2016年09月23日 (金) | Edit |
更新頻度が低いので相変わらず流れに乗れていませんが、シン・ゴジラが大きな話題となっていたのでお盆休みに観てきた感想など。既に1か月以上前のことなので記憶が曖昧になりつつあるのですが、エントリにするまで時間がかかったのは、「会議室映画」とも呼ばれる内容に微妙な印象があったからです。ということで以下ネタバレが含まれていますので、テレビ放映などをお待ちの方はご注意ください。

震災前のエントリで、「事件は会議室でも起きているんだ」というようなことを書いておりましたが、まさに現場で刻一刻と進行する事態に対応するための会議が、組織的な意思決定においていかに重要かということが描かれていたことにまずは安堵しました。震災後のエントリで生活保護という再分配の制度に関連して「現場のための中央」についても書いた通り、組織として活動する中で現場が適切に制度の目的を果たすためには、その意思決定の場である「会議室の現場」こそが適切に機能することが必要不可欠です。

ゴジラが現れた当初の「会議室の現場」では、「想定外」を連発する閣僚とその意を受けて無難な意見しか言わない官僚のにらみ合いのような状況が続いていましたが、上陸後に蒲田くん(第2形態)から品川くん(第3形態)へ変態する経過の中で甚大な被害が発生すると、「会議室の現場」が変わりはじめます。つまり、会議で重要な事項が決まらなければ現場は活動することができないため、刻一刻と事件が起きている「事件の現場」に「会議室の現場」が適切に対応して意思決定しなければならない状況に追い込まれていきます。

この点について、震災前の上記エントリでは、

大規模かつ中長期的に取り組んでいかなければならない政策分野では、「事件の現場」で起きる事件と同様に、「会議室の現場」で起きる事件についても、それ(引用注:「「現場主義の徹底」とか「現場の権限を強化する」とかいって地方分権して「事件の現場」ばかりを強化してしまうと、権限を奪われた「会議室の現場」が弱体化してしまって適切な状況把握も政策決定もできなくなり、結局は「事件の現場」までもが機能不全に陥ってしまう」という事態)を防ぐ手立てを講じなければなりませんし、万が一事件が起きてしまった場合は適切に対処しなければなりません。そのためにも、「会議室の現場」の体制は強化される必要があります。

もし「会議室の現場」が「事件の現場」と乖離してしまって、適切な政策が決定されない問題があるなら、「事件の現場」が適切に機能しているからこその乖離でしょうから、この場合まずは政策を決定する「会議室の現場」、すなわち霞ヶ関や地方自治体の本庁を強化することが先決です。その上で、個々の「事件の現場」は情報を的確に「会議室の現場」に伝え、「会議室の現場」ではそれらを過不足なく収集し、全体の「事件の現場」と整合性のある政策決定ができる体制を整備しなければなりません

「事件は会議室でも起きているんだ(2011年01月10日 (月))」
※ 以下、強調は引用者による。

としておりましたが、震災後は「大規模かつ中長期的に取り組んでいかなければならない政策分野」に限らず、大規模災害などの緊急・非常事態においても、このような「会議の現場」と「事件の現場」が適切に機能することが必要であることが明らかになったと思います。

序盤での「会議室の現場」のヤマ場は、二足歩行した品川くんに航空自衛隊機が攻撃しようとした際に、攻撃範囲内に徒歩で避難する市民を発見した自衛隊員から攻撃の可否の確認があり、瞬時に総理大臣まで確認が伝達されて攻撃中止の判断が下される場面だと思いますが、そこでは「会議室の現場」と「事件の現場」が整合的に意思決定する過程が描かれていました。

ただし、「会議室の現場」が仔細に描かれるのは中盤までで、その後は災害対応や復旧に向けた「会議室の現場」は、現役閣僚がほぼ壊滅した後半でははほとんど描かれず、一対一の交渉や少数の閣僚や要人による「打合せ」(まあほとんどの閣僚が死亡して「人手不足」だったという事情もあるでしょうけれども)がメインになっていきます。この辺が、ちょっと微妙な印象になった理由でして、最終的には既存の組織が(実態上も機能上も)壊滅状態になって、出世に無縁なはぐれ者などによる「巨災対」がそうした既存の組織のしがらみがなくなってやっと機能するというプロットは、結局「会議室の現場」と「事件の現場」が適切に機能するという状況を実現させることを諦めたように感じてしまいます。

宇野氏の言説にはあまり共感することはないのですが、この指摘はなるほどと思います。

宇野さん:僕は今回の『シン・ゴジラ』はこの「平成ガメラ」シリーズの正当なアップデートだと思っています。

(略)

