--年--月--日 (--) | Edit |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


2011年03月27日 (日) | Edit |
地震発生から2週間が経過し、生存者の捜索が打ち切られました。前回、前々回と被災地支援の現場で感じたことなどをメモしておりましたが、その後の支援活動の中でつくづく感じたのは、現在の我々の日常生活がいかに多くのモノやシステムの中で奇跡的に成り立っているのかという圧倒的な現実です。被災地の多くが漁業が主な産業である沿岸の過疎地域であるとしても、世界第3位のGDPを誇る日本という国の一部であることには変わりありません。突然の大震災により発展途上国のような生活水準を余儀なくされてはいますが、長期間にわたってその生活を続けられるはずもなく、一刻も早く先進国たる日本としてふさわしい生活水準を取り戻す必要があります。以下、そのような観点から考慮すべき論点について思いつくままメモしておきます。

1 インフラ整備のための緊急体制としての「大きな政府」の構築

現地に行くためにも、モノを運ぶためにもまず道路がなければなりません。長距離を移動するためには自動車や公共交通機関が必要ですし、それらの動力となる燃料や電気が安定して供給されなければなりません。被災者はもちろん、現地において一定期間生活しながら復旧活動、被災者支援を行うためには、上下水道がなければ住環境の衛生面や食事、被災者の疲労度に悪影響がでます。さらに、これらの活動を必要なタイミングで必要なボリュームで行うためには、その活動主体が広域にわたって組織だって活動する必要があり、その連携を図る通信手段としての電話やネット環境が必要となります。復旧活動が本格化すれば、現状は急場しのぎで補っている物流のロジスティクスも整えなければなりません。

こうした社会的インフラが整っているからこその価格システムを通じた市場経済が成り立つということが、机上の論理ではなく、まさに目の前で起こっている現実として立ち現れています。

 市場は自動的に成長をもたらすのではない.政府が経済から手を引き,ただ市場に物事を任せるだけでは十分ではないのである.長期的成長に必要な高水準の投資量を維持するためには,それ以上のものが必要である.統計的な検証によれば,健全な制度を持つ国は成長する.確固とした財産権保護,汚職を防ぐ有効なルール,有効な契約法,政治的安定性を備えた国々では,成長はより速くなる.
(略)
 経済学者が発見した1人あたり国民所得の増加に関係している変数は,まとめると次の2つに分類できる.投資と制度である.経済成長には,市場が広範に存在していることだけでなく,市場がうまく設計されていることも必要である.堅牢なプラットフォームの存在が必要である.たとえば,財産権や契約を守るメカニズム,利用しやすい金融市場,企業にとって競争的な環境,政府支出の制限,事業における不確実性を削減する政治的安定性と低い物価上昇率,十分な交通や通信のインフラストラクチャなどである.こうしたプラットフォームを前提として,市場は成長を生み出す
pp.317-318

市場を創る―バザールからネット取引まで (叢書“制度を考える”)市場を創る―バザールからネット取引まで (叢書“制度を考える”)
(2007/03)
ジョン マクミラン

商品詳細を見る

※ 以下、強調は引用者による。


現時点では被災地に市場はありません。支援物資は無料で配られていますし、ATMもストップした中で被災者の中には着の身着のまま逃げてきたために現金を持たない方もいます。つまり、所得と相対価格で決まる予算制約線と無差別曲線との接点で最適な消費点が決まるというような経済理論は成り立たないわけですから、価格システムを通じた資源配分自体が機能していない状況です。

その一方で、ライフラインは復旧していないものの自宅が被害を免れて自宅避難している方は、現状では資産を有しているわけですから、少し足を伸ばしてでも通常営業している小売店があれば、現金やクレジットカードを持ちながら予算制約の範囲内で価格システムを通じた経済活動が可能です。避難所にいて無償で配給される物資のみで生活しなければならない方と、自宅にいて資産を保持したまま避難生活をしている方が同一の市町村内にそれぞれ存在し、それぞれが別個のシステムで生活しているうちはまだしも、たとえば自宅にいながら避難所の配給をもらいに来る方がいれば、その両者の間で軋轢が生じる恐れもあります。実際問題として配給の際に両者を峻別することは難しいですし、それを強引に徹底することも違った意味での不公平感を生む原因となります。

要すれば、マスグレイブの財政3機能の理論でいう効率的な資源配分と公平な所得再分配と経済の安定化のうち、効率的な資源配分を実現するシステムが市場経済ですが、それが機能していない現在にあっては、政府によってしか実現できない後者の2機能で当面の財政運営をしなければなりません。そこでは予算制約と無差別曲線による最適な消費点が決められない以上、一律の基準で分配することを原則として、個別のニーズには別の基準を設けて対応するということが必要になります。こうした分配の作業は手作業で行わざるをえないので、ここでも市場機能を補完するためのマンパワーが必要となります。つまり、緊急時の対応として、価格システムを通じた分権的な市場経済ではなく、テクノクラートによる中央集権的な分配システムに頼らざるをえないということになります。

以上から、今回の震災で既存したインフラの整備には、道路やライフラインとう物量を確保しなければならない分野と、それを再分配するためのマンパワーの両方が必要となるといえそうです。市場経済を通じた復興はそうしたインフラを整備した後に初めて可能となるものと考えます。一時的ではあっても、ここ被災地では「大きな政府」が必要と考えます。

2 プロフェッショナルが活動できる体制の整備

前回エントリで指摘したとおり、今後の生活再建に向けて必要となるのは、被災者の経済社会活動を支える制度を十分に機能させることです。そのためには、1で上げたインフラの整備に加え、医療、福祉、金融、雇用といったソフト面において、法令上の特例措置や資金調達、物資調達、賃金原資確保といった物流・金融システムを再構成する必要があります。そしてそれらのシステムは、日本において各分野の専門機関や企業が存在しており、これら各者が持てるノウハウを存分に発揮するための環境を整備しなければなりません。

たとえば、石油燃料不足のために滞ってしまっている物流システムについていえば、ネットワーク外部性を生かしつつ、物流機能を失っている被災地に必要十分な物資を送るためには、卸売り、小売りというネットワークを運営するノウハウを持つ業界がその任に当たることが適切です。現時点では、非常時の対応として地元自治体がそのコーディネートをしているところが多いと思いますが、平常時にそのロジスティクスを担っていたのが卸売りと小売りをつなぐ物流部門であり、個別の被災者に供給していたのが小売業者だったわけですから、平常時への移行を見据えた体制とするためには、物流業者、卸売業者、小売業者に支援物資のロジスティクスの構築をアウトソーシングすることが効率的だろうと考えます。

