大阪市が大都市として小さすぎるというものである。次ページの表3-1でわかるように、他の政令指定都市と比較すると大阪市の面積は非常に小さい。隣接10市を併せても、まだ京都市よりも小さく東京の特別区と同程度だというのである。大阪市が狭すぎて飽和状態にあるために、周辺の衛星都市の人口は急増し、周辺の市町村から大阪市への昼間流入人口は、100万人を超えていた。この人口流入に対応するために、大阪市は大きな負担を抱え込んでいた。
p.83

大阪―大都市は国家を超えるか (中公新書)大阪―大都市は国家を超えるか (中公新書)
(2012/11/22)
砂原 庸介

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しかし、市域の拡張は特に面積の小さい大阪府においては他の府県との合併をも視野に入れて議論されていたものの、1970年代になって人口流入が収まり、現行の政令指定都市の下で都市計画を推進する体制が構築されたこともあり、市域拡張の議論はここで終息します。

ところが、市域拡張の議論が収束したとしても、大阪府と大阪市の機能分担の問題が解消されたわけではもちろんありません。狭い地域で重層的な自治体がそれぞれの事業を進めるわけですから、他の地域、特に北海道や東北のような面積の大きな県とは違って、大阪府と大阪市の機能分担を巡る調整は重要です。しかし、実際には、

 市域拡張が挫折し、大都市行政の一元化がなされないことが確定すると、府県と大都市の「機能分担」がきわめて重要な問題となる。適切に分担がなされないと、行う仕事が重複する二重行政が生まれるからである。しかし、結論から言えば、大都市圏でのさまざまな事業を統合する一元的なリーダーシップは欠如しており、適切な分担は行われなかった。とりわけ大阪では、前節で見たように、大都市が都市問題の核心である住宅・交通問題や港湾整備で拡張的な事業を行っており、大阪府の事業との調整は深刻な課題だった。

砂原『同』p.93

という状況だったわけです。私自身は、二重行政にもそれなりに意味があると考えているので、「二重行政=ムダ」という議論は慎重に行うべきと考えるところですが、アメリカや東北のように広い面積の中に点在する地域で重層的な自治体が公共サービスを提供するのと、大阪のような狭い面積に人口が密集している地域でのそれとでは、事情が異なるのだろうと思います。関西方面に全く土地勘のない私からすると、ここにバブル崩壊を機に改革派が隆盛しやすい土壌があったのではないかと推測するのですが、砂原先生はそれを「納税者の論理」による改革と位置づけます。つまり、有権者の「血税」がムダな支出に充てられているという批判によって「改革」を標榜するためには、「二重行政」は格好の標的となったわけです。

とはいえ、批判だけの「改革」なんてものはあくまでためにする議論でしかありませんし、制度改正という手段が目的化するのもカイカク病の病理でして、「二重行政」を批判してその対案を示したからといって、それが必ずしも実現可能性のあるものであるとは限らないわけです。特に維新の会が示している都構想なるものは、批判の部分ではそれなりに説得力があるかもしれませんが、それを現実の制度の中に落とし込もうとしても、「納税者の論理」しか論拠がないのでうまく制度化ができていないように見受けます。

ただし、「納税者の論理」という言い方も微妙な問題を含んでいるように思うところでして、砂原本で「納税者の論理」に対置されているのが「都市官僚制の論理」なのですが、

 このように「大阪都構想」は、ふたつの論理を内包している。ひとつは、大都市としての成長を追求する「都市官僚制の論理」であり、もうひとつは特別区への分権や民営化によって事業ごとの効率性を求める「納税者の論理」である。
 「都市官僚制の論理」は、重商主義の都市における変奏、あるいは公共の福祉の観点から集権的に都市を作り替える「革新」の発想に近い。すなわち、政治家の強力なリーダーシップのもと、民間企業の手法を用いて大都市の事務を効率化し、都市インフラを整備して大都市の経済的な発展を導くことが強調される。そして、周辺部に対しては、大都市からのトリクルダウンへの期待と引き換えに協力を求める。
 「納税者の論理」は、政府の社会に対する介入を否定する自由主義、あるいは1980年代以降先進国で支配的な新自由主義の発送として理解できる。特別区への分権や事業の民営化によって、大都市が一元的に行っていた事業を細分化し、支出と収入のバランスを強調する。厳しい効率化や廃止の圧力にさらされて、細分化された事業主体が不採算事業を抱える体力も限定されるだろう。効率化は非難されがちだが、人口の持続的な増加が見込めないなかでは、採算を重視し、リスクの大きい大規模開発などにブレーキをかける小規模な権力を用意する意義を否定することは難しい。

砂原『同』pp.105-106

…うーむ、かなり違和感を感じるところです。たとえば「納税者の論理」といっても、緊縮マンセーのシバキ主義だけではなく、私のように税収を確保して再分配の拡充を望む立場もありうるのではないかと思います。「都市官僚制の論理」についても、「公共の福祉の観点から集権的」な政策を志向して再分配の拡充を進める立場もあれば、受益と負担の対応を厳密に考えて富裕層が多くて税収の高い地域で重点的に公共サービスを提供する市場原理的な立場もありうると思いますので、対立軸としては適していないのではないかと思います。ただし、「地方自治体の役割で重要なのは、課税と公共財供給のバランスにより受益と負担を明確化してパレート最適を目指すという資源配分の効率化であって、受益と負担を意識的に乖離させて公平性を確保する所得再分配機能ではありません」ので、便益の及ぶ範囲が自治体のなかにとどまる政策については、シバキ主義と都市の成長の対立を、「納税者の論理」と「都市官僚制の論理」と読み替えることは可能かもしれません。

そうやって考えてみると、砂原先生が「問題は、現在の「大阪都構想」が、ふたつの論理をいずれも強調し、それが両立することを暗黙の前提としていることである(p.206)」と指摘される点はまさにそのとおりだろうと思いますし、終章の最後で「われわれは、制度を変えればすべてがうまくいくという寓話からは離れて、議論のための手続きを整備しながら、国家と大都市の関係についての社会的合意を積み上げていくしかないのである(p.221)」と指摘される点は、大阪都構想に限らず、社会政策について議論する際に十分意識しなければならないことだと思います。いやもちろん、だからといって維新の会が掲げる「大阪都構想」にどれだけ考慮すべき点があるかは別の問題ではあるわけですが。
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