「平成ガメラ」シリーズの描写って現場の自衛官や技官に集中していて、特に権力もなく大組織も率いていない、もっといってしまえば政治的ではない現場の人々の物語なんですよ。僕はまあ、そこが好きだったりするんですが、彼らの「がんばり」を描くだけでは、ガメラが象徴する巨大な力、世界の問題にアクセスするのが難しかったんだと思う。公務員のおじさんはがんばっているんだぞ、的な自分の問題と、人類と地球環境はどうあるべきか、怪獣という巨大災害にどう対応するかという世界の問題がつながっていない。だから後者の、ガメラのほうが人間に歩み寄って心を開く、という展開が必要だったのだと思うんです。

「評論家・宇野常寛氏が語る『シン・ゴジラ』-この映画は99%の絶望と、1%の愛でできている(2016年08月11日(木))」(木曜日のシネマ)

このインタビューで宇野氏は、「事件は会議室で起きているんじゃない」という台詞を生み出した『踊る大捜査線』や『機動警察パトレイバー2』から『平成ガメラ』への流れの中で、現場の自衛官や技官などの公務員のおじさんのがんばりと巨大な力や世界とをつなげることが難しかった点を指摘し、シン・ゴジラはそれをアップデートしたというわけですね。

一方で、そのつながりをやはり「巨災対」のような既存の組織からちょっと距離を置いた組織に見いだしているのが、POSSE編集長の坂倉さんです。坂倉さんの「編集長の部屋」での熱弁(?)を拝見すると、宇野氏と同じように『平成ゴジラ』と『機動警察パトレイバー2』の延長線上にシン・ゴジラを位置づけていらっしゃいますが、

 だが、「真面目に働く人たち」であれば無条件に信用できるというわけではあるまい。「真面目に」働いた結果、国家の論理に取り込まれ、非人道的な軍事兵器の開発に取り組んだり、核兵器使用を決断したりする人だっているだろう。国家に取り込まれないための「可能性」は、どのように担保されるのだろうか。残念ながら、それは本作で明確にされているとは言い難く、危うさを孕んだままだ。

(略)

 このように、二重に強調される「出世との関係なさ」は、保身や組織優先の論理と対立する発想である。失敗や批判を恐れずに、自らの経験や能力、職業倫理に頼って思考し、仲間と議論し行動することができる自律的な職業人とその集団こそを、本作は「真面目に働く人」の核心として描いているのではないだろうか。このような職業倫理に基づく労働こそ、日本社会に広く求められるものであり、3.11の危機に対する本作の「回答」の根幹なのではないだろうか
pp.243-244
『シン・ゴジラ』評
「ゴジラ対日本人」の系譜
坂倉昇平(本誌編集長)
『POSSE vol.32 特集:絶望の国の不幸な奨学金』
A5判/256頁/本体1,200円+税/2016年9月15日発行

まあ、映画そのものがこうしたプロットで描かれていますから、その映画評が上記のような内容になるのはその通りだと思うのですが、「巨災対」のメンバーの大半は国家公務員であって、その職業倫理はまさに国家そのものによって養成されたものではないかと思うところでして、「巨災対」のメンバーが国家の論理に取り込まれたか否かはそれほど明確に割り切れる話ではないのだろうと思います。映画では、ヤシオリ作戦のために「巨災対」のメンバーが重機や化学工場プラントを有する企業に協力を依頼するという流れでしたが、出世に無縁なはぐれ者などによる「巨災対」のメンバーが個々にそうしたパイプを持っているというより、所属している組織の看板と、所属している組織が有するデータにアクセスできるというまさに政府の国家機関の「メンバーシップ」を最大限に活用したというのが実態(もちろんフィクションですが)というべきでしょう。

そして、そのような政府からの要請に対して、民間や地方自治体などの国家機関以外の組織が応え、やはりそのメンバーがヤシオリ作戦に従ってそれぞれの持ち場で職務を果たし、1回目の注入後には再び活動を再開したゴジラによって現場の作業員に多大な犠牲者を出してしまいながらも、ゴジラを凍結するという目標を達成することができたわけです。坂倉さんも指摘されるように、映画では避難を誘導する警察官や消防士、避難所で非難された方のケアに当たる保健師などの職業人のほか、「巨災対」の事務室で清掃などに従事する作業員(おそらく清掃は委託しているでしょうけれども)の姿も描かれています。それら一つひとつは取るに足りないような役目しかないかもしれませんが、その積み重ねがヤシオリ作戦の成就につながったわけです。

