2010年05月23日 (日) | Edit |
課長になったらクビにはならない 日本型雇用におけるキャリア成功の秘訣』に引き続き、ニッチモで編集された見舘先生の著書をご恵投いただきました。いつもながら、場末のブログを心に留めていただきありがとうございます。

本書では、採用面接などで必ず聞かれるバイト経験の効果についての研究レポートを中心として、それを人材育成という観点から見た際に、その内実において現実の企業活動においてどのような効果を持つものなのかが考察されています。その考察に当たっては、マクドナルド、スターバックス、コールドストーンクリーマリーの3社の事例を基に、モーガン・マッコールが唱えた「経験+触媒=成長」というモデルに沿って、人材を育成するアルバイトのあり方が示されていくのですが、これが教育から職業への移行を考える上で大変興味深い事例となっています。

 まずマクドナルドですが、同社のクルーは。「ケチャップをつけるときは、バンズ(パン)の真ん中につけよ」と研修で教えられます。これは「教育プログラムから生まれる経験」ですが、一方で、「どこから食べ始めても、同じ味がするのがお客様にとって大切なことなのだ」という、その行為の意味を、「徒弟制」で学びます。単に研修で教えられたことを機械的に実行するのではなく、「徒弟制」という触媒が付加されるからこそ、学んだことが、頭に、身体に刻みつけられるのです。
p.70

※ 以下、強調は引用者による。

「いっしょに働きたくなる人」の育て方―マクドナルド、スターバックス、コールドストーンの人材研究 (ワークス人と組織選書)「いっしょに働きたくなる人」の育て方―マクドナルド、スターバックス、コールドストーンの人材研究 (ワークス人と組織選書)
(2010/05/17)
見舘 好隆

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「徒弟制」というと、現在では職人養成のツールとしてのみ生き残っていることもあって何とも古くさい制度に思われますし、ここでも「徒弟制」という仕組みは人材育成上のツールとして示されていますが、個人的には、採用ルートとしての「徒弟制」の機能も重要ではないかと考えております。というのも、明治から戦後の一時期までは、企業が新規に採用した職工をいくら教育しても定着しないということが問題だったわけで、今風に言えば、徒弟制が「ミスマッチ」を軽減する有効なツールとしても機能していたのではないかと思われるからです。hamachan先生の講義案から引用すると、

2 企業による労働者養成の始まり
 日露戦争後、生産技術が高度化するのに対応して、大工場では熟練職工の養成に取り組み始めました。初めに普及したのは、工場内の優秀な職工を選抜して、公立の工業学校や職工学校に送り込み、訓練を受けさせることです。これがうまく軌道に乗れば、人材養成を公的な機関が行い、そこで訓練を受けた労働者を企業が採用するというメカニズムが確立したかも知れません。しかし、工場主に費用を出して貰って訓練を受けた職工学校の卒業生たちも、それまでの職工たちと同様、その工場に留まろうとせず、渡り職工として異動していくことを望みました。工場主の期待は裏切られたのです。

(略)
3 日本型雇用システムの原初的形成
 この第一次大戦後の時期に確立した日本の雇用システムの最も基本的な要素が「定期採用制」です。定期採用制とは、従業員を採用するに当たっては、学校卒業時又は兵役終了時といった一定の時期にのみ限定し、それ以外の時期に他の企業に雇われていたような労働者を雇い入れることはしないという慣行です。ここに日本の特徴である長期雇用慣行が成立しました。ほとんどの大企業が一斉にこういう雇用慣行を採用しましたから、一旦どこかの大企業を退職してしまった労働者は、ほかの大企業に採用される可能性はほとんどなくなってしまいます。渡り職工たちは大企業分野から閉め出されてしまい、そういう慣行をとらない中小企業で生きていくしかなくなってしまったのです。
 また、企業負担で訓練を受けた養成工たちも、もはや高い賃金でほかの大工場に移っていくということは困難になりました。彼らの企業への忠誠心を確保するため、この時期に導入されたのが定期昇給制です。毎年定期的に昇給するという仕組みを設けることで、5年勤続すれば5年分昇給し、10年勤続すれば10年分昇給するということになります。ここで最も重要なのは、もし企業を異動してしまうと、他の企業で経験した勤続年数は評価されなくなってしまうということです。これは労働者の異動に対して強いディスインセンティブを与えることになりました。

