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2013年01月15日 (火) | Edit |
というわけで、「自助努力しないと支援しない」という矛盾を歴史的経緯から考えるための材料として、新氏の『商店街はなぜ滅びるのか』が参考になります。といいながら、帯の文句に『中島岳志氏絶賛!」とか「上野千鶴子氏推薦!」とデカデカ書いてありまして、読む前にそれなりの覚悟が必要でしたが、実際本書は新古典派経済学や(旧来の)社会学に対する痛烈な批判から始まります。まあその辺は華麗にスルーして、本書の問題意識が第1章に述べられています。

 近年、「雇用の流動化」がよく取り上げられる。だからだろうか、かつて存在していた日本社会の安定は、「日本型雇用慣行」(長期雇用、新卒一括採用、年功賃金など)に支えられた「雇用の安定」からのみ捉えられてきた。
 だが、こうした見方こそが大きな問題である。戦後日本社会の政治的・経済的安定は「雇用の安定」だけで実現したわけではなかった。戦後日本は、商店街の経営主をはじめとした、豊かな自営業によっても支えられていた。つまり、「自営業の安定」という、「雇用の安定」とは別の安定がしっかりと存在していたのである。とくに本書で注目したいのは都市型自営業の安定である。
pp.18-19

 わたしは、「自営業の安定」をそのまま元に戻すというよりも、雇用と自営の中間形態である協同組合や社会的企業を中心に商店街を再構築することを考えているが、そのためにもこれまでの商店街のあり方について検討しなければならない。だからこそ、商店街の歴史をひもとこうというわけである。
p.45

商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道 (光文社新書)商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道 (光文社新書)
(2012/05/17)
新 雅史

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日本社会の安定が「雇用の安定」のみから捉えられていたというのは、冒頭でやり玉に挙げられている新古典派経済学や旧来の社会学への批判なら理解できなくもありませんが、拙ブログでも取り上げさせていただいている海老原さんも自営業の大幅な減少が雇用の不安定化につながっていると指摘されているところでして、やや一面的に過ぎると思います。拙ブログでも1年ほど前に「失業問題に対して雇用対策を講じるというのは一側面からの見方であって、その地域においてどうやって生活していくかというトータルな視点が必要となっている」と指摘しておりまして、「その地域においてどうやって生活していくかというトータルな視点」が被災地の復興を考える際に不可欠である以上、自営業を含めた生業の確保が復興のポイントとなっています。おそらく新先生もこの点を指摘されているのだろうと思いますが、勢い余ってアカデミズムに対する批判まで混ぜ込んでしまった印象です。

それはともかく、新氏は本書で「中間的形態である協同組合や社会的企業を中心に商店街を再構築することを考えている」とのことですが、これってまさに前述したようなグループ補助金という制度の趣旨に重なっていますね。hahnela03さんが指摘されるように、これを法律の面から制度的に規定しているものが中小企業組合法や中小企業団体法となるわけですが、本書によるとこの法律が制定されるまでの経緯は、どこかで見たような左派と右派の入り組んだ意思決定過程があったようです。

本書からごく乱暴にまとめると、当初は零細農業者を救済するための産業組合法が1900年に制定され、これが一定の成功を収めたことから中産階級による協同組合が設立されましたが、当時の協同組合は購買組合として設立されたものであって、現在のように供給側ではなく需要側の組合でした。その当時は、中小商業者が不当に価格を騰貴させて物価が高くなっているという点に問題意識があり、個人ではなく集団で購買することにより中小商業者に対抗することがその目的であって、当初は中小商業者が有利な立場にあったわけです。

こうした不満に対応するために一部では公設市場が設立されたりしましたが、それを商機とするビジネスが登場するもので、関東大震災を期に大衆化した百貨店がそこに参入します。このため中小商業者は一転して弱者となり、強者たる百貨店からの保護を政府に求めるようになります。そこに商学者が提唱して政府が取り入れたのが、地域としてのまとまりを構築するとともに、中小商業者を横の百貨店として共同組合化する「商店街」という考え方だったとのことです。さらに、戦時体制下で酒屋や米屋に免許を与えることによって「地元商店街」が国の制度として構築され、戦後はこれが既得権として継承されていることになります。