ヤシオリ作戦の実施を決定する場面での「会議室の現場」は、赤坂首相補佐官やカヨコ・アン・パターソン米国大統領特使などとの少数者による打合せや交渉がメインではありますが、矢口が窓口となって各要路にレクを入れながらサブとロジを同時にこなしているような流れでした。そして、そこで実施が決まったヤシオリ作戦を官民問わずに各組織が役割分担して実行していくという連携のチャンネルがあり、それが有事にも機能するということこそが、矢口の「この国はまだまだやれる」という言葉に込められた希望の中身ではないかと感じました。それはまた、私が東日本大震災の現場で「そしてそれらのシステムは、日本において各分野の専門機関や企業が存在しており、これら各者が持てるノウハウを存分に発揮するための環境を整備しなければなりません」と感じ、実際に震災からの復旧・復興にそれぞれが果たした役割を見て実感したことでもあります。もちろん受け取り方はそれぞれだと思いますが、いやまあ語りたくなる映画ですね。
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2016年09月18日 (日) | Edit |
1週間遅れとなりましたが、先週で震災から5年と半年が経過しました。月数では66か月です。この間にも多くの災害が発生しており、先月末の台風10号で甚大な被害が発生した被災地もあります。改めて犠牲になった方への哀悼の意を表するとともに、被害に遭われた方へお見舞い申し上げます。岩手県久慈市では震災に匹敵する被害額となっているとのこと。

<台風10号>久慈市被害額 震災上回る可能性も(デーリー東北新聞社 9月8日(木)11時43分配信)

 久慈市は7日、台風10号による市内の被害額が5日午前10時現在で、66億1276万円に上ると発表した。被害額の公表は初めて。家屋被害などは含まれておらず、今後調査が進めば金額は増加する見通しだ。分野別では、大規模な浸水被害に見舞われた市中心街の商工関係や、山間部での路肩崩壊などがあった道路関係で被害額が大きい。

 同日の市議会議員全員協議会で市側が報告した。

 市災害対策本部によると、東日本大震災の被害額は310億9015万円。今回の台風被害はこれを上回るか匹敵する規模の被害額に膨らみそうだ。


岩手県の北部地域でも東日本大震災で大きな津波被害が発生しましたが、震源地から遠いこともあり、内陸部ではそれほど影響がありませんでした。しかし今回の台風では、内陸部の北上山地から沿岸部にかけて大量の降雨があったため、山から流れてきた河川の氾濫も相まって、内陸部を中心に大きな被害が発生しています。このため、東日本大震災で比較的被害が小さかった地域でそれに匹敵する被害額となっているといえます。さらに本州最大の面積を有する岩泉町での被害額は、担当する町職員の人手が足りずに調査が進んでいない状況です。

<台風10号>岩泉町の被害全容把握遠く(河北新報 2016年09月07日水曜日)

 台風10号の豪雨災害で15人が死亡した岩手県岩泉町の被害は、1週間がたっても全容判明の見通しが立っていない。被災家屋の調査は始まったばかり。人手が足りず、広大な町の被害を把握するには時間を要する。安否不明の住民は6人で、調査が進めば犠牲者がさらに増える恐れがある。
 3日に始まった被災家屋の調査で、町税務出納課の職員が岩泉向町集落に入った。6日までに160戸を調べ終えたが、罹災(りさい)証明書の受け付けの見通しが立つ状況ではないという。
 東日本大震災で同町は、海に面した小本地区で被災家屋を調査した経験がある。しかし、ある町職員は「震災では一部だったが、今回は町全域が被災した。被害を把握する人手が足りない」と違いを説明する。


岩泉町は「昭和の大合併」以来合併していないため、いわゆる「平成の大合併」で多く誕生した大規模市町村のように合併で(一時的にではあっても)職員が増えたという要因がありません。東日本大震災の復興事業のために他自治体からの応援職員や任期付採用職員は増えていますが、彼らは震災被害があった地域の事業に特化しているわけで、町全体に詳しいプロパー職員そのものは少ないわけです。

当然、今回の台風被害への対応として他自治体からの応援職員も徐々に入り始めているようですが、NHKの「明日へつなげよう」のシリーズの中で、震災当時の大槌町では応援職員の受け入れさえできない状況であったことが、当時の町職員の生々しい証言でまとめられていました。番組の概要はこちらにアーカイブされています。

