2013年06月22日 (土) | Edit |
来年4月に予定されている消費税率引き上げについては、いわゆる景気条項をめぐる判断が取りざたされています。個人的には、アベノミクスとして金融政策で異次元緩和が行われたのには消費税引き上げの地ならしという側面もあると考えておりますので、このまま景気回復が本格化することを祈るばかりなのですが、経済学を信奉されている方面の方からは「消費税率の引き上げで景気回復が遅れる」とか「財政赤字が拡大しても経済成長できる」というお話がよく聞こえてきます。ただ、緩やかにリフレーション政策を支持する者としては、クルーグマンとかスティグリッツの教科書の記述とは違うように思いますので、一応個人用のメモとして引用しておきます。

まずクルーグマン『マクロ経済学』から、クラウディング・アウトの説明に引き続く部分の引用です。

 とはいえ,政府支出は必ず経済成長に悪影響を及ぼすなどと考えてはいけない! それは政府が資金を何に使っているかによる.第8章で学んだように,経済成長を達成するためには政府支出が不可欠なのだ.例えば,取引契約がきちんと履行されるように司法制度を運営する必要があるし,病気の蔓延を防ぐための健康保険も維持する必要がある.また政府はたくさんの投資プロジェクトを行っている.例えば,道路,学校,空港といった必要なインフラストラクチャーの整備・維持などだ.クラウディング・アウトに関する私たちの分析は,「他の条件を一定」としたものだ.つまり,政府が経済成長を促進するもの)司法システムや道路など)をすでに作り終えているのに,さらなる政府支出をして財政赤字が拡大すると,民間の投資支出が抑制され,経済成長は阻害される.だから,政府支出拡大による財政赤字が経済成長を促進するかしないかは,一概には言えないのだ.
 貸付資金市場に影響を及ぼす政策は政府の借入だけではない.多くの経済学者は,税収を維持したまま,民間貯蓄の拡大と消費の縮小を達成できるような税制の変更があると主張する.例えば,債券の利子収入や株式の配当金などの投資収益に対する課税を減らし,一方で財・サービスの消費への課税を増やすといった税制変更だ.投資収益への課税を減らすことは人々の貯蓄を増やす意欲を高めることになる.貯蓄から得られる税引き後の純報酬が上昇するからだ.他方,消費に対する課税は財・サービスの消費にかかる総費用を上昇させるので,人々の消費意欲が減退する.図9-7はこのような税制変更が実行されるとどうなるかを示したものだ.その結果は先に説明したのと同じだ.まず貸付資金市場への資金供給は増大する.つまり供給曲線は右にシフトする.すると均衡は点E1から点E2へと移動し,利子率はr1からr2へ低下し,民間の借入はQ1からQ2へと増える.よって民間貯蓄を増やすような税制の変更は民間の投資支出を拡大し,その結果,長期の経済成長を促進することになる.
(略)だが,現実には貯蓄資金を投資支出に振り向ける市場はもっと複雑だ.
pp.255-256

クルーグマンマクロ経済学クルーグマンマクロ経済学
(2009/03/20)
ポール・クルーグマン

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※ 以下、太字強調は原文(原文は傍点)、太字下線強調は引用者による。

その直後のコラムでは、「1990年代の財政と投資支出」というコラムで、アメリカが財政黒字(1990年に対GDP比4.2%の財政赤字が2000年には同1.6%の財政黒字)となった間に、民間投資支出が同14.8%から17.7%へ上昇したことを取り上げて、

 以上の話には2つの教訓がある.第1は,データでははっきり示せないが,私たちのモデルから,1990年代後半の財政赤字の黒字転換は,それがなかった場合に比べれば,民間投資支出の増加をより大きくしたと言えることだ.第2は,政府がとった政策の効果について拙速に結論を出す前に,データをよく見る必要があるということだ.政策変更と同時に,他の多くの条件にも変化が起きていることもあり,それら他の条件に起きている変化が,投資支出拡大の本当の理由かもしれないのだ.
クルーグマン『同』p.257

