2012年08月31日 (金) | Edit |
前回エントリでも繰り返したことですが、拙ブログでは所属する組織や職業、さらに人格を標的とした批判は慎まなければならないと考えております。これは、ブログというネット空間だけのことではなく、現実の問題としても、そうした批判は「批判のための批判」にしかならず、ときには深刻な問題につながる可能性もある危険なものと考えるからです。

その一つの例として、すでにマンマークさんが取り上げられているとおり、被災地で復旧・復興支援に当たっていた公務員が自殺するという事態が発生しています。

「陸前高田市の応援職員自殺 盛岡市が派遣、遺書残す」(2012/08/24 11:37)

東日本大震災の津波で大きな被害に遭った岩手県陸前高田市に派遣された盛岡市の男性職員(35)が7月下旬、「希望して被災地に行ったが、役に立てず申し訳ない」という内容の遺書を書いて自殺していたことが24日、陸前高田市への取材で分かった。
 男性は今年4月、盛岡市道路管理課から陸前高田市水産課に技師として任期1年で派遣され、漁港復旧などの業務に当たっていた。
 7月22日に、同県遠野市内の路上に止めた自家用車内で首をつっているのを発見され、父親宛ての遺書が見つかった。県警は自殺とみている。
 岩手県の担当者が6月、全派遣職員と面談した際に男性とも話したが、変わった様子はなかったという。県は男性の自殺を受け、派遣を受ける県内の市町村に対して、職員の心身のケアを徹底するよう通知した。
 陸前高田市総務課は「すべての応援職員と、早急に所属長や専門家との面談を実施して、メンタルヘルスをチェックしたい」としている。
 県によると、1日現在、全国の自治体から県内の被災市町村に派遣されている職員は241人。派遣先は庁舎が被災した陸前高田市と大槌町がそれぞれ55人と最も多い。盛岡市からは県内最多の15人が派遣されている。

 (共同通信)
※ 以下、強調は引用者による。

業務は違いますが、ともに公的セクターで被災地支援に当たる者として、亡くなった職員の方に心から哀悼の意を表します。

・・・正直にいえば、私自身、震災後の被災地の状況やそれに対応するための業務の錯綜のため、心が折れそうになったことは何度もあります。あるいは、もうすでにある意味でのメンタルは崩壊しかかっているのかもしれません。もちろん、直接被災した地域ではない内陸部に住んでいて、自分を含む家族が直接の被害を受けていませんので、直接被害に遭われた方々に比べれば恵まれています。しかし、従来の通常業務に加えて被災地支援の業務を一部担当している中で、自分なりに手を尽くしても目に見えて被災地の復興が進むわけでもなく、したがって支援している方々に直接感謝されることも(たまにはありますが)ほとんどありません。むしろ、例年に比べて数倍に膨れあがったサー○ス残業を強いられながら、「役所なんかろくなこともしないでムダなことばかりしやがって」とか「くだらない決まり事ばかり気にして柔軟な対応もできない役立たずめ」という批判に日常的に晒されていれば、通常の精神状態でいられなくなるのもやむを得ないものと諦めております。

特に最近は、一年前に一部広がり始めていたような「23兆~25兆円もの復興資金がつぎ込まれるのなら、もはや被災者は弱者でもなんでもない。あれこそ究極のモンスターだ!」という意識が、着実に日本全体に広がっていると感じます。最近の例では、震災後、復興のシンボルとしてもてはやされてきた陸前高田市の「奇跡の一本松」の今後の処理方法をめぐるネット空間の反応が典型的です。

1 名前: ボブキャット(埼玉県):2012/08/30(木) 19:30:07.64 ID:WwrCJbAoP
来月12日に切断へ 奇跡の一本松、保存処理
東日本大震災の大津波に耐えた岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」が来月12日に切り倒され、保存に向けた防腐処理に入ることが29日、市関係者への取材で分かった。

当日はセレモニーも開く予定で、震災2年を迎える来年3月11日までに元の場所に立て直すとしている。

市によると、高さ約27メートルの一本松を根元から切断して、幹を5分割。芯をくりぬき、防腐処理を施す。その後、金属の心棒を通して立ち姿のまま保存する。

保存費用は約1億5千万円。市はホームページや交流サイト「フェイスブック」で募金を呼び掛けている。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120829/dst12082919330010-n1.htm