2016年8月28日(日)放送
証言記録・東日本大震災 岩手県 大槌町 ~行政機能を失った町役場~
東日本大震災で1277人の死者・行方不明者を出した大槌町。町役場も津波に飲まれ、140人の職員のうち、およそ3割が犠牲になった。町長と幹部、役場庁舎を一度に失った大槌町は、機能不全に陥った。助かった職員たちは、家族や同僚を失った悲しみを和らげる余裕もなく、救援物資の受け入れ、避難所の運営などに奔走した。しかし人手不足は深刻で、被災した住民へのサービスも停滞。職員たちは、精神的にも追いつめられていった。災害対応の要となるべき町役場が被災した時、どんな困難に見舞われたのか、対応にあたった大槌町職員の証言で見つめる。

「明日へつなげよう これまでの放送」(NHK ONLINE)


この中で、震災直後に総務課長を代理していた現町長の平野氏が「応援を受け入れる余裕がなかった」と証言されていて、こちらのブログで批判されています。

 今回のドキュメントは、そういう意味で非常に多くの教訓を得るものだと思いますが、ただ気になったことは現町長となった平野氏が県からの支援要請を「余裕が無い」と受け入れなかったこと。これは当時、町のトップを失った状況という非常時を斟酌したとしても、今後に繋がるものではないと指摘しなければなりません。

(略)

 何でそこをこだわるのかといえば、地方自治体の根幹に関わるからです。どうやら現政権は「緊急事態条項」なるものを持ち出して、自然災害など「緊急事態」になったら、市町村や都道府県などすっ飛ばして、国があらゆる権限を一括して手にして強引に物事を進められるようにしたいと目論んでいます。

 そのモデルとして大槌町の今回のケースが挙げられたら、たまったものではありません。やり方一つで県と連携をとって上手くいけたものを、国が乗り込んできて強権的に進めるような形にする口実にしてはダメだと思います。そこのところを町長さん、しっかりと検証して今後の防災対策に生かしてくださいと言いたいですね。

「【明日へ―つなげよう―】証言記録 岩手県大槌町~行政機能を失った町役場~(2016-08-31 22:49:29)」(じゅにあのTV視聴録)


県庁からの支援の申し入れ(上記ブログでは「支援要請」となっていますが)について、インタビューでは(おそらく)思わず声が大きくなって「そんな余裕はなかった」と断言されていて、それについての感想が上記の引用部分です。平野氏はもおそらくこうした批判があることを予想されていると思いますが、それに対する印象として上記ブログのような反応は当然でしょう。その上で、ではこちらのブログ主さんのおっしゃる「やり方一つで県と連携をとって上手くいけた」というのはどういうものなのか教えてほしいというのが平野氏の率直な考えではないかと思います。

もちろん、人手が多くなることで対応できることも増えますが、応援を受け入れるというのはそういう緊急時のレベルではなく、その後の非常時からの復旧の過程で行政としての活動を系統立って継続するためのものです。ここで留意しなければならないのは、市町村が大きな被害を受けたからといって県庁職員が乗り込めばすべて上手くやれるとは限らないということです。番組では県庁職員が被災した町役場からデータの入ったサーバを取り出したことが取り上げられていましたが、これはそうした系統だった行政活動を継続するためのインフラの確保であって、その主体として県庁が活動したわけではありません。行政活動の主体としての役場の体制が整わなければ、いくら外部から応援しようにも効果的な応援にはならないわけです。

大槌町では、幹部職員が壊滅に近い状況となって系統だった活動ができない状況にあったため、緊急時から非常時への移行が上手くいかなかった点はあると思いますし、そのような状況を想定した対応に不備があったことは事実だろうと思います。震災当時の状況を根拠とする「緊急事態条項」についてはあちこちで批判されていましたし、その実態は個別に精査しなければならないと思いますが、かといって、現実に活動の拠点となる庁舎が使い物にならず、幹部が壊滅状態となったときに、事前の準備だけでうまくいくかは疑問です。番組でも町と県の関係を地方自治法の「基礎自治体優先の原則」の枠内で考えることの限界が指摘されていましたが、非常時にそうした対応が必要となることを想定することも必要なことではないかと思います。

2016年08月28日 (日) | Edit |
先日のエントリで、「障害者支援団体が「一般的に公表される被害者の氏名が、この事件に関して公表されないことは大きな疑問を持たざるを得ない」と主張すること自体は、障害者だけ違う扱いをすることが新たな差別を生むことを懸念したものであれば、その限りで意味がある」ということを書いたところでして、それがどのような意味を持つものかまではそのエントリで言及できませんでしたが、今日は年に一度障害者や難病と闘病されている方を大々的に取り上げる日ということで、楽しみにしていた「バリバラ」を拝見しましたよ。

【生放送】 検証!「障害者×感動」の方程式(NHK バリバラ - NHKオンライン)