やっぱり政策的な議論の場合には、主観的に必要でない条件を「その他」でくくってしまう経済学的な「思考の型」というのも慎重に扱わないといけないようですね。

次にスティグリッツの『公共経済学(下)』から、「財政赤字の帰結」という節の説明を引用すると、

 経済学では古くから,政府借入れも個人借入れとまったく同様に,そのお金が用いられる目的に照らして正当化されるべきであると主張されてきた.あなたが多年にわたって住む住宅や,数年間乗る予定の自動車を購入するために,お金を借り入れることは意味がある.そのような方法で,あなたはその商品を使用している間その支払いを引き延ばすのである.将来高級の職業に就くことができる学位取得のための教育を目的にお金を借り入れることも,経済的には意味がある.しかしあなたが今年,2年前の休暇の支払いを行っているならば,おそらくあなたはクレジットカードを捨てるべきだろう.
 国も同じような状況にある.多年にわたって使用される道路,学校,また産業計画の資金を調達するために借入れを行うことは,まったく妥当なものである.完成しない(または開始さえされないような)計画の支払いのための借入れや,今年の役人の給与支払いの資金を調達するための借入れは,実質的な問題を引き起こすことになる.多くの政府は容易に返済できないような多くの債務を負ってきており,そのため租税を急激に上昇させ,生活水準を下げてきた.他の国では完全に返済できなくなり,将来の借入れ能力を危うくしてきた.
 政府支出のための資金を徴税によるのではなく,借入れによって調達すると,短期的には高い消費水準をもたらすことができる(すなわち,可処分所得が上昇するためである).経済が完全雇用にあるならば,高い消費は投資の余裕を少なくすることを意味する.経済をインフレーションのない完全雇用状態に維持するために,連邦準備制度理事会(Fed)は利子率を上昇させなければならない.財政赤字は投資を低下させるため,長期的には産出量と消費を減少させる.
 財政赤字削減は反対の効果を持つ.すなわち,それは利子率を下落させるため,投資を促進させる.そして経済成長を促進し,将来の生活水準を改善することになる
pp.1007-1008

スティグリッツ 公共経済学〈下〉租税・地方財政・マクロ財政政策スティグリッツ 公共経済学〈下〉租税・地方財政・マクロ財政政策
(2004/01)
ジョセフ・E. スティグリッツ

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こちらでは、この部分に引き続き、第1世代の財政赤字の一部を借入れで調達し、第2世代への増税により借入れを返済すると、第1世代の貯蓄の形成に影響を及ぼしたが、生涯で支出しなければならない総額には影響しないというのが現在の支配的な見方であると説明します。

さらに、「公債負担に関する別の見方」という節で、4つの説を紹介して、そのうち一つを除いて否定します。
一つ目が、「公債は,われわれが自分自身に借金をしているのだから,問題ではないという主張」は、三つの論点から間違っていると知られているとします(三つの論点の詳細は本文をご覧ください)。

二つ目に、「リカードの等価定理:遺産が公債を相殺する」については、バローの理論を紹介して、「実証研究の結果はバローの理論的主張を支持していない」とし、Spring(1989)から「人々はバローが仮定するほど(現在の意思決定において財政赤字を完全に考慮に入れるほど)合理的でも,また(財政赤字が1ドル増加するごとに子孫のために遺産を追加的1ドル取っておくほど)利他的でもない」とします。

次に「資源の過少利用:財政赤字は現実に役立つかもしれない」については、「経済が完全雇用以下で稼働しているならば,伝統的なマクロ経済理論では(財政支出の増加または税収の減少の結果としての)財政は経済を刺激することになる.利子率は上昇しないので、またはたとえしたとしてもわずかなので,投資(したがって経済成長)は悪い影響を受けない」とし、「財政赤字の増加が投資への政府支出の増加から生じているならば,このことはとくに正しい」とお墨付きを与えています。

最後に「開放経済:クラウディング・アウトを回避する」については、海外からの借入れに対する利子の支払いのため、国民の純所得が低下するとし、現実の算出水準が影響を受けないとしても、経済状況が悪化するとします。

というようなスティグリッツに対する朝日新聞のインタビューが、「朝日新聞の記者がスティグリッツに増税を無理矢理容認させた」とかで一部批判されているそうです。

(2013参院選)アベノミクスに欠けるもの ジョセフ・スティグリッツさん(朝日新聞デジタル 2013年6月15日)

