2010年11月29日 (月) | Edit |
この件についてはいつかまとめておかないとなと思いつつ、ちょっと扱いを間違えるといろいろやっかいそうなので筆が進みませんでしたが、前回エントリのコメ欄で再度HALTANさんに取り上げていただいたこともありますし、この機会を利用して現時点の考えなどまとめておきたいと思います。

まずは、前回エントリに通公認さんからいただいた二つ目のコメントにお答えしておくと、

「中には」と書いている時点で、部分の話を全体に適用しているわけで、すっかり斜め天誅状態です。「○○氏が嫌い」と素直に言った方が良いのではないかと。それに、俗にリフレ派といっても、政治結社でもなんでもなくて、金融政策の重要性を強調している人たちなだけなわけで、たまたま経済政策に求めるファーストプライオリティーが一緒なだけなわけで、それ以外の政策については、完全に呉越同舟状態というか、仮にリフレ的な政策が実現されたら、今度はセカンドプライオリティーになっている政策で意見の相違が生じてお互いに論争を始めるでありましょう。

というか、リフレがどうこう以前に、「政府・日銀が景気対策をしっかり行うべきである」という意見に対する意見対立のほうが結構根深いように思いますが。どうなんでしょう?

あと、少なくとも、日銀のデフレーションターゲットは成功していますので、市場の信任(意図に対して間違いの無い行動をとるという意味での信任)は厚いのではないかと愚考いたします。

2010/11/24(水) 22:51:14 | URL | 通公認 #JalddpaA[ 編集]


「斜め天誅状態」というのが私の乏しい語彙ではよく理解できなかったのですが、その前段で「「中には」と書いている時点で、部分の話を全体に適用している」というのはさらに理解できませんでした。私のコメントの「「労働者の味方なり」と自任されるリフレ派の中には」という部分を指しているものと思いますが、リフレ派すべてが「労働者の味方」を自任されているかは判然としません。もしかすると、インフレによって債権の利払いを増やそうとしている資産家がリフレーション政策を支持しているかもしれませんし、その方がいくら口先で「私は労働者の味方ですよ」といったところで、その舌の根も乾かないうちに「労働組合なんか潰してしまえ」とか「公的職業訓練なんかムダの塊だ」といいそうで信用ならないのです。

また、「完全に呉越同舟状態というか、仮にリフレ的な政策が実現されたら、今度はセカンドプライオリティーになっている政策で意見の相違が生じてお互いに論争を始める」という呉越同舟ぶりが、bewaadさんのような悲劇を生み出したものと、個人的には考えております。つまり、リフレーション政策さえ実現すればそれ以外は主張が食い違っても構わないというオプティミズムに満ちたオポチュニズムが、各方面からのリフレーション政策に対する信頼を損ねているわけで、この点については、リフレーション政策支持者はもう少し注意を払わなければならないと懸念します。まあ、その典型が、上述のようにリフレーション政策を支持しながら、その一方でミクロな積極的労働政策を排除しようとしたり、地方の自己責任を強化しようとしたりする方々の言説なわけですが。

なお、「日銀のデフレーションターゲットは成功しています」というのも、これだけ「日銀はアホ」「コミットメントが足りない」と叩き続ければ、市場だけではなく一般の有権者もそう思うようになるでしょうから、成功しているのはあくまで市場の日銀に対する信認を否定することだと思いますよ。まあ、ものはいいようですから、「信認を否定する」という命題の裏を「信認がない状態を肯定する」と表現することもあながち間違いではないかもしれませんが。

というようなコメントをいただいたところですが、これを引用されたHALTANさんのエントリから各方面に議論が広がっているようでして、期せずして一部のリフレ派の方々の言説が各方面の信頼を損ねている実例となっていますね。

尤もあの人たちにすれば「いやアメリカの有名経済学者の誰某も市場の自由を訴えつつ中央銀行の必要性だけは否定していない」「だから私たちにも矛盾は無いんだ」と言うのでしょうが。それはそれで一方的に「日銀死ね死ね」言って中央銀行の必要性それ自体を否定するような物言いは止めるべきでしょうね。

私自身はリフレ派(ネットリフレ派)の主張はあの人たちに共感するような「首都圏在住」「一般企業勤務六大学程度卒ホワイトカラー」が気に入りそうなスローガンの寄せ集めと今は解釈しています(2010-11-23■[アホ文化人を退場させられない理由]リフレ派(ネットリフレ派)=反日銀・反霞ヶ関カルトと民主党政権の「類似性」id:HALTAN:20101123:p2)↓

(略)

「日銀・霞ヶ関死ね」「田舎者死ね」と言いつつ「失業率を低下させ日本国家を救う解答をオレ=アナタ(たち)ビジネスエリートだけは知っている!」というテイストにしておくのはなかなか有効ではあるでしょうね。
湯浅誠的「反貧困」とはまた違った方向からの「我こそは弱者・若者・労働者の味方なり!」ってポーズも一般企業勤務六大学程度卒ホワイトカラーの「オレたちはトーキョー=日本を動かすビジネスエリート」「ビジネスエリートのオレたちだけが日本を救える」という自尊心を満たすには必要なのかもしれません。

id:HALTAN:20101123:p2



(追記)

「いやオレはみん党には賛成してないよ」って人も居るのかもしれないが、外側からはどうしてもリフレ派(ネットリフレ派)=みんなの党別働隊に見える。そしてそうして色付きっぽくなった時点で「みん党みたいなのはヤダ」って人間の支持を「リフレ派(ネットリフレ派)」は失った事ぐらいは自覚して欲しい