2 日本労務管理史概説」(「日本の労務管理」講義案

5 戦後期の動向
 これに対して、大企業の採用管理の仕組みは戦間期とあまり変わっていません。大企業は優秀な新規中卒者を少人数採用し、企業内養成施設で通常3年間学科教育と職場実習の組み合わせによる教育訓練を施し、彼らが基幹工として工場を支えていくという仕組みです。彼らは企業内では高卒扱いですが、一歩企業外に出れば中卒でしかありません。彼らが自分たちの能力を高く評価してくれる唯一の場である企業内での長期雇用を志向していったのは当然でしょう。一方、中小零細企業に就職した中卒者たちのかなりの部分は、労働条件の劣悪さから離職するものが多く、結果的に多くの者が大企業の臨時工として吸収されていったようです。メンバーシップに基づく本工の内部労働市場とジョブに基づく臨時工の外部労働市場という二重構造が再び出現したわけです。

Ⅱ 各論 1 雇用管理 (1) 募集・採用」(「日本の労務管理」講義案


というような経緯があり、新卒者が職業に移行する際のスキル形成をいかに行うかという難問に対する一つの対応策が、企業内養成施設での教育訓練だったのではないかと思います。引用部以下のhamachan先生の講義案にもありますが、その後新卒一括採用が普及して行くにつれて学校教育と職業訓練の断絶が広がっていき、現在の普通科を中心とした高等学校教育や実学を教えない文系学部が本田先生が指摘する「職業的レリバンス」を欠いてしまう状況を生み出しているわけです。

といった日本的雇用慣行の歴史を踏まえて本書を読んでみると、人材育成につながるアルバイト経験を提供しているこの3社に共通しているのは、座学研修とメンターによる職場研修の組合せにより新人バイトを教育する体制を整備していることと、そこから正社員へ登用される道が開けていることであり、いずれも企業内施設での教育訓練を重視した戦後の大企業の対応策と同じ対応策を実践しているように思います。しかも、戦後は重厚長大といわれて日本の復興を支えて製造業と比較して、現在の産業分類で大多数を占める第3次産業に属する接客サービス業でも同じ対応策がとられているということは、こうした人材育成方法が普遍的な内容をもっていることの証左ではないでしょうか。

本書でも4章で「どんな組織にもあてはまる「人材育成の黄金則」」として普遍的な人材育成方法が示されていて、例えばこんな指摘がされています。

「顧客は誰か」を明確にする効用

 ここまで本書を読み進めていただいた読者の中には、「うちの職場は顧客との接点がないから、この話は縁がないなあ」と思われた方がいるに違いありません。果たしてそうでしょうか。そもそも顧客がいない仕事なんで存在するのでしょうか。もっといえば、直接の接点がない職場でも、「顧客」の存在をイメージさせることは可能ではないでしょうか
 リクルート ワークス研究所所長の大久保幸夫氏は、人事や総務や経理などの企業のスタッフ部門に所属している人であれば、ラインで働く一般社員を、また製造業のラインで働く人の場合、次の生産工程で働く人を、それぞれ「顧客」と見なして仕事をすることが可能だと指摘します。しかも興味深いことに、社内ユーザーを顧客だと思っている人と、自分には顧客がいないと思っている人では、基礎力のすべての項目で、前者の人の方が高い値が出ており、仕事満足度と顧客の関係では、顧客を意識している人ほど、仕事の満足度が高いことがわかったそうです(リクルート ワークス研究所「ワーキングパーソン調査」2006年)。

見舘『同』p.127


企業内の人材育成というと企業特殊能力が重視されたり、それによって汎用性のない労働者が増えて雇用が流動化しないとかいう批判の的になってしまいますが、本書で示されている3社の人材育成法は、それぞれが独自の企業理念(本書では「クレド」と呼ばれています)に基づいて実施しているものであるのに関わらず、決して企業特殊なものではなく、むしろ一般的な企業で普遍的に必要とされる能力の向上に効果的であることがわかります。これは海老原さんが新著で

 ちょっとだけ、結論を書いちゃいます。
 「目の前の仕事をがんばるだけで良いんじゃないですか」
 その積み重ねをしっかりやれば、まだまだ日本の会社は、あなたのことを見捨てたりはしないはずです。
p.5

課長になったらクビにはならない 日本型雇用におけるキャリア成功の秘訣課長になったらクビにはならない 日本型雇用におけるキャリア成功の秘訣
(2010/05/20)
海老原 嗣生

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と指摘されていることにもつながっているように思います。企業内で「目の前の仕事をがんばる」ことが普遍的な能力を形成するという事実(本書の指摘は若年者に限られますが)が確認できるからこそ、hamachan先生も引用されているように