――消費増税については。

 「消費税は、貧しい人びとの負担がきついという逆進性を持つ悪税です。しかもデフレを悪化させます。日本は来春の消費増税を計画していますが、おそらく時期尚早でしょう。まずは経済の成長を回復し、それから増税するのが順当なやりかたです。増税するなら消費税ではなく(化石燃料の消費に課す)炭素税を導入すべきです。逆進的ではないし、二酸化炭素の排出を減らしたり、エネルギー効率をよくしたりするための技術開発や設備投資が進むから、経済にもプラスです」

 ――それでも消費税を引き上げるとしたら、何をすべきでしょう。

 「増税による税収の増加分と同じ額だけ支出を増やせば、経済への打撃を避けることができます。これは、均衡予算乗数という考えです。そのさい、低所得の人びとへの再分配につながる支出をすれば、消費やGDPをいっそう増やす効果があります。企業減税で刺激をというのでは、効果を期待できません」

(略)

 <取材を終えて>

 「アベノミクス」の応援団のような発言が目立つスティグリッツ教授だが、単独インタビューでは、所得格差是正への配慮が必要だと、鋭い注文をつけた。国民の所得を増やす経済成長は必要だが、企業や「1%」の富裕層だけが潤って、「99%」の人びとの生活が改善しなければ無意味という立場だ。

 米国経済は、回復過程でも格差が拡大している。その現状に対する教授の批判は、小泉政権や第1次安倍政権下での「実感なき景気回復」にも、あてはまるだろう。

 名目3%成長ができれば、「1人あたりの国民総所得は10年後には150万円以上増やせる」と語った安倍晋三首相やその周辺は、教授の懸念を理解していないように見える。「家計が潤う」と口では言っても、格差是正や貧困対策に冷淡なら、教授を失望させる日も近い。

 一方で消費増税を先送りすれば、国債相場の急落も起こりかねない。安倍政権は教授の提言を参考にして、増税による税収を雇用創出や貧困対策に投入すべきではないか。格差縮小に役立つし、景気の失速を防ぎつつ、財政再建への確かな一歩にもなる。

 (小此木潔)

まあ、記者は違いますが、同じ朝日新聞の3月のインタビューでも、スティグリッツは「多額の政府債務を抱えているのは先進国共通の課題だが、問題はタイミングだ。今は総需要が不足しており、消費増税で低所得層に負担をかけると需要が落ち込み、経済を悪化させる。日本は1997年の消費増税で一度失敗しており、もっと敏感になるべきだ。高所得層を対象に増税するなど、税収を上げる方法はほかにもあり、それならば消費税より経済に悪くない」としたうえで、「経済成長の課題に挑んでいこうとするとき、一方で格差が拡大しかねないという問題がある。安倍政権の掲げる『3本の矢』のうち、財政支出は所得の低い人たちのために多く使われるべきだ。低所得者は持っているお金の大半を消費するので、経済を刺激する効果がより大きい」とおっしゃってます。したがって、クルーグマンよりは増税に否定的とは思いますが、教科書にもあるとおり、スティグリッツもクルーグマンと同様に財政支出の使い道が重要と考えているものと思います。

しかし、クルーグマンもさることながら、スティグリッツは日本の財政制度の専門家ではありませんので、一般的なマクロ政策についての見識はもちろん優れているとしても、日本の財政状況(経済状況ではありません)の問題を的確に把握して発言しているかは不明というべきではないでしょうか。先進国の中で最も高齢化が進み、対GDP比の公債比率も最も高い日本では、これから高齢化が進むとされるアメリカや韓国と同水準の対GDP比の国民負担率となっている現状であり、スティグリッツがいうような低所得者向けの財政支出を増加させる余地はほとんどありません。さらに、公的なものに対する嫌悪感も強い日本では、財政支出の増加そのものが容易な政治選択ではありません。消費税率の引き上げは、税収の規模や徴収のコストを比較して経済学的な効率性を持つ税目ではありますが、現状を見ていると、スティグリッツが重視する財政支出が実現する可能性は低そうな気がするところです。
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