2005年08月28日 (日) | Edit |
気が付いたら8月の更新がオチかねない状況になってしまったので、急遽書いときます。

総選挙一色のマスコミでは、
「選挙の争点は郵政民営化だけじゃない」とか、
「年金とかの社会保障や少子化問題だ」とか、
「北朝鮮もイラクも懸案だから外交だ」とか、
いろいろ騒いでおりますが、どれも争点になりうる重要課題には違いありません。

ところが、これらを一気に解消する争点があまり話題にならないというのが、日本のマスコミのダメダメ具合を示しているわけで。

一応今回の総選挙での郵政民営化の論点を勝手に要約してしまうと、問題になっているのはカブに乗ったオッサンが配達している信書ではなく、独立行政法人等への政府支出の原資となっている郵貯や簡保といった資産(いわゆる財投)とか、世襲的だとされる特定郵便局へのやっかみ(と自民党の集票マシーンとなっていることへのちょっかい)といった辺りで、それを問題ないとする立場とやっぱり問題だという立場が自民党の中にもあって、それを解消できなかった小泉首相が「じゃあ選挙で解消しちゃえ」とやってしまったという感じでしょうか。

で、信書の問題は付随的なものとしてとりあえず脇に置いて、いわゆる財投については、財政投融資制度というのが導入されてからはそれまでのように大蔵省(当時)が勝手に使える金ではなくなったんだから郵政民営化は必要ないという主張があります。

俺の読み聞きした範囲の知識では、それは反面正しいし、反面正しくない。
つまり半分正しいというのは、財政投融資制度であれば財務省が勝手に運用することはできないものの、半分間違っているというのは、実質的には政府債務の引き受け手となることはできるわけで、それを運用する主体が政府だろうが民間だろうが、有利な運用を選択するなら、政府補償のある債務で運用することは十分あり得るという意味で、結果としてはこれまでと変わりなく政府に回るでしょ。

あれ?今回のタイトルって「縦割りの話」だよなとお思いの方、つまり、こういう政府内の意志決定の乱れってのは縦割りの弊害である可能性が高いということを言いたかったのです。

前回の最後の部分で、中央省庁と地方自治体の役所の縦割りはだいぶ様相が違うと書いたのは、こういうことを指しているわけですが、具体的にいうと、たとえば都道府県の役所は知事という一人のボスの下で職員がそれぞれの分野で仕事をするわけです(だからほとんどの都道府県庁の職員は「知事部局」という部署の所属になります)。
したがって、最終的には知事(=知事部局)の判断となるので、各分野の対立は知事の段階で包摂されることになります。

つまり、地方自治体では、少なくとも形の上では、対立の解消のためにどちらか一方のためにどちらかが譲歩するということはあり得ず、トップの裁断でより最適な結果をもたらす(と推測される)政策が形成されることになります(もちろん実務上はもっとしちめんどくさい手続きがありますが)。

これに対して中央省庁は各大臣の下で仕事をするために、常に他の省庁とのパワーゲームを意識しながら政策を形成する必要があります。つまり、あらかじめ自分の省庁の立場を先鋭化させておかないと、他省庁とのパワーゲームで妥協を迫られたときに譲る余地がなくなってしまうのです。
今回の郵政民営化も、早い段階で竹中大臣があまりに先鋭化させてしまったために、去年8月の「郵政民営化基本方針」でヤマト運輸に蹴られた「郵政事業への民間参入」ではなく、「郵政事業の民営化」という似て非なるものに譲歩せざるを得なったという事情があります。

さらにもっと大事な問題は、現状のデフレ下で政府支出を削減するという正気の沙汰とは思えない政策が、自民党のみではなく民主党からも出されてるということです。

「骨太2005」でも「経済財政白書」でも「小さな政府」がキーワードになっているわけですが、特に経済分析を目的とする「経済財政白書」が自己矛盾を来しているというのはbewaadさんも指摘されているところ。

結局各省の対立が政策決定の乱れにつながり、こういう自己矛盾の解消を総選挙に求めるというのは、官僚のツケの落とし前を国民が払わされるみたいでおもしろくないんですが、まあ、それも国民の責務と割り切るべきなんでしょうか。
スポンサーサイト