戦時体制下で権限を与えられた側が戦後になるとそれを守りに入るというのは、まるで産業報国会からポツダム労働組合への流れと同じような流れがあったわけですね。となると、戦後は労働組合と同じく、戦時体制下で与えられた既得権を守ることが商店街の至上命令となるわけですが、当時その利害を代表したのが日本社会党で、百貨店の出店や営業時間を規制する「新百貨店法」を提出して成立させます。この動きからすると、少なくとも日本社会党にとって、戦後間もない時期までは社会の安定は「雇用の安定」と「自営業の安定」によると認識されていたのではないかと思われます。この後、この勢いに乗って中小企業のカルテルを一定程度認める中小企業団体法が制定されることになりますが、日本社会党の迷走ぶりにその政策の位置づけの難しさが表れています。そのときの経緯を長くなりますが引用すると、

 中小企業団体法によって中小企業の権益が急速に強くなるため、主婦連・日本生活協同組合連合会(日生協)は反対の声をあげた。中小企業の保護は物価上昇につながると考えたからである。この法律への反対運動は多様な層を巻き込み、最終的には、全国規模での消費者団体である消費者団体連絡会の設立につながった。
 中小企業団体法の是非は戦後知識人・世論を巻き込み、大きな社会問題となった。最終的には、日本労働組合総評議会(総評)をはじめとした労働組合陣営もこの問題に乗り出し、保守と革新の対立という様相を呈することになった。
 さらに、同法案が職業選択の自由をも奪うものであるとして、全国消費者団体連絡会が、東京地裁に憲法違反で訴えるという動きまであった(「消費者保護法つくれ」『朝日新聞』1957年10月30日)。
 だた、中小企業の問題は根が深かった。中小企業層は各政党にとって敵に回したくない有力な集票層だった。だからといって、主婦たちを中心とした消費者運動を否定することも選挙に悪影響を及ぼすし、貯蓄を活用した製造業育成やインフラ整備も進まなくなる。このように複雑に利害関係が絡むなかで、法案審議は難航を極めた。
 とりわけ混乱したのが日本社会党であった。日本社会党は当初中小企業団体法に賛成だったが、経済団体連合会、日本百貨店協会などの大企業団体、主婦連などの消費者団体、総評や新産別(全国産業別労働組合連合会)など労働組合の中央組織からの強い圧力もあって、その後反対に回った。結局、日本社会党は自民党に譲歩を迫りつつも、中小企業団体法に賛成することになった(1957年に成立)。

新『同』pp.110-112

労働者の政党であったはずの日本社会党が、労働組合のみならず経済団体連合会や日本百貨店協会などの大企業団体からの圧力を受け、さらに貯蓄を奨励する主婦連からの圧力まで受けるというカオスぶりが日本の政党政治の複雑さを示しているのかもしれません。この後さらに、1962年に商店街振興組合法が施行されて、商店街に対して補助金の交付をはじめとする手厚い保護が制度化されるわけですが、その後の時代の推移はスーパーマーケット、郊外の大規模店舗、商店街の中のコンビニの急増と進展していき、「地域のまとまりを持つ横の百貨店」として構築された商店街が衰退していくこととなります。となれば、中小商業者を中心とする商店街はさらなる「弱者」として保護を求めるようになり、新自由主義的な勢力からは既得権益として批判される側になっていったというのが、新氏の分析となります。

本書ではこのほかにも跡継ぎ問題など商店街の抱える問題が分析され、このような状況を踏まえて、新氏は、商店街(とそれを構成する中小商業者)が自らを「弱者」として保護を求めるのではなく、商店街が独自に有する機能に特化するような取組を進めるべきであって、そのために「中間的形態である協同組合や社会的企業を中心に商店街を再構築することを考えている」とおっしゃっているのだろうと思います。私もその方向性についてはおおむね賛同するところですが、ではそれを実際に進めるための制度が、果たしてグループ補助金なのかというのは大いに疑問が残るところですね。理念があろうと、それを実現するための補助金があろうと、それを使う側にとっては「書いて出せばだれでももらえる補助金」であって、跡継ぎのための資産として商店街が残っていくという運用がされかねないわけですから。

