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2011年06月26日 (日) | Edit |
取り急ぎでしかありませんが、昨日6月25日に復興構想会議の提言が示されたとのことで、拙ブログの関心分野である雇用の部分を見てみました。

(4)緊急雇用から雇用復興へ
① 当面の雇用対策
 雇用に関してまず急を要するのは、被災地における雇用危機への対応である。仕事を失った人が失業給付をすみやかに受け取れるようにする。その際には被災地での厳しい雇用状況に鑑み、引き続き離職要件の緩和や失業給付期間の延長等、条件の緩和も必要である。
 同時に困難に直面している事業者が、できるだけ雇用を維持できるよう、雇用調整助成金の適用基準を緩和するといった弾力的な運用などが必要である。さらに既存の雇用機会維持だけでなく、新たな雇用機会創出のために雇用創出基金事業なども積極的に活用すべきである。
 また、被災地の復興事業からの求人が確実に被災者の雇用にむすびつくよう留意すべきである。そのため、復興事業を担う地元自治体とハローワークが、情報共有などを通して、しっかりと連携することが重要である。さらに被災者の雇用機会を増やすために、被災者を採用した企業への助成を行うこと、加えて「日本はひとつ」しごと協議会9などを通じ、求人確保や求職者の特性に応じたきめ細かい就職支援を実現することが望まれる。また、就職に必要な知識・技術の習得や職業転換のための職業訓練を充実する必要がある。その際に求人と被災者の求職が円滑に結びつくよう、ハローワークの機能・体制の強化や、しごと情報ネットによるマッチング機能拡充なども図るべきである。
② 産業振興による本格的雇用の創出
 雇用は生産からの派生需要である。それゆえ、本格的な安定雇用は、被災地における産業の復興から生まれる。その意味で、もともとこの地域の強みであった農林水産業、製造業、観光業の復興、さらには新たに再生可能エネルギーなどの新産業の導入などが、雇用復興の鍵である。これらの政策と一体となった雇用面からの支援が不可欠である。またそうした雇用を生む被災地の企業の再建や引き留め、さらには外からの誘致に取り組む政策などは、雇用復興の観点からもきわめて重要である。
 復興した雇用が安定的であり、かつ労働条件の向上が期待できるものであるためには、産業復興が、より高い付加価値を生み出す方向に進化していることが必要である。その点で、地域の産業の高度化や新産業創出を担う人材の育成、職業訓練の充実などの取組を支援することも大切である。
 第1次産業などの比率も高かった被災地では、老若男女そろって働くことが自然であるような就労体制が見られた。第1次産業に限らず、技術水準の高い中小企業などにおいても、高齢者がその能力を発揮し続ける生涯現役の雇用システムが比較的多く見られるのも特徴である。そうしたなかで、高齢のベテランから、若い人たちに技能や経験がうまく伝承されているケースもあり、そうした全員参加型、世代継承型の雇用復興を図ることも期待される。
 さらに農漁村地域においては、自営の農漁業者が、兼業として観光業や製造業などに雇用労働を提供するパターンも少なくない。そうした「合わせ技」で安定的な就労と所得機会を確保することも地域によっては有効な手立てとなる。
p.16

復興への提言~悲惨のなかの希望~(注:pdfファイルです)」(東日本大震災復興構想会議
※ 機種依存文字をそのまま引用してします。強調は引用者による


・・・で?

ここに書いてあることって、拙ブログでいえば「労働」カテゴリの諸エントリに書いてきたこととあまり変わらないように思います。こんな愚痴っぽい拙ブログで書いているようなことってのは、とりもなおさず現状がそうなっていないから書くんであって、それを阻むような政治状況が特に政権交代後に酷くなっていることをここ最近はぐちぐちと書いてきたわけです。というような思いを抱いている者からすれば、いくら高邁な提言を書かれたところで現状は何も変わらないわけで、しかも具体的な実施方策が示されていないとなれば使いものにならないと思わざるをえません。

たとえば、引用部で強調した「ハローワークの機能・体制の強化」なんて、非正規雇用中心の外部労働市場を前提としてハローワークの市場化テスト(懐かしい・・・)やら定員削減に熱を上げていた方々が、どの面下げて言うのかと目を疑ってしまいますね。同じことは、強調した「地域の産業の高度化や新産業創出を担う人材の育成、職業訓練の充実などの取組を支援」という部分にもいえますが、「ジョブカードや日本版デュアルシステムを実施している雇用・能力開発機構に対して、前政権も現政権も「そんなものいらね」と言い放つこのご時世で」何を寝ぼけたことをいいやがるという反応が、雇用・能力開発機構の廃止に賛成・反対の両者の立場から聞こえてきそうな気がします。