また、前々回エントリで挙げた4点のうち、「(2)地元の方と良好な関係を保ちながら、避難者の生活基盤を提供するための「避難所組織」を運営する人員」については、一部の避難所に阪神・淡路大震災や新潟県中越地震の際に現地で活動した経験を有するNPO団体などが現地に入り、避難所運営の支援に当たっていると聞きます。このような過去に被災地支援をした実績のあるNPO団体などは、自分たちが自活するための資材を持ち込んで活動しているとのことで、自らも被災者である市町村役場職員や学校関係者、施設管理者の方々の負担軽減になっているものと思います。心から感謝申し上げます。

3 適切な報酬・費用負担についての合意形成


上記1、2で指摘したことは、いずれも財政負担を伴うものです。私が現時点で最も危惧するのは、自分の負担が増えることについての拒否反応と過疎地への再分配への拒否反応です。現在のところ、マスコミでもまだ被災者の苦しい避難所生活を強調したり、今後の生活再建への不安を駆り立てるような報道がなされ、それに対する支援の輪が広がっていく循環ができているように思いますが、ある程度生活再建が現実の課題として認識される段階になれば、「そんな津波で流されるところにわざわざ町を再建する必要はない」「もともと過疎の町だったんだから、この機会に全員移住させてしまえばいい」「津波に強い町にするためなんていいながらムダな公共事業なんかに税金を使わせてなるものか」という議論が起こることは十分に想定されます。

テレビに「復興した」というニュースが散見されだしたときこそ、
動き出すべきとき
です。
テレビは感情に訴えかけるエンタメなので、
感動的なドラマを放送するために、「復興」を放送します。
しかし、ほんとうの復興など、そんなにすぐできるわけがないのです。
そういう報道が為されだすくらいから、
必要な物資や、必要な人的支援や、必要な資金などが明確になってくるいっぽうで、
反比例的に「助けを求めている!」という報道は減少します。
さっきまで国じゅう挙げて「力を合わせて」といっていたのに、
さらっと忘れる
のです。
そういったときにこそ、小さな情報を拾って、
みんなに呼びかけてあげてください。そして応えてあげてください。
(略)
改めて。
世の中がこの「悲劇」に飽きて、支援への熱が冷めだしたときに、
「復興」のドラマを酒の肴にしだしたときに。

そのときにこそ、この災害のためにできることを継続しましょう

■ それでもなにかできることを。~昨日の続編(2011-03-14)」(今村岳司XDL


もっと卑近な例でいえば、「同じ避難所の被災者は仕事を失っているんだから、避難所の運営に当たっている市町村役場職員も無給にすべきだ」「倉庫会社は、被災地に支援物資を送る物流施設を無償で提供すべきだ」「被災地で商売するなんてけしからん」というご意見は、すでにあちらこちらから寄せられていると聞きます。もっといえば、後出しじゃんけん的に「認識の甘さのために防災設備をケチったから被害に遭っただけで、役人の怠慢だ」という批判も出ているところです。役人の側からすれば、そのような批判がありうることは十分想定した上で、無駄遣い撲滅のかけ声の下に政治主導で公共事業を削減した結果に対応する形で、予算編成に当たる役人が「それなりの基準」を設定してリクツ付けしているのが実情であって、その「それなりの基準」をやり玉に挙げて役人の怠慢を批判することには、それほどの意義を見いだせません。

ちょっと話が逸れてしまいましたが、今回のような未曾有の災害においては、必要な財源を安定的に確保しながら法律に基づいて地方に再分配するため、現行の地方財政制度内、すなわち地方交付税(国税5税を含む)、国庫補助金、地方税(地方消費税を含む)、地方債の四位一体での早急な財源措置が必要です。そして、この災害に対する財源措置についての制度設計が達成できるかは、「税金がムダな公共事業や役人の天下りに使われている」というステロタイプな税に対する不信感を方向転換して、国民が負担増に合意形成するための試金石となるのではないかと個人的には考えております。もっと直截的にいえば、「被災地支援は国が負担すべき」とか「被災者の生活補償は国が面倒見るべき」という一方で、「増税なんてけしからん」という矛盾した物言いはもはや通用しないのです。

なお、内閣府が月例経済報告の関連資料として公表した試算によると、今回のストック毀損額は約16兆円ないし約25兆円とされています。これは阪神淡路大震災の2倍程度の損壊率と、それに津波による建物被害を上乗せした数値となっていて、その規模の大きさに暗澹たる気分になります。

損壊率x1 阪神淡路大震災の2倍程度の損壊率
損壊率x2 損壊率x1を基本とし、建築物については津波の被害を特に大きいと想定
損壊率y 阪神淡路大震災と同程度の損壊率
損壊率z 震度に応じた損壊率
(損壊率x, yはストック種別に異なる)

東北地方太平洋沖地震のマクロ経済的影響の分析」(平成23年3月23日 内閣府)(月例経済報告等に関する関係閣僚会議資料)3ページ


これを国民全体で負担するための制度設計が必要であり、現行の行財政を組み直すだけではその財源調達は不可能と考えます。国債だろうが税金だろうが、日本国民がいずれかの時点で負担することには変わりないわけですから、義援金ではとても賄いきれないこの巨額のストック毀損額を国民全体で負担し、その資材調達に要する経費、作業に従事する方、制度を設計する役人に対する報酬を適切に支払うという合意形成が必要不可欠です。

4 経済活動を自粛しない

3で取り上げた労働者に対する報酬に関連しますが、被災地の状況がいかに悲惨であろうとも、それに気を遣って経済活動を停滞させることは景気を冷え込ませてしまい、被災地の復旧に必要な財源を調達するためには逆効果になってしまいます。こんなときだからこそ、適切な賃金水準を保って消費を冷え込まさせないことが重要と考えます。