という点では、社会の安定が本当に「雇用の安定」と「自営業の安定」という「両翼の安定」(p.26)によって支えられていたのかという点に立ち返って、むしろその「両翼の安定」こそが本書で厳しく批判されている「日本型福祉社会論」(自民党1979年)を生み出したのではないかという点を吟味する必要があると思います。本書で新氏は、

 そのなかで、官僚組織・圧力団体・族議員の三者が強固に結びついた「鉄の三角形」が変容する。自民党の支持層はこれまでの保守(自営業層)と新しい保守(都市勤労者)に分裂し、後者が勢力を伸ばす。それが次に見る「日本型福祉社会論」と「企業中心主義」の主張へと帰結する。

*日本型福祉社会論

 日本の高度成長をささえたのは企業につとめる(男性)都市勤労者たちである−こうした企業中心の日本社会イメージがオイルショックをきっかけとして強まる。そして、そのイメージをもとに都市勤労者家族を前提とした公共政策の方針がつくられたという点で、自由民主党による1979(昭和54)年の「日本型福祉社会論」がきわめて重要である。日本型福祉社会論とは、オイルショック後の西ヨーロッパ社会−とくにイギリス−を反面教師とした福祉構想のことである。

新『同』p.146

とおっしゃるわけですが、因果関係が逆ではないかと思います。確かに政策を議論する中ではそうしたストーリーが語られているのだろうと思いますが、制度を変えれば社会が変わるという全体主義的な想定はあまり現実的とは言えないでしょう。むしろ、職務中心の労働市場を構築できなかった政府がそう簡単に「日本型福祉社会」なんか作れるわけもなく、強制的な戦時統制下の企業組織を基にして、戦後の労働者による労働運動とかそれに対抗する使用者の生産性向上運動などのせめぎ合いの中で、双方が合意できる労務管理の手法として日本型雇用慣行が形成されたというべきではないかと。そこにあったのは、戦前からの財閥系の大企業はもちろんのこと、戦争前後は「自営業の安定」を担っていたはずの戦後の大企業だったわけです。そして、国民負担率の低いこの国で所得再分配を行おうとしても、その日本型雇用慣行を基にしなければ現実の政策として所得再分配が機能しなかったというのが実態ではないかと思います。

商店街や自営業の安定を図るためには、そうした日本型福祉国家を形作った自営業たる企業を通じた所得再分配をどう位置づけるのかという問いに回答を与える必要があると考えます。その回答は、グループ補助金を増額することの意味を問い直し、被災地の復興がどのような形を目指すのかという問いにも方向性を示すことになるはずです。
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2013年01月14日 (月) | Edit |
前回エントリで取り上げさせていただいたhahnela03さんが新たなエントリをアップされていて、「一次から三次の選定で地方自治体が歪めてしまったことが拙かった」というご指摘の具体的な内容が述べられています。私が興味深く拝見したポイントを列挙させていただくと、

自助努力を伴った構造改革のご褒美

 当然のことながら、「共同事業」を通じた「生産性の向上」等を効率的に推進し、その共同の利益を増進することを目的としていますので、「生産性の向上」への取組による付加価値を高める事が求められますから、イノベーションが行われているかが審査されることになります。こうしたことから「自助努力による構造改革」に前向きなグループにだけ補助金を与える「新自由主義(ネオリベ)行政」を肯定・推進するための事業であることになります。

(略)

追記

事業者の集積

(中略)
 コンサルタントや代表者だけに全て作成して貰ったことにより何をするかもわからずに名前を連ねた方も多いと聞いていますから、県段階での補助事業の承認を審査会で通っても、実施状況の確認の際にトラブルが生じる可能性が多いと危惧されます。ここが理解をされていない被災中小零細経営者や事業内容の説明を受けていない参画者の存在がグループ補助金では問題を大きくしたところです。何をするかもわからない「共同事業」を理解する気も無くただ補助金が簡単に貰えたことを風潮してしまったため、書いて出せばだれでも貰える補助金=グループ補助金が被災地を駆け巡ってしまいました。さらに内容が分からないシノドスを始めとするメディアや大学教授等が的外れな批判を加えたことで歪んでいったのです。

