2014年02月25日 (火) | Edit |
これも書きかけの記事ですが、人事制度の実務などを掲載している民間の人事担当者向けの『労政時報』という雑誌がありまして、そのWeb版である『Web労政時報』に主に人事コンサルや学者の方々が連載するコーナーがあります。hamachan先生もそのお一人なのですが、先月のコラムで人と組織のマネジメント研究所・株式会社 道(タオ) 代表取締役の河合太介氏が大変興味深い記事を書いていらっしゃいました。

といっても、Web労政時報は『労政時報』購読者向けの会員サイトのためまるっと引用することはできませんので、ごく大雑把にまとめてしまうと、タイトルは「人事マン、現地現物してますか?」という記事で、河合氏はパリの食べ物がとても高い(1ユーロ140円台のレートで、街中のスタンドで売っているサンドウィッチが5ユーロ、カフェでコーヒーをつけると10ユーロ)ことに驚きます。そこでビジネスマンがこれで食べていけるのかと聞いてみると、会社からチケ・レストランという食券が支給されていて、半額程度は会社負担になるとのことで、その理由について現地の人の見解がすばらしいのです。

「フランス、特にパリでは『食のブランド』を守るために安易にディスカウントはしない。それは国や街としてのブランド戦略だ。その代わり、仕組みと税制で市民をサポートする」

「それよりも、東京が世界で異常だ。パリ、ロンドン、ニューヨーク…世界の先進国の一等地で、デザートやコーヒーまで付いて1000円以下のランチが普通で、よくできたサンドイッチが100円~200円も出せば買えて、300円程度でお腹いっぱいになる丼が食べられる。こんな場所はない。どうやって儲けるんだ?」

キセーカンワ好きな有識者の方々からはグローバル人材とか威勢のいい言葉が聞こえてくるわけですが、東京の異常さは別に一般の日本人が英語をしゃべれないことではないのですよ。「仕組みと税制で市民をサポートする」なんて言葉は「経済学の教義に忠実なあまり増税忌避という思考停止に陥」りがちなこの国の経済学方面の方々にはちんぷんかんぷんなのでしょうけれども、高い物価に対して高負担の「仕組み(社会保障制度)と税制で市民をサポートする」のがフランス流なのです。ちなみに、2010年の国民負担率を比較すると、日本の租税負担率は22.1%、社会保険料を合わせた国民負担率は38.5%で、フランスの租税負担率は35.2%、社会保険料を合わせた国民負担率はスウェーデンを超える60.0%となっています。
国民負担率の内訳の国際比較(日米英独仏瑞)

さらにいえば、上記引用の前半は「『食のブランド』を守るため」としていますが、後半と合わせて読めば、『食のブランド』は適正な利潤を確保するために必要であることが理解できます。バブル崩壊後に「価格破壊」と「規制緩和」がもてはやされたこの国において、総需要の低下と長期不況が生じたのも宜なるかなと。ちょっと前に古市氏が、

【古市】なるほど、すき家はいいですよね。牛丼やファストフードのチェーンは、じつは日本型の福祉の1つだと思います。北欧は高い税金を払って学費無料や低料金の医療を実現しています。ただ、労働規制が強く最低賃金が高いから、中華のランチを2人で食べて1万円くらいかかっちゃう。一方、日本は北欧型の福祉社会ではないけれど、すごく安いランチや洋服があって、あまりお金をかけずに暮らしていけます。つまり日本では企業がサービスという形で福祉を実現しているともいえる。
「ネット新時代は銀行不要」の現実味【2】 -対談:津田大介×古市憲寿×田原総一朗 新しい日本のチカラ PRESIDENT 2013年12月16日号

と発言したことが問題とされていましたが、「少ししか負担しない仕組みと税制」しかないこの国では、平家さんが指摘されているように、安い牛丼は劣等財として需要が高まっていると理解すべきではないかと思います。

パートタイム労働投入の時給弾力性」で示した表からわかるように、200年代初頭やリーマンショック後の時期には賃金をほとんど上げなくても、あるいは引き下げてもパートタイム労働を中心とする非正規労働力を容易に調達できるという環境が整っていました。労働力の量の面では企業は恵まれていたわけです。また、この豊富な労働力は高度成長期に見られたような学校を卒業して、初めて職に就く人ではなく、リストラなどが行われていたこともあって、ある程度職業経験のある人たちでした。一から職業訓練、教育指導をしなくてもいい労働量です。質の面でも恵まれていたのです。

今後、パートタイム労働の時給弾力性が小さくなり、賃金が上昇していくことになると、質、量の面での好条件もなくなりますし、徐々に低級品への需要も減っていく可能性がでてきます。もしそうなれば、低賃金ビジネスモデルからの脱却が必要になります。企業家精神を生かして、新しいビジネス環境への対応を進めてもらいたいものです

一方、不景気ゆえに所得が低下し、高級品、中級品は売れにくくなり、低級品への需要が増えました。経済学の用語を使えば、所得が増える(減る)と需要が増える(減る)正常財の需要が減少し、所得が増える(減る)と需要が減る(増える)劣等財の需要が増加したわけです。

ここで、一つのビジネスモデルが成立しました。質、量ともに豊かな労働力を非正規労働者として雇用し、低級品を製造販売するモデルです。これを低賃金ビジネスモデルと呼ぶことができるでしょう。LCCなどその典型ではないかと思います。

このビジネスモデルは、当時の環境にうまく適応したものであり、チャンスをつかんで、このモデルに従って起業なり、新事業への進出を進めた方々は、かなりの割合で成功を収めたのではないかと思います。

低賃金ビジネスモデルからの脱却(2014/02/10 11:47)

この後に示される平家さんのご提言は引用したエントリをじっくりと読んでいただきたいのですが、語彙に乏しくて口の悪い私が書くと「キセーカンワやら新規形態の外食産業やらIT企業などのベンチャービジネスへの礼賛によってもたらされたのは、ブラック企業が易々と労働者を使い捨てることができるという現実だった」などとなってしまうところですが、冷静に経済学のツールを使って説明されると説得力が違いますね。劣等財の供給競争で利潤をすり減らし、低賃金ビジネスで成功を収めたブラック企業が礼賛される世の中と、高負担の「仕組み(社会保障制度)と税制で市民をサポートする」のがフランス流のどちらが望ましいのか、じっくりと考えてみてはいかがでしょうか。河合氏のおっしゃる「現地現物してますか?」という言葉は、人事マンに限らず問いかけてみたいところです。
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