ただし、適切な賃金水準を保つことと国民が復興に要する費用を負担することが矛盾するものではないことに留意が必要です。岩手・宮城・福島の沿岸市町村が壊滅的な被害に見舞われ、特に福島原発の災害によって東京を含む関東までも機能低下させることが明確になったわけで、税負担によりそれらの地域を復旧することは無駄遣いでもバラマキでもありません。特にも、被災地の公共事業は被災者である労働者の所得を確保することになり、日本経済の停滞に歯止めをかけるものでもあります。所得効果を考えない初等経済学の教科書レベルの議論ではなく、公平な所得再分配を念頭に置いた議論が必要です。

5 公共事業の箇所付け・規格については地元自治体に裁量を与える


拙ブログで地方分権を肯定するようなことを書く機会はなかなかないのですが、いかに津波で流されてまっさらになっているとはいえ、登記そのものは法的効果を失っていないわけですから、その土地に張り付いた権利までがまっさらになっているわけではありません。

東北地方太平洋沖地震による被災地において,倒壊家屋等の撤去等の復旧作業が開始されているところですが,復旧作業に際しては,土地にコンクリート杭,金属鋲などが埋設されていないかどうか注意するようお願いします。

これらは,土地の境界を示す「境界標」であるかもしれません。

境界標は,たとえ地震により位置がずれていたとしても土地の境界を特定するために役立つもので,紛争の予防・解決にも重要な役割を果たします。今後の被災地の復興のために,可能な限りその保存が図られるよう配慮をお願いします。

境界標識のほか,塀・石垣の基礎部分や側溝なども土地の境界を特定するために役立つものですので,可能な限りこれらの保存についても,留意されるようお願いします。
災害復旧における境界標識の保存について」(平成23年3月24日 法務省)


「津波が来るようなところに町を復旧する必要がない」というようなことをおっしゃる方は、このような権利関係もまっさらにできるとお考えなのかもしれませんが、それは非現実的です。権利をそのままにして建物を復旧するよりも、移転させて住居を提供するという補償のほうが高くつく可能性もあるわけです。

インフラや役場庁舎のような災害時に必要なリソースを移転することはあるかもしれませんが、事業所や住居はできるだけ原状復帰するのが現実的な対応と考えます。その際には、国道等のネットワーク外部性への配慮は国が主導しつつ、都市計画や県道・市町村道は地元自治体に裁量を与えて、より機能的で防災機能の高いまちづくりを進めることが望ましいと考えます。

以上現状で考えられる復旧に向けての課題を、とりとめもなくメモしてみました。拙ブログの主要な関心領域である雇用・労働については、可能であれば後ほどまとめてみたいと思います。

このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーサイト

2011年03月20日 (日) | Edit |
前回エントリに引き続きとなりますが、被災地から離れて支援活動に当たっている中で感じたことについて、順不同で思いついたままにメモしておきます。なお、一地方公務員が見聞きした範囲での断面的な情報である点に十分留意してご覧いただくようお願いします。
また、内閣府がまとめた「阪神・淡路大震災教訓情報資料集」から、該当する部分をそれぞれ引用しておりますので、支援を考える際の参考にしていただければと思います。こちらのサイトを読んでいると、以下で挙げたほか、外国人や障害のある方へのケアも考えなければならないと痛感します。

■医療体制

  • 医療体制の整備が急務ではあるが、現地では施設そのものが損壊しているところが多いため、全国的な支援が必要。ただし、もともと医師・看護師不足であるため、全国のリソースの許す限りの対応とならざるをえない。

  • 震災後初期には、赤十字やDMATが駆けつけて急性期のけが人や病人を診療していたが、現在は慢性期の疾病や風邪・インフルエンザなどの感染症、歯科などの診療が求められるようになっている。これらの診療にはカルテや服薬の状況を確認する必要があるが、それも流されている場合も多く、新たに作り直す作業が生じている。
  • 【区分】
    1.第1期・初動対応(地震発生後初期72時間を中心として)
    1-04.救助・救急医療
    【03】病院間連携・患者搬送
    【教訓情報】
    01.被害を受けた医療機関では、震災による負傷者や震災前からの入院患者の転院、通院患者の紹介なども必要だった。
    【教訓情報詳述】
    02) カルテ散乱やコンピュータ停止のため、転院先、紹介先への診療データ引き継ぎも困難だった。

    【03】病院間連携・患者搬送(pdf)」(阪神・淡路大震災教訓情報資料集


■避難所の運営

  • 避難所では自治組織が形成されつつあるが、緩やかな組織であるがゆえに強制力を持たず、置き引きなどの犯罪行為に対しての実効確保ができない。周辺地区の警察による巡回が望まれる。
  • 【区分】
    2.第2期・被災地応急対応(地震発生後4日~3週間)
    2-01.避難所の運営と管理
    【01】避難所の運営
    【教訓情報】
    03.避難者有志がボランティアとして発災当日から管理運営に携わった避難所もあったが、その他の避難所でも徐々に自主運営組織が形成されていった。
    【教訓情報詳述】
    06) 避難所において、防犯対策を講ずる必要性が生じ、兵庫県は巡回パトロールを実施した。★

    【01】避難所の運営(pdf)

  • 電気、ガス、水道が復旧していない避難所では、炊き出しやカイロなど使い捨て用品を使用しており、また水洗化していないトイレのくみ取りも必要となるため、避難生活が長引くにつれて廃棄物の処理が課題。
  • 【区分】
    1.第1期・初動対応(地震発生後初期72時間を中心として)
    1-08.保健衛生
    【02】トイレの確保とし尿処理
    【教訓情報】
    01.断水により水洗トイレが利用できなくなったため、避難所などでは汚物の山ができた。プールの水を利用するなどの工夫をこらしてトイレを確保したところもあった。
    【教訓情報詳述】
    02) 学校等の避難所では、糞便を流すためにプールの水を運ぶ、糞便をビニール袋に入れて清掃する等、断水の中で水洗トイレを利用する工夫がこらされた。

    【02】トイレの確保とし尿処理(pdf)」(同上)


■支援物資の物流

  • 物流拠点としての機能が損なわれているため、支援物資を末端(避難所だけではなく、ライフラインがないまま自宅や親族宅で寝泊まりしている方を含む)まで行き届ける仕組みがない。物流のプロがそれなりの設備(倉庫、店舗、配送等)で行っていたレベルまで回復することは、当面の間は不可能。「支援物資を送れば現地に届く」という前提を一度白紙に戻して、支援物資を末端まで届けるための物流システムを構築する必要。
  • 【区分】
    2.第2期・被災地応急対応(地震発生後4日~3週間)
    2-01.避難所の運営と管理
    【03】避難所間・避難所内外の格差
    【教訓情報】03.避難所が、周辺被災者に対する救援の拠点となったため、避難所内被災者と周辺被災者との間で、食料・物資の配布に軋轢も生じた。
    【教訓情報詳述】
    01) 避難所外の被災者への物資等供給が避難所を拠点としたため、避難所内部の人から「どうして外部の人の分まで、配らなければならないのか」という不満の声があがった避難所もあった。