「雇用は生産からの派生需要である」というのは至極まっとうな経済学の概念ではありますが、そこにリーマンショック後に創設された緊急雇用創出事業を当てはめるという制度上の齟齬も特に言及はありませんね。まあ、制度上の齟齬を現場の運用で何とかやりくりしているような泥臭い話は、復興構想会議の高邁な提言にはそぐわないのでしょうけれども、それをなんとかしなければその高邁な提言の趣旨が実現されることは著しく困難なわけですから、そうした制度の見直しや拡充をするという決意表明としての提言だと受け取っておきます。空振りになりそうですが。

また、Cash for Workの取組についても、実際の運用はかなり制限されることになるのではないかと考えているところですが、hahnela03(gruza03)さんが指摘されるような

元々この制度がキャッシュ・フォー・ワーク(Cash for work)の性格を有していることはある程度理解はすれども、運用面で相当の齟齬が生じてしまうのはでき無い性質を帯びているのだろうか。と首を傾げざるを得ないところではある。

津波被災の記録39」(hahnela03の日記)


というところを放っておいてしまっては、雇用されるべき被災者に見合うだけの雇用をできる事業者が、そもそもいないという現状を変えることはできません。長い年月を経て蓄積された資本が毀損されている中で、その派生需要である雇用だけを守ることには限界があります。こうした提言と現場の運用での乖離を見ていると、やはり前々回エントリで指摘した「新しい公共」なるものへの執着がこの提言の方向を誤らせてしまっているんじゃないかなあと思ってしまうわけです。

引用した提言の雇用部分でいえば、「仕事を失った人」などとひとくくりにされているわけですが、前職を見れば決して民間会社勤めの被雇用者だけではなく、介護施設などの福祉サービスの職員もいます。ケアすべき高齢者や障害者が消えてなくなっているわけではありませんので、その方々の仕事が再建されないことはそのままケアを受けられない人の放置を意味しますが、社会保障制度(特に国民負担率に示される財源調達制度)がこれだけ貧弱なこの国では、その再建がきわめて難しくなっています。がれき撤去の仕事とか避難所の運営といったいつまで続くか分からない仕事をいくら作っても、「元職のある職業人」にとっては魅力的な仕事ではありませんし、そもそも別の仕事に就いたら元の仕事の復旧・復旧に直接従事できなくなります。公共、民間の別を問わず、できるだけ元の職業的なスキルを生かせるような仕事を再建しなければ、雇用の復興など到底おぼつかないものとなってしまうと考えます。

別の言い方をすれば、被雇用者に限らなければ、「仕事を失った人」には漁師や農家、商店経営などの自営業者も含まれますので、その方々が生活の糧とする漁船や農地や商店がなくなった場合は、まずその再建が必要です。これと同様に、社会福祉国家で仕事をしていた行政、医療、介護、福祉、教育、保育などを担う公務員や民間事業者に、その仕事ができる施設と十分な人件費を確保しなければなりません。しかし、こうした仕事に必要な経費は社会保障制度の中で調達されるものですので、いくら経済成長したところでその財源調達経路を確保しなければお金は流れていかないわけです。ところが、「新しい公共」というマジックワードが出てくると、

(6)復興事業の担い手や合意形成プロセス
② 住民間の合意形成とまちづくり会社等の活用
 地域住民のニーズを尊重するため、住民の意見をとりまとめ、行政に反映するシステム作りが不可欠である。その際、住民・事業者・関係権利者等が構成員となって地域づくりに取り組むための「まちづくり協議会」、「むらづくり協議会」などを活用することも考えられる。
 なお、住民意見の集約にあたっては、女性、子ども、高齢者、障害者、外国人等の意見についても、これを適切に反映させ、また将来世代にも十分配慮しなければならない。
 復興事業に際しては、公的主体によるもののほか、民間の資金・ノウハウを活用した官民連携(PPP)や、ボランティア・NPOなどが主導する「新しい公共」による被災地の復興についても促進を図る。さらに、公益性と企業性とをあわせ持ち、行政や民間企業だけでは効果的な実施が難しい公共的な事業を担うまちづくり会社の活用を含めて、あらゆる有効な手立てを総動員すべきである。
p.11