放送日8月28日(日)夜7:00
再放送9月2日(金)0:00(木曜深夜)
出演者鈴木おさむ カンニング竹山 IVANほか

「感動するな!笑ってくれ!」というコンセプトで始まったバリバラ。しかし、いまだ障害者のイメージは「感動する・勇気をもらえる」というものがほとんど。「なぜ世の中には、感動・頑張る障害者像があふれるのか?」その謎を徹底検証!スタジオでは「障害者を描くのに感動は必須か?」「チャリティー以外の番組に障害者が出演する方法は?」などのテーマを大討論!Twitterで視聴者ともつながり、みんなで「障害者の描き方」を考える。


「バリバラ」に演されている障害者の皆さんは、この国の社会では「障害者だけ違う扱いをすることが新たな差別を生む」という状況を身にしみてご存じであるからこそ、こうしたテーマを正面から取り上げることができるのだろうと思います。個人的にこの番組で特筆すべきと思うのは、身体障害者や知的障害者だけではなく精神障害者も同じように取り上げているところでして、統合失調症と診断されて芸人活動を休業していたハウス加賀谷が主人公となり、食べれば障がいがなくなるが記憶もなくなるという果実を食べるかどうかで葛藤する「悪夢」というドラマまで作っています。健常者と障害者の境界はどこにあるのかとか、健常者であるか障害者であるかを問わずその生きてきた人生をどう考えるのかとか、短いドラマですが見応えがありますのでこのテーマに関心のある方にはおすすめです。

で、今日の番組の冒頭ではまず、コメディアン兼ジャーナリストであった故ステラ・ヤングさんの講演が引用されていまして、その講演の全体はこちらで読めます。

これらはほんの一例に過ぎませんが、こういったイメージは世の中にあふれています。みなさんも、両手のない少女がペンを口にくわえて絵を描いている写真や、義足で走る子供の写真を見たことがあるのではないでしょうか。 こういう画像はたくさんあり、私はそれらを「感動ものポルノ」と呼んでいます。 (会場笑) 「ポルノ」という言葉をわざと使いました。なぜならこれらの写真は、ある特定のグループに属する人々を、他のグループの人々の利益のためにモノ扱いしているからです。障害者を、非障害者の利益のために消費の対象にしているわけです。

(略)

障害者の生活には、実際それなりに困難がつきまといます。乗り越えなければならないことはいろいろとあります。でも私たちが克服しなければならないことは、みなさんが考えるようなたぐいのものではありません。身体の障害は関係ないのです。 私は「障害者」という言葉を意図的に使って来ました。なぜなら、私たちの身体と病名よりも、私たちの生きる社会のほうがより強く「障害」になっていると感じているからです。

「障害者は「感動ポルノ」として健常者に消費される–難病を患うコメディアンが語った、”本当の障害”とは」(logmi)
※ 以下、強調は引用者による。

これも当時話題になったので「感動ポルノ」という言葉も一部では認知されていると思いますが、マスメディアであるNHKがこれを正面から取り上げたことには意義があるといえます。番組でも引用されたこの部分では「私たちの生きる社会のほうがより強く「障害」になっていると感じている」との指摘がありますが、日本よりもノーマライゼーションが進んでいるアメリカですらこのような指摘がされるのであれば、この国の社会での障害者の位置づけがどんなものかは推して知るべしというところでしょう。

そうした現状を踏まえれば、相模原市の津久井やまゆり園での凄惨な事件に際して、手をつなぐ育成会が「事件で傷ついた被害者やご遺族が少しでも穏やかに過ごせるよう、特に報道関係機関には特段の配慮をお願いします」という声明文を表明し、「遺族による強い希望もあり、そのような判断をした」という神奈川県警が被害者の実名を公表しなかった理由が見えてくると思います。

つまり、健常者の事件でさえ、被害者やその遺族は家族構成や素性など大々的に公表されてしまい、マスメディアによって感動ストーリーが作り上げられてしまうこの国において、今回の事件で被害に遭われた方々が障害者であるという特異性が強調され、さらに大々的な感動ストーリーに仕立て上げられることは十分に予想されます。そこでSNSによる「検証」が始まって「ネタ」が発見されれば、誰にも制御できない状態が生じることはこれまでにも散々繰り返されたことです。そのような事態が予想される中で、実名を公表しないというのはやむを得ない判断だったろうと思います。

今日の番組での解説によれば、80年代に入るまではNHKでも「障害を背負ったかわいそうな子どもたち」とアナウンスしていたのが、1981年の国際障害者年などを契機に「明るく社会参加する障害者」として取り上げられるようになり、それらが組み合わされて「不幸でかわいそう×けなげにがんばる=感動」という図式がマスメディアに浸透していったそうです。