津波被災の記録93(2013-01-10)」(hahnela03の日記
※ 以下、強調は引用者による


「途中までのまとめ」とのことですし、先行き不透明な制度でもありますので、これからさらに違う展開があるかもしれませんが、そもそも制度の趣旨が「共同の利益」を競い合うもので、一見共同体を重視するように見せつつ「ネオリベ的」な勝者全部取りというねじれたものであることもさることながら、実際にその制度を利用する方からすれば「書いて出せばだれでももらえる補助金」と認識されるという「制度運用の難しさ」が如実に現れています。

経済学方面には「法律に書いてあるから問題はない」とか、逆に「現行の法律が問題だから法律を改正すればいい」とか「問題が生じたら厳しく取り締まればいい」とかお気楽でナイーブな議論をする方が多いのですが、どんなに高邁な制度趣旨を掲げようと、運用の段階では「いかにお得に制度を利用するか」という新古典派経済学が想定するようなホモエコノミクスな行動をとる方が増えるわけです。特に経済学方面の方々が法律改正に関して主張している中身を見ると、ご自身の専門となる経済学でインセンティブを分析しても本当にそうなるの?という疑問を禁じ得ないような議論が散見されますね。実際に、それに対応して運用を厳正にしようとすると、経済学方面からは「不必要な規制のために経済成長が阻害されているから自由化すべきだ」とかいわれますし、現実的な話としては「お役所仕事で融通の利かない役人が前例踏襲ばかりするので思うような事業ができない」となって「そんな役人なんか要らないから人員削減して給料減らせ」とかいわれるわけでして、つくづく経済学の皆さんがご覧になっている「合理的」な世界がうらやましくなります。

また、「実施状況の確認の際にトラブルが生じる可能性が多いと危惧」される点にについては、新たなエントリで支援策を提案されています。

 復興庁主催の「結の場」では企業と現地事業者のマッチングが行われた

東北復興新聞 » 企業による復興支援のこれからvol.2 現地との関係構築

11月28日に石巻市の石巻商工会議所にて開催された「地域復興マッチング『結の場(ゆいのば)』」は、大手企業が持つ経営資源を糸口に、被災地域企業が自ら課題を解決するためのノウハウを学ぶ場となった。

 これはすごく良い事で、むしろ経産省と県のグループ補助金担当課が企画しないとダメだと思う。というのも単なる採択では、その後が絶対行き詰まるのが見えるから、採択したグループ(各種組合)をマッチングさせる大規模な「異業種連携事業」が必須と考えていたからです。

津波被災の記録95(2013-01-12)」(hahnela03の日記
※ 引用部を修正しました。

引用されているのは2013年1月11日の記事ですが、グループ補助金が共同事業を実施するための施設・設備補助であることからすれば、単なる施設・設備補助にとどまらず、共同事業実施のための支援策も必要とのご指摘だと思います。確かに、施設と設備ができたらあとはシラネというより、その施設と設備を使って効果的に事業を実施できるような環境も必要だと思いますが、これをあまり強調すると「勝者全部取り」な支援になってしまうところが頭の痛いところです。いやもちろん、中小零細企業が新たな取引先を見つけたり新商品開発を独自に行うことはハードルが高いわけで、一部のニューエコノミーな方がおっしゃるような「グローバル化が進んでいるからネットさえあれば世界中のビジネスパートナーとつながることができる」なんて事例はごく一部の限られた例でしかなくて、ネットだろうが現実だろうがニッチなチャンスをいかに見つけるかが鍵となっている現状では、上記のような企業間のマッチング支援は重要な取組だろうと思います。しかし、その理屈から言えば、結局「中小企業者は政府の保護の対象である」という前提が必要となってしまうわけでして、実は「ネオリベ的」な行政手法というのは、バラマキとか護送船団方式への批判に対応するため、保護対象という前提をカモフラージュしながらその方々への保護を正当化するための方便でもあったわけです。