復興への提言~悲惨のなかの希望~(注:pdfファイルです)」(東日本大震災復興構想会議


というような「行政や民間企業だけでは効果的な実施が難しい公共的な事業」などの摩訶不思議な概念が踊ることになるのだろうと思います。所得再分配による平等消費が必要な行政サービス一般や医療や介護などの「公共的な事業」の貧弱さには目もくれず、「「新しい公共」があれば公共的な事業を効果的に実施できる」という考え方が力をもてば持つほど、その「新しい公共」が依って立つ「新しくない=古い公共」がどんどん崩壊していくという悪循環は断ち切れそうにありません。

経済成長と社会保障財源確保の両立という、必ずしも二律背反ではないとしても対GDP比債務残高が200%にならんとするこの国ではナローパスとならざるをえない方策を、いかに具体的な制度として実現していくかが震災復興後のビジョンとして改めて問われているのではないかと思うところです。いやまあ、そんなこと問われているわけねーだろというのが、この提言とそのとりまとめを指示した現政権の意図と考えれば諸々の辻褄は合うのですが、それはそれで何ともやりきれませんね。
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2011年06月11日 (土) | Edit |
海老原嗣生さんから新著『もっと本気で、グローバル経営』をご恵投いただきました。いつもながら場末のブログを気に留めていただき、改めてお礼申し上げます。

正直なところ、グローバル経営と聞いてちょっと畑違いの本をいただいてしまったかなと思いましたが、読み進めて納得の海老原節(?)でした。雇用や人材マネジメントを専門とされる海老原さんがグローバル経営を取り上げた理由については、「おわりに」で端的に書かれています。

 まず、グローバル経営について、見当違いの薄っぺらな議論が、ビジネス誌をはじめとしたマスコミで、いつものことながら、なされていたこと。私がここ数年、臨戦態勢をとってきた、雇用関連の諸問題とまったく同じ構図であり、人事や経営など大して造形も深くない論客たちが、ここに参戦せいていることに苛立ちを感じていた。そういう意味で、このテーマを選んだ理由の一つがここにある。
p.205

もっと本気で、グローバル経営 ―海外進出の正しいステップもっと本気で、グローバル経営 ―海外進出の正しいステップ
(2011/05/20)
海老原嗣生

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ここで海老原さんは明記していませんが、雇用・人事を専門とする海老原さんがグローバル経営について「本気」の本を書けるということが重要ではないかと思います。グローバル化についての「薄っぺらな議論」では、「日本の製造業には国際競争力がある」「これから日本は高付加価値の製造業で生き残るしかない」という聞き飽きた議論がよくされます。しかし、その国際競争力なるものの内実は必ずしも明らかではありません。たとえばそれが「日本が誇る高度な技術力」であるならば、その技術を開発する日本の教育機関が優れているのでしょうか。ところが、製造業に従事する労働者は必ずしも高学歴ではありませんし、そもそも学校教育が職業に結びついていないという「職業的レリバンスの欠如」(@本田由紀先生)が問題だということは、拙ブログでは常々指摘しているところです。

では、「きめの細かい作業による高品質」とか「アフターサービスの充実」とか「先行商品の改良技術」というものが日本企業の国際競争力なのでしょうか。個人的な考えではありますが、そうした日本製製品の特長を可能にしているものが日本型雇用慣行であって、それがまさに日本企業の国際競争力なのではないかと考えております。海老原さんはこの点について、コア・コンピタンスという言葉を使ってこう指摘されています。

 そう、成熟業界でもまだまだヒット商品は生み出せる。しかしそれには、顧客の「無理難題」、そしてその声を拾う営業力、それを前向きに受け止める開発スタッフ、そして何とか形にしてしまう熟練の技。これが、今の日本企業の「底力」=コア・コンピタンスといえるだろう。
海老原『前掲書』p.26

※ 強調は原文。


顧客との信頼関係を培う営業力や、自社製品をカスタマイズできる経験、それを形にするまさに熟練の技というのは、長期的なスパンで培われるものです。多くの会社では、そうしたスキルを持つ社員を「戦力」として自社で囲い込むことで、他社に対する競争力を維持しようとします。いくら非正規が増えているといっても、それをアウトソーシングする会社はほとんどないでしょう。日本企業が海外に生産拠点や営業拠点を持とうとするとき、国際競争力の強化を可能とするためには、そうしたコア・コンピタンスを十分に生かした会社経営を現地で行うことが必要不可欠というのが本書の肝ではないかと思います。