今年で39年目を迎える某24時間(以上連続して放送される)番組が始まった1978年は、ちょうどこうした図式が形作られていく途上だったのでしょう。その当時に「不幸でかわいそう×けなげにがんばる=感動」という図式がそれなりに意義を有していたことは否定しませんが、ドミノがマラソンになったりとか番組の構成を少しずつ変えながらも、その根幹にある「感動」の図式を変えずに40年近く続いていることは、日本の社会の変わらない部分を如実に示しているものといえそうです。

番組で紹介されていたイギリスでは、そうした図式で放送されていたチャリティ番組に当事者である障害者から抗議運動が広がり、BBCでは1990年代に「障害者を“勇敢なヒーロー”や“哀れむべき犠牲者”として描くことは侮辱につながる」というガイドラインを策定するに至ったとのこと。20年前の話ですね。

まあ、マスメディアというもの自体が報道やジャーナリズムのほかにエンタテインメントとしての機能を有していて、そのエンタテインメントの重要な要素が「感動」であることからすれば、マスメディアが「感動の図式」を簡単に手放すわけにはいかない事情もあるだろうとは思います。イギリスでも同じような議論があったということがその普遍性を示しているといえそうですが、抗議活動からガイドラインの策定にまで至るようなことが日本でも生じるかどうかが、この国の変化を読み取る鍵になるのかもしれません。日本の社会のノーマライゼイションが進まない理由を考えたときに、けだし「日本人の苦しみの原因が社会が要求するレベルの非現実的な高さにある」というのは名言だなと思います。

ついでに、障害者以外ではスポーツでこの「感動の図式」が典型的で、今年もオリンピックや高校野球の「感動の図式」に関していろいろと議論があったのは記憶に新しいところですね。スポーツのトップアスリートが全てをなげうって長時間練習する姿をドラマチックに取り上げ、金メダルを逃した選手がマスメディアを通じて謝ったり、野球留学してまで甲子園を目指した高校生が炎天下でけがを押して連投する姿が夏の風物詩となるような社会がその土壌となっているのであれば、イギリスのようなガイドラインの策定は望み薄ということなのでしょう。

欧米に比べて「感動」のハードルが高いというのが適切かよく分かりませんが、他人の人生に過剰な「感動ポルノ」を求める土壌がなんなのかを考えるのが、今日という日なのかもしれません。いやまあ、某24時間(以上連続して放送される)番組については、そもそも「はじめての○つかい」とか「○人間コンテスト」とか「感動の図式」を駆使する番組を擁し、今年のオリンピックでも箱根駅伝や巨人戦の中継で培った「ポエム実況」(レスリング吉田沙保里の銀メダルに水を差した日テレ河村亮アナの「ポエム実況」(Asagei Plus))でおなじみの放送局が製作していますし、かの放送局は視聴率も絶好調とのことで、震災2年目の2012年の放送の時点で伊集院光氏が「もはや日本の“奇祭”」と指摘されているのは、そうした現実を的確に表しているのでしょう。

2016年08月15日 (月) | Edit |
既に旧聞に属する通り、何回か取り上げていた都知事選が誰得な結果に終わりましたが、その感想戦がいろいろ出されている中で、拙ブログで取り上げていたやまもといちろう氏の記事がアップされていたので、こちらでも簡単に振り返っておきます。

坂本「そこは、私もおおいに反省するところなのですが、借金倍増知事批判にせよ、東京一極集中問題にせよ、増田さんの弱点はだいたいが政策論や哲学のところなんです」

山本「そうですよ。だから、私も増田さんは優秀な学者かもしれないけど、都知事には考え方として全く向いていないだろう、と思っていたわけです」

坂本「はい、そこは正論です。なので、ホームページやツイッター、フェースブックで、しっかりと彼の政策について説明できるようにし、いろんな批判に対しても整合性のとれる形で反論できる仕組みを用意したかったのです。寄せられる質問にはほぼ全部答えました」

山本「しかし、時間がなかった」

坂本「そうですね。山本さんが一連の記事を書いてくださって、逆に言えば政策論のところでの批判が中心だったので、まあ、ほとばしる無能はきつかったですが、ならば、その政策で増田さんの反論をしっかりできれば、政策で困っている都民にとっては増田支持にできるチャンスだったんじゃないかと思いました」

(略)

山本「政策という点でいうと、そもそもその安倍政権自体が与党に返り咲くときのスローガンが『TPP 断固反対』だったじゃないですか。あんまり自民党の選挙で政策を前面に立てると、あとで問題になったりしませんかね」