 しかし、マクドナルドやスターバックスがアルバイトに提供しているプログラムはかなり高度なものです。これまで見てきた通り、社会で働くうえで必要な力=基礎力を伸長させる大きなきっかけになっているのは間違いありません。そこで私が提案したいのは、教育プログラムを終了した暁に、両者がそれぞれ「ディプロマ(修了証)」を発行することです。

見舘『同』p.160


という、考えてみればごく当たり前の提案が示されるのだろうと思います。現状ではジョブカードとか日本版デュアルシステムとかで散発的に取り組まれている程度ですが、教育と職業をつなぎ、無業者と企業をつなぐ取組を拡充することが必要でしょう。

まあ、そうはいってもジョブカードや日本版デュアルシステムを実施している雇用・能力開発機構に対して、前政権も現政権も「そんなものいらね」と言い放つこのご時世で、どこまでこうした「ごく当たり前」の提案が受け入れられるかは疑問です。結局雇用対策といっても「雇用問題についての誤解との格闘」にエネルギーを費やされて、肝心の事業内容は誰も議論しないといういつもの流れになりそうな悪寒がしますね。

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2010年05月23日 (日) | Edit |
普天間基地の移転も大きな問題ではありますが、先送りに先送りを重ねた結果の5月末決着に総理大臣の関心が集中している間に、これまでの畜産業の品質を支えた種牛にまで感染が広がってしまいました。

「宮崎口蹄疫、“エース”感染「種牛作るのに7年必要」」日本経済新聞2010/5/22 12:00

感染の疑いが判明した「忠富士」は、宮崎県産の子牛の9割をつくる種牛6頭の凍結精液のうち4分の1を占める“エース”だった。現在、1つの牛舎に同居している残りの種牛5頭で仮に感染疑いが出れば、凍結精液のストックが1年分しかないため、来年から凍結精液を供給できない深刻な事態に陥る。

 種牛は牛の畜産で根幹をなす。種牛と母牛の交配で生まれた子牛はすぐに種牛になるわけではなく、多くの子牛から選抜していく必要があり「1頭の種牛をつくるのに7年はかかる」(県農政水産部)。2007年に和牛日本一に輝いたほど肉質の良い宮崎県産牛の地位を築いた現在の種牛は「30~40 年かけてつくってきた」(同)。

※ 以下、下線太字強調は引用者による。


この影響は、言うまでもなく宮崎県だけの問題ではなく全国の肉牛畜産業者に及びます。

「口蹄疫:産地切り替え困難 種牛殺処分」毎日新聞 2010年5月23日 9時35分(最終更新 5月23日 10時26分)

 宮崎県での口蹄疫(こうていえき)感染拡大で、「スーパー種牛」の「忠富士」が殺処分されたことは、宮崎から子牛の供給を受けている各地のブランド牛産地にも衝撃を与えた。流通や飲食業界では目立った混乱はないものの、将来的な牛肉調達への影響を懸念する声も出ている。【安部拓輝、竹花周、渡辺諒、高橋龍介】

 ◇滋賀
 「近江牛」産地の滋賀県では、1年間に県外から仕入れる黒毛和牛の子牛4500~5000頭のうち、4割近い1700頭弱が宮崎産。改良が進み、霜降りで体の大きい牛に育つため、農家からの信頼は厚い。忠富士まで被害が拡大したと聞いた県畜産課の担当者は「宮崎の宝が……。完全防備していたはずなのに」と語る。

 同県竜王町の澤井牧場では、毎月仕入れる100頭近い子牛の約7割が宮崎産。うち約6割の40頭近くが忠富士の血統だ。今月から仕入れがストップし、飼育と出荷のサイクルは崩れている。澤井隆男社長(52)は「まずは事態の終息を待ちたい。落ち着けば、生き残った子牛が2、3カ月遅れで市場に出る。それを買い支えて応援したい」と話した。

 ◇佐賀
 「佐賀牛」で知られる佐賀県の肉用牛は、出荷頭数の14%が宮崎産の子牛から育てられている。県畜産課は「農家には子牛に合わせて積み重ねた飼育のノウハウがあり、他県産に切り替えるのはリスクが高い」と指摘する。質の高い種牛が1頭減れば、口蹄疫が終息しても市場に影響が出ることは否定できないといい、「とにかく早く終息することを祈るだけ」と話した。

 ◇長野
 宮崎から年2000頭以上の子牛を買い付ける長野県。県園芸畜産課は「今回の騒ぎが始まってから、宮崎牛の供給が止まった。農家が北海道など他地域から子牛を調達する流れが出てくるかもしれないが、全国的にこの流れが加速すると、価格高騰が考えられる。これが農家の心配の第一だ」と話している。