もちろん、長期的雇用を可能とした日本型雇用慣行が揺らいでいることは事実ですし、特に単純労務部門は海外との競争によって疲弊してしまっています。さらに、品質を維持し、アフターサービスを充実させるために現場の労働環境がブラック化していくという問題も、日本型雇用慣行が解決しなければならない課題です。しかし、日本企業の国際競争力がそうした労働環境によって成り立っていたものであったという点を踏まなければ、ただ闇雲に「グローバル経営」と称して成果主義などのアメリカ型経営を導入し、強化しようとした日本企業の国際競争力の基盤をかえって破壊してしまうことになりかねません。

少なくとも、「日本が生き残るためには高付加価値の生産が云々」という議論をしようとする方がいらっしゃれば、あらかじめその具体的な進め方について本書をお手にとってご確認いただくとよいのではないでしょうか。

なお、震災からの復興においても、短期的にはCFWなどの取組による短期雇用で生活を維持しなければなりませんが、このコア・コンピタンスとしての日本型雇用慣行がキーとなると思います。被災された方の多くはもともと何らかの職業的スキルを有している方々です。その方がいかに円滑に次の職業(それが従前のものと同じ職業か否かとなるかは地域ごと、業種ごとに異なると思いますが)に移行できるかは、長期的な雇用でそれを活用することができるかにかかっているものと考えております。まあ、それが一番難しい課題でもあるわけですが。。。
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2011年06月05日 (日) | Edit |
永田町方面ではなにやらもめているようですが、もめてニュースに取り上げられることが仕事の彼らにしてみれば、マスコミがこぞって「政局をやっている場合ではない」などと取り上げることは願ったり叶ったりなわけですから、マスコミが本気で政局に構っていられないと考えるなら、永田町なんか放っておいて被災地の復興の取組や課題をじっくりと掘り下げていただきたいところです。まあ、当のマスコミは視聴率の取れる政局をどうでもいいとは決して思っていないから、茶番劇に大々的に釣られるんでしょうけども。

現地の復旧・復興の状況はだいぶばらつきが出てきているようで、特に、政府が7月までに非難されている方全員が仮設住宅に移れるようにするという空手形を出してしまったために、ほかの取組はさておいても仮設住宅の整備だけが先行する形になっています。となると、例えば臨海地区だけが津波の被害を受けたところでは、すでに市街地が通常モードに戻っているため、仮設住宅に移ることで通常に近い生活が可能となるところもあります。一方で市街地そのものが津波の被害を受けたところでは、仮設住宅に移っても病院も学校も小売店も近所にはなく、交通網もう整備されていないため、かえって孤立してしまって生活が困難になる場合も多くあります。

このため、一部で報道されているように、仮設住宅ができてもその後の生活に不安を抱える高齢世帯などは、そのまま避難所に住み続けることを選択する方が多くいます。避難所にいれば何かあっても常駐している係の者や周りの方が異変に気付いてくれますが、いったん仮設住宅に入ると誰にも気がつかれずに生命の危険に陥る可能性があります。仕事の当てもなく仮設住宅に入った方は、そのまま引きこもってしまったりアルコールに依存してしまう方もいるようです。住空間の確保はアメニティ向上の基本ではありますが、特にこの状況下で一人で生きていける人ばかりではありませんので、政治主導で仮設住宅などのわかりやすいハードの目標を建てて現場をせき立てるのであれば、中央政府の側でも自らの再分配機能に早急な目標を立てて生活を支えていただきたいものです。まあ、政治主導でそれができるかは分かりませんが。

ということを感じている身としては、hamachan先生が取り上げられている「新しい公共」への問い直しがいろいろな意味で重要ではないかと思います。もちろん、私自身は自己責任万能主義の裏返しでしかない「新しい公共」には批判的ですし、GONPOなるNPOとの下請的協働にも懐疑的ですが、行政を補完する機能に着目すればその可能性には期待しているところです。例えば、CFW-Japan's Official siteで今日までに取り上げられている4つの事例とも、行政ではなく民間の活動が主体となっていますし、そこで中心となって働いているのも地元のNPOなどの方が多いようです。

まあこれは、緊急雇用創出事業のフレームが、自治体が行うべき事実行為を民間事業者が委任を受けて行うという「委託」の形式に限定されていることの効果でもあるので、必ずしも意図してそうした結果になっているかは定かではありません。むしろ、緊急雇用創出事業のフレームが「委託」に限定されているのは、リーマンショック後の雇用情勢の悪化に対応するために、財源と人手の不足で手の回らない自治体の業務を民間事業者が実施するように仕向けることを目的としているといえるでしょう。実を言えば緊急雇用創出事業のフレームにも、こうした「小さな政府」で縮小した事業分野に民間事業者を進出させようという思想が透けて見えるように思います。しかし、今回の震災で民間事業者だけではなく行政機能やライフラインそのものが壊滅的な被害を受けた状況では、はしなくもその思想に基づいた事業フレームが緊急雇用創出事業の限界を示すことになっています。