    【03】避難所間・避難所内外の格差(pdf)」(同上)

  • 全国から送られてくる支援物資は、内陸部の拠点にいったん集約して10トントラックで現地までピストン輸送している。積み込み拠点は物流の設備があるものの、受け入れる側はフォークリフトもないため、トラックから積み降ろすだけでも重労働になる。10トントラック分の物資を継続的に受け入れられる大規模な避難所も限られている。

  • ストック物資(毛布、調理器具、暖房器具、ラジオ、仮設トイレ等)は現地でストックして管理する体制ができるまでは、必要量しか受け入れられない。現時点ではまだ足りないところが多いと思われるが、今後必要量を上回る物資が送られた場合、現地で管理する体制ができるためにはインフラの復旧を待つ必要があり、現時点で多すぎるストック物資は避難所の生活スペースを圧迫する恐れもある。
  • 【区分】
    2.第2期・被災地応急対応(地震発生後4日~3週間)
    2-02.被災生活の支援・平常化
    【01】食糧・物資供給体制の再構築
    【教訓情報】
    04.避難者ニーズは時々刻々と変化し、ニーズを把握しての適切な対応は難しかった。
    【教訓情報詳述】
    02) ニーズの把握は困難でタイムリーな対応は難しかった。また、報道を通じての支援呼びかけはタイムラグがあったため時期を逸した救援物資が届いた。

    【01】食糧・物資供給体制の再構築(pdf)」(同上)

  • フロー物資(食料、歯磨き、洗面、紙おむつ、生理用品等)は継続して供給する必要。食事が炭水化物中心(おにぎり、カップラーメン、アルファ化米等)となっているので、ビタミン類や繊維質を含む加工食品もあるとよい。
  • 【区分】
    2.第2期・被災地応急対応(地震発生後4日~3週間)
    2-02.被災生活の支援・平常化
    【01】食糧・物資供給体制の再構築
    【教訓情報】
    05.弁当による栄養の偏りなどが発生したため、食費単価が変更され、野菜類の追加などが行われた。また、ボランティア等による炊き出しも実施された。
    【教訓情報詳述】
    05) 徐々にメニュー内容に工夫がこらされ、また野菜の提供なども行われた。

    【01】食糧・物資供給体制の再構築(pdf)」(同上)

  • 支援物資の物流システムについては、ストック物資がある程度行き渡り始めた後は、できるだけロットを小分けにしてフロー物資が継続的に届けられるような物流システムとする必要がある。現時点では、石油燃料の物流ルートが確保されない限り難しい。特に、リアス式海岸部では、内陸部から沿岸の被災地まで車で2時間~3時間かかるところがほとんどであるため、ロットを小分けにして継続的に届けるためには大量の石油燃料が必要。

  • 以上から、フロー物資は継続的に小分けして送り届ける必要があるものの、石油燃料の不足によりロットを大きくせざるをえないというジレンマの中での物資補給となっている。

■ボランティア

  • 同様のジレンマはボランティアにもあてはまる。阪神淡路大震災のときは、被災地となった神戸周辺地域まで近隣市町村や府県からも個人ボランティアが陸路で日帰りすることができたが、リアス式海岸部の被災地までは、近隣市町村からでも急峻な山道を越えていかなければならず、継続的な支援のためには現地に寝泊まりすることが必要。しかし、インフラが損壊して物流が滞っている現状では、個人ボランティアが自活しながら継続的な支援を行うことはきわめて困難。
  • 【区分】
    2.第2期・被災地応急対応(地震発生後4日~3週間)
    2-04.ボランティア
    【01】ボランティアの種類・活動内容
    【教訓情報】
    02.特に特技・資格を持たない一般ボランティアが多く、ボランティア活動は初めてという人も多かったため対応に追われる面もあった。
    【教訓情報詳述】
    02) 初心者ボランティアが多く、宿泊や食事のあてもなくやみくもに来神したボランティアへの対応に翻弄された例もある。

    【01】ボランティアの種類・活動内容(pdf)」(同上)

  • 岩手県社会福祉協議会でも、ボランティアは同一市町村内で活動できる方に限っている。同一市町村内の方であれば、被災者と寝食しても不公平感がないからというのがその理由と思われる。外部の方が被災者と寝食すると、それに見合う働きが要求されることになり、いざこざのもとになる恐れがある。

■罹災証明等

  • 今後復旧支援のためには、地元市町村が「罹災証明」を発行することが重要なポイントとなるが、自治法等に規定された手続ではないため、基準の明確化、事務処理を遂行するための体制整備も今後の課題。
  • 【区分】
    2.第2期・被災地応急対応(地震発生後4日~3週間)
    2-03.被害把握・り災証明
    【02】り災証明書の発行
    【教訓情報】
    01.1月下旬に入った頃から、市民からの要望に応える形で、各市においてり災証明書などの発行が行われた。証明書の法的位置づけについて急きょ検討した上で発行した自治体もあった。
    【教訓情報詳述】
    02) り災証明(被災証明)の法的位置づけについて、急きょ検討した上で発行した自治体もあった。

    【02】り災証明書の発行(pdf)」(同上)

  • 罹災証明は、その他の公的手続や民間金融機関との手続の際にも必要とされることがあるため、地元市町村役場と関係機関との調整が必要。地元市町村役場が壊滅的被害を受けている場合は、近隣市町村や県が代替的に事務処理を行うことも必要。
  • 【区分】
    2.第2期・被災地応急対応(地震発生後4日~3週間)
    2-03.被害把握・り災証明
    【02】り災証明書の発行
    【教訓情報】
    03.り災証明は、各種の公的救済措置のほか、民間の被災者救済基準にもなった。一方で、自治体が全壊と認定した戸数は、建設省建築研究所が行った調査結果と比較して多かったとの指摘もある。
    【教訓情報詳述】
    01) り災証明は、各種の公的救済措置の基準となっただけでなく、民間の被災者救済基準にもなった。