■[アホ文化人を退場させられない理由]リフレ派(ネットリフレ派)=大都市部ホワイトカラーの慰撫思想(2010-11-25)」(HALTANの日記

※ 以下、強調は引用者による。


そういえば、拙ブログでも地方分権とか政策法務とか騒いでいる地方公務員について、同じようなことを書いたことがあります。

ところが、キャリア官僚の出身大学に比べれば一段下がる大学の法学部卒が大多数を占める事務系地方公務員は、政策法務の考え方をとることで「キャリアに独占されていた法律策定が俺たちにもできる!」とはしゃいでいるわけです。たとえば「俺は○○大(地元駅弁とかが多い)卒だけど、いままで東大とかの奴らに勝手に決められたことを俺たちが自分で決めてやるんだ」という、アンタも勝手に決めないで(気分の方が乗って参りましたので、どーでもいい歌を歌いました)。

政策法務(2008年09月21日 (日))


ネタが古いのはご容赦いただきたいのですが、「霞ヶ関の官僚は現場を知らない! 俺たちだって法学部卒なんだから官僚が作る法律に負けない条例を作れるんだぞ!」と吹き上がっている地方公務員ほど手に負えないものもありません。もともとが資源配分機能にしか特化できない地方自治体が、他の地方自治体や中央政府との間で、二重行政の排除と称して市場の失敗を奨励するような地方分権を主張するわけですから、自治基本条例とかの身の程知らずな条例が全国各地に作られることになるのでしょう。

このHALTANさんのエントリに対する反応の主なところが以下です。

ニセ科学批判程度になると、そこまでやらないので本気でないのがよく分かる。でも、もし実際に団体作ってあれこれって話になっても、リフレ派のなんたら会議とか、ネトウヨのなんたら会みたいな話にしか。。。いや、それほどにもならんな。参加者の数がないから。先鋭化したのが残るだけでしょうね


ネットのアイデンティティなんてこんなもんであって、それで簡単に突っ走ってしまう。もう明らかになってるのに、まだ釣られる人が少なくない。

なんでこうなってるのかは、よく分からない。

ネット○○派 part115(2010-11-25)」(今日の雑談


「政治集団でないからいい」というのは、リフレーション政策を支持する方々の中で、ミクロ政策についての主張が一致しないことの免罪符にはならないということだと思います。結局活動的なまでにエネルギッシュなのは先鋭的な主張をするグループでしょうから、それ以外の穏健的な(日銀の行動にも一理ある!)主張は淘汰されていって最終的には政治集団化してしまい、一般の有権者にとっては理解しがたいエリート集団にしか見えなくなってしまうのではないかと予想します。

これについては、

HALTANさんによる見事な知識社会学的分析:
http://d.hatena.ne.jp/HALTAN/20101125/p1([アホ文化人を退場させられない理由]リフレ派(ネットリフレ派)=大都市部ホワイトカラーの慰撫思想)

(略)

>・・・こう卑俗に解釈すれば全て繋がる事に気づきました(苦笑) 「悪者探し」の一方で同時に「アナタたちだけが日本を救える」と自尊心を満足させる合わせ技にして在るわけで、なかなか巧妙なマーケティングでは在りますw 更に強引に言えばこういうスローガンに引っ掛かるほど(?)今の大都市部ホワイトカラーの「オレ(たち)は損をしている」「オレ(たち)は正当に評価されていない」不満や承認欲求は凄いのかもしれませんね。
投稿: hamachan | 2010年11月26日 (金) 00時01分

松尾匡さんの人格と田中秀臣氏の人格(2010年8月21日 (土))コメント欄」(EU労働法政策雑記帳


とhamachan先生も引用されていますが、「更に強引に言えばこういうスローガンに引っ掛かるほど(?)今の大都市部ホワイトカラーの「オレ(たち)は損をしている」「オレ(たち)は正当に評価されていない」不満や承認欲求は凄いのかもしれませんね」という部分は、労働政策的にはとても興味深いところではないでしょうか。集団的労使関係による産業民主主義が崩壊しかかっている日本の労使関係において、大卒ホワイトカラーでありながら自らの労働条件すら自己決定できないのであれば、「正当に評価されていない」として承認欲求が高まることは想像に難くありません。

『千と千尋の神隠し』のカオナシのように、世のホワイトカラーの承認欲求をどん欲に吸収しまくってしまって、一部のリフレ派はすでに制御不能の政治集団になってしまっているのかもしれませんね。



(追記)
hamachan先生のブログのコメ欄からの引用部分で、肝心の部分を転載し忘れておりましたので追記しました。

なお、拙ブログでのいわゆるリフレ派に対する現在のスタンスについて、私自身の備忘録のためにサルベージしてみましたので、ご参考までに(と並べてみて、最近のトーンがやや過激に過ぎたかなと少し反省しております)。

「ダメな議論(c)飯田先生(追記あり)2008年11月30日 (日)」コメント欄
2008/12/04(木) 01:10:28 | URL | マシナリ #-[ 編集]

「求めるべきは政策至上主義(2009年03月31日 (火))」

「社会学という教養(2009年11月21日 (土))」

「マクロとミクロの溝(2009年12月10日 (木))」

「すり替えと割り当て(2010年03月22日 (月))」

「労働と政府支出・税収のバランス(2010年04月25日 (日))」

「経済成長と社会保障(2010年05月01日 (土))」

「協力を壊すのは誰か(2010年05月03日 (月))」

「マクロからミクロへのナローパス(2010年05月05日 (水))」

「贅沢なコンセンサス(2010年06月06日 (日))」

「呉越同舟の結末(2010年07月22日 (木))」

「大雑把な割り当て(2010年07月30日 (金))」

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