たとえば、津波で壊滅的な被害を受けて休業状態にある会社が、従業員を解雇しないで事業再開しようとしているとします。このとき、失業給付の特例と同様に、休業状態にある会社の従業員も緊急雇用創出事業で雇用することができる失業者とみなされますので、この会社の従業員も緊急雇用創出事業で雇用されることが可能です。また、この会社自体も自治体の業務を行うことができると認められれば、緊急雇用創出事業を受託することができます。では、この会社が緊急雇用創出事業を受託したときに、休業状態にある自社の従業員を雇用することができるでしょうか。制度上、新規に失業者を雇用してその人件費が事業費の2分の1以上という緊急雇用創出事業の要件を満たすためには、新たに従業員を雇うことが必要となります。ということは、事業費の2分の1未満の範囲内で既存従業員の人件費を対象とすることはできますが、休業状態にあるとはいえ自社の従業員であることには変わりありませんので、もし新たに従業員を雇わずにこの要件を満たそうとするなら、会社がいったん従業員を解雇するなどして雇用関係を終了させ、改めて雇用する必要があります。つまり、休業状態にある従業員に雇用機会を提供することを目的とした事業を実施するために、その従業員を解雇しなければならないという何とも不可思議な処理が必要となるわけです。

また、会社が受託するのはあくまで自治体業務なので、事業再開にも直接は結びつきません。結局、雇用の一方の主体であり受託する主体でもある会社側が壊滅的な状況にあって、委託に限定された緊急雇用創出事業の実施が非常な困難を伴うという実態があります。さらに事業を委託する側の自治体も壊滅な状況では、まさに「小さな政府」となった自治体が事業実施に必要な事務処理そのものを遂行する能力を失っているわけで、政府を小さくすれば民間事業者が活発に活動して万々歳などという単純な話ではありません。「小さな政府と新しい公共」か「大きな政府と民業圧迫」かという二者択一の思考回路しか身につけていない方には理解できないかもしれませんが、「インフラを含め、ある程度大きな政府を前提とした新しい公共と、それらと相補的な民間活動」といういささか込み入った条件がなければ、雇用機会を提供する事業すら実施できないのです。

逆にいえば、曲がりなりにも緊急雇用創出事業を実施できていた当時は、不完全ではあれこうした条件が満たされていたわけです。こうした条件が満たされない中で、不可思議な処理に理屈をつけて利害調整をこなし、事務処理上の齟齬をなくすのが我々「新しくない公共」を担うチホーコームインのお仕事でして、「新しい公共」を推進する皆様(現場で「新しい公共」を実践されている当事者というより、お題目のように唱え続けている方を想定しています)におかれましても、こうした「新しくない公共」の実情にも目を向けていただけると幸いです。

(6/11補足)
マンマークさんにご指摘をいただきました。
重箱の隅をつついてみました。(2011-06-08)
ご指摘のとおり、本文で緊急雇用創出事業が「委託」に限られていると書きましたが、行政が直接臨時職員などを直接任用する事業を実施することも可能です。本文では、民間事業者が実施する際のフレームが「委託」に限られており、事業者の自主事業に対する「補助金交付」ができず、事業化が進まないという問題を強調するため、直接任用については記載しませんでした。説明が足りず失礼いたしました。

また、緊急雇用創出事業が企業救済を直接の目的としたものではないことはご指摘のとおりだと思います。この点は、リーマンショック後に低下した労働需要を喚起するために実施された緊急雇用創出事業を、今回の震災にあたって震災対応事業として流用しているために生じる齟齬ではないかと感じております。リーマンショックのような景気変動による労働需要の減少であれば、政府が資金提供する形で企業に雇用の場を提供することで雇用が創出されますが、民間事業者そのものが毀損している被災地では、そもそも企業が雇用する機能を失っているため、事業化が進みません。そこで、本文に書いたように、企業が雇用する機能を回復するためにその企業の復旧作業を進めながら、既存の従業員を雇用しようという動きもあったのですが、上記の理由により緊急雇用創出事業による事業化は断念したという話を聞いております。当面は、中小企業庁の復興支援策(中小企業向け支援策ガイドブックVer03[PDF])の制度を活用することになるとのことです。
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