坂本「はい。政策で勝負するのは本当はリスキーです。増田さんにしたって、東京一極集中を批判してきた人ですから、その人が肝心の都知事になって前言どうするの、っていう整合性は、必ず取らなければなりません

山本「単に政策主張してきただけじゃなくて、増田さんの場合は総務大臣として地方交付税特別枠の創設に深く関与し、現在の東京の法人二税では累計一兆円近い都民の税金が地方経済の財源不足の名目で流れ出たわけですよね。その結果として、顕在化しているだけで8,000人以上の待機児童に4万人あまりの特養待ち老人の列じゃないですか。あの金があれば、ひょっとしたら待機児童の問題はなかったかもしれない。都民としては、都民として納めた税金は都のために使ってほしいと願っていると思いますよ

坂本「そういうお話も踏まえて、政策パッケージを作る時間や要員があれば、もう少し増田寛也さんと自民党公明党でできる都政もイメージしやすいような論点整理ができたんじゃないかと思います」

山本「つまり、増田陣営はかなり本気で政策論で選挙を勝ちに行ったんですね」

坂本「増田さんは知名度もそこまで高くない、演説も岩手県知事経験者の割には必ずしもパッとしない、ならば実績と知識、政策論で勝負する、都民が本当に困っている問題に迫れれば、浸透もできると」

「山本一郎「増田寛也敗戦」で自民党都連は何を反省し、どう立ち直るか(2016年8月12日 22時53分配信)」(Yahoo! JAPANニュース)
※ 以下、強調は引用者による。


いやまあ、やまもといちろう氏が「借金倍増でほとばしる無能」というあまりフェアではない政策論で盛大に叩いたことが、自民党都連にとっても相当な痛手になったとのことですが、かといってそのフェアでない政策論そのものにはあまり言及も反省もないあたりがやまもといちろう氏の持ち味なのだろうとは思います。とはいえ、「増田さんは優秀な学者かもしれないけど、都知事には考え方として全く向いていない」というやまもと氏の指摘に対して、自民都連の板橋区議が「はい、そこは正論です」と答えるというのもなかなか味わい深い光景です。

それにしても、拙ブログでは

地方分権の論議が盛り上がっていた当時は財源が東京に集中する東京問題こそが地方財源論の焦点だったわけでして、東京からの財源配分を声高に主張していた元カイカク派知事の皆さんがこぞって東京都知事を目指すというのは、東京問題を是正するためにその本丸に乗り込むぞ!ということならその意気やよしとしないでもありませんが、上記の浅野氏のような発言を見ていると、その真意がどこにあるのかはよくわかりません。まあ東京都民の方にとってはそんなことどうでもいいでしょうから選挙の論点になるとも思えませんが、地方在住者にとしては元カイカク派知事同士の選挙戦というのも、怖いもの見たさで興味のあるところです。

元カイカク派知事同士(2016年07月02日 (土))

なんてことを書いていましたが、やまもといちろう氏にとってはまさにそれが争点だったわけでして、地元の財源は地元で使うべきという小学生のような論理の根強さにはこれからも十分に注視しなければならないと改めて認識いたしました。

2016年08月15日 (月) | Edit |
震災後は毎年この時期にお盆のエントリをアップしておりましたが、戦後70年の節目とも重なった去年に比べて、報道での取り上げ方もだいぶ落ち着いてきたようです。

「息子よ、今どこに」 東日本大震災6度目の盆(2016/08/13 岩手日報)

 13日は盆の入り。被災地は東日本大震災から6度目の供養の時期を迎えた。釜石市大只越町の仙寿院(芝崎恵応住職)では12日、同市小川町の平松郁男さん(72)が行方不明の長男聡さん=当時(34)=の冥福を祈った。震災から5年5カ月。「今、どこにいるのか」。強い日差しの中、思いをめぐらせた。

 市内中心部を望む高台にある同寺院。港から海風が吹き抜ける。平松さんは娘夫婦らと本堂奥に安置されている聡さんの位牌(いはい)の前に線香を立て、深く、静かに手を合わせた。大槌町の医院に歯科技工士として勤めていた聡さんは、車で避難途中に津波に巻き込まれたとみられる。その後、火災で焼失した車は発見されたが、どの安置所を訪ねても、会うことはかなわなかった。

 芝崎住職(60)の下で葬儀を執り行い、遺骨を入れる箱には「せめて、気に入っていた物を」と本人の衣服を納め、本堂に安置している。今も週に一度は妻と足を運ぶ。「来年は七回忌になる。お墓に納めなくてはならない気持ちもある」と胸中を語る。