前回エントリでも書きましたが、自助努力できる人はまさに自助努力すればいいのであって、「自助努力しないと支援しない」というのは結果的に自助努力を自己否定することになります。その裏には、「努力しない奴なんかに支援する必要はない」という所得再分配を忌み嫌うネオリベ的な思想があって、だからこそ、生活保護はバッシングされてもグループ補助金はもっとやれという話は受け入れられやすいわけです。自助努力できる人とできない人が目の前にいたら、たとえば、若い男性と杖をついている老婆が階段を上っていたら普通は老婆に手を貸すわけで、自助努力できない人こそが支援を必要としているはずです。しかし、この辺が政策の難しいところでして、政策的に納得されるように説明するために上記のような矛盾をカモフラージュする必要があるわけです。この辺の入り組んだ状況については、長くなるので別エントリで取り上げます。

2013年01月06日 (日) | Edit |
やるべきことがたまりにたまりまくってしまいブログの更新もままならないのですが、昨年末の拙ブログのエントリにhahnela03さんから大変興味深いご指摘を受けていましたので、備忘録としてメモしておきます。

 基本的に個人の財産形成のために補助金を入れるのが目的の「グループ補助金」ではありません。それでも特例としてであっても条件として、国・県からの拘束性があります。被災家屋や営業施設(賃貸物件は除く)などには、国・県・市町村からの拘束性が無い、施設のみの「修繕補助金(1,500万円)+復旧補助金(2,000万円)」があります。グループ補助金は「設備」が対象になることが大きいわけです。「施設」の補助だけですませて、商工会議所「遊休資産マッチング事業」やガバナー・ライオンズクラブ等からの設備支援を組み合わせることで、被災地は「グループ補助金」でしか助けられないわけではないのです。被災地で問題なのは、二重に補助を得る方達が偏りすぎることに本当の問題があります。
 だから権利と利権の調整が大事なんですね。

津波被災の記録91(2012-12-19)」(hahnela03の日記
※ 以下、強調は引用者による。

被災地で聞いた話などを基に書く部外者の役人の備忘録ですので、正確な情報は担当窓口にご確認いただきたいのですが、そもそも「グループ補助金」とはどういう制度であったかを確認しておくと、第1次の採択(平成23年8月5日)の説明によれば、

1.制度概要
復興のリード役となり得る「地域経済の中核」を形成する中小企業等グループが復興事業計画を作成し、県の認定を受けた場合に、施設・設備の復旧・整備について補助を行います。

2.採択決定
平成23年6月13日(月)から24日(金)まで公募を実施。
本事業の採択決定は、県の計画認定審査会、国の補助事業審査委員会の審査を踏まえ、行いました。

中小企業等グループ施設等復旧整備補助事業の採択事業決定(平成23年8月5日)」(中小企業庁

というような補助制度です。中小企業庁のWebサイトに掲載されている最新(平成24年7月31日)の第5次採択のページでは、採択決定方法についての説明が「応募された案件について、県の計画認定審査会において復興事業計画の認定を行い、国の補助事業審査委員会の審査を経て、以下の通り、各県において補助金の交付を決定しました。」と少し詳しくなっていまして、手続としては、県の認定審査会が認定した復興事業計画を、国の審査委員会が審査して採択を決定しているということになります。

基本的な確認となりますが、行政が補助事業という場合は「ある事業体(民間も自治体も含みます)が自らの経費で実施する事業」に要する経費を対象とします。つまり、補助事業の実施主体はあくまで自らの経費で事業を実施する民間事業者や自治体などとなります。ただし、補助事業の制約として公費から支出された補助金によって購入されたものは、期間を限定する場合を除いて、原則としてその耐用年数が経過するまでは補助金を交付した国又は自治体の管理下にあります。例えば、廃校になった校舎を活用しようとしても文科省の補助金で建てたから国の許可が必要*1とかいう話がその典型でして、その理由は、いうまでもなく補助する公費の原資が税金である以上、その使い道を国又は自治体が適正に管理しなければならないからですね。