    【02】り災証明書の発行(pdf)」(同上)


■義援金

  • 現時点で一般の方ができる支援として、簡便かつ効果的なものは義援金の寄付。ただし、それを受け入れる側の実務には多大な労力が必要となるため、復旧時の被災地自治体の負担が増えるという点で、地元公務員としては痛し痒し。
  • 【区分】
    3.第3期・本格的復旧・復興始動期(地震発生後4週間~6ヵ月)
    3-02.住宅と生活の再建
    【04】義援金
    【教訓情報】
    02. 1月25日に関係26団体からなる「兵庫県南部地震災害義援金募集委員会」が発足したが、委員会メンバーの構成や一部義援金が対象外となったなどの問題もあった。
    【教訓情報詳述】
    06) 義援金の募集・配分には大きなマンパワーと事務的経費が必要となる。☆

    【04】義援金(pdf)」(同上)


  • 個人的な見解として、民間機関を通じて義援金を募集して配分すると、そのために独自の事務処理を行わなければならなくなり、配分を受ける側にかえって不公平感を募らせることが危惧される。前回エントリでとりあげた関係機関の活動と同様、現行制度において可能な復旧事業をまず優先するため、増税して確保した歳入を地元自治体の歳入に充てることが事務効率上も望ましいというのは、コームインの勝手な言い分でしょうか?
  • 【区分】
    3.第3期・本格的復旧・復興始動期(地震発生後4週間~6ヵ月)
    3-02.住宅と生活の再建
    【04】義援金
    【教訓情報】
    02. 1月25日に関係26団体からなる「兵庫県南部地震災害義援金募集委員会」が発足したが、委員会メンバーの構成や一部義援金が対象外となったなどの問題もあった。
    【教訓情報詳述】
    01) 初期に各市町が受け入れた義援金の内、各市町を特定した義援金が募集委員会に送金されない例もあり、自治体間での不公平が指摘された。

    【04】義援金(pdf)」(同上)



(追記)
donffang99さんのエントリで引用されている今村西宮市議のエントリで、被災地支援を考える上で考慮すべき生々しい現実が書かれていますので、丸々引用させていただきます。

 阪神大震災に遭われた西宮市議会議員今村岳さんの記事です。非常に大事なことを言っていると思ったので、ここに貼っておきます。

悔しくて、悔しすぎて、記憶から消していたことが、いろいろ蘇ってきて辛いです。

ひとつは、観光気分で来た自分探しボランティアの連中のこと。

彼らは、人から感謝されることを楽しみにやってきただけでした。

だから、汚れ仕事やしんどい仕事は何かと言い訳しながらやりませんでした。彼らで集まって楽しそうに親睦を深め合っていました。そんな彼らに「惨めな被災者」と扱われる屈辱。何日か経ったとき、避難所のリーダーが耐えきれずに怒鳴り散らして彼らを追い返してくれました。彼らがいなくなっても、彼らに受けた屈辱は消えませんでした。

ひとつは、「家が焼けただけでしょ?」と私に言った大学教授のこと。

 震災後しばらく経って、避難所を少しはあけても手が足りるかなと思ったころに、大学に試験を受けられないと説明にいくために、京都まで出向いて教授を順番に廻りました。

ある教授はこういいました。

「ペンと本があれば勉強できるわけだし、もう電車も復旧しているから、

 試験も受けに来れるはずでしょ?家が焼けたからと言って、ねぇ。。」

研究室でものを投げ散らかして軽く暴れたあと、彼に「おまえの家が焼けてもペンと本があれば授業をするんだな?」と言って帰りました。

 部屋を出たあと、暴れたのは、目の前の豚を殺したかったからではなく、被災者以外が被災者のことを理解してくれるのではないかと期待した自分の愚かさに、腹が立ったからだとわかりました。

(中略)

 「被災経験のあるあなたに訊きたいが、被災地に対して何かできることはないか」

 と友人に訊かれたので、こう答えました。

まずは、呼ばれでもしないかぎり、絶対に被災地に行かないことです。被災地から出ようとする人、入ろうとする支援部隊や家族でアクセスはただでさえ大混乱ですから非常に邪魔です。統制もとられておらず装備もなく訓練も受けていない「ボランティア」はただの野次馬観光客です。何の役にも立ちません。

自衛隊は、食糧から水から燃料から寝具から、全て自前で用意して出動します。しかし、手ぶらのボランティアは、被災者が食うべきものを食い、被災者が飲むべき水を飲み、被災者が寝るべきところで寝るのです。完全に現場指揮に従うのであれば、しかも生き地獄での救援活動に耐えうる技術と精神力を備えているのであれば、行ってこればいいと思います。

次に、要請されないかぎり何も送らないことです。

何が不足しているかもわからずに送られてくるものは、千羽鶴と同じゴミです。「着るものがないだろう」とボロを送られても馬鹿にされたと思うだけです。水もガスもないところにカップ麺を送られても意味ありません。現場に何が必要かを理解しているのは現場のプロだけです。

「○が不足しているのでどこに送って欲しい」という呼びかけに応えるのであれば、ぜひ送ればいいともいます。

そして、ぜったいにこちらから安否確認の通信をしないことです。

安否確認したいのは被災していない側です。被災していない側が安心したいだけです。安否確認などされても被災者には何の益もありません。

安否確認で電話することは、通信が復旧しきっていない情況で、被災者でない側が安心したいがために通信を使用する行為です。

要はプロに任せることです。

16年前、遠くのまちの名前が書かれた消防車やパトカー、そしてなにより規律正しい自衛隊が来てくれたときには、ほんとうに嬉しかったです。彼らは、これまでに見たどんな人間より気高かったです。彼らはプロとしての技術を持っていましたし、彼らは私たちに感謝されることなど求めていませんでした。被災地に必要なのは、プロだけです。

http://xdl.jp/diary/index.html#20110313#p01


要はプロに任せること(2011-03-15)」(dongfang99の日記




このエントリーをはてなブックマークに追加

2011年03月18日 (金) | Edit |
3月11日の巨大地震から今日で1週間が経ちます。この間、被災地では自衛隊が実働部隊となって瓦礫の撤去による道路確保、崩落した橋や道路の応急処置、避難所への物資の補給、給水等が行われております。電気や水道、ガスの復旧も進みつつあり、一部では固定電話や携帯電話も通じるようになっている被災地もあります。ただし、インフラの拠点となる施設(浄水場や送電線など)が壊滅している場合もあり、全面的な復旧には長い時間を要することが予想されます。

