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2006年02月09日 (木) | Edit |
今日の新聞の一面は「国土開発幹線自動車道建設会議」(正式名称違ったかも)が、高速道路の建設計画を当初計画どおり承認したというのが軒並み並んでおりました。

各紙とも、
「不採算路線の建設こそ税金の無駄遣いだ」とか、
「道路公団の民営化が骨抜きにされている」とかいう論調で
この決定を批判しておりましたが、その中で朝日新聞の解説記事での小野善康大阪大学教授のコメントは異彩を放っておりました。

おおざっぱに引用すると、小野教授のコメントは
「高速道路の建設による地域経済の活性化の効果は大きい。逆に、高速道路の建設を抑制したところで、地域経済はますます悪化する一方で、地域における失業率の増加などにより、失業対策などの形に残らない社会保障費の支出が増えるので、却って政府支出が増えてしまい、形に残る道路を造った方がずっとましだ」
というような感じ。

そうそう、そういうことなんですよ、都会の皆さん。

このところ地方向け支出(地方交付税、国庫補助金)がずいぶん悪玉扱いされているけど、日本ていう国(というよりもっと一般化して国家といってもいいけど)には、都市と周辺部という構図は必ずあるもの。

過疎地域や地方都市に人口が分散していることが国家財政の運営、端的に言えば所得再分配の観点から非効率だというのは、短期的な規模の経済として考えるならばまあアリかもしれない。

しかし、長期的には都市への人口移動なんてタカが知れてるし、そもそも東京とか四大都市とかいう大都市圏にこれ以上の人口増加に対するキャパがあるとは到底思えないわけで、人口の分散が問題だとしてもそれを人口の一極集中で解決するというのは、あまりに非現実的ですな。

さらに少子と高齢化は実は別の現象であって、この別々の現象をつなぐキーワードは「過疎」なわけです。
さっきの言い振りを引きずるなら、人口の分散を大都市圏への一極集中によって解決してきたものの、一方で過疎の進行した中山間地域では高齢化と少子化の進展が顕著だということであって、少なくとも少子化は全国一律の現象に違いはないでしょ。

要は働き盛りの年代が都市部に移動したことの反射的効果として、もともと人口の少ない中山間地域の高齢化の進み具合が都市部に比べて早かったということであり、現に俺の地元の県庁所在地では、昭和40年代に造成された住宅団地の高齢化が進んで、スーパーなんかが次々と撤退している。

つまり、少子化は女性の社会進出とか不況による教育費の負担増という経済的要因による全国的な現象という側面が強い一方、高齢化は高度経済成長時の人口移動の結果としての世代交代に起因するものと考えるべきだと思われるわけ。

で、高速道路の話に戻るけど、人口移動に全国的な少子化傾向が相俟って急速に人口が減っている地方において、道路建設は人口減を食い止めるこれ以上ないほど有効な手段です。
だって、道路が通っていれば、わざわざ引っ越さなくても地元から都市部に通うことができるわけだし、おまけに流通コストで競争力を阻害されていた地場産業や誘致企業だってそのハンディを取り除くことができるし。

ああそれなのに交通量が少ないから採算がとれないなんて一刀両断に切り捨てることができるんでしょうか。
地方在住の身には考えられませんよ。

話は飛ぶかも知れないけど、たとえば
「のどかな田園風景が広がる片田舎」とか
「豊かな緑がはぐくんだおいしい水」とかって、
ほとんど人の手が入っているわけです。
田んぼはきちんと毎年稲を植えなければ田園風景にならないし(減反なんかされた休耕田はあっというまに荒れ果てます)豊かな緑だって下草を切って地面の栄養を木に集中させたり、余分な枝を間伐して十分に日光を浴びるようにしたりしてやっと保たれているんであって、人がいなくなったらその字とは裏腹に「自然」は自ら存在できなくなってしまうよ。

そして、人がいなくなって荒廃した中山間地域の次は、中山間地域から移住してきた地方都市が高齢化の波にのまれ、最後は東京をはじめとした四大都市も高齢化していく。
少子高齢化は現段階では「過疎」を介して一体的な問題となっているけど、将来的には田舎だけの問題ではないんですよ。

高速道路建設を税金の無駄遣いと批判する方々は、この流れを促進していることに他ならないわけで、その一方で人口が減って大変だとか少子高齢化が問題だとかいうのは、自己矛盾も甚だしいとしか言いようがありません。

猪瀬さん、そろそろ極論で正論を退けるのやめたら?
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