口蹄疫という家畜感染症が広がっているのは局地的な問題かもしれませんが、言うまでもなく部分集合である一地域での問題は全体集合である日本という国の問題でもあるわけです。口蹄疫の感染が及ぼす影響がこれだけわかりやすく並べられれば、「国家レベルの問題」という観念的な想定が現実には何の意味も持たないことは明白ですね。ところが、国家レベルの問題に専念すべき国会議員や国家公務員が国の内部の局地的な国内問題なんぞにかまっていられないという奇妙な論理が「民意」の支持を集めるようになり、政治主導の名の下に「素人政治」がもてはやされています。むしろその素人政治が「しがらみのない」「庶民感覚」の「生活者の目線」という聞こえのいい言葉で修飾されることにより、その危険性が意識されなくなってしまっているという方が正確かもしれません。

前回口蹄疫が発生した2000年当時ももちろん、政治主導が大きな政治テーマになっていたことは現在とあまり変わりないのですが、2001年の省庁再編前ということもあってか、当時の農水省は「官僚主導」的に迅速に対応していたことが他ならない国会答弁から伺い知ることができます。詳細なやりとりについては、前回に引き続き天漢日乗さんのブログで取りあげられているのでそちらをご覧いただきたいのですが、官僚のやることはすべてけしからん!という方々からすれば、これも官僚主導の弊害なのでしょうね。

98年振りの口蹄疫という未経験の難題だったのだが、発生確認からわずか2日後という短時日でも、
 質問する須藤議員も、答える玉沢農水相も、口蹄疫に関する最低の常識は持って答弁に臨んでいる
ことが読み取れる。

翻って
 10年後の現在、国会や農水省の会見で見られる赤松農水相の「不見識」

 一体何なのか
と疑問を抱かざるを得ない。これこそ
 政治主導という聞こえのよい言葉
の元に
 素人が、国難を左右する
という由々しき事態を招いた、その動かしがたい実例と言えるだろう。

専門的な問題についても、赤松農水相が答え、それによって
 自らの無知振り、不勉強振り、認識不足をさらに衆目の元に晒す
というのは、いま起きている口蹄疫禍の最前線で闘っている農家や関係者の
 心理的なダメージを大きくする
だけである。
 みんな気力を振り絞って闘っている
というのに
 心を折るのは赤松農水相
なのだ。

人呼んで「赤松口蹄疫」 宮崎県口蹄疫は4/20の発生から30日間で13万頭殺処分決定のパンデミック規模(その23)平成12年3月の口蹄疫発生直後の参議院農林水産委員会議事録から窺える専門家のレクチャーを受けない「鳩山素人政権」の危うさ(2010-05-22)」(天漢日乗
※ 赤字強調は原文。


ここで問題となるのは、ご自身のWebサイトの「政策」のページに「農業」の文字が一切出てこない現農水相と、現役時代には「族議員(国防族、農林族)の重鎮と目されていた」玉澤氏(Wikipedia:玉澤徳一郎)のどちらが「政治主導」が可能かという点ではないかと思います。上記のような「しがらみのない」「庶民感覚」の「生活者の目線」による政治がもてはやされるのは、いわゆる既得権益に対する拒否反応として考えることができると思いますが、口蹄疫の発生に際して迅速な対応ができるのは「しがらみのない政治家」と「しがらみにずぶずぶの政治家」どちらなのかという問題としてとらえると、「既得権益の打破により生活者目線の政治が可能になる」なんて単純な話では済みません。もしかすると、農林族であった玉澤氏であったからこそ、口蹄疫の重大性と迅速な対応の必要性を即座に理解し、財源や人的リソースを奪い合う他の既得権益代表者とのタフな利害調整を乗り越えることができたのかもしれません。逆に「しがらみのない」政治家が、口蹄疫なんて局地的な感染症だからチホーブンケンで地元に任せて、人体には影響がないし、事業仕分けで「ムダ」を削減する方が重要だと判断することもあり得ますし、畜産業の現場を知らない「民意」はむしろそれを期待しているようにも見えます。というかそれが現実に起きていることなわけですが。

傍聴席が拡充されて公開裁判の趣がより一層強調された感のある事業仕分けでも、事業仕分け人は「対象事業と直接的な利害関係を有する者は、当該事業の仕分け作業には加わらないものとする。」とされているわけで、現場重視を掲げる改革バカな方々が、現場にいて現場を一番よく知っている直接の利害関係者を排除するという本末転倒ぶりをここでも発揮していますね。

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