痛いニュース(ノ∀`) : 大震災の大津波に耐えた「奇跡の一本松」が切断されサイボーグ化 保存費用1億5千万円 - ライブドアブログ

引用は新聞記事を引用した部分だけにしましたが、このスレタイに寄せられたコメントの圧倒的多数をご覧いただけば、被災地に対する一般的な方々の認識や、それに基づいて地元の役所や公務員に寄せられる批判がどんなものか想像がつくのではないかと思います。ネット空間だから過激な言葉遣いをしているだけと思われる方もいるかもしれませんが、拙ブログの一部のコメントをご覧いただければおわかりの通り、相手が公務員とわかれば容赦ない罵声を浴びせても許されるというのが、この国がここ10数年で築き上げた作法でもあります。

元記事の内容を補足しておくと、「奇跡の一本松」は流されなかったものの浸水による塩害のためにすでに枯れた状態にあり、このままでは倒壊のおそれがあることからいったん切り倒すことを決定し、同時に1億5千万円が用意できればそれを経費に充てて元の形に復元しようという方針を決め、そのために募金を呼びかけるということなのですが、元記事では「すでに枯れていること」「倒壊のおそれがあること」「これから募金を集めて必要経費を賄うこと」などの点が曖昧になっているため、「サイボーグ化」などというミスリードなスレタイがつけられてしまいました。さらに、コメント欄では、こうしたミスリードな論調が積み重なって、税金やすでに募金したお金の使い道や必要とされる経費の額に対する批判、それを公表した役所・公務員に対する批判にあふれ、全体的には東北地方全体を「汚染区域」とか「土民」と蔑んで、「もう支援なんか必要ない。ボランティアはもっと怒れ!」という流れになっています。

しかし、たとえば、復元に要する経費の額についていえば、間近に実物を見ればわかりますが、「奇跡の一本松」は高さ27メートルで幹の直径が1メートルを超える巨木(その大きさはこちらの写真で確認できます)でして、その復元に要する経費として1億5千万円が妥当かどうかは私もよくわからないものの、補強に用いる原材料に加えてそれだけの規模の建造物を構築しながら復元する技術料や人手を考えれば、150万円では到底足りないだろうとは思います。しかし、「1億5千万円で役人と土建屋が大儲けするのはけしからん!」とか「150万円もあればできるだろ」というコメントも多数あるのが実態です。

端的に言えば、報道機関による不適当な報道でこうした誤解や思い込みが広がっていくのですが、我々が普段接する批判というのは、こうした誤解や誤報に基づくものがほとんどでして、結局報道機関のミスのつけは公務員に回ってくることになります。公務員というのは、そうした誤解や誤報に基づく批判を正面から受けなければならない一方で、その誤解や誤報を指摘すれば「言い訳がましい」とさらに批判を強められてしまう立場ですので、基本的には平身低頭して不快・不満な思いをさせてしまったことをお詫び申し上げるしかありません。これで通常の精神状態を保つというのは、少なくとも私にとっては至難の業です。

この点については、非国民通信さんが的確に指摘されています。

自衛隊とは違って決して感謝されることもなければ賞賛されることもない、そのような日々の連続に「役に立てず申し訳ない」と感じてしまう人もいるのではないでしょうか。実際は役に立っているのかも知れませんが、公務員が住民のために尽くすのは当たり前と、世間の扱いはそんなものです。このような事態が続けば、自己肯定感を失って追い詰められてゆく人は必然的に増えていくことでしょう。

 実は社会に必要な役割であったとしても、それが世間に認められているかと言えば全くそのようなことはありません。例えば薄給で名高い介護職などどうでしょう。ブラック率の高い飲食の世界も、時間当たりに直せばアルバイト以下の給与で働いている人も多いです。そうでなくとも非正規雇用を都合良く使い捨てることで人件費を抑えている、それでコストを下げては廉価なサービスを提供している会社が今や当たり前になりました。諸々の低賃金労働の存在によって、今の日本社会は成り立っています。しかるに彼らが感謝の対象になることなどあり得ないのが実態です。労働者の低賃金なくして成り立たないような経営でありながら、その経営を成り立たせてくれる人々には甚だ冷たい、それが我々の社会の「普通」です。世間の賞賛や感謝を集めるのはほんの一握りの人々だけ、自分は役に立っていないと気に病む人が減ることはなさそうです。