地元市町村役場そのものが津波の被害を受けたところも多く、それらの活動が必ずしも系統立って行われているわけではありません。電気や電話回線がストップして通信機器が使えず、そもそも情報を把握することができないことが主な原因ですが、地元のインフラや地理的事情、住民の情報にもっとも通じている市町村職員自体が被災者であるため、自宅や家族を失って精神的に追い詰められていることも要因として挙げられます。

被災地には全国から多くの支援物資をいただいており、その善意には深く感謝いたしますが、物流の拠点となる港湾が流されてしまっているため、石油燃料が供給されず、必要な物資を運ぶための移動手段が確保できない状況となっております。支援物資を受け入れる避難所でも、その大量の物資を捌くための体制がほとんど機能していません。支援物資の配給先となっているのは学校や公的施設の会議室などですが、地元市町村役場と同じくそれらの施設の管理者自体も被災者であるため、十分な管理ができてないところが多いのです。

ただ、その中にあって救われるのが、地元自治会を中心として避難者が自ら組織だった避難所運営を始めていることです。地元の有志の方々が率先して指導役を買って出て、炊き出し、配膳、トイレ管理、衛生管理、ストーブへの燃料補給、補給物資の積み卸しや仕分けなど、避難者自らがゆるやかな組織を作って作業に当たっています。今のところは、避難者同士で責任の押し付け合いや大きないざこざが生じるということもなく、最低限の日常生活には支障がないところまで「避難所という組織」が運営されているところが多いようです。

このような状況で求められるのは、
(1)受け入れ側の負担を軽減するため、十分な量が確保されて種類別に梱包された支援物資
(2)地元の方と良好な関係を保ちながら、避難者の生活基盤を提供するための「避難所組織」を運営する人員
(3)仮設住宅への依拠転居(3/20修正)による生活水準の確保
(4)今後の生活再建を支援する専門的な機関の対応
です。(1)について補足すると、各家庭で不要になった日用品を段ボール一箱に詰めて送付される方がいらっしゃいますが、1,000人単位の避難者を受け入れている避難所で、その一家庭分の物資を大きな混乱なく配分するためには、結局仕分けし直して種類別に配給するという手間を掛けることが必要になります。役場職員であろうと自治会役員であろうと避難者と同様に疲弊した状況の中でそれらの作業に当たらなければならず、大きな負荷となってしまいます。十分な量を確保して種類別に梱包するという点にはくれぐれもご留意いただくようお願いします。

また、長期的に現地で自活できるだけの資力を持ち、上記のような職務を遂行することのできるだけの体力と実務能力を有する方以外は、現地に入っても何もすることができません。善意やご厚意は大変ありがたいのですが、一般の個人の方がボランティアにいらっしゃっても、現地で避難者と同様に寝食する方が一人増えるだけになってしまいます。また、(2)に関連しますが、一時の緊急的な状況を脱したからか、車上荒らしやガソリン窃盗などのトラブルも一部では発生しているようです。特に組織だった運営がなされていない避難所では、そのようなトラブルが発端となって収拾がつかなくなる事態も予想されますので、地元の方同士の良好な関係を維持することが最も重要ではないかと感じるところです。

なお、現地で活動しているのは、自衛隊をはじめ、全国各地から自活するためのインフラをもって派遣されてくる警察や消防、赤十字、DMAT等の公的・準公的機関となっています。これらの機関の活動を自活しながら支援することが可能な方であれば、直接現地に入っていただくことも可能かもしれません。その際は、事前に各機関と十分に連絡調整をしていただくようお願いします。

(1)と(2)により避難所での最低限の日常生活が確保されつつある現在、次に問題となってくるのは(3)の仮設住宅(移転を含む)と(4)の生活再建です。(3)の仮設住宅については、急峻な山間に点在するリアス式海岸の被災地では、早急に仮設住宅を建設できる場所が限られているため、特に高齢者や小さい子供がいる家庭向けの仮設住宅を学校の校庭や運動場に設置する計画を進めていると聞きます。これらの資材についても支援いただけると大変ありがたいと思います。また、被災者を受け入れていただける宿泊施設があれば、被災地の窓口(県庁が多いようです)にご一報いただけると幸いです。

(4)の生活再建については、地元役場が機能していない被災地もあるため、被災地の所在する県や国の出先機関、金融機関等が相談窓口を開設し、避難所を巡回することが必要となるだろうと考えています。

このような状況にご理解をいただき、被災地で現在も避難生活を強いられている現地の方、その支援に尽力している関係機関の活動にご協力とご支援をいただくようお願いいたします。

以上、被災地で数日間寝泊まりして避難所運営の支援に参加してきた感想でした。

(3/20文言修正しました)

(3/20追記)
各方面で本エントリを紹介していただきました。ご理解とご協力に御礼申し上げます。以下、順不同に気がついた範囲でリンクを張らせていただきます。
被災県からのメッセージ(2011年3月18日 (金))」(hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)
東北地方太平洋沖地震 被災地の公務員の方のメッセージ「いまなにが必要かお知らせします」(2011-03-18)」(天漢日乗
被災地からの声。(2011-03-19)」(市役所職員の生活と意見
支援(2011-03-18)」(ひとこま ーペンギン店長のコンビニ道ー
被災地支援について [2011年03月18日(金)]」(釧路市中心市街地活性化への道
本来なら一つ一つのエントリにコメントすべきところと思いますが、時間が限られた中でブログを更新しておりますので、別途補足のエントリをアップして代えさせていただきたいと考えております。(3/20アップしました→「被災地支援についての補足」)
なお、状況は刻一刻と変化しており、インフラの損失・復旧状況によって、被災地ごと、避難所ごとに抱える問題も多様化しております。本エントリをご覧いただく際は、被災後1週間までの一つの断面であることに十分にご留意いただくようお願いします。

このエントリーをはてなブックマークに追加

2011年03月14日 (月) | Edit |
今回の大震災で甚大な被害に遭われた方々にお見舞い申し上げるとともに、お亡くなりになった方々に心より哀悼の意を表します。