国や自治体が適正に管理するためには、被災者向けの事業に限らず、施設整備のような不動産の購入経費や一過性のソフト事業の実施経費を対象とする補助事業が多いわけでして、hahnela03さんが「国・県からの拘束性」とおっしゃるのはそうした補助事業の制約を指しているのではないかと思います。その点では、「修繕補助金(1,500万円)+復旧補助金(2,000万円)」も補助事業の制約があると思うのですが、個別の事業の特約があるのかもしれません。

いずれにしても、そのような補助事業と比べると額の面で格段に有利(お得)なのが、民間事業者の個別の設備(機械から什器に至るまで)を対象とすることができ、国と県から「定額の上限なしで3/4の補助率」で補助金が交付される「グループ補助金」なわけです。役所の職員なら実感されるだろうと思いますが、昨今の緊縮財政の中でこの「定額の上限なしで3/4の補助率」というのは破格の補助率です。

もちろん、これだけ有利な補助事業で採択されるためには、上記のとおり民間事業者が「復興のリード役となり得る「地域経済の中核」を形成する中小企業等グループ」を作って、そのグループが作成した復興事業計画を県が認定し、さらに国が審査するというプロセスを経なければなりませんが、逆にいえばそうしたプロセスを首尾良くかいくぐって採択された事業所には破格の補助金が交付されることとなるわけです。

これを「選択と集中」といえば聞こえはいいのですが、問題は、県の認定とか国の審査が適正な復興事業計画を採択しているのかは誰も保証できるものではないということです。特に震災後に膨大な量に膨れ上がった事務を抱えている役所が、「復興のスピードが遅い」という批判を受けながら説明責任を果たせる(と思われる)ギリギリのラインで採択しているのが実態でしょうから、その過程はともかく「選択」して「集中」した「結果」が誰からも納得されるとは限らないわけです。

hahnela03さんのご指摘に戻ると、「被災地で問題なのは、二重に補助を得る方達が偏りすぎること」というのは、破格の「グループ補助金」を受けることができた民間事業者とそれ以外の支援の格差が広がっているということではないかと思います。実をいえば、部外者の役人である私ですら、被災された事業者の方から「うちだって○○業を営んできちんと税金も払ってきたのに、なんでグループだと何億円も補助金を受けられて、事務所も家族も流されたうちの会社は数十万円の補助金しかもらえないんだ!」と詰め寄られたことがあります。上記のグループ補助金の仕組みについてもそのとき教えてもらったのですが、そのような状況にある方からすれば、いくら補助金の実施要綱などで基準が示されていて採択や不採択の理由が示されたとしても、その「結果」が納得できないものとなるのは当然のことかもしれません。

補助金の採択という競争に勝ったものが「選択と集中」によって手厚く保護されていくというのは、「競争」と「保護」という言葉の意味を考えると根本的な矛盾をはらむような気がするところです。この点については、以前の競争的資金の事業仕分けについてのエントリで、「競争するという以上事業の数を増やす必要があるだろうし、評価に基づいた割り当てが行われるなら(あくまで制度上の評価でという意味ですが)一部の「優秀」な研究者に資金が集中するのも当然ではないかと思うわけで、もっと競争しろというのか、それじゃダメだから査定を厳しくしろといいたいのかのかはっきりしません」と書いたのと同じ構図があるように思います。結局のところ、「競争的市場原理により行政の効率化を図る」というようなNPM的手法の論理矛盾がここにも露呈しているわけで、「ネオリベ的行政手法」とはhahnela03さんの言葉ですが、まさに言い得て妙ですね。

と思ったら、グループ補助金の採択についてhahnela03さんが新たなエントリで言及されていました。

そもそもこの補助金は被災した地域で残すべき産業内の企業の取捨選択という意味がある「勝ち取る補助金」であったはずなのが、一次から三次の選定で地方自治体が歪めてしまったことが拙かった。

津波被災の記録92(2013-01-05)」(hahnela03の日記

具体的な内容は後でまとめられるとのことですので、その際は拝読させていただきたいと思います。

なお、冒頭で引用したhahnela03さんのエントリのメイントピックである緊急雇用創出事業の問題については、新聞等の報道でしか情報がないのですが、それらの報道を見る限り