役に立っていると実感するのは難しい(2012-08-28 23:04:32)」(非国民通信

こうした我々の社会の「普通」の中では、不適切な報道やそれに基づき誤解を振りまいていく方々に手をつけることはできません。結局地元自治体として執りうる手段は、冒頭で引用した記事にあるように「男性の自殺を受け、派遣を受ける県内の市町村に対して、職員の心身のケアを徹底するよう通知」する程度です。不思議なことに、普段は「抜本的解決が必要だ」などと息巻いている方々の多くは、そうした公務員の心身のケアが必要となってしまうような状況の根本的な原因となっている誤解や誤報を「抜本的」に解決しようとすることありません。むしろそうした誤解に振り回された多数派を「民意」として、それは尊重されるべきという論調が多いように思います。しかし、こういう負のスパイラルはイタチごっこにしかなりませんし、それに対応するために要する時間、心身の疲労こそをムダの源泉として、その削減に取り組まなければならないものだと思います。

敵を強大に描いておけば、持論が実現しない場合であっても「その敵が強大な力を有していて、あらゆる手段を使って陰謀を張り巡らしているから、俺は正しいことをいっているのに実現されないのだ」と言いつのることで、永遠に言い逃れをすることができます。「公務員は絶対的な権力を持ち、絶対に折れない精神力を持ち、絶対に利得を確保する頭脳を持ち、絶対にそれを知られないようにする陰謀を張り巡らしている」というあり得ない虚像を描いて、「相手が絶対に倒れない」という安心感から無秩序な批判を繰り広げるのが我々の社会の「普通」であるならば、その虚像に祭り上げられた生身の人間は心身を病んでしまいます。それもまた我々の社会の「普通」なのかもしれません。

(追記)
佐々木俊尚氏のTweet、hamachan先生のブログをはじめ多方面でご紹介いただき、本エントリが多くの方にご覧いただいたようです。お礼申し上げます。

本エントリは、被災地支援に当たっていた公務員の自殺という事件を取り上げようと考えていたところに、「奇跡の一本松」の保存方法に対する「痛いニュース」の反応を見て、それがあまりに誤解や偏見に囚われていると感じて急遽両者をつなげて書いたものでしたので、読み返してみると書き始めから最後のパラグラフまでの論旨が散漫になっております。本エントリで述べたかったことは、「とにかく公務員を批判するな」ということではありませんし、むしろ役所の事業について深刻な利害を有する関係者からの利害表明は、それが誤解に基づくものであっても必要と考えております(この点はhahnela03さんのコメントへのリプライにも書きましたのでご覧ください)。

また、「奇跡の一本松」の保存方法については、個人的にはいったん切り倒して復元することが望ましいのかどうかは分かりません。「痛いニュース」のコメントにもありましたが、保存技術が無い時代であれば、切り株を残して神社を建立するという手段が採られたかもしれませんし、可能性だけでいえばモニュメントを残すということも選択肢となり得るでしょう。しかし、高田松原の7万本の松が防潮林として陸前高田市の名所となっていたこと、その防潮林をなぎ倒した巨大な津波が発生したこと、その中で27メートルもの巨木が1本だけ残ったことは地元住民にとって忘れられない記憶だと思いますし、間近に見たときの「奇跡の一本松」の大きさは津波の威力を物語るに余りあります。保存方法についての判断がどのレベルで行われたものかは分かりませんが、個人的には地元の方々が残したいと思う気持ちも理解できます。「痛いニュース」のコメント欄には地元の方もいらっしゃいますし、必ずしも地元の意見が一致しているわけではないとしても、それをネット空間で遠くから批判する空気にやりきれないものを感じたので、本文のような書き方となりました。ご覧いただく際にはこの点をご留意いただきたいと思います。

もう一点、マスコミが役所を批判することそのものを批判するものではなく、利害の調整が不十分で実態として不公平が生じているというような「やりくり」についての批判は必要と考えております。本エントリで取り上げた「奇跡の一本松」についての報道はそうしたものではなく、単に事実が正確に伝わっていないものとは思いますが、難しいのは簡略化された報道が安易な公務員批判のネタになってしまうことです。私も簡略化された報道のみをもって安易な批判をしないよう自戒したいと思います。
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