 本堂奥には、震災で犠牲になった同市の身元不明遺骨9柱も安置されている。引き取り手がいなかったり、墓地のかさ上げ工事のため納骨できない遺骨もあり、故人と向き合う場所にもなっている。

【写真=長男をしのび手を合わせる平松郁男さん(左)。被災地は犠牲者を供養する時期を迎えた=12日、釜石市・仙寿院】

(2016/08/13)

早いもので、東日本大震災で命を落とされた方は来年で七回忌となることもあり、特に遺体の見つかっていない遺族にとっては、警察などによる遺体の捜索に期待を寄せるしかない状況があります。このため、地元警察では月命日の集中捜索を継続しています。

家族の願い胸に懸命に 震災5年5カ月で集中捜索(2016/08/11 岩手日報)

東日本大震災から5年5カ月を前に、久慈署(及川哲也署長)など沿岸3署は10日、行方不明者の集中捜索を行った。署員は手掛かりを求める家族の願いを胸に、懸命に活動した。

 同署では、署員6人が普代村と久慈市の計4カ所を捜索。同村馬場野の堀内漁港海岸では、署員4人がとび口を手に岩や漂流物を動かすなど入念に捜索した。

 同署地域課の村上和之警部補(34)は「行方不明者の家族の気持ちに応えたい。捜索を続けていれば、手がかりの発見につながるはずだ」と力を込めた。同署管内の行方不明者は同日現在、同市2人、同村1人。県内は1123人。

 同日は大船渡、宮古の両署でも捜索を実施。11日は釜石署が17人態勢で釜石市の海岸線と海上で捜索する。

【写真=とび口を使い、岩の間の漂流物などを入念に確認する久慈署員=普代村馬場野】

(2016/08/11)

「遺族の気持ちに寄り添う」とか「被害に遭われた方の思いを尊重する」というと聞こえはいいのですが、当然これらの活動には金銭的・人的なコストが必要となります。もちろん、私自身はそうした当事者の意向は最大限尊重すべきと考えていますが、一方では被災した港湾の復旧や新たな市街地の整備が進む中で、捜索が可能な区域は限られてきています。経年変化によって物理的にも遺体を発見することが難しくなることも踏まえると、どこかの時点でその実施方法などを見直す時期も近くなっているのではないかと思います。

熊本・大分の震災では最後の行方不明者が見つかったとのことですが、

熊本地震 遺体は不明の大学生と確認(NHK NEWSWEB 8月14日 18時42分)

熊本県南阿蘇村の崩落した阿蘇大橋の下流で、今月11日に収容された遺体について、警察がDNA鑑定を進めた結果、一連の熊本地震でただ1人、行方不明となっていた阿蘇市の大学4年生、大和晃さんと確認されました。
阿蘇市の大学4年生、大和晃さん(当時22)は、4月16日に地震で崩落した南阿蘇村の阿蘇大橋付近を車で走行していたとみられ、行方が分からなくなっていました。
熊本県などが捜索した結果、阿蘇大橋の下流で10代から30代とみられる男性の遺体が見つかり、今月11日に収容して警察がDNA鑑定を行いました。
その結果、大和晃さんと確認されたということです。
大和さんの父親の卓也さんは、「晃しかないと思っていましたが、少し不安もあったので鑑定で間違いないことが確認できて安心しました。あとは手元に帰ってくるのを待つだけです」と話していました。
熊本県などによりますと、これで一連の熊本地震で亡くなった人は災害関連死と認められた人などを含め72人となりました。

父 卓也さん「これでやっと終わってくれる」

大和晃さんの両親の元には、14日午前11時前、熊本県の担当者から「晃さんと確認された」と連絡があったということです。両親はこれまでほぼ毎日、阿蘇大橋の下流などで手がかりを捜し、乗っていた車も両親などによる捜索で見つかりました。
父親の卓也さんは「鑑定の結果を聞いて、これでやっと終わってくれると安心しました。望むことは晃を引き取って供養するだけです」と話していました。

母 忍さん「どうやって温かく迎え入れるか考えています」

母親の忍さんは「地震から4か月がたって、やっと帰りたかった家に帰ってくる晃をどうやって温かく迎え入れるかを考えています。ただ『お帰り』と言うだけでなく、ふだんの生活とは違った形で迎え入れることができたらいいなと考えています」と話していました。

熊本・大分の震災が内陸の直下型地震であることも理由の一つかもしれませんが、何とかお盆中に遺体を確認できたとのことで、警察をはじめとする捜索関係者のご尽力に敬意を表します。お盆で休暇中の身としても、先祖の供養ができることとその影にある関係者の働きに思いをはせたいと思います。