私自身の周辺はかろうじて大きな被害はありません。当面は被災された方々への支援に全力で取り組んでおります。物資等を支援していただいている皆様に改めて御礼申し上げます。取り急ぎのご報告とお礼です。

2011年03月04日 (金) | Edit |
一部で某脱藩官僚の方が某新興宗教の雑誌に記事を投稿された件が盛り上がっているようですが、計ったようなタイミングでその某脱藩官僚の方がブレーンを務めているとされるみんなの党の予算案が公表されたとの由。

高橋洋一氏@幸福の科学(高橋洋一氏@幸福の科学)」(hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)
みんなの党の緊縮財政予算案(2011-02-25)」(dongfang99の日記
みんなの党の予算w案(2011-03-01)」(what_a_dudeの日記
HALTANの日記」さんの一連のエントリ(数日後には伏せ字になるようですので、引用は控えます)

これらのエントリを拝見して、ケインズの言葉が深く身にしみたので抜粋しておきます。リフレーション政策を支持される方々(私自身その端くれだとは認識しております)が、これらを読み比べてみてどのような感想を持たれるのか大変興味があります。

 過去何年かの経験を考えれば、賢明な人なら財務相や中央銀行から独立した価値の基準を望むのが当然である。現状では、さまざまな機会に、無知で軽薄な政治家が経済の分野で破壊的な結果をもららしうるようになっている。一般的な見方では、政治家や中央銀行家は経済と金融に関する教育水準が全般に低いので、通貨制度の革新が実現でき、安全であるとはとても思えないとされている。為替相場を安定させるべきだとする主張は、財務相の手足を縛ることを主な目的にしているほどである。
 確かに、過去何年かの実績を見れば、ためらう理由は十分にある。しかし、そのときに根拠になっている実績は、政治家や中央銀行の能力を判断する材料にするには、公正だといえるものではない。これまで何年か、金や銀に基づかない本位制度がとられてきたのは、科学的な実験を冷静に行うためではまったくなかった。戦争かインフレ課税の結果、最後の手段としてやむなく採用されたのであり、その背景には財政が破綻していたか、状況が手に負えなくなっていたという事情があった。したがって当然ながら、悲惨な状況の伴奏曲であり、前奏曲だったのである。この実績に基づいても、正常な状態で何が達成できるのかを議論することはできない。わたしの見方では、社会にとっての重要性がもっとも低いもののこれまで達成できてきた各種の目標と比較して、価値の基準の管理がその性格上、もっと難しいと考える理由は見あたらない。
pp.107-108

ケインズ 説得論集ケインズ 説得論集
(2010/04/21)
J・M・ケインズ

商品詳細を見る

※ 以下、強調は引用者による。


先進国の中でもずば抜けて対GDP比の公債残高の高い日本においては、どんなに優秀な政治家でも中央銀行家でも執りうる手段は限られてきます。いやもちろん、そうした状況に到ったのが政治家や中央銀行家の自業自得なら、ざまみろというだけの話ですが、いうまでもなくそうした社会福祉国家の恩恵を受けて経済活動を行っているのが現代社会である以上、アフォな政治家や中央銀行家だけの責任では済まないわけですね。

ところが、そうした利害関係を度外視して効率性やら経済成長やらにのみ議論が集中してしまうと、公平性というかなり重要なポイントが華麗にスルーされる結果となります。

 現在の状況で、炭鉱の所有者は生計費の動向にかかわらず賃金を引き下げて問題を解決するよう提案している。つまり、炭鉱労働者の生活水準を引き下げるよう提案しているわけだ。炭鉱労働者は、自分たちには何の責任もなく、管理のしようのない状況に対応するために、犠牲を払うよう求められている。
 これが誰の目にも合理的な提案だと思えるのだから、イギリスの経済運営の方法には重大な欠陥があるといえる。もっとも炭鉱所有者が損失を被るべきだというのも、リスクを負うのは資本家だという原則のもとでそう主張する場合を除けば、やはり同じように非合理的である。炭鉱所有者が自由に他の産業に事業を転換できるのであれば、そして炭鉱労働者が失業するか賃金が低すぎる場合に、パン職人や煉瓦工や鉄道駅の赤帽として働くことにし、これら産業でいま働いている人より安い賃金を受け入れて職を確保できるのであれば、事情は違う。だが周知のように、そうはなっていない。過去に起こった経済変化の犠牲者がそうであったように、炭鉱労働者は飢え死にするか屈服するかの選択を迫られているのであり、屈服すれば、他の階級がその成果を獲得するのである。しかし、産業間で実質的な労働移動がなくなり、産業間の競争で賃金水準が決まる状況ではなくなったという点を考えれば、炭鉱労働者がある意味で祖父の世代より悪い状況におかれていないとは、断言できないように思う。
 炭鉱労働者はなぜ、他の産業の労働者より低い生活背水準に甘んじなければならないのか。炭鉱労働者が怠惰で、役立たずであり、しっかりと働いていないし、労働時間も短すぎるのかもしれない。だが、他の人たちとくらべて、怠惰で役立たずだといえる証拠がはたしてあるだろうか
ケインズ『同上』pp.136-137


十分な証拠もなくゾンビ企業をつぶせとか、ロクな仕事もしないコームインなんぞの給料は下げてしまえという言論が世の中の支持を集めて、それが誰の目にも合理的な提案だと思われてしまう社会には、確かに重大な欠陥があるのでしょう。ところが、合理的な提案だと思われてしまう社会というのは、それが道徳的にもかなっているとの信念があるからこそ成り立つものであるわけで、公平性が損なわれると社会全体の損失になりますよという合理的な説明はもはや通じなくなってしまうのかもしれません。