実務なんぞやったこともない有識者とかいう連中が高邁な提言をしようが、政治家連中が「新しい公共」なんてほざこうが、緊急雇用創出事業は委託事業であって、都道府県や市町村が実施すべき内容でなければ事業立案できないし、事業立案しても委託先が想定されなければまともな積算もできず予算要求は通らないし、運良く予算要求を通っても、委託先を決定するにはよっぽどの理由がなければ随意契約なんかできないし、総合評価方式による入札やら企画競争による選考委員会を開催しなければならないし、そのために膨大な量の資料と関係者の日程調整をして会場を確保してホームページにアップして、説明会やら問い合わせに対応して委託先を決定して、委託先が決定したら契約書を作成して事業の進行管理やら労働者の従事状況の確認をして、年度末にはすべての事業の書類をチェックして完了確認しなければならないんですよ。それをどうやって現存の職員でこなせというのでしょうか?

「古い公共」の手続(2011年08月21日 (日))

というような委託事業*2のノウハウや人員が不足していた役場とそれにつけいるNPOが震災後のドタバタの中で不幸にも手を組んでしまい、その問題が資金繰りの行き詰まりと従業員の解雇という最悪の形で顕在化したものといえそうです。結局は、「実務なんぞやったこともない有識者とかいう連中が高邁な提言をしようが、政治家連中が「新しい公共」なんてほざこうが」現実に問題は起きるわけで、震災後に膨大な緊急雇用創出事業を押しつけられたツケを被災地が後始末させられるしかないのでしょうか。




*1 補助事業で購入した場合の考え方は、自動車を割賦販売(ローン)で購入した場合に似ています(似て非なるものですが)。例えば、「補助事業に要する経費として耐用年数6年の自動車の購入経費を対象とする」という補助事業の場合、その趣旨は「補助の対象となる事業が続くことを前提として、耐用年数が6年の自動車を買う経費を補助する」ということです。ローンで自動車を買った場合、ローンを払い終わるまでは販売店かローン会社に所有権があるのと同じように、補助の対象となる事業で使用する自動車についても、補助の対象となる事業が終了するか耐用年数の6年を経過するまでは、その自動車を補助の対象となる事業のみで使用しなければならないという点で国や自治体の管理下にあるというわけです。したがって、補助事業で予定されていた期間よりも前に自動車を他の目的で使う場合は、自動車のローンを前倒しで完済して自分の所有物にするように、耐用年数に応じた残存価額分の補助金を返還して自己の管理下に置く必要があります。
*2 委託事業である緊急雇用創出事業は、県や市町村などが委託事業として予算化して、それを発注したときはじめて民間事業者が受託して実施できるものですので、民間事業者があらかじめ失業者を雇用して実施している事業は委託事業となり得ません。法律上は事実行為の委任である準委任であって、上記で説明した補助事業の手続とは全く逆になります。

2013年01月03日 (木) | Edit |
昨年中は多くの方々にTB、コメント、拍手、ぶくま等々いただきありがとうございました。
本年も引き続きご愛顧のほどよろしくお願いします。

というわけで初詣しておみくじ引いてみました。

【大吉】 (No.49196) モナー神社
願事 : 他人の助けありて思いのほか早く調う
待人 : 来る 便りあり
失物 : 出づべし
旅立 : 早く行くが利
商売 : 進みて吉 利益あり
学問 : 怠ると危うし
争事 : 心強く持ちて進めばよし
転居 : 騒がずして吉
病気 : 治る 信心すべし
縁談 : 良縁あり 人に頼んで進めよ

モナー神社詣でも今年で6年目となりまして、これまでの戦績が大吉→吉→吉→吉→大吉→大吉と、大吉と吉で五分の星に持ち直したところです(というか、それ以外のくじはあるんでしょうか?)。

今年こそは着実に仕事をこなしていけるよう、特に頼まれごとはすぐに仕上げるよう精進して参りたいと思います。

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