 イギリスの道徳的なエネルギーがいま、間違った方向に向けられている。現在ぶつかっている問題の真の性格を分析することに頭を使って、もっとしっかりした結論を得なければ、深刻な事態になるだろう。
 国も地方も個人も、「節約」という考えだけに固執しており、支出の削減という後ろ向きの行動にこだわっている。生産活動を刺激し、稼働させている支出を減らそうというのだ。義務感にかられて節約が極端になれば、その影響が大きくなり、イギリスの社会制度全体を揺るがすほどになりかねない。
(略)
 失業者がこれほど増え、あらゆる種類の資源がこれほど大量に遊休状態になっているなかで、国全体の観点で節約が有益だといえるのは、輸入品の消費を減らす部分だけである。それ以外の部分は、失業、企業の損失、貯蓄の減少の形でまったく無駄になる。しかし、輸入を減らす方法としては、節約は異例なほど間接的で無駄が多い。
 労働者を失業させ、政府職員の所得を減らして、直接、間接に影響を受けた人たちがこれまでと同じように輸入品を買うことができないようにすれば、輸入が減少した分、イギリスの国際収支の問題は緩和する。しかしその幅が、節約の総額の20パーセントを超えることはないだろう。残りの80パーセントは無駄になり、イギリス国民が他人からものやサービスを買うのを拒否したために起こる損失の転化か失業の形であらわれることになる
 以上に述べた点はまったく確かなのだが、節約を声高に求める人のなかに、自分たちの主張が実際にもたらす結果をわずかでも理解している人が百万人に一人いるかどうかは疑問だと思う。

ケインズ『同上』pp.154-156


冒頭で引き合いに出したみんなの党の緊縮財政予算案を支持する人がいたら、自分たちの主張が実際にもたらす結果をわずかにでも理解している人ではないのでしょうね。

『ケインズ説得論集』では、「自由放任の終わり」という章で、こうした考え方が世に広まる原因を作ったのは、功利主義華やかなりしころに、それを「わかりやすく」理解しようとした政治哲学者だと指摘されています。

 以上で語ってきたのは、18世紀の哲学思想の発展と啓示宗教のの衰退から利己主義と社会主義の矛盾が生まれたが、経済学者が科学的な装いの理屈を示したために、実務家がこの矛盾を解決できたということである。しかし、そう論じたのは簡潔にするためであって、ここで但し書きを加えておかなければならない。これは、経済学者が論じたとされていることである。偉大な経済学者の著書には、そのような教義は書かれていない。偉大な学説を平易に解説して通俗化した著者が論じた見方である(1)。功利主義者がヒュームの利己主義とベンサムの平等主義を同時に認めて、両者を総合しようとしたとすれば、信じるようになったとみられる見方でる。経済学者が使った言葉は、自由放任を主張したと解釈できるものだった。しかし、この見方が普及したのは、経済学者ではなく、この見方を受け入れやすかった政治哲学者のためだというべきである。

(注1)レズリー・スティーブンソンが要約したつぎのコールリッジの見方に共鳴できるはずである。「功利主義者は、社会の結束のあらゆる要素を破壊し、社会を利己主義がぶつかりあう場にし、秩序や愛国心、詩歌、宗教のすべての基礎を攻撃した」

ケインズ『同上』pp.178-179


まあ、拙ブログでも政治学者の話には眉につばをつけて聞くようにしておりまして、ケインズのこの指摘はまさに我が意を得たりというところです。さらにケインズは、返す刀で二流の経済学者をばっさり斬り捨てます。

 その後、自由貿易を求める政治運動や、急進的な自由貿易主義を主張したマンチェスター学派の影響、ベンサム派功利主義者の影響、二流の経済学者の主張、ハリエット・マーティノーとジェーン・マーセットの啓蒙書によって、政党的な経済学から学べる実践的な結論として、自由放任が人びとの見方に定着するようになった。もっとも大きな違いが一つあり、人口に関するマルサスの見方がその間に同じ論者に受け入れられるようになっていたため、18世紀後半の楽観的な自由放任主義は、19世紀前半には悲観的な自由放任主義に変化していた。
ケインズ『同上』p.182


この行を読んで、リフレ派と呼ばれる方々の中の一部の経済学者の顔が浮かんだのは私だけでしょうか。

 こうしてみていくと、すでに触れた経済的な自由放任とダーウィン主義の関係が、ハーバート・スペンサーが真っ先に指摘したように、じつのところ、きわめて密接であることが分かる。ダーウィンは性愛が性選択を通じて競争による自然淘汰を助け、進化が望ましいうえに効率的な方向に向かうことになると論じたが、個人主義者は金銭愛が利益追求を通じて自然淘汰を助け、交換価値でみてとくに望ましいものが最大限の規模で生産されるようになると論じているのである。
 この理論はきわめて美しく、単純明快であるため、ありのままの事実に基づいているわけではなく、単純化のために導入された不完全な仮説に基づいている点が忘れられやすい。
(略)
経済学者は、後に現実を分析する際にこれら要因を導入すればいいと考え、当初はこれらの要因がないと想定して分析していく、それだけでなく、この単純な仮説が現実を生活にとらえたものでないと認識している経済学者でも、これが「自然」であり、したがって理想的な状態だと考えていることが多い。つまり、単純化した仮説が健全なのであり、複雑な現実は病的だとみているのである。
 以上で取り上げたのは事実の問題だが、それ以外に、よく知られた点として、競争のコストと性格、富がとくに必要とされているわけではないところに集中する傾向も考慮にいれるべきである。キリンの厚生を心から気に掛けているのであれば、首が短いキリンが飢えに苦しんでいること、美味しい葉がキリン同士の戦いで地面におちて踏みつけられていること、首の長いキリンが食べ過ぎになっていること、本来は穏やかなキリンの顔が不安や貪欲な闘争心で歪んでいることを見逃すわけにいかない

ケインズ『同上』pp.188-190


「若者世代は搾取されている」でも「既得権益をぶっ壊せ」でも「官から民へ」でも「地方にできることは地方に」でも「霞ヶ関解体でチホーブンケン、チーキシュケン」何でもいいんですが、これらの主張には、首の長いキリンが葉を食べられるのは競争に勝ったからだという単純な世界観が通底しているように思いますね。人間社会よりも野生動物の生態系に合理性を見いだすというのも、道徳的なエネルギーが間違った方向に進んでいる証ではないでしょうか。そんなケインズは、こんな言葉を残しています。

 しかし何よりも、経済的な問題の重要性を過大評価しないようにし、経済的な問題の解決に必要だとされる点のために、もっと重要でもっと恒久的な事項を犠牲にしないようにしようではないか。経済は、たとえば歯学と同じように、専門家に任せておけばいい問題なのだ。経済学者が、歯科医と同じように、謙虚で有能な専門家だと思われるようにすることができれば、素晴らしいことである。

ケインズ『同上』pp.219-220


dongfang99さんも指摘されてましたが、けだし名言ですね。

このエントリーをはてなブックマークに追加

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。